北澤平祐 ぼくとねこのすれ違い交換日記 第3話「ねこを袋から出せ/Let the cat out of the bag」
本連載が書籍化します。
北澤平祐『ぼくとねこのすれちがい日記』2021年6月25日発売
【ぼく】6月17日
当初は温かく見守ってくれていた義母だったが、こかりのぐうたらぶりや、ぼくのイラストレーター業の閑古鳥の鳴きっぷりを目の当たりにして、最近その眼差し温度がすごい勢いで下がってきた。いずれ絶対零度の視線で氷漬けにされてしまう前に、ぼくらは重い腰を上げて8畳間の我が城に帰ることにした。
ホワンにとっては初のお引越しだ。ペット用キャリーバッグなんて買えないので、紙袋にタオルを敷いて代用品とした。田園都市線と井の頭線を乗り継ぎ吉祥寺に。ホワンは突然の移動に戸惑っているのか、やたらと鳴くので気が気じゃなかったが、そのうち、紙袋から顔を出して景色を楽しむことを覚え、落ち着いた。ひょいっと顔を出すたびに、周りの女の子たちから「かわいい~」と声援を浴びて、まんざらではなさそう。
無事アパートに到着し、鍵を開けていると、こかりが怯えた声で「ジョーが見てる」と、耳打ちしてきた。隣人のジョーは、その西洋風な呼び名とは裏腹にお腹の出たいわゆる日本のおじさん的風貌なのだが、なぜか表札には太いマジックで「ジョー」とだけ書きなぐってある。さらに、「ジョーが通るぞ」とか「ジョーの出番だ」とかつぶやきながら敷地内をうろうろしているので怖い。
ジョーはドアの隙間からねっとりとした視線をぼくらに向けていた。このアパートはペット不可だが、大家さんも猫好きで大目に見てくれているのか、飼っている住人を何人か知っている。しかし、ジョーは自分には甘く、他人には厳しいのでホワンが見つかったら面倒が起きるのは火を見るより明らかだ。急いで部屋に入り、ロックとチェーンをかけた。
【ミー】June 17th
ファンちゃんとよばれているきがする。ファンなことなど、なにもないエブリデイなのに。このちいさなボディーにも、まだなれない。レッグがショートなので、いままでのダブルでうごかさなくてはならないから、とてもつかれる。クタクタになってはひるねのくりかえし、スマにいたずらするひまもない。
きょうはさらにバッドデイだった。だれかがミーをつかむと、いきなりペーパーバッグにつっこんだのだ。マイゴッド、ねこさらいか? とおびえ、スマにたすけをもとめようとしたら、「おとなしくしててね」という、タイラーのこえがする。はんにんはおまえか、なんのつもりだ? タイラーは、ミーのはいったバッグをかかえると、コカリとともにアウトサイドにでた。どこにいくのか?
やがて「デンシャ」とかいう、ロングなカーにのせられた。タイラーがプロムのときによんだリムジンよりもはるかにロングだ。デンシャでは、キッズがさわぎながらミーにむかってめだまのついたスティックをむけてきた。スケアリー。それに、うるさくてひるねもできない。
デンシャからおり、つれてこられたのは、タイラーのクローゼットみたいなタイニールームだった。コカリがうれしそうに、「あなたのあたらしいオシロよ」といった。ここでは、クローゼットを「オシロ」というらしい。ミーはあらたなワードをおぼえてさらにスマートキャットになった。
ねこようせいによる「ねことわざ」解説
Let the cat out of the bag
(ねこを袋から出せ)
「秘密を漏らす」って意味だよ。そりゃあホワンちゃんも狭い袋の中にずっと入っていたらそわそわしちゃうよね。ちなみに日記帳の上に置いてあるアルバムは、Godspeed You Black Emperorというカナダのバンドの「Lift Yr Skinny Fists Like Antennas to Heaven!」というアルバムなんだって。この長くて下を噛みそうなバンド名は日本の伝説的暴走族から取ったらしいっていうことは秘密。
連載【ぼくとねこのすれ違い交換日記】
更新は終了しました。
※この記事は、2019年7月16日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。