村山由佳 もみじの言いぶん 第4話「爪をととのえる」
かーちゃんが小学校に上がった頃やから、おおかた半世紀も前の話やけどな。
新しく買(こ)うてもろた赤いランドセルが嬉しゅうて嬉しゅうて、後生大事に枕もとに置いて寝たんやて。
朝起きたら、どないなってた思う? 当時、家におった〈チコ〉いう名前の猫が、夜中に乗って爪とぎしよって、ふたが一面おろし金みたいにバリバリの傷だらけやがな。
一年生のかーちゃんはめっちゃ悲しかったけど、ここで泣いたらチコがかーちゃんのかーちゃんに怒られる、思(おも)て我慢して、そのランドセルで六年間通したらしい。けなげやんかいさ。
ちゅうか、そんな大事なもんを見えるとこに置いといたらアカンわいな。ランドセルだけやない、家具かて何かてそうやで。
うちらの前に置いたぁる、ちゅうことは、「どうぞこちらで爪をおとぎ下さい」いうこっちゃんか。そらアカン。あんたが悪いわ。なあ?
※本連載は2019年3月に『もみじの言いぶん』として書籍化されました。
※この記事は、2018年8月31日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。