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緊張|渡辺優 パラレル・ユニバース 第16話

 緊張しやすい人間で困っています。緊張すると、身体の末端や声が震えて呼吸がおぼつかなくなり、長いセンテンスで物事を考えられなくなり挙動不審になります。

 大人になって一番緊張したことといえば、たぶん小説の新人賞を受賞した際の、授賞式でのスピーチかな、と思います。壇上に上がって、五分ほどのスピーチをしました。
 すごく緊張したということ以外の記憶を失ってしまったので自分ではわからないのですが、見に来てくれていた友人が「呼吸の仕方がおかしくて、なにを言っているのかわからなくて、死ぬのかと思って怖かった」と言っていました。その後お会いした方の何名かは、「新人らしく初々(ういうい)しいスピーチでした」とおっしゃってくださって、日本語ってひとを傷つけない、温かで優しい物言いが可能な素敵な言語だなと思いました。

 日常でも緊張する場面がわりと頻繁にあって、まず思いつくのは初対面のひとと会うときです。初めて会う担当さんとの最初の打ち合わせなんかはもれなく緊張します。
 私の緊張はその局面のぎりぎりになって発生するようで、前日とか当日の朝とかはわりと余裕なのですが、待ち合わせのレストランとかカフェとかに早めに入って、あ、今十分前くらいだ、と気づいた瞬間にもうだめだ、となります。

 もうだめだ、となったときに緊張をほぐす方法はいくつかあって、ひとつはツイッターの鍵アカウントに奇声をつぶやくことです。
『ああああああああ!』とか『イエーーーイ! イエーーーーイ!!』とか『ハッピー! ハッピーーーー!!!!』とかつぶやくことによって、理性を失いかけている自分を俯瞰(ふかん)して眺めることができて心が落ち着きます。
 それでもだめなときは、「私は強い」と自己暗示をかけます。「実は私は世界で一番の戦闘能力の持ち主である」という設定を信じるのです。世界一強い私はこの場にいる人間なんて全員簡単に始末できるので、なにを恐れる必要もない、という心意気です。
 別にその場の全員を倒したところで問題が解決すると思っているわけではないのですが、おそらくノルアドレナリンの過剰分泌により攻撃的な心理状態になっているのだと思います。

 他にも、「今から会うひとは実はロボットである」とか、「本当は皆すでに死んでいてここは死後の世界である」とか、現実から目を逸(そ)らすための自己暗示のバリエーションをいくつか持っています。大体、世界のあり方とかコモンセンスを否定するタイプの暗示が多いです。自分が緊張している背景を根本から否定したいのだと思います。
「今から会うひとはさっきゾンビに咬(か)まれた」というパターンもあります。これは緊張を緊張で上書きする作戦というか、ゾンビに咬まれたひとに会う、となれば注意すべき点は「そのひとに咬まれないように気をつける」という一点のみになるので気が楽です。
 それでもだめなときは、もうお酒を飲んでしまおうかな、とも考えます。

 何をそんなに緊張することがあるのか自分でも本当に不思議です。大人として大人と会ってお仕事の話をするだけです。たくさんの大人たちが日々普通にこなしていることです。でも本当に無理だしはらはらして胸が苦しいのです。なにをしても緊張がほぐれないとき最終的には、もう来ないでほしい、と思います。どうかドタキャンしてほしい。

 でも普通の大人はドタキャンなんてそうそうしないので、相手は来ます。相手が来た瞬間に緊張は消えます。エンカウントの瞬間までは知らないひとなので緊張するのですが、会ってしまいさえすればもう知っているひとなので仲間です。そこからは一切緊張しないです。なんのために緊張していたのかまったくわからない、無駄な十数分間です。

 緊張することについてどうしてもネガティブに捉えてしまいがちなのですが、私のなかで金言としている言葉があって、誰の言葉だったかはっきりと思い出せないのですが、それは「緊張できる環境に感謝しなさい」というものです。
 緊張するということは、自分にとってなにか大切なこととか重要なこととかに直面している状況なわけで、それってとても幸運なこと、という意味ととらえています。
 だから今後も緊張する場面があっても、できるだけシラフのまま、緊張している事実に向き合って生きていきたいと思っています。

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渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter@YUNICO_UCHIYAMA

※この記事は、2020年3月19日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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