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第十四話 婚活とカバラ十字 滝本竜彦「超人計画インフィニティ」

老いと死の不安を乗り越えるために「超人計画」が再始動する。滝本竜彦によるハイブリッドノベル!
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illustration 安倍吉俊


  この世に人間として生まれたからには、結婚したい。それが人情である。
 人間とは自分一人では不完全な存在なのだ。一人では埋められぬものを、結婚という永遠の誓いによって埋めることができるのだ。さらには生物のリプロダクション機能によって家族を増やし、社会に貢献することができるのだ。
 このように結婚の利点は計り知れない。
 特にこの俺と青山が結婚することについては、極めて多くのシナジーが見込まれる。
 俺は青山に『超人化の技法』をより深く教えることができる。
 また青山は、俺というこの世で一番好きな男と暮らすことで、プライスレスな幸せを得ることができる。
「…………」
 そんな俺の一方的な思いは、『私は昔、人を殺したことがあるんです』という唐突なジャンル変更宣言で打ち破られた。
 人生、長く生きていると、そういうことはよくある。
 中でも避けたいのが、急な『闘病もの』へのジャンル変更だ。健康だけには気をつけたい。
 それ以外に、『クライムサスペンス』もまた実人生で体験するのは避けたいジャンルである。
 青山のマンションの一番奥の小部屋に立ちすくんでいた俺は、気を取り直すと、今この瞬間の流れを『ラブストーリー』に引き戻すべく青山に声をかけた。
 ネットの記事で見たが、女を相手にするには共感が大事らしい。そんな判断から共感成分を多めに。
「人を殺しただって? まあいいんじゃない? そういうことってよくあるよ」
「ぜんぜんよくないし、よくありませんよ! 何言ってるんですか!」
 俺は度量の大きさを見せた。
「昔の男のことはもう忘れようぜ」
「忘れられませんよ! 神城さんは、神城さんは……この世では生きていけないと思っていた私を力付けてくれた、私の命の恩人なんですから」
「恩人を殺したのかよ。ひどすぎないか?」
 瞬間、青山は顔を手のひらに埋めて泣き始めた。
 何か深く重い過去を抱えていそうである。その内容にまったく興味はないのだが、俺には夢がある。青山と結婚するという夢だ。
 その夢を現実のものとするには彼女の涙を止め、流れをラブストーリーに戻し、その上でプロポーズしなければならない。
 俺は青山の背を叩いて慰めた。
 だがいつまでも涙は止まらなかった。心の中に抱えている未消化の感情が大きすぎて、このままでは朝まで待っても、雰囲気がラブストーリーに回帰しそうもない。
 仕方がない。
 聞きたくないが、聞くしかない。
「何があったんだ? 青山さんとその……神城とやらの間に」
「ひぐっ。あれは私が高校に入学したばかりのころです……」
 青山は嗚咽しながらも勢いよく語り出した。どうやらこの過去こそが、青山が真に俺に打ち明けたかったものらしい。
 長くなりそうだったので、俺はマンションの小部屋から、リビングのソファへと移動し、戸棚からお茶セットを取り出して、芳しき香りのダージリンティーを勝手に淹れると、傾聴の構えをとった。 

  不登校気味だった青山は、ネットを介して神城という男と仲良くなった。神城は青山より一回り年上の、東京大学で哲学を学んだ男だった。
 神城は、当時JKだった青山の抱える悩みを、雄大なる西洋哲学の知的枠組みを通じて、なんとなくわかったような感じにさせていった。
 しかし青山をもっとも強く感化させたのは、西洋哲学よりも、かつて千円札を飾っていたことのあるあの英文学者が理想としていた言葉であった。
 神城は長文メールで青山に語った。
『青山さんには西洋哲学よりも、文学の方が向いているかもしれないね。だとしたら僕の学校の先輩にあたる夏目漱石の言葉を送ろう……則天去私』
『なんですかそれ?』
『天に則り、私心を捨て去る。すなわち、自分自身の小さな思いにとらわれず、大きな導きに自らを委ねて生きよという意味の言葉さ。現代人にとって天の導きなんて、あまりに漠然としたものに思えるかもしれないけど、高校生活での悩みを相対化するには役立つかもしれないね』
『そうか! 則天去私に生きるべきなんですね、私は!』
 翌日、青山は学校を辞め、自らの事業を起こした。
 二度の失敗ののち、青山の事業は軌道に乗り、彼女に莫大な富をもたらし始めた。
 その間、神城は健気にメールで青山のメンターを務めていたが、次第に青山の精神的スケールが神城を超え始め、メールのやり取りは滞りがちになっていった。
 そんなある日、神城から『一度、リアルで会ってもらえませんか?』との誘いがあった。神城に興味を失いつつある青山だったが、長年の文通相手ということで特に警戒することもなく、中央線の駅のドトールで神城と会った。
 開口一番、神城は言った。
『青山さん、好きです。僕と結婚してください』
『え、いや、その……』
『ダメだっていうんですか。僕が青山さんより一回り年上で、大学卒業後も日雇い労働に身を置いているから結婚するに値しないっていうんですか?』
 俺は共感性羞恥でどっと冷や汗をかきながら、青山のラグジュアリーマンションのソファで神城の行動を批判した。
「いきなりプロポーズするなんて、何考えてるんだその男」
 その言葉がブーメランとなって俺を切り裂く。一方的な気持ちの燃え上がりほど、気持ちの悪いものはない。
「でっ、ですよね! 私、びっくりしちゃって何も言えなくて」
 ドトールで青山が押し黙っていると、神城はいきなりテーブルをどんと拳で叩くとわめき始めた。
『青山さん! 君は労働者の苦しみを何もわかっていないんだ! 冷たい隙間風、地震が起きたら倒壊間違いなしの木造アパート、そんなところに君は住んだことがないだろ! 君はいつも悩み事を僕に伝えてきたが、君はぬるま湯の中でずっと守られて生きてきたんだ!』
「ははは。なんだ、急に貧乏マウントかよ」
「かっ、神城さんは立派な人ですよ。私がぬるい環境で生きていたのは本当ですし、彼のおかげで私は目覚めて、学校に行く恐怖から解放されたんです!」
「でも青山さん、殺したんだろ。その恩人を」
「まあ……そうなりますね」
 神城はその後、貧乏マウント、学歴マウント、知識マウントなどを青山に対して仕掛け、精神的優位を勝手に確立したのち、再度、青山に結婚を申し込んできたという。
 男女の間にあるのは勝ち負けではなく、恋愛は優劣ではないというのに、なんと愚かな。
「当然、断ったんだろ?」
「ええ。ですがそのせいで……」
 神城の精神は完全に闇に呑まれてしまったという。
 神城はいきなり政権批判を始め、それから貧しい人間の生活に目を背ける青山の批判を始め、それから『この世界はダメだ。この世界に生きる青山さんもダメだ!』と包括的な捨て台詞を残してドトールを出ていった。
「それから毎日、『結婚してくれなければ死ぬ』というメッセージが来るようになって」
「怖すぎだろ」
「それでとうとう私、頭に来て、『いいですよ。死んでください』ってメールを送り返しちゃったんですよ。そしたら!」
 翌日、樹海でロープを木の枝に結びつけた神城の一人称視点の写真が送られてきたという。
 そこまで話した青山は、また手のひらに顔を埋めて嗚咽を始めた。俺は精一杯、慰めた。
「まあいいじゃないか。生と死は等価値だってカヲルくんも言ってたし」
 青山は昔のアニメキャラの名台詞を知らないらしく、何の反応も見せず嗚咽を続けた。
 そのまま三十分くらいしてやっと泣き止んだかと思うと、青山はいきなり俺を睨むように見つめてきた。
「滝本さん!」
「ん?」
「私と結婚してください!」
「な、なんでまた?」
「私、ずっと考えていたんです。もう二度と神城さんのような可哀想な人を生み出してはいけないって」
「それが俺に何の関係があるんだ」
「社会のボトムを学ぶために私、倉庫仕事しながら、考えていたんです。次また神城さんみたいな人が私の前に現れたら、私が全力でその人のことを救ってあげるって」
「へえ……」
「滝本さん、あなたです!」
「な、なにが?」
「神城さんみたいに難しいことを考えていて、そのくせそれが社会的な価値に全く結びつかず、食うや食わずの生活をしている滝本さん……あなたを私が救ってあげます!」
「…………」
「神城さんのことは私、見殺しにしてしまいました。でも滝本さん、あなたのことは救いますよ! 罪滅ぼしとして!」
「ってことは、さっきプロポーズしてくれたのも、その『罪滅ぼし』の一環ってことか?」
「そうですよ。私が一生、滝本さんを養ってあげますから」
「じゃ、じゃあこのマンションに住まわせてくれたのも」
「そうです。滝本さんが生きるのが苦しくならないよう、いい環境を用意してあげます」
「ま、まさか……俺に対して好意があるような素振りを見せているのも、俺の超人ワークショップに五万円払ってくれたのも、俺を憐れんでのことだったのか?」
 青山は静かにうなずいた。
 瞬間、俺が今まで積み上げてきた自信が、神のいかづちに打たれたバベルの塔のごとく崩壊した。
 青山は俺の超人理論になど何の興味も持っていなかったのだ。ただ自分の過去の人間関係で生じた罪悪感を紛らわすためのお人形として、俺を利用していたのだ。
 青山が俺に向ける好意と尊敬、それはすべて過去の男に対する病的な罪悪感から生じた心の病いがなせる業だったのだ。
「どうです、滝本さん。こんな私ですけど、滝本さんを幸せにしてあげるというのは本気ですよ」
「…………」
「あの可哀想な神城さんにあげられなかったものを、全部滝本さんにあげますよ。今の私があるのは全部、神城さんのおかげなんですから。学校でも、家でも、居場所がありませんでした。神城さんとのメールのやりとりだけが、私が私でいられる場所だったんです。あなただけが私を理解してくれたんです。だから今度は私があなたの居場所を作ってあげますよ。あなたのこと、全部なにもかも受け入れますよ。結婚してください」
「ちょ、ちょっと別室で考えてくる」
 俺は彼女のどろりと濁った瞳、その奥で何年もかけて培われた闇に呑まれることを避けるため、リビングを出て青山の仕事部屋に一時避難した。 

  後ろ手でドアを閉め、アーロンチェアに腰を下ろしてため息をつき、考え込む。
 青山は俺に『考えすぎの社会不適合者』という人間のテンプレートを投影し、そこに神城という死んだ男の幻影を見ている。
 そんなやつと結婚なんてできるわけがない。
 だがそういった事情を無視すれば、青山という見た目が俺のタイプの女と結婚できる。
 それに伴ってタワマン暮らしも手に入る。金をせびれば喫茶店代ぐらいはもらえるだろう。
 毎日、喫茶店に通えたら俺の文筆仕事も捗る。ヘミングウェイと同様、俺もカフェでこそ仕事が捗るタイプの人間だったのだ。
 そうは言っても、人の心の闇を利用して結婚するのは気が引けた。
 やっぱり断るべきか。
 だがそうすると、俺を待っているのはあの日当たりの悪いアパートでの一人暮らしだ。
 四十を超えての一人暮らしはメンタルに悪いとネットでは囁かれている。
 今のところ俺は完全なる正気を保っているが、あんなアパートで一人暮らしをこの先も続けていったら、SNSに多くいる心のバランスを崩した人間の仲間入りをしてしまう日は近い。
 だいたいにおいて、実際問題、寂しい。
 毎日、顔を見て言葉を交わせる相手を失うのは寂しくてたまらない。
 しかしコンプライアンス上、どうしても青山の心の闇を利用するわけにはいかない。むしろさっぱりとした明晰さを旨とする超人としては、彼女の心の闇を晴らすために己の力を使わなくてはならない。
 だがそれは青山との別れを意味する。
「はあ……ちょっと励ましてもらうか」
 自分一人では、とてもこの気の重い決断を成し遂げられる気がしない。俺はスマホでレイに電話した。
「もしもし。俺だが」
「あら滝本さん、電話かけてくるなんて珍しいじゃない」
「実は……」
 俺は青山との間にあるドラマの経緯を伝えた。レイは彼女なりに俺を励ましてくれたが、どうにも気持ちは晴れない。レイにも迷いがうかがえた。
「せっかくの結婚のチャンスを棒に振れだなんて、私には言えないわ。ちょっと待って。もっと役に立つアドバイスをしてあげるから」
 レイは通話の向こうでカタカタとキーボードを叩き始めた。
「何してるんだ?」
「知ってる? 滝本さん。AIって今、すごく進歩してるのよ」
 しばらくしてレイは以下のテキストを俺のスマホに転送してきた。 

『ChatGPT:滝本さんへのアドバイスとして、以下の点を考慮することをお勧めします。

 1.自分の感情を優先させる:滝本さんが青山さんと結婚することを考える際、最も重要なのは自分自身の感情です。青山さんに対して本当の愛情を感じているのか、それとも他の理由で結婚を考えているのかを自問自答してください。結婚は長期的なコミットメントであり、真の感情が基盤にないと、将来的に困難に直面する可能性があります。

 2.青山さんの心理状態を理解する:青山さんが過去の出来事に苦しんでいることは明らかです。彼女の心の傷を理解し、サポートする姿勢が必要です。しかし、彼女の心理状態を利用するのではなく、彼女が必要とする支援を提供することが大切です。

 3.独立した意思決定を尊重する:青山さんが提案する結婚は、彼女の罪悪感から来ているようです。彼女が自己決定できる状況を作り、彼女自身が真に望むことを選べるようサポートすることが重要です。

 4.将来を見据える:滝本さんが青山さんとの関係においてどのような未来を望んでいるのか、具体的に考えてみてください。短期的な利益だけでなく、長期的な幸福を見据えることが大切です。

 5.誠実さを保つ:どんな決断をするにしても、誠実さは重要です。自分自身と青山さんの両方に対して正直であり続けることで、健全な関係を築くことができます。

  最後に、重要な決断は慎重に行うことをお勧めします。自分自身の感情や価値観、そして青山さんの幸福を十分に考慮した上で、最良の選択をすることが大切です』

 「まじかよ……最近のAIはここまで進んでるのか」
 理路整然としたAIの返答に俺は感銘を受けた。
 いつの間にかシンギュラリティがすぐ目の前に近づいていたらしい。
 だが、AIの言うことは、確かにどれも道義的に正しいアドバイスではあったが、いまいち俺を実際の行動に向けて押し出す力に欠けていた。
「どう滝本さん? 青山さんと結婚するかしないか、答えは見つかったかしら?」
 レイからの折り返し通話にも、どうすべきか答えられない。もごもごと優柔不断な言葉を繰り返す俺にレイは言った。
「仕方ないわね。AIのアドバイスでもダメなら、私の友達に相談してみるわ」
「友達? レイ、お前に友達なんていたのか?」
「滝本さんじゃないんだから、友達くらいいるに決まってるでしょ。待ってて、今、電話して聞いてみるから」
 レイは通話を打ち切った。しばらく待っていると、謎の電話番号から俺のスマホに電話があった。
「はいもしもし、滝本ですが」
「初めまして滝本くん。私はレイさんの友達です」
 本当にレイには友達がいたらしい。
 その声はソフトで優しかったが、声の波形になんとも言えぬ菩薩的な光輝が感じられた。
 どうやら電話の向こうの存在は、俺がかつて呼び出そうとして、どうしても叶わなかった、高位かつ善なるスピリチュアル・ガイドらしい。
 俺は緊張しながら聞いた。
「ど、どうも。それであの、実は俺、今かなり悩んでいて」
「そのことはレイさんから聞いています。私からのアドバイスを伝えます」
 高位の善なる存在がどんなアドバイスを発するのか、若干の恐れと期待を抱いて待っていると、電話の向こうの存在はいきなり大声を発した。
「気合を入れてください!」「は?」
「気合ですよ! 気合で乗り越えてください! 滝本くんのことは応援していますからね! 頑張れ!」
 そこで通話は切れた。
「…………」
 レイから『どうだった? 私の友達のアドバイス、役に立ったでしょ』という得意げなメッセージがあったが、なんだか疲れを感じて、返信する気にはなれなかった。
 ぐったりとアーロンチェアのランバーサポートにもたれていると、仕事部屋のドアがノックされた。
 青山だ。
 ドアの向こうから催促が聞こえる。
「滝本さーん。そろそろ返事してください。私と結婚するんですか、しないんですか」
「うう……わかったよ」
 俺はアーロンチェアから立ち上がるとドアを開け、青山と共にリビングに戻った。
 ちょうど朝日が東方から昇りつつあるところだ。
 徹夜のためか、何らかの感情的な葛藤のためか、青山の顔はいつになくげっそりとやつれて見える。
 おそらくは俺も同様に、幽鬼のような顔をしているだろう。
 疲れた。
 この一夜のことから来る疲れだけではなく、半世紀近い人生の重みから来る疲労が、俺の両肩にのしかかっている。
 この状態で求めたくなるのは、ベッドでの安らぎである。もう何もかも忘れて、柔らかなマットレスに沈み込みたい。
 そのとき隣に誰か温かみのある人がいてくれたら、この孤独な宇宙の中で、安心感はさらに深まるだろう。
 その人と本当に心が通じあったわけではないとしても、仮初の安心を、結婚という社会的な合意によって強化することはできるだろう。
「わかったよ……」
 結婚しようと言いかけたが、そのときビルの隙間から強く差し込む朝日が俺を打った。
 淀んでいた意識がわずかにクリアになる。
 同時に、レイの声、AIのアドバイス、さらにレイの友人の励ましが俺の脳裏に響いた。
「しかたない……気合を入れるか」
 俺は両手で頬を軽く打つと、青山と正面から向かい合った。
 今、自分が何をどうすればいいのか明瞭にわかった。
 そもそもAIにアドバイスされるまでもなく、異常な状態の青山と結婚などできるわけがない。
 そして、あらゆる異常は正さなくてはならない。
 俺は言った。
「青山さん……君が俺と結婚しようとしているのは、過去に君が殺したと思っている男、神城への罪悪感を晴らすためだ」
「いいでしょ、別に。今度こそ私があなたのことを大切にしてあげますから」
「ダメだ」
「どうして?」
「なぜなら……君が今感じている感情は、精神疾患の一種だからだ。治す方法は俺が知っている。俺に任せろ。君のその強すぎる罪悪感。神城の言葉への強すぎるこだわり。いつまでも消えないその苦しみ。その原因が、俺には何もかも手に取るようにわかってる」
「何が原因だっていうんですか?」
「……おばけだよ」
「おばけ?」
「青山さん、君は神城の霊に取り憑かれているんだよ。急いで除霊しなければ」
 青山は心底呆れ果てたという顔を俺に向けた。
「長年の苦しみを打ち明けて私が真剣に話しているのに、なんていう適当な……」
 ぎりぎりと拳を握りしめている。
 俺は無視して先を続けた。
「通常の人間なら、霊的障害に対する備えはゼロであり、偉い社長も先生も、呪いに対しては赤子のように無力だ。だが安心してくれ。俺は除霊のスキルを持っている。いくぞ!」
 俺はヘブライ語の呪文を唱えながら、霊的武器の短剣に見立てた二本の指でカバラ十字を切った。
 あらゆる霊的攻撃からこの場を守護する、レッサー・バニシング・リチュアル・オブ・ペンタグラム、すなわち五芒星小追儺儀式だ。
 俺は空中に五芒星を描くと、神名『IHVE』を朗々と響かせた。
 そのときスマホに、レイから以下のテキストが送られてきた。

 レイちゃんの知恵袋 その14
『新しいテクノロジーを受け入れる』

  滝本さん! さっき送ったAIのアドバイス、役立ててくれましたか?
 AIさんは本当に頼りになりますよね! 私もよく人生の悩みをAIさんに相談しています。
 でも滝本さんは偏屈だから、『機械の言うことなんて聞けるかよ』なんて反発心を感じているかもしれませんね。
 いけませんよ!
『セルフレジはディストピア技術』『AIには人のぬくもりがない』『昔はよかった』なんて言って、新たなテクノロジーを否定してたらダメですよ!
 最新のテクノロジーを恐れて尻込みしたそのときが、心の老化の始まりなんです。
 あらゆる新技術は基本、良いものとして、まずは一旦、受け入れてください。
 レコードよりもWinampの方が、新しくてカッコいいんです。素敵なスキンでクールにカスタマイズしましょう!
 ビデオテープよりも、五十種類ものメディアファイルに対応したRealPlayerの方が便利です!
 携帯電話よりもICQの方が、いつでも心が通じ合えますよ! ポストペットもかわいいですよ。
 ……あれ? もう誰もICQを使ってないんですか?
 失礼しました。間違えました。
 とにかくですね、何の話かというと、これからも物凄い勢いで新しいテクノロジーが開発されては、滝本さんの生活の中に登場してくると思います。
 そのスピードはどんどん高まって、古い世界、古い考え方が新しさの津波に押し流されていくような恐怖を、いつか滝本さんに与えるかもしれません。
 でも怖くなっても心を閉ざさないでください。
 いつまでもクリスマスのプレゼントにワクワクする子供のような心で、新しいものに接して楽しんでください。
 もしいつか社会の発展についていけなくなっても、ついていけない自分、わからない自分を楽しんでください!
 そうしていれば、いつも面白いことが滝本さんの周りに溢れていますよ。いつもニコニコしている滝本さんを、私はずっと応援していますよ!

(つづく)

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連載【超人計画インフィニティ】
毎月金曜日更新

滝本竜彦(たきもと・たつひこ)
1978年北海道出身。『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』で第五回角川学園小説特別賞を受賞してデビュー。新時代の青春小説として映画化、コミック化される。次作『NHKにようこそ!』もコミック化、アニメ化され世界的なヒット作品となる。他に『超人計画』『僕のエア』『ムーの少年』『ライト・ノベル』等がある。
Twitter: @tatsuhikotkmt

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