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絶叫マシンに乗ってしまう|渡辺優 パラレル・ユニバース 第28話

 絶叫マシンが大好きです。激しければ激しいほど好きです。一日中でも遊園地にいて無限に絶叫マシンに乗り続けたいです。そのはずなんです。「絶叫マシンが大好き」というのは幼少期から培ってきた私のアイデンティティのひとつで、それは「ゲームが好き」とか、「猫が好き」とかと同じように、私という自己を形成するうえで大切な要素のひとつです。だから本当に絶対に絶叫マシンが好きなはずなんですけど、もしかしたらそうではないのかもしれないです。

 昨年秋、数年ぶりにディズニーシーに行きました。ディズニーシーには、アトラクション『タワー・オブ・テラー』があります。「恐怖のホテル」です。座面が垂直に落下するフリーフォール系の乗り物で、夢の国と称されるディズニーランドの中ではトップクラスに恐怖度の高いアトラクションではないかと思います。
 私は絶叫マシンが本当に本当に大好きなので、もちろんこれに乗ることにしました。乗ろう! と決めてから列に並んでいる間はとても楽しく、ディズニーならではの細部にまでこだわった建物の造りや、落下への気分を盛り上げるホラーな演出を見ては多幸感に浸っていました。まだかなまだかな、とわくわくしながら列に並び続け、ようやく自分の番にさしかかろうというとき。急激に、「乗りたくないな」という気持ちがこみ上げました。垂直に落下するの嫌だな。そんな怖い思いしたくないな。めちゃくちゃ乗りたくないな。

「乗りたくない気がしてきた」と友人に打ち明けると、友人は「え? マジで?」ととても驚いた様子でした。自分でも信じられませんでした。絶叫マシンが大好きであるこの私が絶叫マシンに乗りたくないはずがないのです。なので私は、乗りたくないのは気のせいだと思うことにしました。「ムリしないほうがいいんじゃない」という友人のアドバイスをスルーし、絶対に嫌だ、という脳からの指令も無視して、ついにそのエレベーターを模したフリーフォールのリフトに座りました。

『タワー・オブ・テラー』にはディズニーの他のアトラクション同様、バックグラウンドとなる物語が存在します。ホテルのオーナーであるハイタワー三世が、旅先で出会ったアフリカのある部族から手に入れた呪われた像「シリキ・ウトゥンドゥ」を雑に扱ったことにより、ホテルの最上階からエレベーターで一気に突き落とされる――そして壊れたエレベーターの中からは、シリキ・ウトゥンドゥの像とハイタワー氏の帽子のみが発見された……というあらすじになります。
 我々を乗せたリフトは動き出すと、まずハイタワー氏の事件をなぞるようなシーンを見ることとなります。「みなさん今から同じ目にあうんですけどね」的な演出です。嫌だなと思いました。絶対に落ちたくない、今すぐこれを降りたいなと思いました。そしてついにリフトがホテルの最上階に向け動き出し、身体がGを感じた瞬間、ものすごい後悔が押し寄せました。自分は間違っていたんだなと理解しました。やめておけばよかった、でももうどうしようもない、と、すごくフレッシュで鮮やかな「絶望」を覚えました。
 乗っている間ずっと怖くて、本当に嫌で、もうやめてほしい、今すぐこれが終わってほしい、と心から願っていました。

 ところで、私の中で遊園地といえば、東京ディズニーランドより八木山ベニーランドです。ベニーランドは宮城県太白区の豊かな緑のなかに存在する、宮城を代表する遊園地です。「ヤンヤンヤヤー八木山の♪ ベニーランドででっかい夢が♪ はずむよ♪ はねるよ♪ ころがるよ♪」というテーマソングは、県民ならほぼ誰しもが歌える心の県歌といっても過言ではないでしょう。
 私が絶叫マシンを愛するようになったのはこの遊園地がきっかけでした。ベニーランドは、特に私が子供の頃は、ディズニーランドのような華やかなテーマパークとは違って、バックグラウンドをもつ素敵な乗り物とか、演出で魅せるきらびやかなアトラクションなどは存在せず、ただ回る、すごく揺れる、すごいスピードで走る、すごい高さから落ちる、などの、ひたすらフィジカルに働きかけてくるタイプのマシンが主でした。テーマソングの中の「でっかい夢」とは人体のことであったかと思わせるストイックさです。

 ベニーランドに行くたび、私は狂喜してそれらのマシンに乗り続けました。ベニーランドは混雑することは稀で、ほとんどの乗り物に待ち時間ゼロで乗ることができました。乗り終わった瞬間に降車口から乗車口までダッシュで移動し、次の回の運行に続けて乗ることすら可能でした。一日の終わり頃にはフリーパス券をチェックしている乗り場のお兄さんにも顔を覚えられ、「君はもう好きに乗っていいよ」と顔パスの認知を得ていることもざらでした。

 そうして「絶叫マシンが好き」というアイデンティティを獲得するに至ったのですが、今にして思えば、その無限にチェインライドし続ける乗り方をしているときは、脳内でアドレナリンが休む暇なく分泌される、一種のトランス状態であったのかもしれません。大人になった私も絶叫マシンを見るたびそのハッピーな記憶から「乗りたい!」とテンションがぶちあがるのですけれど、実際にマシンに乗るという現実が目前にせまると恐怖が押し寄せます。
 これは「先に乗った絶叫マシンによるアドレナリンでわけがわからなくなっている隙に更に絶叫マシンに乗る」といういにしえのベニーランド戦法が使えないせいかと思われます。クールダウンする余裕があってはいけないのです。冷静に考えると私は高い所から落ちたくなんてないし、ぐるんぐるん回りたくもないし、うわーっと揺らされたくもないのです。

 今の私は絶叫マシンが苦手です。完全にそのように理解したのですけれど、恐ろしいことに、今こうして部屋でひとりPCに向かっている私は、絶叫マシンに乗りたいなと思っています。ハイになった記憶というのはなかなか強固なもののようで、「私はすごく絶叫マシンが好き」というアイデンティティがまだぜんぜん更新されていないのです。このままだとまた絶叫マシンに乗ってしまいます。富士急ハイランドに行きたいです。

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渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter:@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter:@YUNICO_UCHIYAMA
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