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村山由佳 もみじの言いぶん 第4話「爪をととのえる」

大反響のうちに連載を終了した「ねこいき」こと「猫がいなけりゃ息もできない」。中でも特に多くの読者から愛され、惜しまれつつ世を去った〈もみじ〉の視点で贈るフォトエッセイ。もみちゃん——あの時、そして今この時、あなたは何を思っていたの?
※本連載は2019年3月に『もみじの言いぶん』として書籍化されました。

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 かーちゃんが小学校に上がった頃やから、おおかた半世紀も前の話やけどな。
 新しく買(こ)うてもろた赤いランドセルが嬉しゅうて嬉しゅうて、後生大事に枕もとに置いて寝たんやて。
 朝起きたら、どないなってた思う? 当時、家におった〈チコ〉いう名前の猫が、夜中に乗って爪とぎしよって、ふたが一面おろし金みたいにバリバリの傷だらけやがな。
 一年生のかーちゃんはめっちゃ悲しかったけど、ここで泣いたらチコがかーちゃんのかーちゃんに怒られる、思(おも)て我慢して、そのランドセルで六年間通したらしい。けなげやんかいさ。
 ちゅうか、そんな大事なもんを見えるとこに置いといたらアカンわいな。ランドセルだけやない、家具かて何かてそうやで。
 うちらの前に置いたぁる、ちゅうことは、「どうぞこちらで爪をおとぎ下さい」いうこっちゃんか。そらアカン。あんたが悪いわ。なあ?

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※本連載は2019年3月に『もみじの言いぶん』として書籍化されました。

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。エッセイに『晴れ ときどき猫背』など、近著に『嘘 Love Lies』『風は西から』『ミルク・アンド・ハニー』『燃える波』などがある。

※この記事は、2018年8月31日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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