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パフェとデートする|斧屋「パフェが一番エラい。」第29話

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 パフェはだいたい、一人で食べている。その方が自分の都合でお店を自由にまわれるし、味わう行為に集中できる。
 しかし、一人でパフェを食べるのが恥ずかしい、という声もある。あるいは、男性がパフェを食べるのは憚られるという話も聞く。その気持ちを、理解はできる、が。
 ちまたで、一人ぼっちで行動する意味の「ぼっち」という言葉が流行ったときには、「ぼっちパフェ」なる語もちらほら見かけるようになった。
 そうじゃないだろう。

 ぼっちじゃない。パフェとデートしているんだ。

 パフェとともにすてきな時間を過ごす。向かい合って、語り合って。これがデートでなくて何なのだ。しばらくすると、デートの相手は消えてなくなるけれど。

 パフェを食べることに集中していれば、一人であるかどうかが問題になるはずがない。私は、パフェを食べているときに、自分が一人であるということを意識していない。それどころか、自分が男性であるとか何歳であるとか、あらゆる属性から離れている。
 そもそも、一人とは何か? なぜ、コミュニケーションを人間に限定する必要があるのか? いまここに、私の他に人間がいるからコミュニケーションが生まれるのではない。コミュニケーション可能な「他者」がいることが重要なのだ。
 パフェを食べている時、パフェとの対話が発生する。これはどういう素材なのだ、この構成にはどんな意味があるのだ? それはパフェの創り手との対話でもあり、食材の生産者との対話でもあり、世界との対話である。
 一人でいるかどうかということが気になって、複数(集団)でいること自体に安心したとして、そこにコミュニケーションは、対話はあるか。一人が「独り」なのではない。どんなにまわりに人間がいても、人はいくらでも「独り」たりうる。

「他者」(パフェ)との関係が、まれに忘我の境地へ連れていってくれることがある。3年前、代々木上原のパティスリー ビヤンネートルで8月のパフェ「ペッシェピスターシュ」を食べていた時のことである。
 フレッシュな桃、桃のジェラート、ライムのジュレ、白桃のパンナコッタ、桃のコンポート、ミント、ピスタチオジェラートなどが入り、桃の香りの白ワインが添えられている。旬の桃に爽やかさと香ばしさが寄り添った夏らしいパフェだった。当時私は「水彩画で色を混ぜ混ぜしてたら、すごい綺麗な色ができた! みたいな気持ち」と評した。
 さて、このパフェを食べている最中に、私の意識はどこか深いところに沈んでいくこととなった。パフェを食べる行為は進行しているのに、意識としては夢を見ているような不思議な状態。それは今思えば、対話を超えて、自己と他者(パフェ)の境界が融解していくような体験だったとも言える。たまたま店員さんから声をかけられて、「呼び戻された」格好になったが、どんな「夢」を見ていたのか、その瞬間にきれいさっぱり思い出せなくなっていた。あのまま忘我の世界にいたら、どうなっていたのだろうか。

 最近は予約制のパフェが増えていて、飲食店の予約システムを導入するお店が多くなった。スケジュールをあらかじめ決める必要はあるが、せっかく行ってパフェが売り切れという事態を回避できるため、とても助かる。パティスリー ビヤンネートルも例に漏れず、予約サイトでの受付が始まった。
 予約時の入力項目には、個人情報に加えて「用途」がある。「誕生日」、「知人友人と食事」、「接待」、「家族との食事」……、あれ、「一人で」はないのかい。ああ、あったあった。「デート」を選ぶ。「一人で」じゃなかった。パフェとデートする。

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▲パティスリー ビヤンネートル「ペッシェピスターシュ」
私たちこれから、いいところ。

※本連載は次が最終回となります。最終回の更新は1月28日(木)です。

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連載【パフェが一番エラい。】
毎月第2・4木曜日更新

斧屋(おのや)
パフェ評論家、ライター。東京大学文学部卒業。パフェの魅力を多くの人に伝えるために、雑誌やラジオ、トークイベント、時々テレビなどで活動中。著書に『東京パフェ学』(文化出版局)、『パフェ本』(小学館)がある。
Twitter:@onoyax

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