食べにくいという楽しさ|斧屋「パフェが一番エラい。」第13話
本連載が書籍化します。『パフェが一番エラい。』2021年8月26日発売
パフェの仕事で打ち合わせをする時は、できるだけパフェの食べられる場所を提案している。パフェを食べながらの方がパフェの話はしやすいし、経費でパフェが食べられるのはありがたい。
まだ多くの人類は、何かのきっかけがないとパフェを食べない。打ち合わせの相手(仮にA氏としよう)も、これを機会にとパフェを頼んで、実に何年ぶりというパフェとのご対面になる。
かたや1日1本のペースで食べる私と、かたやいつ食べて以来かも思い出せないA氏。パフェが登場して、さあ食べようとなる時、A氏は固まる。
(パフェって、どうやって食べるんだっけ……?)
その視線は、自然と私に向けられる。
「どうやって食べるのが『正しい』んですか?」
いや、知らんがな、と思う。好きにしたらいい。
「できるだけかき混ぜずに、層の順番を崩さないように食べてみてください」と個人的な意見を言ってはみる。
それでもなお、A氏はスプーンを片手にしばし考え込んでしまう。
パフェは、食べ方が分からないだけではない。そもそも、食べにくい。
今のところ、日本の義務教育でパフェの食べ方は教えていないらしい。いや、教えてはいても身についていないだけなのかもしれない。いずれにせよ、パフェを迷いなく食べ進められる人は珍しい。
最近は以前にもまして立体的な飾りつけのパフェが多い。元気なフルーツパフェは果肉が複雑に絡み合い絶妙なバランスで均衡を保っていて、さながらジェンガに立ち向かうようである。パティスリーのパフェも、グラスの上に帽子をかぶせたように飾るパフェ(#12参照)をはじめ、食べ方を想像しにくいものが増えている。パフェビギナーは、どこから手をつければよいのか途方に暮れてしまうかもしれない。
くれぐれも言っておくが、パフェ界は寛容だから、パフェの食べ方が分からないからといって冷たくされるような世界ではない。安心してほしい。というか、誰も正解を知らない中で、創(つく)り手も食べ手もみんな手探りで進んでいるのが「パフェ道」である。フランス料理のテーブルマナーのようなものはない。パフェへのリスペクトがあればいい。
ところで、パフェの食べにくさには、「悪い食べにくさ」と「やむを得ない食べにくさ」があると思っていた。
食べにくさが単純にストレスとなり、パフェのおいしさを大きく損なってしまう場合は「悪い」。食べにくさが、他の何の魅力にもつながっていない。この場合は作り手がこの食べにくさを把握できていないように思う。
一方「やむを得ない」というのは、食べにくさを補って余りある魅力を有する場合である。たとえば盛り盛りのフルーツパフェで果物がグラスから落ちそうになっていて、果肉には皮も種もついていて食べにくい場合、それでも、いや、むしろそれでこそフルーツの魅力が存分に出ているからよしと思う。
過去最高に食べにくかったのは、札幌のパフェテリア ミル(※注1)で食べた「うにパフェ」である。カカオシューの中にブラッドオレンジムースを入れることで「うに」に見立てたパフェだが、カカオシューに刺さったパリパリの「トゲ」がいちいち食べにくい。50本ほどあるトゲはチョコレートでコーティングされている。それを1本1本手で引っ張り抜いて食べるとどうしても手がチョコまみれになってしまうのだ。しかしここまでくると、「食べにくいなー」と思いながら食べるのが楽しい、というレベルになってくる。だって、食べにくいのは分かって注文しているのだから。そして、どうやって食べたらいいんだろう、と試行錯誤しながら食べる。「蟹(かに)を食べている時は黙る」のと同様、人類は「うにパフェ」には真剣に向き合わなくてはならない。
ここに、「やむを得ない」を超える「食べにくさ」のポジティブな可能性を見出(みいだ)せるのではないか。「食べにくさ」は我々にどう食べるか(どう生きるか)を考えさせ、否応なくパフェ(あるいはおのれ自身)と向き合わせる。どう食べたら食べやすいのか、どう食べたらおいしいのか、楽しいのか。「食べにくさ」もまたエンターテインメントなのだ。
迷え。迷いながら食べよ。
※注1:札幌の夜パフェ専門店。系列店として、東京に三店舗がある。渋谷と新宿三丁目に「パフェテリア ベル」、池袋に「モモブクロ」。
▲パフェテリア ミル(札幌)「うにパフェ」(2018年7月撮影)
「うにをトゲごと食べて来たよ」
連載【パフェが一番エラい。】
毎月第2・4木曜日更新
斧屋(おのや)
パフェ評論家、ライター。東京大学文学部卒業。パフェの魅力を多くの人に伝えるために、雑誌やラジオ、トークイベント、時々テレビなどで活動中。著書に『東京パフェ学』(文化出版局)、『パフェ本』(小学館)がある。
Twitter @onoyax
※この記事は、2020年4月23日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。