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「言葉の舟」刊行記念140字小説コンテスト 結果・選評発表

『言葉の舟 心に響く140字小説の作り方』の刊行を記念した140字小説コンテストの結果および選評を発表します。

応募総数は460編、うち予選通過作は65編でした。
「ふね(舟)」というテーマをもとに、自由な発想の作品を多数お寄せいただきました。ご応募いただきありがとうございました。

選考結果は7月14日(日)開催の「星々文芸博」会場にて発表し、賞状と記念品の贈呈を行いました。本ページでは、そこで発表した選考結果および、選評をまとめています。
さらに今秋、各賞受賞作・佳作・予選通過作とその選評をまとめた小冊子をほしおさなえさんのオンラインショップ(https://hoshiosanae.stores.jp/)および12月開催の文学フリマ東京にて発売予定です。詳細が決まりましたら改めてお知らせいたしますので、どうぞ楽しみにお待ちください。



受賞作・選評

言葉の舟賞(2編)

佐藤のび
晴天。風、波、良し。これから観光船「おと」が出港する。港は見送りの人でいっぱいだ。最後の乗客である船長がタラップを降り、整列した乗組員と共に敬礼をした。引退後の余生は船自身が決める。それがこの海のルールだった。汽笛の音。今初めて「おと」は自らのための航海に出た。どうか、よい旅を。

なんとものびやかな、駘蕩という言葉がぴったりの作品でした。観光船の出航。しかしそこに人は乗っていません。船員や船長さえも。船自身が決めた、船だけの旅だから。船出を見送る人々や、敬礼する船長の姿もあたたかく、読んでいるわたしたちもそののどかさに包まれます。
 人のために長く働いた船。観光船ですから、これまでの航路はせいぜい数時間の短いものだったでしょう。観光客を乗せるという平和で小さな役割を、これまで精一杯つとめてきたのでしょう。その観光船「おと」の自分のための船出です。
 人の世にあるものは、すべてなにかの役割を負っています。そこから解き放たれ、真に自分のために歩めるのは、死出の旅のときだけなのかもしれません。のどかに見える作品ですが、死にゆくものを見送る姿を描いているようにも思えてきます。しかし一瞬後、死は必ずしも終わりを意味するわけではない、と気づきます。それは別の世界への旅立ちなのかもしれない。死のなかにある希望のようなものを捉えたところに、類のない新しさを感じました。
(ほしおさなえ・評)

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右近金魚
渡りの季節が来た。水と果物をたくさん積んで漕ぎ出す。蝶がくる、鳥もくる。皆たまゆら羽を休め、旅の疲れを舟にあずける。少し遅れて道を忘れた魂もくる。おいで。鳥達の歌でくるんであげると、曇った魂の表面に光のさざ波が走り、ふわり風にのった。よい渡りを。空に大きく手をふり、また漕ぎ出す。

 ふねは特別な乗り物です。海という未知の場所に漕ぎ出して行くからでしょうか。死の危険もあり、しかしふねがあったからこそ人間の住む場所は拡張し、文明も発達してきました。
 だからこそ伝説のなかで、ふねは冥界に魂を運んでいく、異界から賜物を運んでくるなどの役割を担います。「ふね」という言葉には、そのようなイメージが内包されています。同じように、古くから、蝶は「息」や「魂」、鳥は「天に魂を運ぶもの」とされてきました。
 長く人とともにあった言葉は、木のように成長し、根を張り、枝を広げ、さまざまな意味を持つようになります。この作品には、そのような深さと広がりを持つ言葉が多数含まれています。そのため、140字とは思えないほど豊かな世界を孕んでいます。
 舟も蝶も鳥も、どこに向かう旅なのか、なぜ渡るのか知らないまま、広い海を渡っていく。みんなそれぞれひとりずつ。ともに渡る鳥や蝶たちを休ませる舟のやさしさ。世界に漂うものたちを慈しむ、祈りのような作品でした。
(ほしおさなえ・評)


星々賞

五十嵐彪太
雪が深く積もった日の早朝、家の前に猪牙舟が停まった。家族は皆よく眠っている。私を迎えにきたのだろう。二階の窓から舟に飛び乗った。雪を掻き分け進む猪牙の揺れが心地よい。船頭が櫓を漕ぐ音も雪に吸い込まれる。無口な船頭は次第に姿を薄くし、ついに独りになった。櫓を握る。行先は雪に任せる。

雪の中を進む猪牙舟、という取り合わせの妙が光った作品でした。
現代を生きる我々にはあまり馴染みのない、猪牙舟という舟が登場します。猪牙という名の通り細く尖った舟です。星々では今回のコンテスト募集の際、贈賞式を行う文芸博の会場近くに今も屋形舟の船着場があることをアピールしましたが、江戸時代には同じく会場近くの船着場から猪牙舟に乗って浅草方面に向かう舟遊びがあったそうです。
物語は、その猪牙舟が語り手のもとに迎えにやって来るところから始まります。家族を置いてどこかへ行くというところから、人の生き死にも想起させられますが、消えた船頭に代わって櫓を握りながら、行き先を雪に任せるラストは冒険譚のようでもあり、解釈は読み手に委ねられています。
積もった雪の中を橇ではなく舟で行く、それも猪牙舟で進むというのが、なんといってもこの物語の肝です。二階の窓から飛び乗れるくらい深く積もった雪と、細く尖った舟がその雪を切り裂くように進む光景がいきいきと目に浮かび、その静けさと力強さに強く心惹かれました。
作品づくりには、ずっと抱えていたものをかたちにするよさもあれば、偶然出会ったイメージを組み合わせ、膨らませる面白さもあると思っています。ことばのふねコンテストと星々文芸博が呼び水となって、猪牙舟というモチーフが選択され、このように素敵な作品ができあがったことを、とても嬉しく感じました。
(星々事務局・評)


Kaguya Books賞

金森ムル
水底に横たわっていたわたしの軀が引き揚げられたのはいつだったか。陸に晒されたわたしに人間はつぐないだの、戒めだのとさまざまに意味を付したけれど、もうかえらないものたちにそれがなんになるというのだろう。錆朽ちた砲身に蔦を纏わせて、わたしはずっと、ひとつの歴史の残骸であるだけだった。

「ふね」というテーマで、沈没した軍艦視点の話が出てきたことにまず嬉しい驚きがありました。「船は浮かんで流れるもの、乗るもの」というところから(もちろん、浮かんで漕がれて進んでゆく「ふね」の素晴らしい作品もたくさんあったのですが)抜け出る発想の転換を評価しています。
また、作品の中で、「ふね」という言葉が一度も出てこないのに、船の話であることがきちんとわかるよう、既存のイメージをうまく使って物語を立ち上げているところが上手だと感じました。具体的な描写は「錆朽ちた砲身につたを纏わせて」だけなのですが、後半にそれがあることで一気にイメージがクリアになると同時に、軍艦である「わたし」の思いに焦点が当たって終わるのが印象的です。
船はとても「命」の長いものですが、つくられ、使われ、沈没し、引き揚げられ、さらに蔦が絡まるまでの時の流れをカイロス的に凝縮していると同時に、色々な人の心の機微をもギュッと詰め込んでいるところに、140字でここまで想像を広げさせてくれるのか、と可能性を感じました。
(Kaguya Books編集部・評)


佳作(10編)

きり。
クジラの形の船で、わたしたちは宇宙の海をゆく。深くてほの暗い海をゆく。地球を出てそろそろ一年。ワープに次ぐワープで、目的地まで、あと半年ほどのところまで来た。ほとんど子供ばかりのこの船は、微妙な不安と、すきとおった希望をのせている。先のことは、まだわからない。クジラ型の船はゆく。

かわむら しまえ
ベランダに小さい睡蓮鉢を買った。実家から連れてきたメダカたちが、水草の間を元気に泳いでいる。毎朝、父が玄関掃除のとき水を変え、エサをあげてきたメダカだ。スイスイと泳ぎながら、首にタオルをかけて掃除する元気だった父の姿を連れてくる。もう存在しない実家へと繋げてくれる、小さなヒレ。

高遠みかみ
地球上のふねがみんな、生き物になってしまった日がある。ボートには鳥類の翼が、飛行船には節足動物の足が、宇宙船には人の手足が生えた。重い船も軽い舟もすきなように浮き、地面を走った。人は呆然とその様子を眺めた。零時を回ると、ふねは水面や空に帰ってきた。怪我人はなかった。月があった。

富士川 三希
昔、雲職人だという祖父と小舟に乗って空を渡ったことがある。祖父が櫂を漕ぐと雲はみるみる形を変え、馬や兎や龍になった。少し手に取ると、ひんやりしていてツノが立つメレンゲみたいだった。あれは誰のための仕事だったのか。「近頃、めっきり同業が減ってしまってね」と祖父が零した、あの仕事は。

相浦准一
気がつくと、小さな木船の上にいた。息子を助けようと、川に飛び込んだのだと思い出す。
「息子は無事ですか?」
櫂を握る男が振り返った。
「息子さんは乗っていませんよ。そろそろ到着です」
対岸には見たことのない花が咲いていた。
「そういうことでしたか……それは本当によかったです」

救急箱
カロン。口の中で飴が鳴る音。カロン。彼の口の中には銀貨が一枚。カロン。あなたの主はもう、惑星ではなくなってしまった。黒い波間へ漕ぎ出した船。銀貨を持たぬひとびとは、冥王星の氷山を今も彷徨っている。カロン。あなたの与えた飴は海と、赤いかき氷シロップと、日焼け止めクリームの味がする。

オガワメイ
おでんを食べようとしたら、皿からちくわが逃げていった。窓から外に飛び出して、坂道をころころ転がっていく。逃がすものか。まてまてー。ちくわは止まる気配がない。食べられるなんてまっぴらごめんなのである。港に着くと、ぴょんと出船に乗り込んだ。さようならあ、と手を振っている。

斎藤光一郎
箱舟は砕け、船体の半分が波にのまれた。つまり、動物の半分が波にさらわれたのだ。私たちは半分になった船を操って、なんとか生き延びた。その後の顛末は聖書に書かれてある通りだ。しかし、つくづく残念なのは、波にさらわれたあの半分にペガサスもドラゴンもケンタウロスも乗っていたことである。

あやこあにぃ
海沿いの売店。店主が水平線を指すので目を凝らすと、無数の白い小舟が浮かんでいた。黄泉へ向かう舟で、一艘にひとつ魂が乗っているのだという。晴天の砂浜に座り、買ったサイダーを開ける。舟は形も大きさも全部一緒だ。この世がどんなに辛くても、終わりは皆同じ。きっと、そういうことなのだろう。

新名
船を送り出す仕事についた。見送るほうが性に合っている。毎日いくつもの船を見送っているが、この仕事ももう長くはない。この星にはまもなく巨大な隕石が衝突し、粉々になって無くなるらしいからだ。旅立つ人たちはみな泣いている。泣きながら見るこの星はうつくしいのだろうか。俺は静かに手を振る。


選考委員について

ほしおさなえ
小説家。「活版印刷三日月堂」「菓子屋横丁月光荘」「紙屋ふじさき記念館」「言葉の園のお菓子番」など文庫シリーズ多数。2012年より自身のTwitter(現X)で140字小説を公開。2023年、全ページ活字組版で印刷した140字小説集『言葉の窓』を刊行。

星々事務局
オンライン文芸コミュニティ「星々」を小説家・ほしおさなえとともに運営。2020年に発足し、オンライン小説創作講座、140字小説コンテスト、短編小説コンテストなどの活動を行う。小説を中心とした雑誌「星々」を年2回刊行。

Kaguya Books
Kaguyaは、出版レーベルKaguya Books、最大4000字の短編小説のコンテスト〈かぐやSFコンテスト〉、ウェブマガジンKaguya Planetを運営するSFレーベル。Kaguya Booksから、徳島・京都・大阪を舞台にした《地域SFアンソロジー》シリーズなどを刊行している。



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