第1話 夏の葬列 宇野常寛「チーム・オルタナティブの冒険」
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第1話 夏の葬列 宇野常寛「チーム・オルタナティブの冒険」

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その夏、「僕」はある地方都市に暮らす高校生だった。
愛すべき仲間たちとの変わり映えのない、退屈な、しかし心地よい閉じた楽園が、ある事件をきっかけにゆるやかに崩れていく。
「これは想像力の必要な仕事だ」──それは、世界を変える魔法の呪文。冒険のはじまりを告げる、狼煙のような言葉。
[毎月1回水曜日更新]

design : Akiya IKEDA


 列に並び焼香の順番を待ちながら、僕は先生のことを考えていた。ワイシャツの襟元がむず痒かったけれど、さすがにいつものように2つ目のボタンまで外すことはできなかった。そういうだらしない着方はしないほうがいい、君はもっとピシッとした格好が似合うのだと、いつも先生に言われていたことを思い出した。先生の忠告を僕はいつも聞き流していたのだけど、今になって思えば彼女が自分を気にかけてくれていることが少し、いやだいぶ嬉しかったのだと思う。もちろん、先生も僕がそれでだらしない格好をしなくなるとは考えていなくて、自分が僕のことを気にかけているのだというサインを出したかっただけのはずだった。僕は列の前の生徒たちの見よう見まねで焼香というものをして、遺影に手を合わせた。写真の中で僕が知っているのより少しだけ若い彼女──葉山先生──が笑っていた。出会った人のほとんどがそれだけで気持ちよくなるような、屈託のない笑顔だった。こういう顔が自然とできる人だったのだな、と思うとなにか鈍痛のようなものが胃の少し下から湧き上がってきた。列から離れると、会場の片隅で女子たちが泣いていた。彼女たちは僕と同じ葉山先生の担当していた図書委員の生徒だった。僕の記憶では誰一人として、特に葉山先生と親しかったわけでもなかったはずで、正直言って面白くなかった。高校生が顔見知りの葬儀に出るというのはあまりないことで、誰かが死んでいなくなることを確かめる儀式というものをどう受け止めてよいか戸惑ってしまうということは僕も分かっていた。実際に、僕も葬儀というものに出たのははじめてで、とても落ち着いているとは言えない状態だった。ただ、それ以上に僕は彼女と、葉山先生とほんの少しだけ特別な関係なのだと思っていたところがあって、そのせいでまるで自分たちこそがこの場の主役だと言わんばかりに泣いてみせている女子たちが面白くなかったのだ。どう考えてもそれは傲慢な考えなのだけれど、お前たちに葉山先生のことで泣く資格はないと言いたかった。僕は一刻も早くこの場から立ち去りたくて、斎場を後にした。僕の居場所は、そこにはなかった。

  その日は葬儀に参列する生徒は、午後から学校に戻って授業に出ることになっていた。しかし、僕はとてもじゃないけれどそんな気分にはならなくて、午後の授業はサボると決めていた。かと言って、まっすぐ家には帰りたくなかった。携帯電話には、その頃いつもつるんでいた写真部の仲間たちの一人からメッセージが入っていた。たぶん、遊びの誘いだったのだけれど、僕は気づかないふりをすることにした。
 斎場を出ると、背中にびっしょりと汗をかいていた。夏本番にはまだ少しだけ早いはずだったけれど、梅雨の晴れ間の午後の日差しは十分に強かった。目に止まった道傍の自動販売機でコーラを買って、塀に寄りかかって缶の蓋を開けた。プシュ、と乾いた音を合図に僕はほとんど味も確かめずに飲み干した。仲間たちは僕と葉山先生との関係についてなんとなく知っていて、そして半分は僕に同情していて、もう半分は僕がこうして一人になりたがっていることに格好つけやがってと腹を立てているはずだった。たしかに、僕は格好をつけていると言われても仕方がなかった。僕と葉山先生との関係は、少しだけ特別だった。でも、それだけだった。彼女は、僕のことを少し気に入っていて、ただなんとなく毎日をやり過ごすこと以上の高校生活を僕に味わって欲しいと思っていたはずだった。それは僕にとっては少し……いや、とても大きなことだったのだけど、それを第三者から見たときにはやはり、ありふれた教師と、少し目をかけられていた生徒の関係にすぎなかったのだと思う。

  葉山千夏子は高校の国語教師で、僕が1年生のときに現代国語の授業を担当していた。新卒で配属されたこの学校で5年目だと言っていたので、亡くなったときは27歳か28歳だったと思う。背が高くて首が少し長くて、鼻筋が整っていたけれど目を引くような華やかさはなくて、どちらかと言えば地味で真面目な人だと学校では思われていたはずだ。この田舎の街で、真面目である程度勉強のできる人はとりあえず地元の国立大学か県立の教育大学に進学して役人か教師になることが多いのだけれど、彼女もその類の人なんだろうなと想像していた。その後に話を聞くと実は違ったのだけど、僕は一方的にそう思い込んでいた。それくらい、葉山先生は普通の人に見えていた。彼女の授業も特に面白くもなくて、ある時期まで、僕は彼女の下の名前すら覚えていなかった。

 きっかけは、些細なことだった。1年生の終わり頃、昼休みに葉山先生に呼び出された。はじめて見る職員室の彼女の机はとても整頓されていて、書類を束ねているファイルには同じ間隔で色分けされた付箋が貼ってあった。几帳面な性格なのだな、と思った。そしてどう考えても僕とは合わないだろうな、と思った。呼び出された理由には、まったく心当たりがなかったけれど、だからこれはきっと良くないことを言われる──もっとはっきり言ってしまえば注意を受ける──のだなと思った。そして、実際に半分はそうだった。しかし趣旨は違った。彼女は「どうせなら、図書委員になったらいいと思うんだけど」と切り出した。最初はまったく意味が分からなかったので、随分と無防備にきょとんとした顔をしてしまったと思う。「あまり延滞していると、貸出し停止になるから。図書委員になると貸出しも無制限になるし、読み終わらなかったら自分で返却の手続きをして、もう一度貸出し手続きすればいいから」──そこまで言われて、僕は自分が冬休み明けからこの学校の図書館で借りた本を、事実上「借りパク」していたことを思い出した。僕は小学生の頃から本が好きで、学校の図書館も市の図書館もよく使っていた。興味のあるものはなんでも読んでいたけれど、この頃は、図書館に入っているような古い海外のSFをよく読むようになっていた。好きな本を読んでいる間は、嫌なことを全部忘れられた。この頃僕が好きだったのは、夕食の後に早目に寝て、日付けが変わったあたりに起きて、夜中に読むことだった。寝静まり、誰にも邪魔されずに本を読んでいると、夜明けまでの数時間が無限に感じられた。この頃特に好きだったのはアーサー・C・クラークとカート・ヴォネガットだ。ただ高校生の小遣いで、ハードカバーの本を買うのはハードルが高くて、当時の僕は読みたい本をこれらの図書館で取り寄せて借りるのを楽しみにしていた。けれども、このとき冬休み明けに借りたその小説を、僕は最初の数十ページで放り出してしまっていた。それははじめて読むトマス・ピンチョンの小説で『競売ナンバー49の叫び』という邦題がつけられていた。それはある富豪の遺言管理執行人に指名された女性の物語で、ある種の探偵小説の体裁を取っていた。しかし、それがこの作家の個性なのだろうけれど、あまりにも物語があっちこっちに拡散するのと、比喩として用いられている膨大な固有名詞にウンザリして、主人公が巨大な陰謀の存在を察知するあたりで放り出してしまった。そして僕は自分がとっつきづらい古典に耐えられずに放り出してしまったことをあまり認めたくなくて、部屋の隅に放置して忘れることにした。そのうち、気力が充実しているときにまた挑戦しようと考えていたのだけど、並行して読んでいた他の本に夢中になっている間に本当に返却期限のことも忘れていた。この1年でこういうことが何度かあって、そしてそのたびに図書委員から注意を受けていた。今の僕のクラスにも図書委員がいて、本当ならいつものようにそのあまり口を利いたこともない女子生徒から注意されるはずだったのだけれど、このときはなぜか図書委員会の顧問をしている(と、このときはじめて知った)葉山先生に呼び出されたのだ。
「昼休みの受付の当番が月に1度か2度回ってくるけど、ほとんど借り放題になるから、やったらいいと思う」僕はこのとき、ほとんど何も口にしなかった。彼女が、こうしたはっきりとした物言いをすることも、特定の生徒にこういう関わり方をするのも、どちらも意外だった。この頃の僕は周囲の退屈な大人たち──主にこの学校の教員たち──を小馬鹿にしているところがあって、彼女もそのうちの一人だった。この街の真面目で、勉強がある程度できる人たちのほとんどは役人か教師になることは既に話したけれど、僕はそういった大人たちを、想像力の要らない仕事で人生を摩耗させている、絶望的につまらない人間たちなのだと軽蔑していた。だから、その彼女が自分という個人に関心を持っていることがとても意外だった。本当はこういうことを、怒らせない程度の嫌味で口にしてみたかったのだけど、不意を突かれて、できなかった。一生懸命考えてやっと出た言葉は「じゃあ、いま借りっぱなしになっている本もそのままでいいんですね」という強がりだった。普通に、なら図書委員会に入りますと言えば良かったのだけど、何かひねくれたことを口にせずにはいられなかった。「それは返してもらわないとダメ、規則だから」と苦笑しながら葉山先生は、僕に一冊の本を差し出した。駅前の大きな本屋のブックカバーのかかったそれは、僕が借りっぱなしにしていたトマス・ピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』の文庫版だった。僕は驚いた。それが彼女の個人的な蔵書でそれを僕に厚意で貸してくれようとしているということを理解するのに、少し時間がかかった。国語の教師なのだから多少は本を読むのだろうけれど、自分と同じようなものを読んでいるとは思わなかった。「こういう小説だったら、家にあるのも多いから言ってくれたら貸してあげる。でも、ちゃんと読んだら返してね」
 彼女も、この田舎の学校に自分と同じような本を読む生徒を発見したことを、単純に嬉しく思ったに違いなかった。実際にそうだったのだと、それからしばらく経って彼女は僕に言った。図書委員のミーティングで延滞の常習犯である僕の貸出し履歴が問題になったとき、彼女はそこにある種の共犯者を発見したのだ、と。

 それから、僕は月に1度か2度のペースで、彼女から本を借りるようになった。図書委員になってはじめて気づいたのだけれど、葉山先生は昼休みや放課後に、職員室ではなく図書室のカウンターの奥のデスクで事務仕事をしていることが多かった。僕は彼女から借りた本を読み終えると、彼女にその本を返して、そして次の一冊を借りた。かならず、読んでどう思ったのかと聞かれるので、僕は感想を話した。最初は少し背伸びした感想を言おうとしてうまく言葉にできなかったけれど、何回か繰り返すうちに、普段友達に話す程度には饒舌じょうぜつに話せるようになっていった。そして彼女も、自分がはじめてその本を読んだときの感想を述べた。
 印象的だったのは、小松左京の『果しなき流れの果に』について話したときだった。僕は時空をさまよう主人公の男性の帰りを、恋人の女性が何十年も待ち続けていたことが、物語の最後の着地点になっているところに少し興冷めしたと彼女に話したことがあった。ひねくれた感想を述べることで、背伸びをしたかったと思われるかもしれないけれど、僕は本当にそう感じたのだ。とてつもなく長い歴史の流れに、個人は抗うことができるのかとか、人類の認識を超えた存在をどうとらえるのかとか、そういった大きなものへの想像力を掻き立ててくれる物語を、最後に自分を待っていてくれる女性がいることでまとめてしまうところに、単純に拍子抜けしたのだ。そして僕がこの話をしたときに、葉山先生はぷっと吹き出したのだ。それも失笑とかではなくて、単純におかしかったのが伝わってくる嫌味のない笑いだった。「森本君みたいな若い男の子が、そういう感想をもつの、なんかすごいなあ、と思って」葉山先生がこんな風に、愉快そうに笑うのを僕ははじめて見た(ちなみに、森本というのは僕のことだ)。「この小説はね、戦争に負けて悔しくて、何か信じていた男らしさみたいなものが損なわれてしまったとこの国の男の人のほとんどが思っていた時代に書かれていて、そして支持された小説なの。だから、歴史を書き換えることと、彼女がずっと待っているっていうのは絶対に結びついていないといけなかった。けれど、そういう部分を分かってあげないと、たしかに拍子抜けするよね」──そして、彼女はこう付け加えた。「実は、私も読んだときにちょっとそう思ったんだ」
 その一方で、図書室以外で会う葉山先生はそれまでと何も変わらなかった。葉山先生は授業中も、図書委員のミーティングのときも特に僕に関心を払っているそぶりをみせることはなく、僕は以前とは異なって彼女の授業を真面目に受けるようになったけれど、相変わらず教科書を読み上げて、参考書に書いてあるような通り一遍の解説を加えるだけのその時間はやはり、退屈なだけだった。しかし図書室で、自分の好きな本について話しているときの葉山先生は違った。少なくとも、僕にはそう思えた。図書室での先生の顔は教室や職員室とはまるで別人で、僕はそのことがひどく嬉しかった。少なくともこの学校で、彼女のそんな側面を知っている人間はほとんどいないだろう。今思えば、僕以外にも親しい生徒はいたのだろうし、もしかしたら同僚や後輩と個人的に遊びに行って、こんな顔を見せたりしたこともあったのかもしれない。しかし、あの頃の僕は少なくとも葉山先生は誰か感性の近い相手とこうした話をしたい、という情熱を抱えていて、僕はその相手に選ばれたのだと考えていた。その会話は、10分か、長くても20分もないものだったかもしれないけれど、僕にとっては貴重な時間だった。実際に、僕が彼女から借りた本は全部合わせてもせいぜい6冊か7冊と言ったところだ。僕が図書委員に誘われたのが1年生の2月で、彼女が死んだのが6月の後半だった。間に春休みやゴールデンウィークを挟んでいたので、僕たちの半年もない「共犯関係」の実態は、その程度のものだった。

 2年生になると彼女は僕のクラスの現代国語の担当から外れ、代わりに春から赴任した男性教師が授業を担当することになった。この男性教師は話が巧くて、葉山先生に比べて生徒に人気があった。
 僕はその男性の教師がちょっと苦手だと彼女に言った。本当は別に苦手というほどではなかったのだけれど、そう言った。葉山先生は苦笑した。私は樺山先生みたいに面白く話すことはできないし、いろんなことを知っていてすごいと思う。でも、時々何を考えているか分からないっていうか、ほんの少しも本音でこの学校の人と話す気はないんだろうなって思うときがあるの。分かる? ──僕は黙って頷いた。でも、本当は葉山先生が言っていることがよく分からなかった。僕の知っているその教師は単に調子のいい男だった。たしかに言われてみればその教師の話の巧さはどこか仕事だと割り切っているようなところがあって、特にこの仕事が好きなわけでもなければ、生徒のことを思いやっているようにも見えないなと思った。そして、僕は余計なことを言った。「先生も、こうして僕と話しているときみたいにすれば、もっと人気が出るのに」僕としては、自分が葉山先生と話すことが楽しいのだと伝えたつもりだったけれど、彼女はそうではない部分が気になったようだった。「うん、知ってる」彼女はまた苦笑した。でも、さっきの苦笑とは異なる苦笑だった。ちょっと椅子を引いて、僕から目をそらした。「私の授業、つまらないよね」──僕は、まずいことを言ったなと思ったけれど、後の祭りだった。「自分でも分かっているけれど、あまり人に教えることが楽しいと思えなくて」彼女はそれだけ口にして、言葉を切った。ほんの短い時間だけれど、沈黙が訪れた。
 僕は葉山千夏子の胸に秘めた、知的な情熱のようなものがもっと解放されて欲しいと思う反面、それを知っているのが自分だけだという特権を奪われたくないという相反する気持ちも抱いていた。この分裂した感情が、不意に出てしまったのが2週間前のことで、それが僕と彼女の最後の会話になった。

 僕が最後に葉山先生と言葉を交わしたその日、僕はいつものように放課後に図書室に足を運んで、彼女から借りた文庫本──カート・ヴォネガットの『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』のハヤカワ文庫版──を返した。当番でもないのに図書室に足を運ぶのは、これが3回目だった。今思うと、もう少しちゃんと葉山先生と話しておくべきだったと思うのだけど、なんとなく他の図書委員たちの視線が気になっていて、当番以外の日にはあまり足を運ばなかった。実際に僕は陰で葉山先生のお気に入りだと言われていたらしいのだけど、そのようなことを気にしていたことも僕は後悔することになった。そして、このとき僕が彼女と最後に交わした会話はあまり気持ちのいいものではなかった。それは有りていに言えばその場にいない人間たちの、具体的には他の生徒の陰口のようなもので、そのせいで少し気まずいかたちで僕たちは別れることになってしまった。
 それは放課後の図書室のカウンターの奥でのことだった。そこは僕と葉山先生との「密会」の場所で、そこでそのとき彼女は月に1度くらいの頻度で読書会をやってみたいと僕に言った。森本君とこうして話すようになってそれが楽しくて考えたのだけれど、図書委員を何人か誘って読書会を開いてみたい。毎月一冊、課題図書を決めてそれをメンバー全員で読んで、感想を話し合うという形式がいいのではないか。自分も大学にいた頃にゼミの読書会に参加していたのだけれど、ちゃんと意見を言えなかった。でも、森本君とこうして話していると今の自分なら、しっかりと意見を言えると思うし、その楽しさを他の生徒にも教えたい。だから「こうして二人だけで話しているのではなくて、もっと大勢で」やってみたい──。そう、彼女は告げた。最後に「どう思う?」と僕に意見を求めたけれど、葉山先生が既にこの読書会を実行することに決めていることは明らかだった。そして、僕の頭の中は「こうして二人だけで話しているのではなくて、もっと大勢で」という言葉でいっぱいになっていた。この図書室での時間を、僕は特別なものだと考えていた。葉山先生は少なくとも他の生徒に僕とのこのやり取りのことを話そうとはしなかっただろうし、僕も誰にも話していなかった。

 僕は自分の中に生まれたこの強い負の感情を、なんとか抑え込もうと考えた。他に誰を誘うつもりなのか、と事務的なことを尋ねたのは読書会を開くことそのものに抵抗感があることを彼女に悟られたくなかったからだ。葉山先生は、図書委員の中で中心的な役割を果たしている2年生の名前を二人挙げた。一人は僕と同じクラスの渡辺という女子で、もう一人は服部という女子だった。どちらも教師に好かれるタイプの優等生だった。渡辺は猫と雑貨集めが好きで、休日はよく固いパンのサンドイッチのランチセットを出すようなカフェに足を運んで本を読んでいるということを、聞いてもいないのに図書室の当番のときに話してきた。ミーハーでよく話すお調子者のようでいて、それはただの社交術に過ぎず、裏ではしっかり予習復習をこなして、教師の覚えも目出度くして指定校推薦を狙うような、そんなタイプだった。もう一人の服部は、少し前に課題で地域の社会問題について班ごとにレポートを上げて来なさいという課題が出ると、張り切って地元の図書館の司書をやっている郷土史の研究者とか、少し離れた街にある国立大学の先生に面会して話を聞きに行って褒められていた。なんでもないこの図書委員の仕事に情熱を燃やすタイプで、渡辺と違ってほんとうに本が好きなのだなというのは伝わってくるけれど、自分が「ちゃんとしている」ことを自分に確認するためにどうでもいいことで他人を注意したり説教したりするところがあって、例によって図書委員の仕事そのものは概ねサボりがちだった僕はその主要な標的であり、はっきり言って苦手だった。
 僕はそもそもああいう学校という箱庭に「傾向と対策」をして生きているようなつまらないタイプの優等生と自分とは違うのだとずっと思っていたし、葉山先生もそういった生徒たちのつまらなさを共有しているからこそ、僕に目をかけたのだと思っていたのだけど、それは僕の都合のいい思い込みだった。少なくとも、僕自身が思っているほど葉山先生は僕を特別な生徒だとは考えていなかったし、僕が軽蔑している優等生たちと違うとも考えていなかったのだ。今思えば、これくらいのことでへそを曲げる必要はなかったのだと思うのだけど、このときの僕は胸のざわつきのようなものをうまく飼いならすことができなかった。その結果として、僕は余計なことを言った。正確にはよく覚えていないのだけれど、要するに先生が挙げた生徒たちは、能力的に読書会に相応しくないのではないか、ということをあまり遠回しな表現を使わずに言った。口にした瞬間に、それまで楽しそうに話していた葉山先生の口元から笑みが消えた。僕はすぐに、自分が間違えたことに気づいたけれど、後の祭りだった。そのときの葉山先生の目には怒りのような感情はなかった。彼女は単純に驚いていた。そして、僕のこの発言に、失望しているように見えた。そして彼女は言った。
「森本君がそんな風に他の人のことを言うの、聞きたくなかったな」
 それは小さな、しかし決定的なボタンの掛け違いだった。そして、僕がさすがに何か言わないといけないと思って、そういう意味じゃないんだと否定しようとしたそのとき、その日の当番だった1年生の図書委員が二人入ってきて僕たちの会話は中断された。葉山先生は、今日の作業が終わった報告を受けるといくつかの事務的な用事について二人に話し始めた。僕は小さく黙礼してそのまま図書室を後にした。葉山先生が一瞬、僕を呼び止めようとしたような気がしたけれど、僕は振り返らなかった。これが、僕と彼女との最後の会話だった。

 それから、彼女が死ぬまでの2週間の間、僕は一度も図書室に足を運ばなかった。気にしすぎていたと今では思うのだけれど、それだけのことが、僕には気まずかった。週明けすぐに顔を出そうと思ったけれど、余計なことをもっと言ってしまいそうな気がして、やめた。あと、その週明けの月曜日に、僕が読書会に誘うことに難色を示した女子生徒(渡辺と服部の、渡辺のほう)と葉山先生が職員室の前で話しているのを僕は目にした。それは本当に偶然だった。会話の内容は聞き取れなかったけれど、葉山先生は笑っていた。その笑顔が、僕に図書室で見せる笑顔にほんの少し似ていた。一緒に歩いていた写真部の仲間の一人──駒沢という、僕たちのグループでほぼ唯一他人に毒を吐かない人間──が、葉山先生もあんな笑い方するんだなと口にしたことが、余計に面白くなかった。今考えると、ほんとうに些細なことに嫉妬したと思う。しかし、僕はこのふたつの理由から、その週は図書室に足を運ばなかった。しかし、これは今だから分かる理由で、当時は放課後に友達と約束があるからとか、帰りに買いたいものがあるからとか、図書室に足を運ばない理由を考え出しては自分に言い聞かせていた。

 葉山先生が死んだという知らせを受けたのは、その次の週の月曜日の朝だった。担任の教師が、朝のホームルームが始まるなり「今日は皆さんに悲しいお知らせをしなければなりません」と切り出した。そして「昨晩、葉山先生が亡くなりました。事故だったとのことですが、詳しいことは我々も聞いておりません。後ほど学年主任の中田先生から詳しい話があります」と告げた。僕たちの担任は湯川という若い男性教師で、英語を担当していた。単に教科書を訳していくだけの、進学校の授業としては明らかに手を抜いた適当な授業をする教師で、普段から淡々としていたがこのときは不自然なくらい淡白だった。距離を置いて生徒に接することが、逆に格好いいのだと思っているふしのある人で、僕のような学校行事やホームルームにあまり熱心ではない生徒には都合のいい担任ではあったけれど、このときはさすがに格好つけすぎているのではないかと腹が立った。明日告別式が行われるので、彼女が顧問をしていた女子ソフトテニス部員と図書委員は参列するように。担任は淡々と述べて、教室は騒然となった。事故というけれど、一体何の事故なのかはまったく告げられることはなかった。

 しかし葉山先生の本当の死因は、自殺だった。仕事のこと、健康のこと、家族とか恋人とか友人といった人間関係のこと、これといった動機らしい動機は見当たらなかった。だから警察は難儀しているらしい……。僕はそのことをその日の午後の現代国語の授業中に、例の新しく赴任してきた樺山という教師から聞いた。本来、生徒にペラペラと喋ってよい類のことではないはずだったのだけど、その教師は何のためらいもなく話した。それは実際に僕がどうしても知りたいことだった。この男が、生徒の歓心を買うためにタブーに触れていることは明らかで、その見えすいた魂胆に僕は軽蔑しか感じなかった。

 僕には彼女に自殺しなければいけないような理由があったとは、とても思えなかった。何か思いつめているようにも見えなかったし、少なくともこの半年で変わった様子もなかった。しかし、よくよく考えてみたら僕は月に1度か2度、彼女と借りた本の感想や好きな作家について、少しのあいだ話すだけの関係でしかなくて、実際に彼女がどういう人間で何を考えていたのかは、僕には想像する手がかりすらなかった。彼女が死んだことと同じくらい、年の離れた友人か、ちょっとした師匠のような存在だと思い始めていた彼女について、何も知らなかったことに打ちのめされていた。斎場で見かけた彼女によく似た雰囲気の母親と、お姉さんらしい女性のことも知らなかったし、お父さんがだいぶ前に亡くなっていることも知らなかった。彼女がこの学校の出身ではなくて同じ街の女子校の出身なのも、同級生らしい人たちをたくさん見かけて、はじめて知った。
 僕と彼女の関係はその程度のものだった。そして最後に交わした会話のことを、僕は本当に悔しく思った。よく考えればそんなことはあるはずがないのだけれど、あのときボタンを掛け違えなければ、彼女がなぜ死を選んだのか少しは想像がつくような関係になれたかもしれない。斎場に向かう間も、焼香の列に並んでいるときも、僕はそんなことばかり考えていた。僕はあの日、新しい本を借りずに葉山先生と別れた。だから僕の手元には一冊も、彼女から借りた本がなかった。駅前の本屋のカバーがかかった文庫本だけが、僕と葉山先生のほんの少しだけ特別な関係を証明するもので、僕はそれを手元に残さない状態で彼女と別れたのだ。僕と彼女は、どう考えてもその程度の関係だった。こうして彼女の葬儀に出て、僕はそのことを思い知らされていた。その現実を受け入れることはとても悔しくて、でもどうにもできないことだった。
 焼香を済ませると、引き上げてしまう人もいなくはなかったけれど、高校の生徒たちはまだ控室に残っていた。僕はゆっくりとそこを後にした。大きな黒揚羽が飛んできて、路肩の茂みに咲く花々を物色していた。斎場のモノカラーの内装とそこに集まる人々の喪服につつまれた身体とは裏腹に、外の世界は鮮やかだった。そこには夏の彩度の強い風景が訪れ始めていた。

 僕は飲み干したコーラの缶を捨てる場所を見つけられなくて手に握ったまま、バス停まで歩いた。帰りのバスで、高校の生徒たちと一緒になるのは嫌だったので、他の生徒たちより早い便でここから去ろうと思った。100メートルも歩くと、じっとりとした汗が吹き出してきて、僕は額を腕で拭った。停留所の、薄汚れて読みづらくなった時刻表を読むかぎり、乗ろうと思っていた駅前に戻る便はついさっき出てしまったようだった。次の便が来るのは、30分近くあとだった。時刻は午後の1時を少し過ぎたばかりで、この路線は夕方の帰宅時間まで、極端に便が少なくなっていた。僕は諦めて、バス停のベンチに腰を下ろした。ペンキの半ば剥がれたベンチは、直射日光で生温なまぬるくなっていた。

 バス、全然来ないんだ。困っちゃうね──その声を聞いて、僕ははじめて僕の他にもう一人、バスを待つ人間が停留所に居たことに気づいた。まったく気配に気が付かなかったので、少し驚いてしまった。それは同じ図書委員で、同じ2年生の板倉由紀子だった。特に話したことはないのだけれど、僕は彼女の顔と名前を覚えていた。
 それは端的に言えば、彼女が目立つ生徒だったからだ。由紀子は高校では珍しい転校生で、この4月の2年生への進級のタイミングでこの学校にやって来た。理由は知らないけれど、おそらく親の転勤だろう。それくらいでしか、高校生が住む街を変えるなんてことはあり得ないからだ。

 由紀子はとても整った顔立ちをしていたけれど女優やモデルのような華やかさがあるわけではなかった。彼女はNHKの朝の連続ドラマのヒロインを少し地味にしたような、真面目で明るい、昔気質の教師に好かれそうなタイプで、それだけならクラスに一人は絶対にいるたぐいのありふれた個性だった。しかしそれとは別の次元で由紀子の印象は強烈だった。その理由は明らかで、彼女は圧倒的に大人っぽかった。落ち着いて話すとか、世慣れていそうだとか、そんなことではなく、ただその佇まいのようなものが大人っぽかったのだ。僕も図書室で彼女を見かけるたびに、制服を着ていなければ教育実習に来た女子大学生といったあたりが、いちばんしっくり来るな、と思っていた。
 そして由紀子は、僕に話しかけてきた。ああいう場所、白々しいっていつも・・・思うんだよね。だって、焼香のときに泣いていた人たちって、葉山先生と大して仲がよかったわけでも、なんでもなかったわけじゃない──。僕は驚いて顔を上げた。それは僕がその少し前に考えていたことを、そのまま文字にして読み上げたような言葉だった。そして、それを口にしたのが、それまでほとんど話したことのない女子生徒だったからだ。由紀子は続けた。でも、森本君には悲しむ権利もあるし、泣く権利もあると思う。森本君は、葉山先生と少し特別な関係だった。少なくとも、私にはそう見えていた。だから、森本君にはああやって人前で泣いてみせる人たちを軽蔑する権利があるし、葉山先生が亡くなったことを悲しむ権利もあると思う。一人の人が死んだときに、それを悲しむ権利があるとか、ないとか、そういうことを言うべきではないと考える人もいると思うけれど、私はそうは思わない。悲しむ権利がある人とない人とが、世界にはいると思う。

 僕は彼女が何を言っているのかよく分からなかった。いや、彼女が口にしたことの意味は理解できた。なぜならそれは、僕が考えていたことそのものだったからだ。僕が分からなかったのは、彼女がなぜこのようなことを僕に告げたのかということで、それ以上に僕が驚いたのは彼女がこのようなことを考えながら、僕と葉山先生のことを見ていたという事実だった。
 僕はあっけにとられていた。自分と葉山先生の関係に無神経に言及されたことの不愉快さよりも、それをろくに口を利いたこともないこの女子生徒に把握されていたことと、それを彼女がまるで何もかも知っているかのような言い方で僕に告げてきたことへの驚きのほうが何倍も大きかった。
 そして、彼女の言葉は脆くなっている僕を突き崩すのに十分な重さを持っていた。僕は何か、斜めに構えたことを口にしないといけないと思った。そうしないと、脆くなっている今の自分が決定的に損なわれてしまう。僕はそう思って、彼女に構えた。僕は由紀子に言った。板倉さんの勘違いだよ、僕と葉山先生の関係は、少しも特別なんかじゃない。自分の言葉が、痛かった。
 すると由紀子は鞄から一冊の本を取り出した。鞄は何処にでもあるような黒の肩掛けスクール鞄だったけれど、本には見覚えがあった。その青い背表紙の文庫本は、僕が最初に葉山先生から借りた小説だった。由紀子は言った。これは葉山先生が私に貸してくれた本──でも、私は森本君のように先生から目をかけられていたわけじゃないんだ。私は葉山先生と森本君が、ちょっとした秘密をもっている感じが、なんだか少しうらやましかった。だから少し前だけど先生に、思い切って言ってみた。私にも、本を貸して下さいって。先生は少し困った顔をしたけれど、私にこの本を貸してくれた。先生が困った顔をしているのを見て、先生にとって森本君はやっぱり特別なんだなって思った。けれども、私にも本を貸してくれたのが嬉しかった。だから、私にも森本君の何分の一か、何十分の一くらいは、悲しむ権利があると思う。

 僕は驚いていた。そして、あの日感じた嫉妬に似た感情が再びこみ上げていた。由紀子は僕が葉山先生にとって、特別な存在だったと告げた。しかし、由紀子があの本を手にしているということは、むしろそれが僕の思い込みであることを証明しているように思えた。葉山先生は読書会のメンバーを集めるために、気の合いそうな生徒に何人も声をかけていて、僕もそのうちの一人に過ぎなかったのではないかと、僕はこのとき思った。それは僕が感じていた以上に、僕と葉山先生の関係はその程度のものだったのだ、と思い知った瞬間だった。由紀子が僕に話しかけた理由はたぶん、葉山先生について話したかったからだ。それはよく分かっていた。彼女も僕と同じような気持ちを抱いているのかもしれなかった。でも、このときの僕には、それを認めることがどうしてもできなかった。僕と由紀子が同じだということをどうしても認めたくなかった。

 これ以上、由紀子と一緒にいるのはつらかった。この、何もかも見透かしたような物言いをしたがる女子は──そして実際にある程度見透かす力のある女子は──僕の内面のこの焦げ付くような感情を目ざとく見つけてしまうように思えた。適当な口実を見つけて、その場を去らないといけない。とりあえず立ち上がってから考えようと僕が腰を上げたそのときだった。
 バスはしばらく来ないみたいだから、迎えに来てもらうことにする──そう告げて、由紀子は背を向けた。僕が不意を突かれてきょとんとしていると、振り返って言った。もう一度言うけれど、私は先生と森本君との関係が、少しうらやましかったんだ──。由紀子はそう言い残して、斎場のほうに戻っていった。
 バスはそれからしばらくして、たぶん時間通りにやって来た。前の席に二人、買い物袋を提げたおばあちゃんと、手ぶらのおじいちゃんが乗っているだけだった。後ろのほうの席には誰もいなくて、僕一人だった。バスが動き出して、もう誰も見ていないと思った瞬間に僕は堪えきれなくなっていた。

 週が明けると、学校の中は何事もなかったかのようになっていたけれど、僕はまだ引きずっていた。特に食べたいものも、読みたい本も、行きたい場所も思いつかなかった。一週間もすれば、一日中葉山先生のことを考えていることはなくなったけれど、何をやっても味気ない、という感覚は残り続けた。 

 そんな僕の関心は、次第にあの由紀子に移っていった。彼女は多分、僕と同じように葉山先生に見出されていて、そして僕と同じように葉山先生とほんの少しだけ特別な関係を結んでいた。そして、由紀子は僕とそのことを確認して、葉山先生のことを話したいと考えていたはずだった。しかしその後、由紀子が僕に話しかけてくることはなかった。僕は廊下ですれ違うときや、図書委員の仕事で一緒になったときに、気がつくと彼女の挙動を目で追っていた。しかし、自分から話しかけることはしなかった。あの日、とても動揺していた僕は彼女とろくに話すことができなかったのだけど、こうして時間が経って冷静になって考えてみると、僕と由紀子のあいだには語るべきことがたくさんあるはずだった。僕ら二人がそれぞれ見知っていたことを話すことが、葉山先生がなぜ死ななくてはいけなかったのかを少しでも理解することにつながるのではないか。僕はそう考え始めていた。しかし、僕は由紀子と話してみたくて仕方がなくなっている自分を、あまり認めたくなかった。あの日のバス停でのやりとりがどうにも引っかかって、自分から由紀子に話しかけることが、どうしてもできなかった。そもそも由紀子から僕に絡んできたわけなのだから、黙っていれば彼女から僕に話しかけてくるだろう。そう考えていたのだけど、由紀子は一向に僕に近づこうともしなかった。ただし、葉山先生が死んでから15日目に当たる月曜日までは。

 その日由紀子は、僕の所属する写真部への入部を希望してきた。

(つづく)

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連載【チーム・オルタナティブの冒険】
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宇野常寛(うの・つねひろ)
評論家。1978年生。批評誌〈PLANETS〉編集長。 著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、『母性のディストピア』(集英社)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(朝日新聞出版)。 石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)、『遅いインターネット』(幻冬舎)など多数。 企画・編集参加に「思想地図 vol.4」(NHK出版)、「朝日ジャーナル 日本破壊計画」(朝日新聞出版)など。 立教大学社会学部兼任講師も務める。
Twitter:@wakusei2nd

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