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命とられるわけじゃない|村山由佳 第42話 〈最終回〉

 いつだったか、たまたま目にした報道番組を思いだす。
 親子四人の家族が映っていた。子どもらが猫を拾ってきたので何カ月か飼ってみたものの、夏休みに海へ行くことになり、猫がいたのでは留守にできないからと収容施設へ「預けに」来た。別れが悲しいと言って子どもらは泣きだすものの、ならば海をあきらめるかと訊(き)けばそれはいやだと言う。
 取材記者からマイクを向けられた父親は、「しょうがねえでしょ、だって海行きたいってんだからさ」と言い、母親は子どもにもらい泣きしながらこう答えた。
「子どもたちも、短い間でしたけど命の尊さを学べてよかったです。いつか飼える環境になったら、またここから猫か犬を引き取ろうと思ってます」
 ふざけるな、と、腸(はらわた)が煮えくりかえった。
 その気になりさえすれば、専門のシッターさんを頼むことだってできるし、ペットホテルだってある。彼らもそういった情報を知らないはずはない。ただ、拾った猫のためにお金を遣うのがいやなのだ。「預けに」来たのじゃなく「棄(す)てに」来たのだ。
 たとえいつか飼える環境になったとしても、てめえらは金輪際、生きものを飼うんじゃねえ、と思った。カブトムシ一匹飼う資格もねえ。
 でも──えらそうなことを言っている私自身、飼っている猫や犬の不調に気づかずに死なせてしまったことはある。〈もみじ〉の腫瘍にしたって、もっと早く気づいてやっていたら……との後悔は、きっと死ぬまで消えない。人間に飼われる動物たちにとっては、どんな小さな異変だってたちまち〈命とられる〉一大事になり得るのだ。

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 血統書付きの高価な猫を買うのでなく、道ばたで拾ってきた猫の面倒を見るだけでも、当たり前だがお金はかかる。餌代やワクチン代だけではない。不慮の病気や事故ともなれば、レントゲンや手術、注射に点滴、入院に通院でたちまち万、十万というお札に羽が生えて飛んでゆく。
 口の中に悪性の腫瘍ができてしまったもみじは、おしまいのほうの数カ月、週に二度三度と通院していた。腎臓の機能維持のため点滴をしてもらい、一カ月ないし三週間に一度は麻酔の上で切除手術をしなくては生き延びられなかった。ほうっておけば広がる癌(がん)に脳が冒され、目も鼻も顔もなくなっていく病気だった。
 人情家で腕のたつインチョ先生と出会えて、再発するたび患部を鮮やかに切除してもらえたからこそ、余命三カ月と覚悟したところをもっともっと生きてくれたのだし、何より最後の最期まで自力でものを食べ、走り回ることもできていたのだから、その選択に関してはひとかけらの後悔もない。
 ただ、いちばん現実的な面を言うと、費用はどうしたって嵩(かさ)んだ。老齢ということもあってペット保険には入っていなかったから、病気が判明してから見送るまでの十カ月にかかった費用の合計は、あえて言うなら、ざっと新車が一台買えるくらいだった。
〈なぁんだふぅん、お金があるからできたってことよね〉
 というふうには思わないでほしい。そうには違いないのかもしれないけれど、そんなに簡単なことではなかった。
 我が家は正直、いろんな事情が積み重なって財政が逼迫(ひっぱく)していたので、出版社から前借りをして経済をぎりぎり回していたところだった。そこへもみじの病気が重なったから、それはもう、がむしゃらに働くしかなかった。物書きになって以来いちばんたくさん仕事を受けたし、できる無理は全部した。原稿の依頼があるたび、どれだけありがたかったかしれない。ああ、これで今月もまたもみじに生きてもらえる、と思った。

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 彼女を看取(みと)ってからしばらくたった頃のことだ。クレジットカードの引き落とし額を見て、茫然(ぼうぜん)とした。
 もみじがいなくなったおかげで、うちは、経済的にはこんなに楽になったのか。
 明細書を握りしめ、泣いた。まるで彼女が全部をわかった上で「ほな、そろそろ行くわな」と自ら幕を引いたかのように思えて、自分の不甲斐(ふがい)なさに声も出なかった。
 来し方をふり返ってみても、もみじを亡くしてからのあの一年間ほど辛(つら)くしんどかったことはない。身内の死よりも猫一匹の死でもって、そこまで不安定になってしまう自分がちょっと信じられないくらいでもあり、一方で当然だとも思った。だって、もみじだもの。あのもみじを喪(うしな)ったのだもの。
 もう二度と、誰かをあんなに愛することはできない。人生で最も幸福な時間は過ぎ去り、もう決して戻ってはこない。そう思っていた。
 それでも──それなのに──〈お絹(きぬ)〉と出会ってしまったのだ。
 これがいったいどういうことなのか、いまだにうまく説明がつかない。私が、薄情で多情ということなんだろうか。もみじじゃなくてもよかったんだろうか?
 でも背の君などはずっとシンプルに捉えているようで、ちょくちょく彼女の耳もとにささやく。
「なぁお絹よ。お前、ようもまあ見つけよったのう、かーちゃんを」
 なるほど、理屈など、必要ないのかもしれない。
 いずれにせよ、今、柔らかで温かいお絹の重みを膝にのせていると、父の遺(のこ)した例の言葉を、以前よりももっと深いところで受け止められる気はする。
 どれほどしんどく思えても、生きてゆく途上で起こるたいていのことは、そう──とりあえず、〈命とられるわけじゃない〉のだと。今はたとえ辛くとも、一日また一日をどうにかやり過ごして生きてさえいれば、その先で、思いもよらなかった恩寵(おんちょう)が与えられることだってあるのだと。
 物心ついて以来、かたわらにいる猫にしか本心を見せられなかった私は、背の君と暮らすようになってからようやく、彼にはありのままの自分を怖がらずぶつけられるようになった。それはたぶん、彼が、私にも猫にもまるきり同じように話しかけたり触れたりすることと無関係ではない気がする。
 そのせいで、ふだんの会話では誰に対して喋(しゃべ)っているのやら紛らわしくてしょうがないのだけれど、猫と女房をほとんど分け隔てしない男のおかげで、私の側も彼に、猫に対するのと同じように自分の心を預けられるようになったのかもしれない。わりと本気でそう思っている。

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 今や長老となった〈銀次(ぎんじ)〉。父の忘れ形見である〈青磁(せいじ)〉。スーパーの掲示板を見て迎えに行った〈サスケ〉と〈楓(かえで)〉。母亡き後に我が家へ来たお絹こと〈絹糸(きぬいと)〉と、そのお腹(なか)から生まれてきた〈朔(さく)〉と〈フツカ〉。──全部で七匹、どの子もみんな性格が違い、甘え方も拗(す)ね方もそれぞれで、掛け値なしに愛(いと)おしい。
 それでもやっぱり、互いの相性というのはあるものらしい。私はこのとおり自他共に認める猫好きだが、どういうわけか我が家の猫たちは、自分らにつれないはずの背の君のほうにやたらと懐く。納得がいかない。

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  ただし、お絹だけは別のようだ。
「おきーぬしゃん」
 と呼ぶと、彼女は出会ったあの時のように、私の踏み出す一歩一歩に体や頭をすりつけて甘えてくる。
「ほんまにお前のことが好っきゃねんなあ」
 と、背の君が苦笑するほどだ。
 家のどこにいようと、彼女は常に目の端で私の居場所を確認し、視界から外れそうになるとすぐさま、そうはさせじと走って追いかけてくる。
 愛しく想(おも)う気持ちが、かつてと重なるせいだろうか。時々、彼女のことをついうっかり、
「もーみちゃん」
 と呼んでしまうことがある。
 どちらの名前で呼ばれても、お絹は戸惑う様子もない。
〈うん?〉
 と上機嫌に返事をして、忘れな草色の瞳でこちらを見上げてくる。
 そんな時は、あの偏屈な三毛猫の気配をすぐそばに感じ、思わず微苦笑がもれる。心臓にじかに爪を立てられているみたいに、胸がきゅうっと甘く疼(うず)く。
 求めて、求められて、みんなつながってゆくのだ。
 目の前の猫を呼ぶ時、私は、もういない猫のことも呼んでいる。

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「命とられるわけじゃない」了 

御愛読ありがとうございました。本連載は2021年に書籍化を予定しています。

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村山由佳(むらやま ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。
Twitter:@yukamurayama710

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