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切れない糸|村山由佳 第41話

〈育ちゆくもの〉を見守っている時、月日の流れは常にも増して速い。
 二〇一九年五月初めに生まれた子猫たちは、半月ほどもたつとバスケットの縁をにじにじとよじ登ってはポテンと床に落っこちて脱走するようになった。それを繰り返しているうちに足腰はしっかりとしていって、部屋の中をちょこまか好き勝手に走り回るようになった。
 ちょっと油断すると踏んづけてしまいそうで、おっかないったらない。おまけに〈お絹(きぬ)〉自身が、ようやく一歳になるやならずのヤンママだ。二匹の子猫を遊ばせるうちに自分のほうが本気になり、おもちゃを奪い取ってしまったりすることもしょっちゅうで、三匹の過ごす寝室は常に運動会みたいなありさまだった。
 その同じ五月の、二十六日。私と背の君は町役場へ出かけていき、例の届出書類を提出した。
 日曜日だから役場の正面玄関は閉まっていたけれど、婚姻届は裏手の当直窓口で、間違いなくこの日の日付で受け付けてもらえた。〈もみじ〉が生きていたなら十九歳になるはずの誕生日だった。
 彼女が亡くなった後すぐ、背の君は私に銀の指環(ゆびわ)を贈ってくれた。内側には最初からくぼみがあって、自分の手でそこに遺灰や遺骨の欠片(かけら)を納めることができる。樹脂を流し込んで太陽の下に置けば紫外線で固まるしくみだ。
「BELOVED☆MOMIJI」
 愛されし者・もみじ、と刻んでもらったその指環に、私は彼女の奥歯の小さなちいさな欠片を納め、以来、肌身離さず着けていた。
「結婚指環を作ったかて、お前はその指環はずさんやろ?」
 と背の君は言った。
「俺が、も一つおんなじのん作るわ。それを結婚指環いうことにしょうや。な」
 久しぶりにもみじの骨壺(こつつぼ)を開け、清潔に乾いた骨をかさこそとかき分け、底のほうからやはり小さなちいさな欠片を拾って、背の君の指環の内側に納めた。
 これでもう三にん、ずっと、ずーっと一緒だ。

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 晩年のもみじと蜜月の時を過ごし、闘病の果てに二人して見送り、彼女のいない日々の寂しさを越え、奇跡みたいにお絹と出会って我が家に迎え、もみじを見送ったまさにその場所で子猫たちが生まれてくるのを見守り……。
 それらすべてがひとつの川となって流れ着いた先に、〈今〉がある。籍を入れたのだって何も特別なことじゃない。昨日つぼみだった花が今日は咲きましたというのと変わらなくて、いつかは皆それぞれ、いずれかのかたちで散ってゆき、そうして季節はまためぐり続ける。

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 昨日まではただ見上げるだけだったソファやベッドに、今日は子猫たちが
爪を立てて登る。あっというまにカーテンを楽々と駆け上がり、棚から箪笥(たんす)へと飛び移る。柱をてっぺんまでよじ登って梁(はり)の上を闊歩(かっぽ)するようになり、しまいには家の中で彼らの知らない場所などどこにもないほどになってゆく。
 組んずほぐれつしてはしゃぎまわる〈フツカ〉と〈朔(さく)〉の姿が、何年か前の〈サスケ〉と〈楓(かえで)〉に重なる。あの頃は〈銀次(ぎんじ)〉もまだ若く、まるで自分が親であるかのようにチビたちの面倒を見ながら、いたずらが過ぎる場合はきっちり教育的指導をしてくれていた。
 自身も生後二カ月ほどでもらわれてきた銀次は当初、気が強くて、やたらと噛(か)みつく癖があったものだけれど、もみじが厳しい愛の鞭(むち)で鍛えあげた成果か、まったく出過ぎたところのない、おおらかで気の優しい猫となった。家にお客さんが来るたび率先して出迎えるし、相手が新入りの猫であろうと大型犬であろうと、誰とも敵対せず、物怖(ものお)じもせず、弱い立場の者は黙ってさりげなくかばう。彼がいてくれることで、我が家の猫たちはもちろん、私たちもまたどれだけ助かってきたことだろう。

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 でも、十三歳になった今の銀次にはもう、子猫たちの遊びにとことん付き合うだけの若さはない。よく食べるし健康なのだけれど、足腰の筋力に関してはもみじよりも衰えが早いのだ。一時は九キロ以上あった体重も、七キロ台に落ちた。関節に負荷をかけないためにはむしろそのほうがいいのだろう。
 そんな銀次にとって、今いちばんの憩いの場所は私の仕事部屋だ。ドアを開ける音を聞きつけると、喉声で〈んあっ、んあっ〉と鳴きながら、一生懸命に階段を降りて走ってくる。急がなくたって閉め出したりしないのに、何が何でも駆け込み乗車をあきらめない老人よろしく、やっとの思いで部屋に滑り込み、特別待遇で開けてもらったシニア用の缶詰をたいらげると、仮眠用のベッドに〈うんしょ〉とばかりに飛び乗り、同じく特別待遇で部屋に入れてもらったお絹とぴったりくっつき合って昼寝をする。
 寝ている間も、そばへ行くとたちまち喉を鳴らす。早くに親と引き離されたせいだろうか、昔は、甘える時にはこんなふうに喉を鳴らせばいいのだということさえ知らない子だったのに、その後、家族となった猫たちを見て学習していったらしく、今では部屋の向こうとこちらに離れていても聞こえるくらいゴロゴロの音が大きくなった。
 くうぅ……くうぅ……と漏れる、呑気(のんき)ないびきも愛(いと)おしい。
「ネコメンタリー」のナレーションを思いだす。
「高齢のもみじは、一日のほとんどを、寝て過ごします」
 今ではもう、銀次がその境地にある。

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〈生きものを飼う〉とは、契約だ。目の前のいのちと、血判を交わす覚悟で取り決めをすることだ。あなたを一生守り、幸せにすることを誓います。息を引き取る時はきっとそばにいます。だから私のところへ来て下さい、と、決してこちらからは中途解約できない約束をすることだ。
 私と猫たちの間にも、そのようにして、切れない糸のような約束が結ばれている。この先に何があろうと、私か、あるいは背の君のどちらかが、何としてでも彼らの最後の一匹よりも後まで生き残らなくてはならない。
 総勢七匹となった猫たちに、毎朝ブラッシングをし、順ぐりに爪を切り、いつもと様子が違えば病院へ連れていき、年に一度は全員にワクチンを打ってもらう。小さなサインを見過ごさないようにと心がけているつもりでも、素人の目だから行き届かないところはあるだろう。
 そもそも、時間に抗(あらが)うことは不可能だ。いつかはまた、見送らなくてはならない時が来る。誰が先かはわからない。必ずしも年齢の順とは限らないし、今日元気でも明日失われてしまうかもしれない。
 ─―七匹。
 もみじの時と同じような痛みを、最低でもあと七回味わわなくてはならないのだと思うと、時々たまらなく不安になる。その頃には私ももっと年老いて、きっと、今より打たれ弱くなっているに違いないのだ。


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村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。
Twitter @yukamurayama710

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