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パフェが一番エロい。|千早茜 第16話

 去年はすっかりパフェにかまけていた。
 まるで恋だった。今もパフェへの愛は続いているが、それこそ恋愛のように、出会いと蜜月を経て、現在はちょっと関係性に落ち着きと安定が生まれている感じである。もちろん別れる気は毛頭ない。

 恋に落ちた瞬間は覚えている。というか、記録している。私淑しているパフェ評論家の斧屋氏と初めてパフェをご一緒させてもらったときだ。あの日以来、私は彼のことをパフェ先生と呼んでいる。それは七月で、桃の季節だった。目白の「カフェクーポラ(CAFE CUPOLA)」、朝の八時半。まっさきに桃パフェとチョコレートパフェを頼んだ私の正面で、パフェ先生はモーニングのメニューを眺めていた。「空腹時にパフェを食べないようにしているのです」と彼は言った。
「どうしてですか?」
「パフェを『食べて』しまうからです」
 なんだこの禅問答のような会話、と混乱する。パフェ先生は多くを語らない。黙々とモーニングセットを食べはじめた。

 甘味好きの私はもちろんパフェを食べたことはあった。けれど、どちらかというとパフェはイベント気分で食べるスイーツだと思っていて、友人と集まったときなどに「パフェ食べちゃう?」とテンションをあげたり、イベント前に「パフェでも食べるか!」と景気づけたりするための食べものだった。
 というのも、私は食べもの同士が混ざり合うのがあまり好きではなかった。潔癖だった幼少期は、おかずの種類の数だけ皿が欲しかったし、お弁当で玉子焼きに他のおかずの汁が沁み込んでいるのを見ると吐き気で食べられなくなった。子供が喜ぶクリームソーダも私にとっては平穏ならざる飲みもので、メロンソーダ部分がアイスクリームで濁らないように細心の注意をはらってスプーンですくっていた。ひとたび緑白色に濁って、油膜のはった白い泡でも浮かぼうものなら一気に心も濁った。『わるい食べもの』単行本に収録されている「果物を狩るけもの」でも書いたが、多種類の果物が液体の中で混ざり合っているフルーツポンチなんて悪夢でしかなかった。

 ケーキはクリーム、ムース、スポンジなどがきっちりと層になっていて、崩れやすい素材が自力ですっと立つ様が美しいと惹かれた。そこから洋菓子好きになり、幾層にも重なった味が口の中で溶け合う素晴らしさに感動して「混ざる恐怖」から解放されたところがある。
 しかし、パフェに対してはまだ偏見があった。パフェグラスという外殻があって自立性が低いのも狡いように思われた。なによりアイスを使っているものが圧倒的に多い。「わー溶ける、溶ける」と焦りながら食べるのは落ち着かない気がした。

 モーニングセットを食べ終えたパフェ先生の前に、桃のパフェがやってきた。まず、写真を撮る。上、横、斜め。それから香りを嗅ぎ、「失礼します」とパフェのてっぺんに刺さったミントの葉を摘み、そっと齧った。誰に対しての失礼なのか。そんな疑問を挟みにくい屹然たる所作。ミントをぽいっと除いてしまった自分に後悔すらわきあがる。上から順にすべて味わうというのがパフェ先生の食べ方で、そこには作法といってもいいような姿勢があった。フルーツがのっているパフェの上部はフォークを使い、中層からスプーンに持ちかえる。頷いたり、唸ったりしながらじっくりと味わっている。ときどき目を閉じている。私なんか存在していないみたいにパフェに集中していた。「アイス溶けますよ」と声をかける隙もない。

 はっと、以前にパフェ先生が一人でパフェを食べにいくことについて自身のツイッターで語っていた言葉を思いだす。近年、一人でなにかをすることを「ぼっち」と呼ぶらしいが、パフェ先生はそれに対して「パフェとデートしているのだから、ぼっちではない」と堂々と主張していた。ものすごい揺るぎなき愛の姿勢! そうか、いま私はパフェとパフェ先生のデートを眺めているのか。
 そう思うと、なんだかどきどきしてきた。パフェ先生はパフェしか見ていない。パフェのすべてを鼻と舌と目で感じている。なにこれ、ちょっとセックスみたいじゃない。え、なに考えてんの私。「パフェは生まれてその日に死んでしまう」もまたパフェ先生の言だが、食べてなくなってしまうパフェとの愛は今この瞬間だけのものだ。そりゃあ集中するだろう。ひたむきな純愛だ。なのに、なんだかエロい。人が一心不乱に食べている姿ってとてもエロい。私はここにいていいのだろうか。

 こちらの動揺はおかまいなしにパフェ先生はきれいにパフェグラスを空にした。ようやく私がいることを思いだしたようにパフェの構造についての話をしてくれる。ほぼ講義。そして、「では」と次の用事に行ってしまった。私はその足でパフェ先生に勧められたパフェを食べにいった。自分が雑な食べ方をしてしまったことが恥ずかしかった。それからはちゃんと記録し、考えながら食べている。どんな料理でも、作られたものを食べるということは作り手や素材との対話である。パフェのアイスが溶けることは作り手の想定内だし、食べる人はアイスが溶けて他の食材と混じり合ったときに生まれる味を素直な気持ちで受け止めたほうが楽しい。その日はずっとどきどきが続いていて、自著の新刊のプロモーション日だったにもかかわらず、会う人会う人にパフェとパフェ先生の話をしてしまい担当編集さんに苦い顔をされた。

 それから私のパフェ愛の日々がはじまった。あまりにツイッターにパフェの写真を載せるので、人に会うたび「パフェ食べてるねー」「パフェ見てるよ」と言われる。「いえ、まだまだです」と答えている。恋愛と同じで、ちゃんと愛せているかいつだって不安だし、どんなに食べても調べてもすべてを知った気になれない。
 最近の楽しみは友人を誘ってパフェに行くことだ。いつも低い声の担当T嬢はパフェを食べている間は声が高くなり、口数が多くなっていた。ほぼ一層ごとに歓喜の声をあげながら「桃より桃ですよ、あーなんだこれ」とか「あっあっここ泡です、消えます、うわースプーン置けないですー」とか言っていた。私も自分のパフェに夢中なのでほとんど返事をしないのに、うわ言のようにずっと喋っていた。一緒に食エッセイを書いている友人は、金髪に黒づくめでSM用の首輪なんかつけているくせに、好みのパフェに出会うと「おいしいねーこれ、おいしいねー」と子供みたいになってしまう。一歳半の姪に初パフェを体験させたときは大興奮されてしまい、急いで店をでなくてはいけなくなった。パフェは人間のふだんの仮面を剥ぐ極上のエンタテインメントだ。

 パフェ先生とはその後も何度かパフェをご一緒した。相変わらずパフェしか見ていないし、パフェの話しかしない。大の大人がパフェを真剣に愛し、それを隠したり恥じらったりしないところが好ましい。愛せるって格好良いことだ。そして、出会うパフェと逐一蜜月を過ごす様はやはりとてもエロい。
 斧屋氏の数々のパフェ名言はぜひ彼のエッセイで味わってもらいたい。

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第2・4水曜日更新

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千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神いおがみ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補となる。著書に『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』やクリープハイプ・尾崎世界観との共作小説『犬も食わない』、宇野亞喜良との絵本『鳥籠の小娘』、エッセイ集『わるい食べもの』などがある。
Twitter @chihacenti

※この記事は、2020年3月11日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

※こちらで書籍化したシーズン1の試し読みができます。


※斧屋さんの数々のパフェ名言はこちらに。


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