焼いてから|千早茜「こりずに わるい食べもの」第5話
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焼いてから|千早茜「こりずに わるい食べもの」第5話

 新緑が深まり初夏に近づく頃になるとそわそわする。国産アスパラの旬の時期だ。アスパラを食べねば、逃してなるものか、と落ち着かない気分になる。

 以前は、北海道に住む両親がアスパラの季節になると送ってくれた。我が親は、こと食べものとなると加減を知らなかった。一人暮らしの娘に新巻鮭を丸ごと一本送ってくるような、他家の冷蔵庫の容量はお構いなしの人たちだったので、アスパラも薪みたいな量が毎年送られてきた。

 正直、当時は「アスパラかあ」と思っていた。嫌いではないが、弁当の中のプチトマトのような彩り用の野菜としてしか見ていなかったし、アスパラがメインの料理も知らなかった。
 なにより、アスパラは生命力が強く、寝かせて冷蔵庫に入れておくと、穂先が上へ向かおうとして曲がってしまう。なので、家中のコップや花瓶をだして、花の如く生けなくてはいけなかった。冷蔵庫の飲みもの用ポケットがアスパラで埋まる。おまけに、穂先は傷みやすく、傷むととんでもなく臭い。植物に本当にこんな臭気がだせるのかと驚愕し、二度嗅ぎして床にうずくまるくらい臭い。アスパラを食べると尿も異臭がするので、アスパラには他の野菜と違う臭気成分が隠れている気がする。

 そして、ホワイトアスパラに至っては大人になるまで病気のアスパラだと勘違いしていた。中学生の頃、グリーンアスパラを栽培できる缶をもらったことがあった。封を切って水を与えれば、にょきにょきとグリーンアスパラが生えてくるという土の入った缶で、土産物かなにかだったと思う。
 もらったまま忘れた。開けなければ生えないと思っていた。数ヶ月経ってふと思いだし、プルタブを引くと、中で真っ白なアスパラがぐるぐるととぐろを巻いていた。一瞬、蛇かと思って悲鳴をあげ、日の光がなくとも生長するアスパラの生命力にぞっとした。私の失念への恨みがこもっている気がして、ホワイトアスパラに恐怖心が芽生えた。

 でも、今は大好きだ。もともと蛇は嫌いではないので、怨念とぐろアスパラもそう大きなトラウマにはならなかったのだろう。ただ、残念ながら両親の転居でもう北海道が実家ではなくなってしまった。薪のようなアスパラはやってこない。寂しくて、自ら取り寄せたり、旬の時期しかホワイトアスパラをださないフレンチに通ったりする。先日もアスパラコースをやっている店で、グリーンもホワイトも堪能してきた。あまりにアスパラ尽くしだったため、次の日の午後になっても異臭尿のままだったが、もうそんなことには臆さなくなっている。

 いったいいつからこんなにアスパラが好きになったのか。
答えはわかっている。焼いてから、だ。実家ではグリーンアスパラは茹でていた。なんせ彩りのための野菜だと思っていたから、茹で時間も色で判断していた。確かに、くっきりした強い緑色はきれいだったが、茹でたアスパラはどこか水っぽかった。家族はマヨネーズで食べていたが、マヨネーズ嫌いの私は茹でアスパラを斜め切りしておかかポン酢で食べるしかなかった。えー、アスパラをおかかポン酢で? と怪訝な顔をされるが、おかかポン酢は悪くはない。けれど、これがベストかと問われると頷ける代物ではなかった。

 料理人である殿と暮らし、焼けばいいと教えてもらった。せっかくの美しい緑にフライパンで焦げ目をつける。そこに塩をぱらり。黒ずんだ緑を口に運んで驚いた。驚くほど味が濃かった。まったく水っぽくない。むしろ、ほっくりしている。ああ、こういう野菜だったのかとグリーンアスパラの本当の姿を見た気がした。ごちゃごちゃしたサラダなんかに入れられて脇役だったアスパラがスポットライトを浴びていた。バターで焼いたり、目玉焼きをのせたりしてもいいが、毎シーズン、まずは塩だけで焼きアスパラを食べている。春巻きの皮で包んで揚げるのも、ぎゅっと味と水分が閉じ込められていい。

 昔より、ずっとアスパラの食べ方はバラエティに富んだ気がする。生のアスパラをピーラーで薄く剥いたものなど、十年前は見たこともなかった。世の中がアスパラの扱いに慣れたのだろうか。
 アスパラを食べるたび、他の野菜や食材についても思いをはせる。果たして、自分はその食材のポテンシャルを最大に引きだせているのか。もっと相応しい調理法があるのではないか。そうすればまた新しい美味に出会えるんじゃないか。どんな食材も好物になる可能性を秘めているのだ。この先、画期的な調理法が見つかり、既知の食材がまったく違った姿を見せてくれることもあるかもしれない。

 ちなみに、おかかポン酢アスパラはたまに懐かしくなってやっている。そういう、ベストを目指さない食べものもそれはそれで愛おしい。

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illustration 北澤平祐

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連載【こりずに わるい食べもの】
毎月第2・4水曜日更新

千早茜ちはや・あかね
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神いおがみ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『さんかく』『ひきなみ』などがある。
Twitter:@chihacenti

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