最後に それぞれの宇宙の匂い|渡辺優 「パラレル・ユニバース」第30話 〈最終回〉
※本連載が書籍化します。渡辺優『並行宇宙(パラレル・ユニバース)でしか生きられないわたしたちのたのしい暮らし』2020年12月16日発売予定
『パラレル・ユニバース』という連載のタイトルは、私の永遠に愛するバンド『GARNET CROW』の八枚目のアルバム、『parallel universe』から拝借したものです。並行宇宙という意味です。パラレルワールド(並行世界)とほぼほぼ同じ意味らしいのですが、ワールドよりユニバースの方がよりワイドに根本的にパラレルな感じがしてかっこいいなと思います。
連載のテーマは、「身近にある異世界」でした。自分の常識が他人にとっては常識でなく、他人の常識は自分にとってまったく未知のものだったりする、という、身近なひとの中にとんでもない異世界が広がっていたりするよねという感覚を書いていこうと思ったのでした。
ひとは皆自分の五感をもってしてしか世界を認識できず、その五感が各々異なっているわけですから、皆違う世界に生きているのと同じことです。皆がそれぞれの宇宙を持って生きていて、他人の宇宙は並行宇宙です。私の宇宙にはこんな特色があります、と紹介をするような気持ちで書きました。
ただ、自分の宇宙の紹介なら無限に書けるなと思ってスタートしたのですが、十回目くらいでもう書くことがなくなりつつありました。私の宇宙なんて特筆すべきことはその程度しかない、所詮はありふれた宇宙だったのだと知りました。そのため途中からは昔のバイト先への文句なんかも書いたりして、もう宇宙もなにも関係なくなってきた気もしましたが、そのあたりが書いていて一番楽しかったです。
昔のバイト先のほとんどがもう今はなくなっていて、嫌いだった上司も謎だった仕事内容ももう私の記憶の中にしか存在しなかったりするので、これはこれで私の宇宙の話というくくりでいいような気もします。というか私の五感を経過した時点ですべてが私の宇宙の話になるのでこの世の森羅万象がテーマに沿ったネタになるとも言えます。宇宙海賊のごとき暴論かもしれませんが、とにかくそんなざっくりしたテーマに決めてよかったです。ざっくりした方がいいですよとアドバイスをくれた担当さんに感謝しています。
連載を読んでくれた身近なひとからは、「なにを言っているのかぜんぜんわからなかった」と感想をもらうことが多かったです。仕方ないです、並行宇宙の話なので。「こんなことあり得ない、おまえの宇宙は変だ」と言われ、あわや宇宙戦争かということも何度かありました。しかしその「変だ」と言われた話が、別の友人からは「めっちゃわかる」と共感を得られたりして、これはさすがに自分だけだと思っていたのにと驚くことも結構ありました。
今自分は全裸なんじゃないかとふと不安になるという話や、ひとの顔がぜんぜん覚えられない話、車の運転が驚くほどできない話など、自分だけだと思っていた感覚に共感してもらえると、まったく別次元に存在すると思っていた宇宙と宇宙がふと交差したような気持ちになりとても嬉しかったです。違う宇宙で生きていても、人間ってわかり合える瞬間があるのです。
でも、ある話をわかってくれたひとに別のある話は本当に一ミリも理解できなくて怖いと言われてしまったりしたので、ちょっと宇宙が重なったからって調子に乗ってそのひとの宇宙で暮らしていけるなんて思ってはいけないな、とも学びました。いい感じの距離感をもった並行宇宙づきあいをしていくことが、異なる宇宙を共に平和に生きていくこつかなと思います。
ところで、今こちらの連載を書籍化しようというありがたいお話が進んでおり、あらためてタイトルを考えています。連載を終えた今だからこそ浮かぶ、内容のわかりやすい、キャッチーで思わず手に取りたくなるような題がつけられたらと思っております。
書籍化を担当してくださる編集さんからは、こういう感じはどうでしょうという案をいただきました。
『ネオひきこもりの毎日はネガティブだけど最高です!』
どうでしょう。
私は正直、ちょっと、ちょっぴり、いやだなと思いました。
なんかこう……、いやだな、と思いました。
といいますのも、驚いたのです。私は自分で、自分はネオひきこもりでもないし、ネガティブでもないし、最高です! とか思ってそうな感じでもないと考えていたのです。自分の宇宙が外側からはどう見えているのか、初めて教えてもらった形でした。自分の家の匂いって、自分ではわからないものかと思います。友達の家に行くとなんともいえないそのご家庭ならではの独特な匂いがするものですが、本人はどうやら気づいていないというパターンが自分にも起こっていたのです。
自分の五感というのはまったく信用ならないです。私がいくら自分で「ちがう!」と言ったところで、自らの宇宙を紹介した文章に対しこのタイトル案をいただいたという事実は深く受け止めていかねばなりません。私の宇宙は無臭だ、と言い張ったところで、やっぱり友達の宇宙と同じように独特な匂いがしているのでしょう。『ネオひきこもりの毎日はネガティブだけど最高です!』って感じの匂いがしているのかもしれません。
しかし、もう少し考える時間はあります。どのようなタイトルになるのか。この案を超えるものを果たして私は思いつけるのか。この案の通りになるのか。楽しみです。
「パラレル・ユニバース」了
ご愛読ありがとうございました。本連載を元にした単行本が、2020年12月にホーム社より刊行予定です。
更新は終了しました。
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渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter:@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter:@YUNICO_UCHIYAMA