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渡辺優 パラレル・ユニバース 第3話「左右」

 右と左がよくわからなくなります。は? と思われるかもしれませんが、わりと珍しくない症状のようです。最近では左右盲(さゆうもう)という呼び名もついているとか。英語だと「Left-right confusion」。

 左右がよくわかるという方のために説明しますと、咄嗟(とっさ)に左右の判断ができないのです。できないというか、左右の判断がよく外れるというか。「右に曲がって」と言われたときに、結構な割合でなにも疑うことなく左に曲がってしまいます。人に説明するときも同じで、「そこの道を右に曲がって」とこっちは言っているのに相手が左に曲がるのでなんだこいつと思ったらそっちが右だった、みたいなことがよくあります。

 右と左を完璧に理解している人からしたら、なぜ? って感じかもしれません。私だって上と下ってよくわからなくなる、みたいなこと言い出すひとがいたら、「?」と思います。でも上には常に空があるじゃないですか。右にはなにもないです。右手があるだけです。普通に地球で生きていれば上は常に上にあるけど右は観測地点によって変わる。左右など概念でしかないのです。

 私は右利きです。だから、左右がわからなくなったときは「利き腕が右」と考えてその判別をするのですけど、これには二秒くらいかかります。そして、ひとって常に左右を考えながら生きているわけではなくて、私ももう大人ですので、左右くらいはもう慣れたもので無意識に判断して間違えます。

 運転免許を取得したときがいちばん大変でした。右と左と咄嗟の判断のオンパレードです。こっちは歩行者が飛び出してこないか気が気じゃないので「利き腕が右」とか考えている余裕はないのです。「次の信号を左」とかじゃなくて、「次の信号をファミマがある方」とか「今太陽がある方」とか指示していただきたい。

 ちょっとここからは文句なんですけど、左右の判断ってフィーリングに依(よ)るところが大きいくせにフィーリングが似てるじゃないですか? 右と左って漢字も似ています。もっと字から差をつけて、欝(みぎ)、〆(ひだり)くらいに違いがあったら、なんとなく(みぎ)にネガティブな印象を抱いて感覚で切り分けもできたかもしれません。英語のレフト、ライトとかももうふざけてるじゃないですか。なんでラ行でそろえる? そして個人的に言わせていただくと左ってなんだかちょっと右感があるんですよね。特に夜間など暗くなると、右っぽさが強くなる気がするのです、左って。

 左右が得意なひとにこの感覚をどうにか説明したい、と思い考えたのですが、これって、エレベーターの開閉ボタンのマークのわかりづらさに似ている気がします。「▶◀」こういうやつ。これを横向きにした感じの。こっち「▶◀」が「開く」でこっち「◀▶」が「閉じる」ですけど、違う、もう間違えた。こっち「▶◀」が「閉じる」でした。この三角が扉の動く方向を表す矢印なわけで、中心を指している「▶◀」が「閉じる」です。よね? 理屈はわかります。

 でもフィーリングの話をしたら、絶対「▶◀」の方が開いてませんか? 観音開きの扉を開いたときのシルエットにも見えてきました。エレベーターは観音開きではないとわかっているのですけど、この、四方に線が広がっていく感じがいかにも「開く!」って感じです。

 一方、「◀▶」。なんか閉じてます。中央でぴったり閉じてる。
 これは扉のシルエットではなく矢印、と考えればわかるのですけれど、その判断に四秒くらいかかります。エレベーターに乗って、あ、まだ乗る人がいる、「開く」ボタンを押さなければ、という局面で四秒も考えていたら扉が閉まります。なので咄嗟の判断でこっちだ! と思った方を押すのですけど、それで何回か人を挟んだことがあります。左右がわからなくなるのも個人的には似た感じです。

 今、左右盲について書くならちゃんと調べようと思ってググってみたところ、恐ろしい事例を見つけました。左右盲のドクターが手術をしていて左右の臓器を間違えて摘出したことがあるそうです。怖い! というか実際私も歯医者さんで右の奥歯が痛いですと伝えたのにやたら逆の奥歯を見てくるなこの医者は、と思ったらそっちが右だったことがあったのを思い出しました。同じことが臓器でも起こり得るということです。左右盲は命に関わります。もう右とか左とかの曖昧(あいまい)で不確かな概念なんて捨てて、あっちとかそっちとか言いながら指をさす原始的な生き物に戻ってほしいです人類は。

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渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter@YUNICO_UCHIYAMA

※この記事は、2019年9月5日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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