佐藤友哉『青春とシリアルキラー』刊行記念インタビュー「一人の小説家が十四年をかけた作品」
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佐藤友哉『青春とシリアルキラー』刊行記念インタビュー「一人の小説家が十四年をかけた作品」

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この度、『青春とシリアルキラー』を上梓されることになった佐藤友哉さんが、最初にこの作品の取材に行かれたのは、今から14年前の2008年のことでした。完成に到るまでの日々について、佐藤さんにお話を伺いました。

聞き手・構成:阿南三郎/撮影:湯浅香奈子

1. 28歳から41歳までの間の仕事

──『青春とシリアルキラー』の刊行、おめでとうございます。僕がこの本の執筆のきっかけとなる取材に、佐藤さんをお誘いしたのは2008年。もう14年も前になります。

佐藤 ある殺人事件の現場を二人で見に行きました。僕は十代の頃からずっとその事件が気になっていたので、じゃあちょっと見に行きましょうと誘われて。

──三島由紀夫の『金閣寺』やカポーティの『冷血』のように、小説家が同時代の犯罪者について興味を持つのは珍しくないですからね。僕は佐藤さんより八歳年上ですが、佐藤さんと同じようにその事件に関心がありましたし、また事件を通じて、我々の抱えている問題を描けるのではとも考えていました。佐藤さんは年齢を意識した表現が多いと思うのですが、取材に行った2008年はまだ28歳ですね。

佐藤 ずっと年齢の話を書いています。それにしたって若い。

──本作は、佐藤さんの28歳から41歳までの間の仕事になります。

佐藤 そんなに長いことやっていたとは。

──でも、ずっとこれをやっていたわけではないですよね。

佐藤 ずっとやってましたよ(笑)。特に最初の数年間は、もう何度も書き直していました。

──なぜそんなに時間がかかったのでしょうか?

佐藤 最初は、「実際の事件をもとに小説を書く」というやり方で進めていたんですが、そのうち、「それってただの二次創作では?」とか、「実際の事件をネタに使うなんて火事場泥棒だ!」とか思うようになったんです。そんなことで悩んだら書けるわけがないので当然ストップして、その後、いろんな書き方を試してみたけど、全部しっくりこなかった。

──それで打ち合わせを重ねて、ダンテの『神曲』に基づき、地獄篇、浄化篇、天国篇という三部作にするという計画が決まったんですよね。

佐藤 『神曲』が出てくるのにはちゃんとした理由がありますし、また『神曲』という屋台骨があったおかげで、やっと普遍的な話が書けた気がします。まさかシリアルキラーの話から、普遍的な話にまとまるとは予想外でした。

──たしかに、人生にしくじったと思っている主人公が、最終的に地獄のような青春時代から浄化され、救済されるまでが描かれるという内容ですからね。

佐藤 『青春とシリアルキラー』はネット連載だったのですが、そのとき、読者が面白がって読んでくれたという印象があります。あと自分のまわりでも連載を追ってくれる人がとても多かったので、普通に面白い本が書けたんだと思います。

2. シリアルキラーの時代

──僕たちが取材した事件現場は、どこにでもある地方の集合住宅地だったのにもかかわらず、壁に囲まれた別世界のように異様な雰囲気の街だったことを記憶しています。佐藤さんは北海道のご出身でしたが、故郷には閉塞感があったと仰っていましたよね。取材中、高校時代の友人の半分はフリーターに、もう半分は自衛隊に就職したという話を聞いた覚えがあります。当時は就職氷河期だったからかもしれませんが。

佐藤 というか、バブルすら来ていない街でしたからね。氷河期というより、ずっと氷河で暮らしている感じでした。小説家になって上京したあと、「バブルのときの東京はすごかったんだよ」って話をたくさん聞きましたが、全然ピンとこないんです。

──そのころの北海道は、銀行も経営破綻しましたからね。

佐藤 高校を卒業したらフリーター以外に働く手段がないので、そもそも「就職できる、できない」で悩まない世界でした。僕の同級生は今でもアルバイトをやっているか、あるいはバイト先をクビになって実家に閉じこもっているかのどちらかでしょう。

──若い頃の佐藤さんが、そういう街で猟奇殺人やシリアルキラーについて考えていたというのはわかるような気がします。

佐藤 そのころは世紀末でめちゃくちゃで、オウム真理教や『エヴァンゲリオン』だけでなく、ゴールデンタイムのテレビドラマでも多重人格や猟奇殺人がテーマになっていましたからね。僕たちが取材した殺人事件も、そんな90年代の終わりに起こりました。

──シリアルキラー的なもので、日常からの突破を見出そうとする試みが、フィクションでも現実でも起きていたわけですね。

佐藤 僕は十代のときにそうしたものを沢山浴びて育ったので、『クイック・ジャパン』の小山田圭吾のいじめ記事についても、「90年代のノリはあんな感じだったよ」と若い人に説明しているのですが、あまり理解してもらえません。いちいち例は出しませんが、あの手の文章はいっぱいあったし、90年代のおぞましさ、特殊な世界観というのもあったと僕は思っています。

──取材に行った2008年の時点で、佐藤さんの中に世紀末の残滓はありましたか?

佐藤 僕は2001年に、『フリッカー式』というまさにそういう本を書いてデビューしたので、それから数年間は、あの頃の世界観が体内に残っていた感覚があります。

──いつくらいから、そういう話が通じなくなったんでしょう。佐藤さん自身も『デンデラ』あたりから作風を変えられましたよね。姥捨山に捨てられた老人たちが熊と戦うなんてポジティブじゃないですか。

佐藤 通じなくなったというか、フェーズが明らかに変わったのは3.11、東日本大震災以降ですね。ちなみに僕が『デンデラ』を書いたのは2009年でした。

──セカイ系を批判した宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』が刊行されたのは、僕たちが取材に行った2008年です。その頃はもう、シリアルキラー的なものから超越性は消えつつあり、殺人鬼という存在も、単なる「迷惑な人」だと思われるようになっていたかもしれません。

佐藤 僕の作風が変わったのは時代だけでなく、年齢の問題もありますけどね。ルサンチマンとか鬱屈とかいったものがなくなって、書くことがなくなってしまった。だからというわけじゃないけど、そのころに結婚したし。

──お子さんも生まれました。

佐藤 それで思い出したんですけど、9.11、アメリカ同時多発テロ事件の二か月前に、僕はデビューしているんです。9.11が起きたとき、倒壊するビルをテレビで見ながら原稿を書いていたんですが、僕はそのとき、「それどころじゃねえ!」という気持ちでした。ついに小説家になって、故郷から抜け出すチャンスがやってきた若者が、世界情勢を気にしている暇なんてなかった。なので2001年9月11日の記憶、ほとんどないんです。あのときは自分が中心だった。

──ある意味、青春です。

佐藤 でもそれから10年たって、3.11のときはそうはいかなかったんですよね。「それどころじゃねえ!」とは思えなかった。「家も買ったばっかりなのにどうしよう」とか、「子どもが生まれるのにどうしよう」とか、そんなことばかり考えている自分に気づいた瞬間、あっ、年取ってると思ったんです。
 そんなこともあって、3.11やコロナウィルスといった、世の中が大変になっているときに、「それどころじゃねえ!」という感覚だった人たちのことが、とてもよくわかるんですよ。その人たちは青春を生きているんです。自分の中から、「それどころじゃねえ!」という感覚がなくなったら、それが青春の終わりなのかなと考えています。

3. 『ドグマ34』の完成

──2011年の震災以後、人々の認識は完全に切り替わり、いよいよシリアルキラーに日常の突破口を見出そうとするような小説は書きにくくなってしまいました。

佐藤 時代遅れになってしまいました。ゆっくり書いている原稿って、たまにそういう目に遭うんですよ。

──僕も震災によって時代の空気が変わったのを感じました。だからこそ、この出来事を無視してはいけないと思い、地震と原発を作中に取り入れたらどうかと提案しました。

佐藤 ああ、そういうのも試しに書きましたね。そんなことやっていたから、さらに原稿が遅れていくという(笑)。

──しかも僕は、2014年から四年半、海外で暮らすことになってしまったので、佐藤さんとの後半の打ち合わせは、全てメールでやることになりました。

佐藤 そんな中でなんとか書き上げたのが、『青春とシリアルキラー』にも収録されている、『ドグマ34』という作品です。これは僕たちが事件取材したときのことを書いた話です。タイトルにある数字は、完成時の僕の年齢ですね。

──『ドグマ34』は2015年に、雑誌「すばる」の四月号に掲載されましたが、その直前、いよいよ雑誌掲載というところでストップがかかります。僕は海外にいたので詳しいことはわかりませんが、大変だったと伺いました。

佐藤 突然、このままでは掲載できないと言われて、手直しせざるを得なくなったんです。詳しいことは『青春とシリアルキラー』に書きました。その後、『ドグマ34』は無事に掲載されましたが、本にまとめるには枚数が足りず、とはいえ特に進展もなく、宙ぶらりんの状態になりました。

──そして雑誌掲載から3年後に僕が帰国して、続きを書いて完成させましょうという話になるわけですが、佐藤さんはその間、どのような仕事をされていたのでしょうか?

佐藤 育休してました。全く書かなかったわけじゃないけど、気合いを入れて一本書くということはしていないし、文芸作品も書いていません。ずっと家庭生活の中にいたから、『青春とシリアルキラー』は復帰作みたいな気持ちで挑みました。

4. 『青春とシリアルキラー』の連載

──『青春とシリアルキラー』は2019年の3月に連載が始まりましたが、この作品は『ドグマ34』とはかなり印象が違いますね。

佐藤 そうですか?主人公が人生と年齢について悩んでいるのは一緒ですけど。

──テイストが妙に明るいです。

佐藤 作風の変化もあるかもしれませんが、主人公の年齢が、三十代から四十手前になったというのが大きいですね。人生の重さが、三十代とアラフォーでは全然違うから、同じようには描写できませんでした。

──それと時代が進んだこともあってか、もっとポジティブに幸福を求めている感じになってますね。『ドグマ34』では、まがまがしいものをあえて探し回っていた主人公が、友達とバンドを組んだりしています。

佐藤 ある意味、中年バンドが一番まがまがしいんですけどね(笑)。主人公は『青春とシリアルキラー』になってから、格好つけないんですよ。普通のことしか言わないし、とっぴなこともやらないから、小説の登場人物というより、エッセイに出てきそうな人物になっています。『ドグマ34』のときだったら、中年バンドなんて恥ずかしいものは絶対やらなかったでしょうし。

──タイトルも格好つけてますね。

佐藤 それに比べて『青春とシリアルキラー』なんて、なんのひねりもない。

──格好をつけていないという意味では、『青春とシリアルキラー』には、お子さんなんかも出しています。

佐藤 ほかにも家庭の問題や、中年男性の悩みもストレートに書きました。ミドルエイジ・クライシスじゃないけど、特に理由もなく不安になったり、自殺したくなったり、あるいは殺したくなったりするじゃないですか。そういうことを書きつつも、僕は基本的に明るいので、文体はポップになりました。

──物語は後半、コロナ禍に突入しますが、ほかのコロナ禍について書かれた本と比べたら、ずっと明るいですよね。でもどこか不穏です。

佐藤 明るいだけかというと、決してそうでもない。「人生べつに楽しいけど、僕もあなたも、そんな人生の端っこを辛うじて歩いているんだ」みたいな感覚を心がけて書きました。

5. ふたたびシリアルキラーの時代

 ──本作の推薦コメントは『NHKにようこそ!』の滝本竜彦さんからいただいたのですが、そこには、「中年男性は生きにくい」と書かれていました。たしかに佐藤さんの世代の男性で、無差別殺人などの事件を起こす人が増えている印象があります。

佐藤 最近は一回転して、シリアルキラーの時代が戻ってきたと感じます。ただし90年代のそれとは違って、彼らに対して世間はものすごく冷たいし、理解しようという気さえない。いや、べつにそれでいいんですよ。変に共感して、ジョーカーみたいなやつが増えてもこまるし、ジョーカーに本気で共感するようになったら感性が終わりですから。

──この連載終了後に、映画『ジョーカー』に感化された犯罪者が出ましたね。

佐藤 タイトルにシリアルキラーとあるように、いろんな事件が令和になってから起こったけれど、今はそのような犯罪者がダークヒーローになれない時代です。京アニの放火犯や、川崎の殺人犯なんて、だれも共感しないばかりか、忘れられつつあります。
 彼らを無視するやり方は、ある意味では正しいけど、彼ら同様、何者にもなれなかった僕たちは、ひょんなことで事件を起こしてしまう側の人間になってしまうのではという危機感みたいなものを、本作では書きました。十年後、二十年後に、自分はそうはならない、闇や深みにはまってしまうことはないと、自信を持って言えるんですかと。
 今は一寸先は闇ですからね。僕は非常時や非日常のほうが生きやすいタイプですけれど、それはそれで危険な考え方ですから、どっちにしても気をつけたほうがいい。

──作中の主人公と同じく、佐藤さんは最近、趣味でバンド活動をされてますが、佐藤さん自身、そういう活動に助けられているところはありますか?

佐藤 ディーン・フジオカや大森南朋もバンドやってますからね。中年男性とバンドは相性がいいんですよ。

──バンドで表現したいことはありますか?

佐藤 あるわけないじゃないですか!ほかの質問にしてください(笑)。

──『青春とシリアルキラー』は、私小説だけでなく、メタフィクション的な書き方もされています。白紙のページが続いたりとか、エッセイだと思って読んでいた読者にブチギレたりとか。

佐藤 僕、育休中にびっくりしたことがあって、子どもが小さい頃に『かいけつゾロリ』の読み聞かせをしていたら、作者がめちゃめちゃ顔を出すんですよ。メタ的な発言があったり、作者が途中で物語を改変したりと、ものすごく高度なことがされていたんです。そういう展開は『かいけつゾロリ』にかぎらずいろんな児童書にあって、「こりゃすごい」と思いました。
 なので私小説的な仕掛けや、「どこまでが作者の実体験で、どこまでがフィクションか?」という問いをただ設定するだけじゃなくて、ねじのもう一ひねりを加えないと、退屈だと思われたり、「ねじ緩んでるぞ」なんて言われてしまうと思い、さまざまな挑戦をしてみました。実際に読んでチェックしてみてほしいですね。

6. 最後

──では最後になりますが、長い小説を書き終えたことで、言っておきたいことなどはありますか?

佐藤 今さら言うようなことは一言もないですね。補足するところはありません。というか、補足しようと思ったらきりがないですし。だって、絶対に明かせないようなことが山ほどあったじゃないですか。

──ありましたね。

佐藤 それはまた、社会や表現のフェーズが変わって、語ることを許されるようになったときに改めて書くとして、まずはこうして本になったところまでを読んでもらいたいです。一人の小説家が十四年かけて書いたものってあまりないと思うので、ぜひ読んでみてください。おすすめです!

(2022年4月 東京・神楽坂)

佐藤友哉(さとう・ゆうや)
1980年北海道生まれ。2001年『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞受賞。2007年 『1000の小説とバックベアード』で三島由紀夫賞を受賞。他の著書に『クリスマス・テロル invisible×inventor』『世界の終わりの終わり』『デンデラ』『ナイン・ストーリーズ』『転生! 太宰治 転生して、すみません』等がある。
Twitter:@yuyatan_sato

【佐藤友哉『青春とシリアルキラー』刊行記念インタビュー】

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