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愛のこじらせ|千早茜 第26話

 店で食べる唐揚げと、家で作る唐揚げと、お弁当に入った唐揚げは、同じ料理でも違う味に感じる。どのシチュエーションでも「お、唐揚げ」とテンションがあがるし(たとえ自分で作っていても)、冷めて衣がしっとりしたおいしさも、揚げたてのジューシーなおいしさも、どちらも「いい」と思える。

 しかし、シチュエーションが変わると食指が動かない、という食べものも存在する。食の選択肢が多い中ではぼんやりしていたが、コロナ禍の自粛期間中、それがくっきりしてしまった。
 自粛期間中、様々なジャンルの飲食店がテイクアウトを始めた。オンラインストアも充実し、家にいても全国津々浦々の食べものが取り寄せられるようになった。私は意気揚々と菓子や果物を取り寄せ、「おめざ」と称して毎朝楽しんだ。好きな飲食店の弁当を買い、ちょっと凝った料理を作ってみたりした。

 けれど、食べようとしなかったものがあった。寿司とパフェだ。
 寿司はカウンターで握ってもらって食べたい。仕方ないので、刺身を買ってきて手巻き寿司をし、なんとか寿司欲をごまかした。けれど、パフェは必死で頭から追いやった。パフェを提供する店はほとんどが閉まっていた。テイクアウトパフェをやっているところもあったが、どうも惹かれなかった。ネット上では家で創意工夫をして作る「おうちパフェ」なるものが散見されたが、なるべく目に入れないようにした。なんか違う、と思ったのだ。

 まずテイクアウト。これはちょっと時期尚早な気がした。ケーキならいい。箱に詰めて持って帰りやすいように、長年の試行錯誤によって設計された食べものだから。愛するバンド「クリープハイプ」に、ささやかな日常のかけがえなさと切なさを歌った「ねがいり」という曲がある。そこに「ケーキを買って今から帰るよ」という歌詞があるのだが、そっと崩さないように、言葉にできない気持ちを託すように、一緒に暮らす人のためにケーキを選ぶ不器用さが見え隠れして大好きだ。でも、もしここがケーキではなくパフェだったらどうだろう。「え、わざわざパフェ?」「パフェって持ち帰りできるの?」「どこの店?」と一気に歌に集中できなくなる。つまりは、パフェはまだ手土産としての普遍性を獲得してはいない。技術的な不安がある。これから進化していくかもしれないので、もう少し様子を見たい。それに、個人的には「崩れやすいぎりぎりのバランス」を保っているのがパフェだ。安定しすぎていても興をそがれる。

「おうちパフェ」に対しては、非常に頑なになってしまった。どうも、したくない。パティスリーで働いていたことがあるくらい菓子作りは好きだ。やってみたらきっと楽しい気もする。けれど、パーツを揃えて盛ることを考えると、気分が萎んだ。アイスクリームをひとすくい、スポンジをセルクル一個分、生クリームを二匙だけ作ることは不可能だ。可能かもしれないが美味しくできない。菓子のほとんどは大量に仕込むほうが味も食感も安定する。買ったとしても余る。
 グラスにパーツを入れて、理想通りの「おうちパフェ」を作りあげたとしても、台所を振り返れば余った食材や汚れた調理器具が散らばる、死屍累々たる惨状になることがありありと想像できる。パフェを食べた後に、余ったパーツを腹に片付けるのも嫌だ。友人にそれを話すと、「じゃあ、食材がなくなるまでパフェを作っては食べ作っては食べしたらいいじゃない」と言われたが、どんどん完成度が下がっていくパフェを食べ続けることを想像すると、やはり萎える。

 家での調理なんて後片付けも食材が余ることも大前提なのに、どうしてパフェだけは受け入れられないのか。唐揚げをした後の油の処理は平気なのに、生クリームをたてたボウルを洗うのはなぜ嫌なのか。面倒臭いからじゃない。なんか見たくないのだ。すごくパフェが恋しいのに、好きすぎて、半端な姿に耐えられない。愛するパフェには完璧でいて欲しい。こじらせている。もう我慢するしかない、と心に決めて過ごした。テレビで尊敬するパティシエが家で作れるパフェのレシピを公開していたが、頑として作らなかった。

 そして、緊急事態宣言の解除された六月初旬、ついに好きなパフェ店が開いた。私はいそいそと出かけた。いつも行列ができる店なのに、店内は私一人だった。
 新作のパフェが二つあった。味が想像できない「モンテリマールサンデー」なるパフェを選ぶ。待つこと数分、「お待たせしました」と二ヶ月ぶりのパフェがやってきた。店員の声は耳に入っているのにパフェしか見えない。パフェが空中をすべってきて、華奢なガラスの一本足で着地する。二本のビスコッティが塔のようにそびえ、象牙色と渋い緑とピンクのアイスに赤紫のソースがとろりとかかっている。コンポートされたチェリー、砕かれたナッツ、いまにも崩れそうな生クリーム。「わあっ」と思わず声がでる。そのとき、頭に浮かんだのは「お城」だった。有名なテーマパークにあるような夢のお城。でも、これは食べられる建造物で、食べると目ではわからなかった驚きがひとくちごとに訪れる。謎解きをするようにパフェの名の理由もわかる。

 もうひとつのパフェも頼み、ゆっくりと時間をかけて味わった。「マンゴーとアールグレイのパフェ」は酸味と甘味のバランスが良く、食べる前からふわっと甘酸っぱい香りがした。
 食べ終えて、楽しかったなと思った。美味しいのはもちろんだけれど、パフェが運ばれてきたときの目の喜び、グラスを掘り進めていくわくわく感、想像と実際の味とのギャップ、そのすべてが楽しく、刺激的だった。それは、自分で用意したら半減してしまうもので、私にとってパフェとは純度の高いエンターテインメントなのだと改めて実感した。
 テーマパークの裏側を知っても楽しめる人はいるけれど、パフェに関しては見ずに楽しみたい。パフェがやってくるのを待ち、完璧な姿を壊して味わいたい。一期一会の瞬間に集中して、満足の息を吐き、夢見心地で店を出たい。そこまでが私にとってのパフェなのだと思う。

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千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神いおがみ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補となる。著書に『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』やクリープハイプ・尾崎世界観との共作小説『犬も食わない』、宇野亞喜良との絵本『鳥籠の小娘』、エッセイ集『わるい食べもの』などがある。 
Twitter:@chihacenti


※シーズン1は『わるい食べもの』として書籍化されました。こちらで試し読み公開をしています。


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