ジュリア『My Dream ジュリア 自叙伝』序章
女子プロレス界のトップスター・ジュリアの初めての書き下ろし『My Dream ジュリア 自叙伝』が8月23日に発売されます。
波乱に満ちた生い立ちからプロデビュー、木村花の死、髪切りマッチ、覚悟のスターダム退団とマリーゴールド参戦の経緯、そして海外メジャー挑戦へ。
彼女の歩んできた道とこれからの闘いを綴る一冊。
今回はその序章をここに公開します。
序章 夢
女をナメるな!
「なんでこんなモノ観てるの? 恥ずかしいから、もうやめなよ!」
我慢も限界にきて、思わずそう叫んでいた。
私が初めて女子プロレスを生観戦したのは、22歳の夏だった。私を女子プロレス観戦に誘った男性は、私がきっと喜んで「面白かったです~♫ また連れて行ってください」とでも言うと思っていたのだろう。
部屋の中に蜂の巣でも投げ込まれたような驚きの表情を見せた後、やや時間を取って、心を落ち着けてから彼はこう言った。
「わかったよ、今度はちゃんとしたほうを見せるから。そんな怒んないでよ……」
私がプロレスに心底ハマって、プロレスラーを職業にしようと決めたのは、それから半年後のこと。とにかく最初に見たプロレスは、狭い部屋の中で水着みたいなのを着た女の子が体操で使うマットの上ででんぐり返しをしながら叫び声をあげていて、それを中年男性が取り囲んでニヤニヤしながら見ているという、得体の知れないシロモノだった。
とてもじゃないけど、闘っているようには見えない。観ている人だって、闘う姿を期待しているようには見えない。何を見てるの、この人たちは? 女性が馬鹿にされているような気持になって我慢ができなくなり、私は試合を観ずに期末テストの勉強をするためテキストを広げて読み始めたのだった。
当時の私は、メイクアップアーティストになるための専門学校に通いながら、学費を稼ぐために毎晩キャバクラ勤めをしていた。源氏名はユリア。そのお客さんの中に女子プロレスのファンがいて、「プロレス興行に付き合ってくれたら同伴してあげるよ」なんて言ってきた。
キャバクラの時給は4000~5000円だった。店内で指名してもらえば、1時間で3000円ほどの指名料をプラスしてもらえる。同伴というのは、出勤前にお客さんと待ち合わせして食事したりショッピングをしたりして、そのままお店に同伴出勤すること。それによって指名料と同じぐらいの同伴バックが入るので、ありがたいシステムだ。
ああ、プロレスなら観ているだけで時間が経つし、何を喋ろうかも考える必要はないし、ラクそうだな……。そんな軽い気持ちで、私はお客さんとプロレスを観に行くことにした。だけど、それは失敗だったのかもしれない。ラクなのはいいけど、ものすごく不快。
――もうすぐ試験だってのに。なんでこんな所に連れて来るの? キャバ嬢やっている私を馬鹿にしてるわけ? 以前ポールダンスを観たときはカッコいいなって思えたけど、これは無理。どう見たって体も鍛えてないじゃん。このコより私のほうが強いんじゃないの? それになんで試合の最中にニコニコしてるの?
イライラがついに抑え切れなくなり、私は、この見せ物小屋に連れて来た男性に怒りをぶつけることにした。もしかしたらキャバクラへの同伴の話がなくなるかもしれない。そう自分を制止しようとする小さな自分を、もう一人の自分がブッ飛ばした。関係ない! 女をナメるな!
しばし逡巡の結果、冒頭のセリフを吐いたわけだ。それなりに一生懸命試合をしていた女の子たちには申し訳ないけど、これがプロレスをまったく知らない私にとっては、偽りのない本音だった。
プロレスを観たことがまったくなかったわけじゃない。海外のプロレスが深夜番組とかで流れていて、カッコいい体した人たちだなぁってポケーッと眺めたりはしたことがある。でも、年末にやっているMMAとかK-1とかとは違うモノだな、くらいにしか思っていなかった。なんかルールが違うんだろうな、と。
キャバクラ同伴のお客さんは、本当にプロレスが大好きな人だった。
「総合やK-1より面白いんだよ。観客みんなが感動する試合にするために、体鍛えてさ。わざと相手の技を受けるんだ。殴られても避けない。頭から真っ逆さまに落とされるってわかってても、敢えて投げられて、受け身を取る。本当の覚悟がなかきゃできない格闘技なんだよ」
弱めのお酒をグビグビ飲んでは、息を吸い込むのも惜しがっているようなスピードで、そんなことをまくし立てていた。いつまでも終わらないプロレス解説をボンヤリ聞きながら、へぇー、もしかしたらプロレスって面白いのかもねえ……。初観戦前には、そう思うようになっていて、同伴プロレス観戦の約束の日は、少しワクワクしながら洋服を選んだ。少し強そうな感じのメイクのほうがいいのかな? なんて考えたりしながら。
だからこそ、初めての生観戦は衝撃的だった。でも、私が暴言を吐いたにもかかわらず、お客さんは約束通り同伴で一緒にお店に入ってくれた。席に着くと、私がドレスに着替え終わるのを待ち切れなかったように「今度連れて行くところは本当に日本一のプロレス団体だから大丈夫。恥ずかしいなんて絶対思わないよ!」と猛烈にアピールする。
本当か? アンタの言うこと、若干疑わしいよ? アレだけ自信たっぷりにプロレスの面白さを語っていたのに、実際は……。
「今日はさ、ユリアの予定と合わせなきゃいけないからあそこしかやってなかったんだよ。次回は、プロレスのほうに予定を合わせて観に行こう、ね、お願い!」
なるほどね、じゃあラストチャンスだ。次行って面白くなかったら、二度とプロレスは観戦しないよ。私はそう決めて、専門学校とキャバクラのスケジュールを調整することにした。その人は、今度は万全の態勢を作ろうとした。プロレスを変なモノだと言われっぱなしでは引き下がれない。そんな意地もあったのかもしれない。プロレス界からいくらか袖の下でも貰ってるの? と聞きたくなるくらい、その人は熱心だった。
「予習してほしいんだ! 好きな選手や好きな技があったほうが、観戦してて楽しいから!」
今度は、新日本プロレスの中邑真輔 vs 飯伏幸太や、石井智宏 vs 田中将斗、石井智宏 vs 内藤哲也のDVDを持って来て、私に押し付けてくる。
はぁ~!? 私、専門学校とキャバクラで睡眠時間2時間とかだよ? 鬼なの? なんなのこの人、同じ生き物とは思えない!
そんなふうに思いつつも、私は空いた時間にこの3試合のDVDの再生スイッチを入れてしまった。私をプロレス色に染めた3試合。これがなかったら、私の人生はぜんぜん違うものになっていたのかもしれない。頸椎ヘルニアになんてなってないだろうし、お尻の骨にもトゲなんて生えてなかったし、何より女子プロレスにジュリアは存在しなかった。
新日本プロレスの選手たちの試合は、DVDだったけど私の心を鷲掴みにした。
闘犬みたいにヨダレを垂らしながら、ゴツンゴツンと自分の頭を相手にぶっつけていく石井智宏選手の姿が、私に生きる力を与えてくれた。
夢を叶えるために寝る時間もほとんどない生活を送っていて、楽しいことと言ったらキャバクラの帰りにチョコレートを買ってポリポリかじるぐらいしかなかった当時の私は、自分より大きな相手に立ち向かって行く石井選手の姿を見て、画面にかじりついてしまうほど興奮した。
選手たちがものすごい技を受けても立ち上がるたびに、歯を食いしばりながら応援してしまう自分に気がついた。勝敗なんてハッキリ言ったらどうでもいい。こんな状態になっても、まだ目が死んでいない。こんな状態でも、相手の足にしがみついてでも立とうとする。その姿が、何よりも自分に勇気をくれた。
私、もっともっと頑張って生きなきゃ。
プロレスラーならこんなことで挫けない。プロレスラーならこんなところで弱音を吐いたりしない。プロレスラーなら……。そうやって心の中で呟くと、不思議なくらい学校でも仕事場でも、力が湧いてきた。
まだ、プロレス同伴のラストチャンスの日は来ていなかったけど、DVDだけでもうとっくに、私はプロレスのトリコになっていた。こんな凄いモノがあったなんて、世界中の人に教えてあげたい! と思っちゃうくらい。キャバクラに来てプロレスをあんなに熱く語っていた男性のことを、最初はヘンなやつだなと思っていた。でも、なんとなく彼の気持ちがわかるようになった。私だってもしホストクラブに行ったら、同じことをしちゃうかもしれない。だってプロレス、面白いもん。
そんなある日、私はふと、通常のリングで女性がプロレスをしている姿をまだ見ていないなって気がついた。
一度、トップクラスの女子プロレスを会場で観てみたい。そう思い始めたら、いても立ってもいられなくなってしまって、携帯電話でネットを開いて、今日やってる女子プロレスないかなぁと探した。……おっ、あるじゃん。
一人で行くのはおかしいかなあ? 女子プロレスのお客さんって、この前連れて行ってもらったところは男の人ばっかりだったよね。えーい、ウジウジ悩んでもしゃあない、行ってみよう!
「君は、プロレスに向いてると思う」
プロレス同伴のお客さんにそう言われたのは、私がキャバクラの席で熱いプロレストークを交わすようになり、さらには鈴木みのる選手の入場テーマ「風になれ」や獣神サンダー・ライガー選手の「怒りの獣神」、木髙イサミ選手の「不死身のエレキマン」なんかをキャバクラのカラオケで熱唱し、周りの人に呆れられるくらいになった頃だった。
同伴の人とはけっこう打ち解けていたので、私はメイク学校での出来事や将来の夢なんかを、その人に詳細に話して聞いてもらっていた。彼はプロレスの話がしたくてたまらないのを我慢しているのがバレバレの顔をしながらも、真剣に私の話に耳を傾けてくれた。
もともと私は、ハリウッドでメイクアップアーティストになりたいと思ってメイク学校に通い始めていた。普通のメイクがやりたかったわけじゃない。いわゆる、特殊メイクってやつ。普通の人と違うことがやりたかった。小さい頃から、周りの人と同じなのは嫌だった。洋服や鞄を周りの人と同じ物に揃えようとする子とは、仲良くできなかった。自分は自分。そう思える仕事がしたかった。
華やかな世界で頑張っている人を裏で支えるのも楽しそうだなって思っていた。でも本当は、自分に少し嘘をついていたのかもしれない。中学の頃からの親友には、「メイク学校卒業してもアンタはメイクアップアーティストにはならないよ。途中で見つけた別の道で成功する」と断言されてしまった。占いが得意な親友にそう言われたのが当時はショックだったけど、いま考えるとズバリ当たっている。
どっちにしても当時の私はメイク専門学校に通っている真っ最中だった。その学校は本格的な特殊メイクのコンテストを開催していて、そこで良い成績を出すのが生徒たちの目標。だけど、私が割り当てられたチームは、お世辞にも良いチームとは言えなかった。
みんなでメイクやヘアスタイルのアイディアを出し合うときも黙って下を向いていたり、誰かに指示されるまでポケッと口を開いてたり、途中で実家に逃げ帰ってしまった子もいた。私は、どんなつまんないことでも仕事だったら全力でぶつかるのが好きだから、なんでこんなにみんながチンタラやっているのか不思議で仕方なかった。
親に無理やりやらされてるわけじゃないんでしょ? 自分が好きで専門学校に入ったんじゃないの? そう思って、少し厳しめに仲間に当たったりしたこともあった。結果、チームの中でも、私は浮いていた気がする。
コンテスト当日。チームはバラバラで目も当てられない状態だったけど、私は占いの得意なあの親友をモデルに引っ張り出して、ほとんど一人で考えた衣装、メイク、ヘアセットをほぼ一人で時間内に終わらせ、コンテストで4位になった。1位が取れなかったのが悔しくて泣きながら小さいトロフィーを受け取ったのを、いまでも覚えている。
そんな話をニコニコしながら聞いていた同伴の人に、ねぇ、私ってなんの仕事に向いてると思いますか? と聞いたら、返ってきた答えは「プロレスラー」だったのだ。なんでそうなるのかな?
「いまの日本ってさ、君みたいに仕事に熱心な人は浮いちゃうことが多いと思うんだ。みんな、周りより目立たないように気を使うことのほうが大切なんだよ。特に女子はそうなんじゃないかな?」
なんてこと言うのよ、コイツ。せっかく身の上相談までしてやったのに、私が悪いって言うわけ? 以前、私が働いてたイタリアンレストランの人たちだて、みんな毎日全力だったよ。
「怒った顔になったね、仕事一生懸命やって何が悪いんだって思ってるだろ? ユリアはすぐ顔に出るんだよね! そういうところも含めて、プロレスラー向きだと思うんだ」
えっ、私、怒りを表情に出していたかな? 笑顔で聞いてたつもりなんだけど……。
「いいんだよ、君は間違ってないから。仕事に熱心に向き合えない人に無理して合わせたら君らしくないと思うよ。プロレスはさ、アスリートで個人商売だからね。周りが頑張ってなかったら、やらなかった人が損するだけでしょ? ユリアが熱心にやる子なら、それだけ成功する可能性が高いって世界だから。普通の社会では君は浮くのかもしれないけど、プロレスの世界だったらユリアみたいな人、多いと思うんだよね」
そのときはふぅ~ん、と言って話は終わった。でも私の心の中に、プロレスラーになっている自分が浮かぶようになったのはこの日からだった。
(続きは本書でお楽しみください)
イベント情報
※イベントは終了しました。
2024年8月25日(日)本書の刊行を記念して、書泉ブックタワー(東京・秋葉原)にてサイン本お渡し会を開催します。
開催概要・当日券購入については下記よりご覧ください。
著者プロフィール
ジュリア
1994年2月21日、英国ロンドン出身。2017年10月、アイスリボンでプロデビュー戦。2019年10月にスターダム移籍後はワンダー・オブ・スターダム、5★STAR GP 2022、ワールド・オブ・スターダム、STRONG女子など各王座戴冠。2020年には女子プロレス大賞を受賞し、名実ともに女子プロレス界のエースとなる。2024年春にスターダム退団、新団体マリーゴールドに参加。得意技はグロリアスドライバー、ノーザンライトボム、ヴァーミリオン。