見出し画像

【特別寄稿】消える美術館と生まれる美術館 ナカムラクニオ

先日、「DIC川村記念美術館」の休館が発表されました。惜しむ声が多く挙がる一方で、経営判断としてやむを得ないという声も。HB発の美術コラム〈こじらせ美術館〉シリーズの著者で、国内外の美術館とのお仕事も多いナカムラクニオさんは、最近の美術館をめぐる状況をどうとらえているのでしょうか。

(写真/ナカムラクニオ)


大好きな美術館が消える日

「また、美術館が消えるのか……?」と思った。
 千葉県佐倉市にある「DIC川村記念美術館」が経営を効率化するために休館すると発表されたので、最後の挨拶に行ってきた。平日の午後だったが、かなりの混雑ぶり。多くの人が名残を惜しんで、庭や建物の写真を撮っていたのが印象に残った。実は、来年1月下旬に休館と発表した後、来館者が急増。休館開始は3月下旬まで延期されることとなった。

2025年3月下旬から休館予定のDIC川村記念美術館

 川村記念美術館は、レンブラント、モネ、ピカソ、シャガール、ポロック、トゥオンブリー、ステラなどの傑作を所蔵していることで知られる。庭園も実に素晴らしい。
 
 最も重要なのは、抽象画家マーク・ロスコの絵画が7点飾られた「ロスコ・ルーム」だ。ロスコは、自分の作品が他人の作品と同じ部屋に並ぶことを嫌い、自分の絵だけでひとつの空間を創り上げたいと常に願っていた。
 しかし、彼の理想を叶えた空間は、川村記念美術館を含めて世界に4カ所しかない。この貴重なロスコ・ルームも売られてしまうのか? と気がかりだ。

フランク・ステラ「リュネヴィル」DIC川村記念美術館

 実は、この美術館が所蔵する有名な画家については、『こじらせ美術館』(2021年)、『こじらせ恋愛美術館』(2023年/いずれもホーム社刊)の中でも色々と書いてきた。
 
 レンブラントは、私生活での泥沼裁判の末、無一文になり、最後は破産した。モネは、ジヴェルニーでパトロンの妻との大家族生活をしていた。ピカソは、恋愛遍歴によって画風を変化させた。ポロックはアクション・ペインティングのような激しい自動車事故で死んだ。ロスコは、画家として成功しながら葛藤し、66歳の時、手首を切って自死した……といったぐあいに。
 
 そんな思い入れのある画家たちの作品がずらりと並ぶ美術館の休館は、自分にとっても大きな事件であった。

ジョエル・シャピロ「無題」DIC川村記念美術館

失われたドーナツの穴を求めて

 どんなものでも、いつの日か自然淘汰される。環境や経済状況の変化、人工知能(AI)の発達などによって消える仕事がたくさんある。商品、動植物、職業、言葉、概念なども、消えてなくなることはよくある。
 
 実際、この30年くらいの間に、多くの美術館が失われていった。
 
 1993年に西麻布の交差点近くに開館した美術館、ペンローズ・インスティテュート・オブ・コンテンポラリー・アート(PICA)は、学生時代にアルバイトしていたが、数年で閉館してしまった。
 2014年には、大好きだった清里現代美術館が資金難のため休館。2021年には、品川の美しい邸宅を利用した原美術館も閉館した。
 
 正確には美術館ではないが、ある意味で新しいタイプの美術館とも言える、地域に開かれたアートセンター「3331 Arts Chiyoda」も2023年になくなってしまった。閉館の前、自分も「アーリー90's トーキョーアートスクアッド」展という尖った企画に参加できたのが、本当にうれしかった。こうした思い出深いアートスポットが、東京からほとんど失われてしまった。
 
 自分の実家の近くにある目黒区美術館も、再開発計画のため解体される予定となっている。なぜか大好きな美術館ほど、消えていくような気がする。

閉館してしまった3331 Arts Chiyodaでの展示風景

 少し時代をさかのぼってみよう。日本では、20年ほど前から多くのデパートで美術館が消えはじめた。文化や流行の発信基地だった池袋のセゾン美術館(1999年閉館)、三越美術館(1999年閉館)、東武美術館(2001年閉館)、千葉そごう美術館(2001年閉館)、小田急美術館(2001年閉館)、伊勢丹美術館(2002年閉館)など、次々と閉館していった。
 
 名古屋ヒマラヤ美術館も印象に残っている。運営母体のヒマラヤ製菓が自己破産し、2002年に閉館。所蔵品がみな売却されてしまった。洋画家・ぎしせつの有名な作品なども流出してしまったことが話題になった。実はその後、「名古屋ヒマラヤ美術館所蔵」のシールの貼られた洋画家・ちょうかいせいの油絵が売りに出されたことがあり、ぼくは気持ちが高ぶって贋作を買ってしまったこともあった。
 
 名古屋ボストン美術館も2018年に閉館した。アメリカのボストン美術館の姉妹館で、展示作品はすべてボストン美術館から借り受けるという、斬新なシステムの美術館だった。
 
 ニキ美術館(2011年閉館/那須)、マリー・ローランサン美術館(2011年閉館/長野・茅野市)、星の王子さまミュージアム(2023年閉館/箱根)、相田みつを美術館(2024年閉館/東京・有楽町)、ボクネン美術館(2024年閉館/沖縄)など、個性派の個人美術館も次々に閉館した。
 
 美術館の閉館は、諸行無常。世の中のすべては変化するものなので仕方がない、とも思う。それでも、どこか心の中に美しい思い出だけが残り、失われたドーナツの穴を求め、嘆き悲しむような気持ちになってしまうのだ。

生まれる美術館

 しかし、明るいニュースも多い。新しい美術館が続々とできているのだ。
 2024年6月には、東京の渋谷に「UESHIMA MUSEUM」がオープンした。事業家、投資家である植島うえしまかんろうの現代美術コレクションを展示する新しい美術館だ。「同時代性」をテーマに国内外の現代アートをコレクションしているが、この2、3年で670点もの傑作を購入していたのは驚きだった。
 
 2025年春には「直島新美術館」が誕生する。安藤忠あんどうただの設計で、ロゴのデザインは地中美術館や豊島美術館も手掛けた祖父江そぶえしん。日本も含めたアジア地域の現代アーティストを扱うという。
 館長には、パリの美術館パレ・ド・トーキョーのキュレーターを長く務め、2011年ヨコハマトリエンナーレのディレクターだった三木みきあき子。学生時代にお世話になった美術館、ペンローズ(PICA)の元上司だ。
 
 建物は消えてなくなるが、人は残り新しく生まれ変わる。人や美術品が循環しているだけにも感じる。
 
 世界にも目を向けてみよう。
 2021年に香港にオープンしたビジュアルアートを扱う「M+」(エムプラス)など、画期的な新美術館が誕生している。
 韓国のソウルには、2024年に音を五感で感じる美術館「オーディウム」が開館。設計は隈研くまけんが担当した。また、パリの現代美術館「ポンピドゥー・センター」が2025年にソウル分館をオープンさせる予定もある。

KAWS(カウズ)「Together」パラダイスシティ(仁川)

 最近見てきたなかで最も驚いたのは、2017年、仁川国際空港の近くにオープンした韓国最大の外国人専用カジノ「パラダイスシティ」だ。これは正式には美術館とは呼ばないかもしれないが、実質的に「美術館並みの量と質」がある。
 館内のいたるところに、約3000点ものアート作品が隠れていたのだ。KAWS(カウズ)の巨大な木彫「Together」がショッピングモールのような空間に展示してあったり、文字通りアートの「パラダイス」のようだった。

ヨーロッパにも斬新なコンセプトの美術館が誕生

 ヨーロッパでも、新しいアートスポットが続々誕生している。
 日本の「チームラボ ボーダレス」のデジタルアートミュージアムが、2024年ドイツのハンブルクにオープン。
 2021年には、安藤忠雄が改築設計を手掛けたパリの現代美術館「ブルス・ド・コメルス/コレクション・ピノー」の開館も大きな話題となった。巨大神殿のようなドーム型の歴史的建造物の外観や構造を変えずにリノベーションしたもので、文化遺産と現代美術が融合する斬新な空間となっている。
 元々は18世紀に建てられた商品取引所の建物なので、「ブルス・ド・コメルス(Bourse de Commerce)= 商品取引所」と命名された。訪ねた時は、アメリカの彫刻家チャールズ・レイの展示が始まっており、奇妙な銀色のオブジェが新鮮な空気を醸し出していた。

ブルス・ド・コメルス(パリ、右手)とチャールズ・レイ「馬と騎手」

 近くにある老舗百貨店「サマリテーヌ」は、2021年6月にリニューアルオープン。日本の建築家ユニット・SANAAが設計を担当し、まるで美術館のような佇まいだった。
 また、すぐ横ではハイブランド「ルイ・ヴィトン」のキャンペーンでくさ彌生やよいを模した巨大な人形が設置され、話題になっていた。パリのこの辺りは、街全体が大きな美術館のようにも感じた。

ヴェネチアの運河を望む現代美術館プンタ・デラ・ドガーナ

 安藤忠雄の設計といえば、2009年にオープンした現代美術館「プンタ・デラ・ドガーナ」も素晴らしかった。サン・マルコ広場の対岸、ヴェネチアの運河を望む素晴らしい立地にある17世紀に建てられた税関の倉庫を、現代アートの美術館として改修したものだ。
 積み重ねてきた時間も空間も生かして、レンガとコンクリートが交じり合う斬新な建造物だ。木造トラス小屋組みとレンガ壁が当時の姿に復元された内部には、きめ細やかなコンクリートが日本庭園の砂のように敷き詰められ、清らかなキューブのような空間に見事に生まれ変わっていた。
 
 パリのモンパルナスには、「アンスティチュ・ジャコメッティ」というアルベルト・ジャコメッティの小さな美術館ができた。1913年に建てられた美しいアールデコ様式の邸宅をジャコメッティ財団が修復し、2018年に開館。ジャコメッティのアトリエを忠実に再現した空間を見ることができる。
 さらに、2026年には大規模な「ジャコメッティ美術館」が完成する。パリ万国博覧会のために1900年に建設された旧アンヴァリッド駅の建物の中に、1万点を超えるジャコメッティ財団のコレクションが並ぶそうだ。

アンスティチュ・ジャコメッティ(パリ)の美しいアトリエ

 「作品」は観客の眼によって初めて「芸術」となる

 こうして世界の美術館を巡ってみると、「美術館」という概念は日々、拡張され、変化してきているように感じる。もはや美術館は「何かを保存するための箱」ではなく、「時間や概念を体感するための空間」へと進化しているのだ。
 
 そもそも「ミュージアム(museum)」の語源は、ギリシャ語の「ムセイオン」。すなわち「ミューズ(Muse)=芸術をつかさどる女神たち」の神殿、という意味だ。
 美術館とは、芸術をつかさどる女神たちと戯れる空間なのだ。それがいつの間にか、「文化遺産を研究、収集、保存、展示する箱」というイメージが定着してしまった。
 
「作品」は、観客の眼によって初めて「芸術」となる。美術館と観客が、お互いに新たな関係性を再構築していくことで、新たな芸術が生まれるのだ。
 古今東西、美術品はいつの時代も生々流転する。天から降った雨の一滴が集まって渓流となり、川へと成長、さらに大河になって大海に注ぎ、最後は龍となる。美術館は、そんな雨粒を一時的に集める、雨宿りの空間であればいいのではないかと思う。

ナカムラクニオ「KOJIRASE MUSEUM」(『こじらせ美術館』収録)

プロフィール

ナカムラクニオ
1971 年東京都生まれ。東京・荻窪の「6 次元」主宰、美術家。日比谷高校在学中から絵画の発表をはじめ、17 歳で初個展。現代美術の作家として山形ビエンナーレ等に参加。金継ぎ作家としても活動している。著書に『金継ぎ手帖』『猫思考』『村上春樹語辞典』『古美術手帖』『モチーフで読み解く美術史入門』『描いてわかる西洋絵画の教科書』『洋画家の美術史』『こじらせ美術館』『こじらせ恋愛美術館』『こどもとできる やさしい金継ぎ』などがある。諏訪に古民家を改装した小さな美術館を設立準備中。
X:@6jigen
Instagram:6jigen

更新のお知らせや最新情報はXで発信しています。ぜひフォローしてください!