村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第10話「今この瞬間こそが、人生でいちばん若い」
ともあれ、猫の話だ。
作家生活10年目にかなりの無理をして手に入れ、自力で開拓して緑の楽園にした広大な農地と、全身全霊を傾けて造りあげた家、そして農場に不可欠の動物たちを、旦那さん1号のもとに残して房総鴨川を後にする時──私は、前にも書いたとおり、小柄な三毛猫を1匹連れていた。
それが、今も我が家にいる最長老17歳の〈もみじ〉さんである。
なんとなく敬称付きで呼んでしまうことが多いのは、人間に換算したら85歳くらいの大先輩だからなのだが、連れて出た当時はまさか、ここまで長生きしてくれるだなんて思いもよらなかった。何しろ、東京での彼女との〈1人と1匹暮らし〉がいよいよ始まったのは、私が43歳で彼女が7歳と、ともに元気盛りの頃だったのだ。
若かったなあ、と今では思う。行動を起こす前にうだうだ悩むより、とにかく動いてしまおう、行動に移してしまいさえすればその先は何とかなる、と、ばかみたいに楽天的に考えてばかりいた。未来のことも、自分のことも、何の根拠もないのに信じていた気がする。
あの頃の気力や体力が、あるいは闇雲な無鉄砲さが、もしも今の自分にあったなら、いったいどれだけのことができるだろうと考えるとちょっと寂しくもなる。
でも、これから10年がたったらきっと、今のこの時のことをふり返って同じように思うんだろう。どれだけ歳を重ねていっても、私たちは今この瞬間こそが、人生の中でいちばん若いのだから。
東京でペット可の住まいを見つけ、契約まで済ませるのにはしばらくかかった。ようやくもみじを迎えに行けたのは、最初に私が衝動的な家出を(いろいろあったんですよ)してから、おおかたひと月後のことだった。
旦那さん1号はその間、ちゃんと彼女の面倒を見てくれていたけれど、何しろ、生まれ落ちたときから私が取り上げ、私なしには夜も日も明けない子だったから、いきなりの不在はとんでもなく寂しかったのだろう。
迎えに行った私の顔を見るなり、足もとから胸まで爪を立ててよじのぼり、それきりどれだけなだめてもしがみついて離れようとしなかった。
※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。
※この記事は、2017年9月22日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。