誕生日改革|賽助「ところにより、ぼっち。」第20話
※本連載が書籍化しました。賽助『今日もぼっちです。』好評発売中
このエッセイが公開される12月24日、世間はいよいよクリスマス一色ですが、その2日前の12月22日は僕の誕生日でした。
子供の頃、楽しみだった年中行事といえば、好きな物をおねだり出来る誕生日とクリスマス、そして直接お金が貰(もら)えるお正月といったところでしょう。
そんな3大イベントのうちの2つ、誕生日とクリスマスがあまりにも近い日に催(もよお)されるということで(なんならお正月も結構近いのですが)、いつの頃からか僕の誕生日とクリスマスが一緒くたに祝われるようになりました。
当然、貰えるプレゼントも1つです。
好きな物をおねだり出来るイベントが1つ減ってしまったことになりますが、両親にとって、出費がかさむイベントが畳みかけるように3回も連続するのは大変だったのでしょう。
しかも、我が家では毎年12月中旬くらいに、親戚一同が集まるクリスマス会が開かれます。
書道教室を開いていた祖母の部屋に座卓を並べ、七面鳥をほおばり、寿司(すし)をつまむというなかなか豪華なイベントですが、このイベントの白眉(はくび)はプレゼント交換とアイス争奪戦になります。
老若男女問わず、それぞれ500円くらいのプレゼントを持ち寄り、『きよしこの夜』を歌いながら用意したプレゼントを隣の人へ回していく、というのがプレゼント交換です。歌い終わった時に手元に回ってきたプレゼントが自分のものになる、というルールで、回している間にどのプレゼントが良さそうだなどと目星を付けたり、結構な盛り上がりを見せていました。
(余談ですが、いつの頃からかビンゴ大会に変更されました。おそらく、『きよしこの夜』がかなりテンポを取りづらい曲調で、タイミングを取れず渡すのが遅れてしまうお婆(ばあ)ちゃんの元にプレゼントが集結しがち、という点が上手(うま)く改善出来ないための変更かと思われます。父親が用意した小さなビンゴマシーンで抽選をするのですが「6」と「9」が似ているため、ちょっと混同しそうになるのが毎年恒例のささやかな笑いポイントになっています)
アイス争奪戦は、予(あらかじ)め買ってきたサーティワンのアイスを、じゃんけんで勝った順に取っていくというシンプルなものですが、10人くらいの親戚家族が一斉にじゃんけんをするので、しばらく『あいこ』が続く、というのが恒例でした。
ちなみに、このアイス争奪戦がクリスマス会の締めのイベントなのですが、10分ぐらいずっと『あいこ』を続けているという、とても阿呆(あほ)……微笑(ほほえ)ましい家族がこの世にいるのだと思うと、ちょっぴり穏やかな気持ちになれるのではないでしょうか。
つまり、この時期のクリスマス会は我が家にとって結構な比重を占めているのです。
両親は共に働いておりましたが、それに加えて食事やプレゼントの用意、更に父親にはクリスマス会で食べるケーキを作るという大役(たいやく)もありました。
そんな中、僕の誕生日まで何か準備をするとなると、これはもう両親にすればブラック企業のデスマーチさながらです。おそらくは両親の中で『働き方改革』がなされ、マネジメントを『最適化』させた結果、僕の誕生日とクリスマスを合同で祝おう、という流れに行きついたのでしょう。
大人になった今ならば、両親の選択にはかなり理解を示すことが出来ます。
しかし子供の頃の僕にとっては、おねだりイベントの消失はかなり手痛いものでした。
しかも、クリスマスの方に吸収される形になってしまっているため、僕の誕生日がないがしろにされている、と感じたのです。我が家はクリスチャンではないのに、僕よりもキリストを優先したのか……と思ってしまうのも、これは無理からぬことでしょう。
そこで僕が考えたアイディアは、『兄と一緒に祝ってもらう』というものでした。
僕には4つ年の離れた兄がいるのですが、彼の誕生日が10月14日なので、その日に僕も生まれたことにしてもらえば、万事解決だと判断したのです。
これが僕の導き出した『最適化』でした。
両親からすると「自分の誕生日を変えたい」などと荒唐無稽(こうとうむけい)なことを言い出されたのですから、大変驚いたことだと思いますが、誕生日ケーキを改めて用意する必要もないし、前後に大きなイベントもないので、そちらの方が都合が良いと判断してくれたのでしょう。
この嘆願(たんがん)は見事に採用され、10月14日が僕の第2の誕生日になりました。
第2の誕生日――まるで再誕したかのような文字列ですが、嘆願が受諾(じゅだく)された年から、僕は兄と共に誕生日を祝われ、クリスマスとは別に好きな物をおねだり出来るようになったのです。
そんな僕の『最適化』は止まりません。
第2の誕生日が訪れると、僕が欲しい物を両親に伝え、両親はそれを与えるか与えないかの会議をし、与えて良しと判断されたものを購入しに出かけ、それを僕に渡す――というのが誕生日の一連の流れなのですが、僕はここを簡略化出来ると踏んだのです。
つまり、僕が欲しい物を両親に伝え、問題がないようならば両親は直接僕にお金を手渡し、僕はそれを握りしめてお店に買いに出かける――この流れこそが最短かつ最適なのではないかと考えました。
両親にとってみれば、物品を買いに行くというのが一番の難関でしょう。
何故(なぜ)なら、その当時僕が欲しがった物と言えばファミコンソフトでしたが、両親からしてみればどのソフトも同じに見えたことでしょうから、店頭で困惑してしまうのは明らかです。しかも共働きでしたから、買いに出かける予定を作るのも一苦労でしょう。
勿論(もちろん)、両親が子供に物を買い与えるというのは、それだけで1つのコミュニケーションになりますし、その構図が大事だという意見もあるでしょう。それを不要と判断するというのはとても大胆な建議でありますが、これこそが僕が両親に提案する『働き方改革』でした。
この提案をされたとき、両親がどう感じたのかは分かりません。ひょっとしたら、「なんとロマンのない子供なのか」とちょっと呆(あき)れていたかもしれません。
しかし、僕は『自分の誕生日を変更してみせる』という剛腕を振るう男でしたので、両親も「もう何を言っても聞かないだろう」と判断したのかもしれません。
この提案も受け入れられ、それ以降、僕は自分の誕生日でもない日に両親からお金を受け取り、自分が欲しいものを買いに行くことが出来るようになりました。
この改革は、自分が欲しいものを自分のタイミングで手に入れられるというメリットがありますが、今思えばそれ以外にも良かったと思うことがあります。
近所にあった小さなゲーム屋さんで買い物をすることになるのですが、物の値段がハッキリと提示されているので、自分が欲しいものがいくらなのかを知ることが出来ます。
また、目当ての物以外にも魅力的な商品が並んでいるので、「自分が本当に欲しい物はこれなのか……?」と何度も問いかけることになりますし、その結果として自分が購入を決断するのですから、買って後悔したとしても、全て自分の責任になるのです。
ひょっとするとこれは、子供にとっての社会勉強の一端を担(にな)うことが出来る『改革』だったのかもしれません。
ちなみに、我が家では今もなお、クリスマス会が開かれていますが、この時期僕は繁忙期ということもあって、あまり参加出来ていません。
プレゼントが集まって大変なことになっていたお婆ちゃんたちはもう亡くなっていましたが、その代わりに、兄はお嫁さんを連れてきますし、従兄弟(いとこ)の家族や、新たに生まれた子供が参加しており、『家族』という集合体の入れ替わりをしみじみと感じます。
僕だけが変わらず、特に誰も連れて行くことがないので、ちょっと肩身が狭いことも、一応ここに記(しる)しておきましょう。
メリークリスマス。
【教訓】『働き方改革』は、仕事の『最適化』が重要なカギ──賽助
賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten
山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。
※この記事の初出はHBの旧サイトです(2019年12月24日)。