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「かつてカメラマンアシスタントだった(嘘)」豊﨑由美

 人気書評家・豊﨑由美さんの、抱腹絶倒初エッセイ集『どうかしてました』が11月26日(火)に発売されます。発売に先駆けて、その中の1篇を公開します。 

 なお、12月4日(水)ジュンク堂書店池袋本店にて、オビに推薦文を寄せてくださった平松洋子さんとの対談イベントを開催。おそらく(((((笑)))))トークになります!

詳細は下記よりご覧ください。

第五章

かつてカメラマンアシスタントだった(嘘)

 髪を切ってもらう時、わたしはなるべく厚い海外文学を持参して、読み耽る姿を演じるようにしている。担当の美容師さんとは必要最小限の会話しかしない。というのも、大変苦い思い出があるからだ。
 今からおよそ二十五年前、初めて入った美容室で職業をたずねられたわたしは、何を思ったのか、「写真の専門学校に通ってるんですよね」と答えたのである。「普通の企業に勤めていたんですけど、一念発起して昨年から通い始めたんです」と。以降、その美容室で三十五歳の専門学校生として応援されることになってしまったわたくし。
「卒業できました」「マガジンハウスのスタジオで、カメラマンアシスタントとして雇ってもらえることになりました」。そこまでは、よかった。美容室に行く前にマガジンハウスから出ている雑誌をパラパラめくって予習を済ませ、「最近はどんな撮影を手伝ったんですか」と訊かれれば、「○○先生が野球選手の××さんを撮った『Tarzan』かなあ」なんて答えたりして。和気藹々とヘアカットは進み、数年が穏やかに過ぎていったのである。そういう会話で済ませていられるうちは、ほんとに、よかった。ところが――。
 魔が差したとは、あの時のことを指すんでありましょう。忘れもしない二〇〇三年十月。その日、「an・an」を眺めていたわたしは、岡田准一のヌード写真を指さし、「この岡田くんのお尻にレフ板当ててたの、わたしなんですよね」と口走ってしまったのだ。「えーっ!」、カットの手が止まる担当さん。「ちょっとちょっと、トヨザキさん、岡田くんのヌード撮影に立ち会ったんですって」と叫ぶ担当さん。「えええーっ!」騒然となる店内。なめていた。わたしはジャニーズ・パワーをなめくさっていた。いつになく食いついてくる担当さん。我々の会話に息を呑んで聞き入る店内の人々。引くに引けず、岡田くんのお尻がいかにきれいかと嘘八百を並べ立てるトヨザキ。
 この日から、美容室通いは地獄と化した。毎回、根掘り葉掘り訊かれるから予習が大変。岡田くんクラスのインパクトを求められるから困憊こんぱい。が、そんな地獄も、数年後、担当さんのひと言で終焉を迎えたのだ。
「こないだチャンネルをザッピングしてたら、トヨザキさんが映ったんですよねえ……」。それはたまに出演していたNHKの書評番組『週刊ブックレビュー』。「あーそういう副業もしてるんですよねえ(笑)」という苦し紛れの言い逃れを許さない冷ややかな視線……。
 その美容室に通えなくなったのはいうまでもない。

「新文化」2021年10月14日号より
(多動だった幼少期、サブカルと競馬に入れ込んだ青春期などを描いたその他の抱腹のエッセイについては、ただいま予約受付中の本を楽しみにお待ちください。)

著者プロフィール

豊﨑由美(とよざき・ゆみ)
書評家、ライター。1961年、愛知県生まれ。東洋大学文学部印度哲学科卒。多くの雑誌、WEB、新聞で書評の連載を持つ。
本書が初のエッセイ集となる。
著書に『そんなに読んで、どうするの?――縦横無尽のブックガイド』(アスペクト)、『ガタスタ屋の矜持』(本の雑誌社)、『まるでダメ男じゃん!――「とほほ男子」で読む百年ちょっとの名作23選』(筑摩書房)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『時評書評――忖度なしのブックガイド』(教育評論社)、共著に『文学賞メッタ斬り!』『百年の誤読』(共にちくま文庫)、『カッコよくなきゃ、ポエムじゃない!萌える現代詩入門』(思潮社)などがある

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