【試し読み公開】ゲーム公式ノベライズ『小説版 刀剣乱舞無双』冒頭を公開!
三日月宗近役 声優・鳥海浩輔さん推薦!
美しい情景、臨場感溢れる戦闘描写、細やかな心理描写。浮かんでくる彼らの姿、聴こえてくる彼らの声。その全てが、よきかなよきかな。刀剣男士達の【あの物語】をもう一度......はじめよう。
刀剣育成シミュレーションゲーム〈刀剣乱舞ONLINE〉と〈無双〉シリーズがコラボレーションしたアクションゲームソフト〈刀剣乱舞無双〉。その公式ノベライズ『小説版 刀剣乱舞無双』の発売にあたって、冒頭の一部を試し読み公開します!
西暦2205年 。
歴史の改変を目論む「歴史修正主義者」によって過去への攻撃が始まった。時の政府は、それを阻止するため、「審神者」なる者を歴史の守りとした。
審神者の物の心を励起する技により、刀剣は人の形を得て顕現する。
その名も「刀剣男士」。
彼らは時を遡り、時間遡行軍を率いて歴史改変を目論む「歴史修正主義者」を討つべく戦いを繰り広げる。
序章
懐かしく、心地よい歌が聞こえていた。
閉じた瞼に、穏やかな陽の温もりを感じる。どうやら自分は陽気に誘われるまま、いつの間にか微睡んでしまっていたのかもしれない。
三日月宗近は、ゆっくりと目を開いた。
本丸は、いつものように長閑な空気に包まれていた。桜の花びらが散る中を、のんびりと白い蝶が舞っている。迷うように、なにかを求めるように、ひらひらと。
あの蝶は、かつてこの本丸で激しい戦いのあったことなどなにも知らぬのだろう。それならそれで幸いなのかもしれない。
三日月宗近は傍らのラジオに手を伸ばし、流れる歌を止めた。
すると、周囲が途端に静かになる。静かすぎて、どこか物悲しくなるほどに。
「午睡か、三日月殿」
声の方を見れば、蜻蛉切が屈強な体を揺らし、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。その少し後ろには長髪の艶めかしい刀剣男士、千子村正の姿もある。
「夢でも見ていたかのような顔デスね」
「お疲れなのだろう、少し休んでは」
三日月宗近は「ははは」と頰を緩める。「心配されてしまったか」
と、そのときだった。突如として、本丸を取り巻く気配が一変した。
空は俄かに陰り、底冷えのするような空気に包まれている。陽光は消え、その代わり天には、巨大な円匙で空間を穿ったような大渦がいくつも現れていた。
あの異様な大渦を、三日月宗近はよく知っている。時空の歪み──敵はあの渦を通じて、時空を超えた強襲を仕掛けてくるのだ。
千子村正が息を吞む。
「時間遡行軍……」
渦から次々と落下してくるのは、骨で形作られた蛇、《短刀》。そして黒笠を被った武者姿の《打刀》。魑魅魍魎の姿をした無数の兵士たちである。
夥しい数の時間遡行軍の兵が、本丸を狙って襲撃を仕掛けてきたのだった。
「……ただちに戦闘態勢に入ってください」
三日月宗近らの傍らには、いつの間にかこんのすけの姿があった。この小さな管狐は、時の政府からの伝令役を務めている。敵軍の急襲に動じるでもなく、いつものように淡々と戦闘命令を伝えていた。
本丸を脅かさんとする軍勢を見据え、三日月宗近は太刀の柄に手をかけた。
命じられるまでもない。このような状況、やるべきことはひとつだけだ。
「村正、蜻蛉切。今は……はじめよう」
伯仲の章
1582
天正十年。「備中高松城の戦い」。
織田信長の命を受けた羽柴秀吉が、毛利軍の備中高松城を攻めた戦である。歴史においては秀吉率いる織田軍が終始優勢を保つはずの戦なのだが、歴史修正主義者たちはそれを許さなかったようだ。
高松城外に設けられた織田軍の陣には、時間遡行軍が大挙して攻めこんでいた。襲撃を受けた織田兵たちは、「ひぃぃ! ばっ、化け物ー!」と、逃げ惑っている。
それも無理はない。時間遡行軍を構成する兵たちの姿は、この時代の人間たちにとっては物の怪そのもの。彼らとの戦いは、刀剣男士の役目なのである。
「──斬る!」
山姥切国広の斬撃が、時間遡行軍の《短刀》を水平に両断した。真っ二つに分かたれた骨蛇は声もなく地に倒れ、煙のように霧消する。
助けた織田兵が、「助太刀、感謝する!」と頭を下げた。
しかし山姥切国広には、悠長に応えている余裕はなかった。すぐさま打刀を構え直し、新たな敵に相対する。まだまだ敵は多い。気を緩めている場合ではない。
正しい歴史を守る。そのために、自分たちはこの戦場に来たのだから。
刀剣男士らが本丸に現れた時間遡行軍の軍勢を退けたのは、つい先刻のこと。激闘の空気もいまだ冷めやらぬ中で、こんのすけは刀剣男士たちにこう言い放った。
──皆様を強襲調査の出陣対象に認めます。
強襲調査。耳慣れぬ言葉に、山姥切国広は眉をひそめた。時の政府は、いったい自分たちになにをさせるつもりなのか。
こんのすけによれば、時間遡行軍が生み出そうとしている誤った歴史の流れが、現時点で五つほど判明しているという。そこでこの本丸の刀剣男士を五部隊に分け、それぞれに対処に当たらせるつもりらしい。
──この調査ではあえて、偽史・正史と言わせていただきますが……。
こんのすけはそう前置きをして、今回の調査の内容を告げた。時間遡行軍の介入により、羽柴秀吉がこの備中高松城で敗北を喫することになってしまう。
その誤った歴史──「偽史」を、秀吉勝利の「正史」に戻すこと。それが、山姥切国広ら第五部隊に課せられた任務だった。
山姥切国広にも、そこまでは納得できる。だが不可解なのは、その第五部隊の編成だった。
第五部隊は山姥切国広、山姥切長義の二振り編成。こともあろうに山姥切国広は、山姥切長義を差し置いて、第五部隊の隊長に任命されているのだ。
そもそも刀剣としての〝山姥切国広〞は、本科である〝山姥切長義〞の写しとして鍛刀されたもの。隊長に任じられるような立場ではないはずなのに。
こうして実際に戦場に赴いてもなお、山姥切国広の疑問は拭えなかった。むしろ、増大したともいえる。
「……なぜ俺なんかが先陣を? 第一、写しの俺が隊長など……」
「いい加減にしろ、偽物くん。隊長に選ばれるのは、今回だけではないだろう?」
山姥切長義は淡々と、目の前の《打刀》を斬り伏せていた。一切迷いのない太刀筋だ。さすがは本科というべきか、敵の小隊長格ですら鎧袖一触の手並みである。
山姥切長義の鋭い視線が、山姥切国広に向けられる。
「以前もお前が選ばれていた。この俺ではなく、偽物のお前が。……何度も言わせないでくれるかな?」
「……写しは、偽物とは違う」
山姥切国広にとってはこの調査、なにもかもがわからないことばかりだった。
だいいち、ただ歴史を守るだけの任務なら、強襲調査とは呼ばないはずだ。きっと一筋縄ではいかないなにかがある。
果たして自分のような者が、隊長としてそれをやり遂げることができるのだろうか。
山姥切国広は、傍らのこんのすけに、ちらと視線を向けた。しかしこの伝令役は、戦場の隅でただじっと戦いを見守っているだけ。基本的に出陣先の案内をするだけの存在である。時の政府の思惑など、その顔色から窺い知ることはできない。
山姥切長義は次々と敵を斬り飛ばしながら、「勝手に言わせてもらうが」と、こんのすけに目を向けた。
「俺たちの本丸の状況は芳しくない。政府の支援がなければ永劫に漂流状態だ。この働きで俺の処遇だけでも考え直してほしいかな。是が非でも成功させると政府に伝えてくれ」
相変わらずではあるが、ずいぶん自分本位な物言いである。山姥切国広は、「……っ、お前は……」と嘆息する。
「……皆、漂い続けることがいいとは思っていない。俺たちが今、結果を出すしかないのもわかっている」
そうなのだ。山姥切国広たちが守るべき本丸は現在、とある事情で漂流を余儀なくされてしまっている。自分たちを導く存在であるはずの審神者も不在。時の政府からの任務をこなさねば、帰るべき場所もなくなってしまうのである。
「そうだな」山姥切長義は顔色を変えずに尋ねた。「で、どうする?」
「……今後、指示は主からのものだと思って進める。命令のままに。……これでいいだろ?」
今は、動かねばならない。山姥切国広は己の中の逡巡を断ち切るようにして、鋭く打刀を振り抜いた。織田兵に襲い掛かっていた《短刀》の群れを、一息のうちに弾き飛ばす。
山姥切長義は「その心意気で頼むよ」と、敵軍を指揮する巨大な鬼型の兵──《大太刀》を見据えた。
《大太刀》は、常人の倍はあろうかという大兵である。しかし山姥切長義には、一片ほども恐れた様子はなかった。握った打刀を大きく後方に振りかぶり、
「速やかに済ませようか」
薄い笑みを浮かべ、そのまま疾走。助走の勢いをつけた跳躍から宙で半身を捻り、「ぶった斬ってやる」と、打刀を一閃に振り抜いた。遠心力を加えた強烈な横斬りである。《大太刀》は山姥切長義の強烈な一撃に耐え切れず、轟音と共に地に沈んだ。
「そら、敵に死を与えたよ」
それは脇で見ていた山姥切国広ですら、圧倒されるほどの剣技の冴 えであった。
「……それが本科の力か」
敵指揮官を倒したことで、戦場の趨勢は決した。他の時間遡行軍の兵たちは、蜘蛛の子を散らすように戦場を離れていく。
これであらかた片づいた。陣の奥で様子を窺っていた金兜の将──おそらく、あれが羽柴秀吉だろう──も「おお? 誰か知らんが助かった!」と、ほっとした様子である。
こんのすけが、短い足でちょこちょこと二振りの方へ近づいてきた。
「お疲れ様でした。首尾は上々でしたね」
羽柴秀吉を救いだしたことで、今回の任務の目的は達成した。こんのすけによれば、歴史の流れは無事に正史の範疇に収まったらしい。
山姥切国広は、ゆっくりと打刀を鞘に納めた。なんとかひとつ、任務を終えることができた。
これで人心地つくことができるだろうか。
だが、山姥切長義の顔色は、満足とは程遠いものだった。
「まあ、とても及第点とは言えないな」
「偉そうに。お前に言われることでは……」
「おや、そうかな? 俺は言いつけられた教えを守っているつもりだよ。ずっとお前と同じ部隊に配属されているのは、偽物くんの見張り役をしろという意味ではないのかな?」
山姥切長義はそれだけ言って、山姥切国広に背を向けた。
返す言葉はなかった。山姥切長義には確かに、口だけではない高い実力がある。今回の任務の成功も、その力によるところが大きかった。
写しにすぎぬ自分は、ただ本科の足を引っ張っていただけなのではないだろうか。
「……どうせ俺は……」
山姥切長義の後ろ姿を見ながら、山姥切国広は小さく呟いた。
田中創著/原案「刀剣乱舞ONLINE」より(DMM GAMES/NITRO PLUS)
【『小説版 刀剣乱舞無双』試し読み】
続きは本書でお楽しみください。