第7回 ダイエット 賽助「続々 ところにより、ぼっち。」
大人気連載、3期目に突入!
ゲーム実況グループ・三人称の「鉄塔」こと作家の賽助が、ぼっちな日々を綴ります。
※全24回予定。第2回以降、最新話のみ1週間無料配信。
[毎月第4火曜日更新]
illustration 山本さほ
年齢のせいか、なかなか体重が落ちなくなってきています。
以前はかなり細身で、レディース物のズボンをはいてはぶいぶいと街を歩いていた自分ですが、所属していた和太鼓グループの活動が休止、加えてコロナ禍での自粛生活も相まって、ここ数年でかなり体が大きくなってしまいました。
「これではいかん、モテん」と意を決し、近くのジムを契約、プールで泳いだりもしていましたが、もともとサボり癖がある上、とても自分に甘いせいで、立て続けに通う週もあれば、まったく行かなくなる週もあったりと、かなりムラのある生活を繰り返しています。
「一体どうしたものか」と頭を悩ませた結果、一つのアイディアが思い浮かびました。
それが『パーソナルトレーニング』です。
普通のジムでは基本的にトレーニング内容は自分で決めるものですが、パーソナルトレーニングは専属トレーナーがマンツーマンで指導してくれるので、その人その人に見合ったトレーニング方法を設定してもらうことにより、効率の良い運動をすることができるらしいです。
自分に甘いのなら、他人に厳しくしてもらえば——。
実に理に適ったやり方だとは思うのですが、同時に恐怖心が芽生えます。
(めっちゃ怒られるんじゃないか?)
パーソナルトレーナーもたくさんの人がいるとは思いますが、「疲れた? そこをあと5回!」とか「ギリギリ? でももう5回!」みたいな声掛けとともに限界の向こう側へ挑戦させるトレーニングがあると耳にしています。
自分からパーソナルトレーニングという選択肢を挙げておきながら情けない話ですが、限界の向こう側へ行かせられることよりも、用意された課題を達成できなかった時にあきれられてしまうのではないかと、それが心配です。
「これくらいもできないのかい?」
「なんて弱い筋肉、なんて貧弱な筋繊維なんだろうねえ!」
「まるで “せせり”だよ!」
とまあ、こんな調子で責められてしまうのではないかと不安に駆られます。
以前、教習所のペーパードライバー講習に通おうとしたときも「教官に怒られるかも……」と怯えていた気がするので、あの時からあまり成長していません。
今まで体験したことのない世界に飛び込むというのは勇気がいることで、何となくのイメージだけが大きく膨らんでしまいます。
ただ、「実際に飛び込んでみたらそんなことなかった」ということの方が圧倒的に多いですし、まして今回のケースは客商売、『貧弱な筋繊維』であろうが『生のせせり』であろうが僕は客なのですから、命までは取られないでしょうし、いざとなったら通わなければいいだけのこと。
それに、ホームページをよく読んでみると『まずは無料カウンセリングを』との記載がありました。どんなトレーナーでどんなトレーニングをするのか、少し様子をうかがうことができるようです。
命もお金も取られないとなれば、これは申し込まない手はありません。ましてやカウンセリングで怒られることは稀でしょう。
早速とばかりに予約をして、カウンセリングを受けに行くことにしました。
メールで指定された場所は『〇〇宅』と記されていました。
「家の中にジムがあるのかな……?」といささか不安ではあったのですが、実際に行ってみると、普通の一軒家の一角を完全に切り取ってジムにしているタイプのようで、玄関が2つありました。
時間になり、恐る恐るインターフォンを鳴らしてみると、中から「どうぞー!!」と元気な声。
(インターフォンのマイクは使わないんだ……)
そんなことを感じつつも、ジムの扉を開けます。
一軒家の一角なので、目の前には普通の小さな玄関と細めの廊下が広がっています。左側の部屋がトレーニングルームなのでしょうが、10畳ほどの空間に様々な機材が置かれています。
そして廊下の奥にトレーナーの姿があります。半袖短パンで、黒い小さめの帽子を、ツバを後ろに向けて被っています。
横に大きい、というのが率直な感想でした。
かといって、太っているというわけではありません。
全ては筋肉。筋肉の装甲を身にまとっているかのようです。
身長は僕よりも少し小さいくらいだとは思いますが、とにかく横に大きく、廊下に彼が2人いたらすれ違えないのではないでしょうか。
「どうぞ、座ってください!」
トレーナーは『ニコッ!』と笑いながら言いました。
『ニコッ!』という文字が目に見えるようです。
もちろん、第一印象だけで判断できるものではないですが、トレーナーは『陽』のオーラをまとっているように感じました。本人はどうあれ、明るく見えることはトレーナーにかかせない素質なのかもしれません。
元気な指示を出され、僕は廊下に置かれた椅子に腰かけます。
そこから、簡単なカウンセリングが始まりました。
パーソナルトレーニングの目的、今までジムに通った経験や目標などを尋ねられます。
僕の情報を聞き出しながら、このトレーナーさんの考え方も伝えてくれるので、こちらにとってもかなり有意義なカウンセリングとなりました。
その中でもこのトレーナーさんが強調していたのは『決して無茶をさせない』ということでした。
トレーニングの基本は【正しい姿勢で行う】ことがとても大切らしく、例えば「あと10回!」と無理な姿勢で行うよりも、正しい姿勢でちょっとできないくらいの方が効果は上がるとのことです。
僕が心配していた『限界の向こう側』へと誘うトレーニング方法ではないことが分かり、ホッと一安心。その他にも、ここ以外のジムも体験コースがあったりするのでやってみるといいですよ、など、こちらにメリットのある提案をしてくれます。
ひとまずその日は特に契約もなく終わりましたが、このジムにしようという気持ちはほぼ決まっていました。
それから数日後、本格的な予約を入れた僕は再びこのジムを訪れます。
いよいよ僕のパーソナルトレーニング人生の開幕。
ここから肉体改造が始まっていく……と思っていたのですが……。
いざトレーニングを始めてみると、普段使わない筋肉を動かしているからか、かなり肉体に負担がかかります。
例えば準備運動で、まっすぐ伸ばした腕を真横に開き、そして胸の前で閉じるという運動だけでもかなりキツい。
ましてや正しい姿勢でバーベルを持ち上げるという動作は、バーベルの重みも相まって相当体力を削られました。
そんな不慣れなトレーニングですが、しかしトレーナーはしっかり褒めてくれるので、かなり気分よく次のステップへと進めていけます。特に僕は姿勢が良いようで、トレーナーの意図するニュアンスを汲み取り、それを実行できているようです。
(誰にも言っているんだろうけど)
そう思いながらも、内心嬉しかったのは事実。僕自身がかなりネガティブ思考なので、こういうポジティブな雰囲気に包まれるのは不慣れなのですが、やはり嬉しいものです。
この調子でできるのであれば、結果が現れるのも予想以上に早いかもしれないとも思いました。
そして、台の上に寝転がりバーベルを上げるという運動に差し掛かった時、僕の体に異変が訪れます。
不慣れな環境にもかかわらず頑張り過ぎたのか、不意に眩暈が起こり、トレーニングを続けるどころではなくなってしまったのです。
しかし、こういう時に僕は「すみません!」とすぐに伝えられない人間で、しかもなぜか『全く問題なし』という演技をしてしまい、そのままトレーニングを続けていこうとしました。
ただ、眩暈に加えて吐き気も起こり、体調はますます悪くなるばかりで、バーベルなんて上げられるはずもありません。
僕の演技があまりにも上手すぎたのか、トレーナーは僕の異常に気づくこともなく、そのまま説明を続けています。
台の上に寝転んだ状態でトレーナーの説明を受けながら、しかし流石にこれは危険かも……と判断した僕は、「あの、ちょっと……眩暈が……」と自分の不調を訴えました。
「休みましょう! 大丈夫ですよ!」(ニコッ!)
トレーナーはすぐに状況を理解してくれたようで、台を離れて床に座るように促してくれます。『初めてのパーソナルで調子に乗りすぎて眩暈を起こしている』という状況があまりにも恥ずかしすぎて顔を覆いたくなりましたが、水を飲み、床に寝転がることで次第に眩暈もおさまっていきます。
その間、ただ時間が過ぎていくのも申し訳ないと、僕がした質問にもトレーナーは丁寧に回答をしてくれて、ありがたいかぎりでした。
体調も戻り、一通りのトレーニングを終えたところで1回目は終了。
恥ずかしい内容ではありましたが、このトレーナーとであれば頑張って続けていけると思える環境であったのですが……。
2回目の予約を寝坊してしまい、僕はとっさに「前の仕事が延びてしまって……」と嘘をつきました。
こういう時に嘘をつくのが僕のとても悪い癖です。
メールで謝罪したのですが、「大丈夫です!」というトレーナーからの文章の語尾にも(ニコッ!)と付いている気がして、彼の笑顔が浮かぶと同時に自分はなんと情けない人間なんだろうという思いが募ります。
そして、それから2週間ほど経ちますが、なんだか後ろめたくて次の予約がまだ取れていない状況です。
ここを乗り切れるかどうかは、まだ誰にも分かりません。
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【続々 ところにより、ぼっち。】
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賽助(さいすけ)
作家。埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。毎週木曜深夜1:30からラジオ「三人称・鉄塔 ひとりのよる」(文化放送)が放送中。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』『今日もぼっちです。』『今日もぼっちです。2』『手持ちのカードで、(なんとか)生きてます。』がある。
X:@Tettou_
「三人称」YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
山本さほ(やまもと・さほ)
漫画家。1985年岩手県生まれ。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(note掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作は『ビッグコミックスペリオール』で連載後、2018年に全5巻で完結。現在『無慈悲な8bit』(週刊ファミ通)『きょうも厄日です』(文春オンライン)連載中。その他の著書に『山本さんちのねこの話』『てつおとよしえ』等。
X:@sahoobb
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