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「言葉の舟」刊行記念140字小説コンテスト 予選通過作発表

『言葉の舟 心に響く140字小説の作り方』の刊行を記念した140字小説コンテストの予選通過作を発表します。

応募総数は460編、うち予選通過作は66編でした(予選通過者の辞退があったため計65編になりました)。
「ふね(舟)」というテーマをもとに、自由な発想の作品を多数お寄せいただきました。ご応募いただきありがとうございました。
各賞の受賞者には、7月上旬に改めてご連絡いたします。

選考結果は7月14日(日)開催の「星々文芸博」会場にて発表し、表彰を行います。

その後、受賞作と各賞の選評をホーム社のWEBサイトHBにて発表します。
受賞作・予選通過作は、秋ごろに作品を掲載した小冊子の作成を予定しています。
ぜひそちらも楽しみにお待ちください。
(主催:ホーム社 選考:ほしおさなえ、星々事務局、Kaguya Books)



予選通過作(順不同)

おおとのごもり猫之介
見慣れた景色だが目を凝らしてみると全ての表面にアラビア数字が隙間なく記されていることに気がついた。仕事のせいで頭がおかしくなったのだろうか、吐き気がする。私はこの世界から逃避すべく波を割って海原へ舟を漕いだ。足元から目を逸らす。私の舟が数字で象られたものだとしたら、なす術がない。

安戸 染
舟の語源は不根である。
根は日本書紀における根の国、
スサノオの住処にして黄泉の国の並行世界。
不根とはつまり根ではない現世のこと、ひいては彼方から此方に戻る手段をも表す。
というのは
あの生き地獄から生還した僕が考えた話。
でね、その時使った舟がここにあるんだけど、君、乗る?

千葉紫月
「舟、舟ってそればっかりね」妻が呆れてため息をつく。「たまには孫におもちゃでも買ってあげてよ」息子が憂いて嘆く。「飼うのは良いですけど、ちゃんとペットの面倒見て下さいよ!」息子の嫁がピリピリと苛立つ。「しかし神が舟を作れと言ったのだ」ノアは家族の小言に悩まされながら方舟を作った。

米津京子
初恋の日に、あなたと乗った初めてのボート。ぐらりと揺れて、水しぶきがきらりとはねた。恥ずかしく、嬉しかった。やがてボートは濁流をごうごうと流れていき、どこかの岸にたどり着いたとき、あなたはいなかった。たおやかになった水面(みなも)におやすみを言って、私はボートを降りて歩きだす。

きり。
クジラの形の船で、わたしたちは宇宙の海をゆく。深くてほの暗い海をゆく。地球を出てそろそろ一年。ワープに次ぐワープで、目的地まで、あと半年ほどのところまで来た。ほとんど子供ばかりのこの船は、微妙な不安と、すきとおった希望をのせている。先のことは、まだわからない。クジラ型の船はゆく。

酒部朔
味方のために探照灯を灯した戦艦。途端に狙い撃ちされてしまう。あなたの乗る船だ。沈んでいく。それを私は、心配のあまり魂を飛ばしてきた女たちと見ていた。透けている私たちは誰も救えなくて。私もあなたと行きたくて。朝になる。私たちは体に戻って朝食を作る。今日の家族の命を繋ぐ、泣いてでも。

かわむら しまえ
ベランダに小さい睡蓮鉢を買った。実家から連れてきたメダカたちが、水草の間を元気に泳いでいる。毎朝、父が玄関掃除のとき水を変え、エサをあげてきたメダカだ。スイスイと泳ぎながら、首にタオルをかけて掃除する元気だった父の姿を連れてくる。もう存在しない実家へと繋げてくれる、小さなヒレ。

楢﨑  古都
暗闇のなか素っ裸でたゆたっていると不安よりもやけに鮮明な既視感を覚えた。夢を見るのとは違う。欠けた月明かりに目が慣れてきた頃、わたしは自分の輪郭をにわかに再認識する。生まれ落ちたとき、このからだは人魚だったのだ。尾びれは愚かな願いにより失った。そんな停電の夜の湯船のはてしない海。

高遠みかみ
地球上のふねがみんな、生き物になってしまった日がある。ボートには鳥類の翼が、飛行船には節足動物の足が、宇宙船には人の手足が生えた。重い船も軽い舟もすきなように浮き、地面を走った。人は呆然とその様子を眺めた。零時を回ると、ふねは水面や空に帰ってきた。怪我人はなかった。月があった。

逆盥水尾
白濁の湖水に水尾を引いて、小舟が静かに滑っていく。岩の割れ目から細長く垣間見える黒大理石の洞窟は、こちらを吸い込むような妖しい艶やかさ。割れ目の際まで来ると、船頭はランタンを掲げ、秘密の呪文を口中で呟く。初めは聞き取れないほどのささやきが幾重にも増幅し、やがて洞窟は自ら口を開く。

金森ムル
水底に横たわっていたわたしの軀が引き揚げられたのはいつだったか。陸に晒されたわたしに人間はつぐないだの、戒めだのとさまざまに意味を付したけれど、もうかえらないものたちにそれがなんになるというのだろう。錆朽ちた砲身に蔦を纏わせて、わたしはずっと、ひとつの歴史の残骸であるだけだった。

永津わか
ぱたぱた、ぱたぱた。雨音が街を叩く。雫が頬にとまり、潮の香りが鼻先をくすぐった。「見て、お舟が飛んでる!」子どもが空を指し、天を仰いだ人々は感嘆の息を漏らした。西の空から現れた舟が雲を切って進む。後ろには青い光が広がっていく。「もうそんな時期か」と呟いた老人が笑みをこぼした。


舟が水面を滑っている。ほのかな月が、人影を波間に映す。服がこすれ、人肌に触れる。誰かの恋慕が、夜風を押しのける。髪がなびき、夜が肌を包む。誰かの思慕が、夜風に漂う。冷たい椅子に身を預け、波しぶきが肌を打つ。街の光は既に遠く、夜霧を闇が満たしていく。舟はただ、水面を滑っている。

月越瑠璃
体重をかけた方向に船は沈む。
「たのちーよ!」と中に座り遊ぶ娘は上機嫌。船を模したスプリング遊具は進まない。けらけらと笑う滑舌の甘い風の子は、それでもいいのだ。
幼児の身体、ひとつ分の船は、あと数年。彼女はやがて旅に出る。親の届かぬ果てに。風向きをも自分のものにし、己の船を持て。

コマイトシヒコ
うちの息子は超天才。それに船と宇宙が大好き。「だったら将来、宇宙船でも作ったらどうだ」と言ったら、その気になったらしく、20年後、本当に宇宙船を作ってしまった。ただ、地球自体を宇宙船にしてしまったらしく…。地球の皆さん、巻き込んでごめんなさい。あともう少しで火星に着くらしいです。

森林みどり
癌でもう歩けなくなった父は畳の上をいざる。座礁した船が船底を削るような音がする。この暗礁から逃れようとしてもがいているのだ。まだ進み続けたいのだと。父のスウェットにはたくさんの毛玉がフジツボのように付着している。「取ろうか」と言ったら父は「取らんでいい」とぶっきらぼうに言った。

ジョナサン
こんなに夜遅いのに隣人は洗濯物を回しているのか、と少し船を漕いでいた頭を起こし「ああ、船の音か」と自分が昨日この島に越してきた事を思い出す。机にはまだ書きかけていた便箋が残っていたが、なに、明日でも書ける。今夜は寝ようとまだ新しい畳の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら布団へ入った。

草野理恵子
舟に乗せられ馬が運ばれて来た。首を横にすると体が舟のようだ。馬が口を開く度、真っ白な歯が見えた。島の人々は紙だと思った。昔、人々が崇め愛し憎んだ紙、今はもう亡き紙。いや神か。人々の歓喜の声は馬の降りた舟に乗り青い海の真ん中で沈んだ。ひたひたと島に泳ぎ着いた声は紙の上に身を置いた。

重政侑
私は舟に乗ってこの岸に運ばれてきた。先人たちが生んだ舟の行列が、私まで脈々と続いている。次はお前が舟になる番だと、荒れ狂う海から声が聞こえてくるが、足がすくんで動かない。わからないのだ。丈夫な舟になれるのか、岸まで辿り着けるのか、その岸が舟に乗るものにとって、幸せな地であるのか。

秋透 清太
砂浜を撫でる波の音が遠ざかってゆく。夜の海には近づくな。それが親父の口癖だった。職業柄、海の怖さをよく知っていたのだろう。黒にも似た深い青の世界。海面に広がる夜空が揺れている。なあ、親父。お袋にはもう会えたのか。海人。自分と同じ名の漁船に乗り、月の道を進んでゆく。ただ真っすぐに。

ゆうか
人の世にこれから生まれる魂を、そっと白木の小舟に乗せる。仄かな命が灯篭のようにきらきら揺れる。夜空を仰げば蛍の群れ。そういえば盆も終わり。戻ってきた魂の幽かな灯から零れた光が、あらたな灯に優しくささやく。命はこうして巡っていく。光を湛えて小舟が岸を離れる。あかるい方へ進んでいく。

富士川 三希
昔、雲職人だという祖父と小舟に乗って空を渡ったことがある。祖父が櫂を漕ぐと雲はみるみる形を変え、馬や兎や龍になった。少し手に取ると、ひんやりしていてツノが立つメレンゲみたいだった。あれは誰のための仕事だったのか。「近頃、めっきり同業が減ってしまってね」と祖父が零した、あの仕事は。

まつもとあきこ
故郷に向かう船に乗り遅れてしまい、私は途方に暮れていた。港に佇んでいるうちに、辺りは薄明るくなっていく。空は、夜とも朝ともとれるような色に変わっていた。遠い故郷で沈みかけている夕日が、こちらでは朝日として、水平線から顔を出し始めている。私は故郷を想いながら、その朝日を拝んだ。

右近金魚
渡りの季節が来た。水と果物をたくさん積んで漕ぎ出す。蝶がくる、鳥もくる。皆たまゆら羽を休め、旅の疲れを舟にあずける。少し遅れて道を忘れた魂もくる。おいで。鳥達の歌でくるんであげると、曇った魂の表面に光のさざ波が走り、ふわり風にのった。よい渡りを。空に大きく手をふり、また漕ぎ出す。

相浦准一
気がつくと、小さな木船の上にいた。息子を助けようと、川に飛び込んだのだと思い出す。
「息子は無事ですか?」
櫂を握る男が振り返った。
「息子さんは乗っていませんよ。そろそろ到着です」
対岸には見たことのない花が咲いていた。
「そういうことでしたか……それは本当によかったです」

五十嵐彪太
雪が深く積もった日の早朝、家の前に猪牙舟が停まった。家族は皆よく眠っている。私を迎えにきたのだろう。二階の窓から舟に飛び乗った。雪を掻き分け進む猪牙の揺れが心地よい。船頭が櫓を漕ぐ音も雪に吸い込まれる。無口な船頭は次第に姿を薄くし、ついに独りになった。櫓を握る。行先は雪に任せる。

月町さおり
月に一度、僕らは湖で透明なカヌーに乗る。透けている舟底から湖の中を観ることができる。湖の底には街があって、魚の鱗で出来た店があると妻が話す。先月は死体が沈んでいると言っていた。来月は何を沈ませてくれるだろうか。僕には分からない。だって、僕の足元の景色は緑の水しか見えないのだから。

佐藤のび
晴天。風、波、良し。これから観光船「おと」が出港する。港は見送りの人でいっぱいだ。最後の乗客である船長がタラップを降り、整列した乗組員と共に敬礼をした。引退後の余生は船自身が決める。それがこの海のルールだった。汽笛の音。今初めて「おと」は自らのための航海に出た。どうか、よい旅を。

石原三日月
「舟の花が増えすぎたのでもらってくれませんか」。今年もお隣さんが鉢植えを持ってきた。紡錘形の白い花弁はすべて小さな舟で、舞い散ると同時に千々の方角へ出航する。時には人も乗せるという。誰の元へ行きたくて、毎年こんなに咲かせるのですか。聞けないまま、今年もあなたと幾千の舟を見送る夏。

いわくらなつき
まどろみの中、車掌の汽笛で引き戻される。通路を挟んだ向かいの座席にいたらしいクラスの転校生と目が合ってしまう。互いに舟を漕いでいたのか、自分だけそうだったのか。覚醒した脳でぐるぐる考えていると、照れくささを感じさせる笑みを向けられる。口の形で「おはよう」と初めて挨拶を交わした。

大場さやか
水溜まりの中でくるくると回っている小さな葉の上に乗っている蟻。今の僕はそれくらい頼りない。考えなしに乗った葉の舟が、動きだすなんて思いもしなくて。転覆しそうな舟から落とされないように、必死にしがみついている。それと知らずに冒険は始まる。否応なしに流されて、巡り、困り果て、変わる。

山中電波
坂の上のアパート。今の私の住処。窓から見えるのは白い砂浜にカラフルなパラソル、青い海。地元とは違う。無機質な漁港、灰色の空。まるで鯨みたいな漁船の群れの中に、一際大きい、私の名前が刻まれた船。恥ずかしかった。カーテンを開ける。パラソルの向こう側に、あの船と父の姿が浮かんで消えた。

かのん
「俺はこの舟の神だ。願いを一つ叶えてやる」
 おんぼろ舟を漕いでたら、いきなり龍が現れてそう言った。龍の存在は圧倒的で、本当に神様だと思った。
「お金をくれ! たんまりと!」
 俺がそう言った次の瞬間、舟はお金で溢れかえり、俺自身お金に埋もれた。そして舟はその重さに耐えれず……。

救急箱
カロン。口の中で飴が鳴る音。カロン。彼の口の中には銀貨が一枚。カロン。あなたの主はもう、惑星ではなくなってしまった。黒い波間へ漕ぎ出した船。銀貨を持たぬひとびとは、冥王星の氷山を今も彷徨っている。カロン。あなたの与えた飴は海と、赤いかき氷シロップと、日焼け止めクリームの味がする。

祥寺真帆
寅の刻の終わりかけだ。眠っている妹を抱え、父と母に続き船着場へ向かう。鶯色の海に舟を出す。ときおり母が思い出話をする。鳥居をくぐる瞬間、水面が揺れた。父がこれからのことを話し出す。どこに行くこともないと思っていた舟がどこかへ行こうとしているのだと気付く。朝日が海面を照らし始める。

tomodai
新天地を求め舟に乗り込んだ。穏やかな場所に逃げたかった。楽園は荒れ果て、うまく回っていった世界は粉々になった。身勝手な奴らがいるもんだ。どこまで舟をこげば平和な大地に辿りつくのか。兎が舟に乗せてとやってきた。先祖のカチカチ山の恨みが過ったが、今は力を合わせようとタヌ吉は思った。

通天閣盛男
沈む艦。救命ボートの定員は十三名。私は最後の一人で、十四人目である事を知っている。「一、二、三、四、五、六、七、八」と数えたところで「今何時だ?」と私は尋ねた。誰かが「七時だ」答えると、「八、九、十、十一、十二、十三人。出発!」我々は脱出した。数週間後、十三名の救出が報道された。

波璃飛鳥
霧が晴れてはじめて、船頭さんが人間ではないことに気づいた。見覚えのある三角の耳、ピンと張ったヒゲ。「クロ?」恐る恐る呼ぶと、クロはビクリと尻尾を揺らして振り返った。「ダメだよご主人、まだちょっと早いよ!」瞬間はっと目が覚める。朝の日差しが、ベッドサイドの古い首輪を照らしていた。

こい瀬 伊音
 舳先は水をふたつに裂いてゆく。流れは閉じて舟を進める。このふたつを同時に、同時に、割れても末に会わむとぞ。けれど流れの綴じ目はいつも数ミリ狂ってしまう。こんなちいさな舟なのに。横風におなかをさらせばひっくり返ってしまいそうな。
 哀しくとも舟の前に裂かれぬ水はない。進むのなら。

花明
一匹の蛾が、まるでこの船の紋章であるかのように帆柱にへばり付いている。船が港を離れて久しい。こんなところまでついて来て、と私は思った。もう土も草木も花もない。次にお前が身を浮かせたら、何を頼りに飛ぶだろう。どこまで飛んでゆけるだろう。「分からない」でもそれが人生さ、と蛾が言った。

白花みのり
人々が浮島に暮らし空に生きる時代。少年は両親の目を盗み、飛行船で旅に出た。真昼の月に揶揄われ、北極星に道を訊く。風を読み、積乱雲の山を越え、虹の橋をくぐり、鱗雲の波に乗る。どこまでも広がり、青くきらめく。それはまるでもうひとつの空のよう。御伽噺でしか聞いたことのない海を目指して。

Yoh クモハ
手放すよ、自分であることを。

未来はわからない。
意識は残るんだろうか、どろどろに溶けたからだで。

空(から)だよ。そう殻さ。この舟は超えるはずだ。
一本の糸に託して。

繋がりで織られた形などいらない。
あなたは外から規定するのですか。
名づけることによって、わたしを。

あきら
私の棺に入れた六文銭が手違いで2セットあったそうだ。「余った六文でオプション付ける?」そうフランクに話す渡守は、私のリクエスト通りに初恋の彼へと変身してから舟を漕ぎ出した。良かった、思ったよりもときめかないじゃないか。「あの世でもっといい恋するよ私」彼の顔をした渡守は笑っていた。

kikko
死のうと決めて豪華客船に乗った。甲板には死相の出た乗客ばかり。今回は具合がいいぞと船長が言う。いえ実はこの船は宇宙船で、すぐに宙に浮きあがりたがる。皆様の重い鬱屈が船を抑えつけてくれるのです。陽気な客ばかりの時はどうなるのかと聞くと船長は笑う。どうぞお次の航海でお確かめください。

立原里美
美しく切り揃えられた十割蕎麦が生船の中で呼吸する。やがて手繰られ、啜られ客の胃の腑に落ち着く。「ああ幸せ」「寿命がのびた」のこえに店主の手指が嬉しくはねる。
店も包丁も生船も自ら作ってきた。北の海風が吹き溜まるカラマツ林の奥、日々精進の魂をのせた船繋りがある。

みー
ただ眺めていただけの海に、初めて小舟を漕いで出た。波は繰り返し、私と舟をゆらゆら揺さぶった。陸に戻っても、体にはまだ少し揺れが残っている。それはこの星が生まれてからずっと続く、海の刻むリズム。夜、目を閉じると昼間の航海がよみがえって、私は揺れながら眠りの底に沈んでいった。

星蔦藍
春の配達をしない?昔、知人からバイトに誘われ、朧月の晩に花弁の舟を漕いだ。船尾に腰かけた知人は不思議な歌を口ずさんだ。すると櫂の雫がはねあがり、桜の蕾になった。雛鳥が産声を上げた。だが北の山奥まで辿りつくと、知人は忽然と姿を消した。今年もまた、春が来た。あの歌が聞こえた気がした。

ゆー
港町では、海から離れていても、船の汽笛に気付く。いま、道を歩いていた人が、本を開いていた人が、眠りにつこうとしていた人が、風が運んだ音に耳を澄ませている。その響きは私たちをほんの少しふるわせ、通り抜け、面影だけを残す。一体どこから来て、どこに行くのだろう、と誰かがつぶやいた。

鞍馬アリス
元は巨大な船だったのさ。だから船島。遠目から見れば船の形に森が生い茂っているから、とてもわかりやすい。でも、迂闊に上陸するのは危険だ。船島は仲間を求めている。だから、近づくものは全て船になる。ほら、あのカモメも船の形をしている。人間だって同じさ。気をつけないと、仲間にされるよ?

月野アル
俺は月基地への物資運びのためにいつもの航路を辿っていた。すると、激しい衝撃とともに大きな船に捕縛された。
《我らは月のウサギです。もう隠れてられないと思い貴方に接触しています》
「え、はぁどうも。ぜひ友好を」
少しの間。
《ちっ、侵略者が。失礼、我らは宣戦布告にきたのです》

立花 腑楽
近所の用水路に、見慣れぬ迷い船がいた。連れ帰って庭の池に放したけど、先住の鯉につつかれ、しょんぼりしている。「こりゃ砕氷船だ」と、船乗りだった祖父が言った。寒い国の船に、日本の夏は辛いだろう。お前はどこからきたの? 船体に見えるдやжとかの謎の記号、何かをひやひや訴えかけてくる。

オガワメイ
おでんを食べようとしたら、皿からちくわが逃げていった。窓から外に飛び出して、坂道をころころ転がっていく。逃がすものか。まてまてー。ちくわは止まる気配がない。食べられるなんてまっぴらごめんなのである。港に着くと、ぴょんと出船に乗り込んだ。さようならあ、と手を振っている。

志井芙宇
すべてが沈んでしまうので、私は慌ててその舟に乗ろうとした。しかしその土地の人々は穏やかな顔つきで、空に浮かぶ月を指さした。「何もかも奪われる、早く逃げよう」私は彼らを急かした。彼らの一人が言った。
「違うんです、それは新しい春なのです」
やがて波がすべてを浚い、静寂と春が訪れた。

ちる
怪我をして、海賊船に拾われた人魚がいた。海賊達が彼女を捌いて売ったと思ったかい? やつらは最初はそうしようと思ったんだが、人魚と喋っているうちにすっかり意気投合。人魚は海底の城の暮らしに飽き飽きしていたのさ。今じゃ人魚が歌で人々を引きつけている間に、海賊どもが宝を奪っていくんだ。

斎藤光一郎
箱舟は砕け、船体の半分が波にのまれた。つまり、動物の半分が波にさらわれたのだ。私たちは半分になった船を操って、なんとか生き延びた。その後の顛末は聖書に書かれてある通りだ。しかし、つくづく残念なのは、波にさらわれたあの半分にペガサスもドラゴンもケンタウロスも乗っていたことである。

もこすけ
直にここも消滅する。その前に世界の叡智を探査機へ。いや探査ではない。これは柩だ。人類の記憶を受け取る者の現れんことを。
宇宙で回収されたそれは方舟と呼ばれ数年に渡り研究された。
「これは言語だな。」
わずか解読された所を読み上げる。
「光あれ」
数光年先でプログラムが起動した。

はむ
「地球からの応答はまだないのか」
 未知の惑星を探索中、船長と乗組員は原生生物に襲われ、宇宙船に避難していた。
「いいか、希望を捨てるなよ。希望を捨てたら死んだも同然だ」
 船長は常に語りかけた。乗組員の亡骸の入った宇宙服に向かって、二度と飛び立つことのない、壊れた宇宙船の中で。

石森みさお
灯台守は孤独ではない。何処へも行けずとも、彼の元には世界中のお話が集まるから。ある舟は歌で、ある船は漁火の明滅で、異国のお話を伝えてくれる。そして仕事を終え官舎に戻ると、彼もまたお話を書き綴るのだ。孤独ではない、嵐の海に一人でも。虹のたもとの話を書けたら、船に託す約束をしている。

あやこあにぃ
海沿いの売店。店主が水平線を指すので目を凝らすと、無数の白い小舟が浮かんでいた。黄泉へ向かう舟で、一艘にひとつ魂が乗っているのだという。晴天の砂浜に座り、買ったサイダーを開ける。舟は形も大きさも全部一緒だ。この世がどんなに辛くても、終わりは皆同じ。きっと、そういうことなのだろう。

宝名 彩月
両掌に舞い降りた木の葉に息を吹きかけると、小舟となり、音と光の狭間を進んでいった。音は縦波、光は横波。小舟は波間でくるりと回り、石鹸玉のように弾けて消えた。あとには見知らぬ文字がいくつか浮かび上がって、宙に溶け、少し遅れて微かな言祝ぎが耳に届く。瞼で木漏れ日を受けようと上を向く。

新名
船を送り出す仕事についた。見送るほうが性に合っている。毎日いくつもの船を見送っているが、この仕事ももう長くはない。この星にはまもなく巨大な隕石が衝突し、粉々になって無くなるらしいからだ。旅立つ人たちはみな泣いている。泣きながら見るこの星はうつくしいのだろうか。俺は静かに手を振る。

藍沢空
岩場に流れ着いた小舟には、枯れた花に埋もれた骸骨が横たわっていた。通報を受けて検分すると、色褪せたワンピースを身につけている。独りで寂しかったね。そう話しかけながら納体袋に移そうとすると、ぽっかりと空いた眼窩から、一筋の雫が流れ落ちる。その時、彼女が僕の魂を支配し始めた気がした。

佐和桜介
最後に父を持ち上げた時の感触がいまだに腕の中にある
漕ぐのを止めて色褪せた写真をもう一度見た
小さいボートの上で私が恥ずかしそうに微笑んでいる写真だ
父はずっとこの子に会いたいと話していた
大好きな娘なんだって
「もう思い出してくれた?」
ボートは潮風に吹かれて優しく頷いた

藤田ナツミ
これは私の大切な仕事。月のカケラでできた小舟に乗り、星の光を編んでほのかに光る釣り糸を夜空に垂らす。星々の歌声に合わせて釣竿を揺らすと、毎夜子どもが釣れるのだ。幸せな夢に誘われて、ふわりと天にのぼった子どもたち。私はすやすやと眠る彼らを舟に乗せて家に帰す。それが、私の大切な仕事。

佐々木倫
はじまりの舟が降りたのは砂丘の縁で、周りには人の気配がなかった。櫂が静かに回っている。ひとりでに、音もなく。砂の隙間から無数のカイガラムシが沸き出して舟を覆う。舟は虫たちを乗せて静かに飛び立った。そのとき舟から落ちた虫が我々の祖先なのだという。


選考結果は7月14日(日)開催の「星々文芸博」会場にて発表し、表彰を行います。
その後、作品と各賞の選評をホーム社のWEBサイトHBにて発表します。
秋ごろに受賞作・予選通過作をまとめた小冊子の作成を予定しています。
そちらも楽しみにお待ちくださいませ。


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