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思春期をこじらせた妄想女子|真藤順丈 ヴンダーカマー文学譚 三人目①

「夢にすがることは、万能の薬でも尊い美徳でもなんでもない」
新人賞4冠受賞。売れないどん底時代から、直木賞受賞――物語に憑かれた「憑依型作家」が本領を発揮する、小説家ワナビーたちの数奇な群像劇。栄冠は、誰の手に?  オゲ、多恵子につづく待望の三人目、いよいよ登場。
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「ヴンダーカマー文学賞」原稿募集!

◆賞の概要◆
ヴンダーカマー(Wunderkammer)とは十八世紀の半ばまでヨーロッパで流行した文化で、あらゆる珍品奇品(動物のミイラや骨格標本、金の編み細工、ダ・ヴィンチの素描やアルチンボルドの奇想画、天球儀、オウムガイの殻でつくったランプシェード、錬金術の稀覯書(きこうしょ)、オートマタや聖遺物etc……)を集めた学者や王侯貴族によるコレクション展示室のこと。〝驚異の部屋〟と訳される名を冠した公募文学賞をこのたび創設する運びとなりました。読み手に驚きと歓喜をもたらす才能、類例のない面白さに満ちた作品を募集します。
◆募集要項◆
広義のエンタテインメント小説。原稿用紙換算で一〇〇枚~四〇〇枚。
日本語で書かれた未発表作品であればプロアマは問いません。
◆応募方法◆
テキスト形式で保存した原稿に八〇〇字程度の梗概をつけて、エントリー用のメールに添付して送信してください。住所、氏名、年齢、職業、電話番号、公募賞への応募歴を明記のこと。
◆選考委員◆
日本文藝作家連盟に属する現役作家が、二次選考~最終選考に至るまで随時、ランダムに選考に加わります。現在、確定している選考委員は、真藤順丈、藤代勇介、那須千賀子、窪田陽一郎(敬称略)という現役作家・批評家四名。他にもベテランや新人まで、書き手でもあり読書家でもあるプロの皆さんに選考参加を打診しています。乞うご期待。
◆応募期間◆
二〇一九年六月二十日~二〇二〇年二月末日。二次選考後、最終候補に残った五~六作品を当ホームページで発表。受賞者の発表は三月十五日。
◆賞金◆
五〇〇万円。受賞作には出版時に規定の単行本印税が支払われます。
◆主催◆
日本文藝作家連盟(協賛/ホーム社)。


三人目
『あたしたちが飛ぶのをごらん』

 最後の句点を、処女作に打つときの気分はどんな感じ?
 あなたはそれを知っているよね。
 あたしは想像するしかない。書き上げたのがどんな物語かにもよるよね。
 たとえばそれが小説なら、原稿用紙二枚の掌編なのか、アイディアの閃きで勝負した短編なのか、それともお話を広げすぎて収拾のつかなくなった長編なのか。長さによっても書き終えた気分は変わるよね。だけど内容や分量がどうであれ、一作を書ききるのは受け身ではぜったいムリ。受動態にさよならを告げて、この世界に物語をひとつ産み落とした証になる「。」は、終業のチャイムを聞いたときのような解放感をくれるのかな。ずっと浸ってきた物語世界から引き離されてつらいのかな。そりゃもう難産だったはずだから、産んだばかりの赤ちゃんのへその緒を断ち切るような無類の心痛に襲われるかもしれない。
 あたしはそういう特別な「。」を打ちたいと願う。
 遥帆(はるほ)、あなたのように。 
 できあがったそれを他人に見せるのか、世間に発表するのかどうかでも変わるよね。弟や妹に読み聞かせるのでも、文学賞に応募するのでも、小説投稿サイトで発表するのでもいい。きっとあたしは、不特定多数の読者がうごめく広い世界に物語を放流しようとするだろう。あたしは、あたしの処女作を――
たぶんそれは、わけのわからないまま夢中になって、逆上(のぼ)せあがって、空前絶後の嵐のなかで髪の毛ぐしゃぐしゃになりながら完成させたもの。全身全霊で書き上げたそれを世間に送りだすのだから、リリースするときはさぞかし緊張するだろう、もしかしたら気絶するかもしれない。魂の分身のようなそれを解き放つ瞬間、あたしは二つに分離するかもしれない。
 あたしの肉体は脱け殻になって、あたしの意識は物語の内側だけに宿る。
 幽体離脱するみたいに、生霊を飛ばすみたいに。
 霊魂だけの存在になって、あたしは物語とともに飛んでいく。
 たとえばネットに上げたとしよう。あたしの体はぐにゃりと脱け殻になって、魂のほうは物語のなかに棲みつく。肉体のほうはすぐに腐るか、発見されて荼毘に付されるけど、霊魂のあたしはネットのデータの内部であれ、刷られた紙面であれ、物語が読まれるところで霊魂としての生を継続する。
 そのうち他人の目にふれる機会がやってくる。途中で読むのをやめる人もいれば、ねばり強く一語一語を読みついで、最後の「。」にたどりつく人も現われる。そのとき驚くような現象が起きる。霊魂のあたしは、読了したその人に憑依してしまうのだ!
 うぎゃあ、なにこれ!
 霊魂のあたしはぶったまげる。起こったことが理解できずに当惑する。
 読み手のほうに霊感があったり、口寄せの能力があったり、サイケデリックな幻覚剤を常用していたりといったことでもない。とにかくあたしは霊魂としてその人に入りこみ、その人自身になって、あたしに肉体を乗っ取られたその人の魂は、スポットライトの当たる舞台から袖に下がるみたいに意識の底で熟睡してしまうのだ。
 これじゃ悪霊じゃん!
 あたしはこの人に悪いことしたなと思うのだけど、本物の悪霊ではないので、むしゃむしゃと霊魂をむさぼり食ったりはしない。むしろ眠らせておいてあげて、代わりに仕事にも行くし、家族とも接する。肉体が憶えているルーティンをこなして、マッサージ店にも通えば法事にも出席する。それから本も読む。憑依した目を通して、読みさしの小説を読み終えてしまったら書店にも出かける。売れ筋から古典文学までいろいろと読んで、たとえば輪廻転生(リーインカーネイション)などの神秘学、ウイルスの播種(はしゅ)にまつわる生物学、死後の世界を考察する哲学の本も読んで、そうしてふと考える。あたしの霊魂が離脱し、憑依をしていく意味ってなに?
 あたしはそれこそウイルスのように、乗り物(キャリア)を換えながら世界に自己が播種されていくことを望んでいるのかも。
 霊魂というよりもそれは、物語そのものの意思なのかも。
たしかにあたしには、そんな衝動がある。転生(サークル)への欲求がある。あたしはそれにあらがわない。あたしはあたしの物語を、憑依した体を使ってさらに伝播する。テキストの形でなくてもいい、口伝えに物語を語るだけでも伝播はかなう。聞き手が最後まで聞く耳を持ってくれたらだけど――するとまたもや憑依が起こる。語られた物語を媒介してあたしはまた別の体にお引っ越し。そしてまた語って、また憑いてまた語って、そんなふうにして数えきれない肉体への憑依をくりかえしていく。
 あたしの物語はやがて、呪われた物語だと噂される。
 最後まで読むか聞くかすると、魂を食(は)まれるとか。精神に異常をきたすとか。
 ちょっと人聞き悪いわー、十六歳をつかまえてサダコ扱いはないわ。だけどやがて拝み屋とかエクソシストとか、そういうお祓いのプロフェッショナルがあたしの前に立ちはだかるようになって、聖水をぶっかけたり、紙垂(しで)を垂らした棒でひっぱたいたりしてきて、あたしはウギャアアアアア――と断末魔の叫びを上げて祓われちゃう。祓われちゃうんだけどご心配なく、そのころにはあちこちに憑依してるからね。あまねく点在してるからね。完全に消滅しきることはない。あたしの霊魂は分裂をつづけて、そこまでいくと元のあたしとは全然違う人たち、性別も習慣も趣味嗜好も異なる人たちにも憑依している。なかにはどうしたって相容れない人もいる、たとえば満員電車の痴漢オヤジとかね。家族を放っぽりだして、失踪するような甲斐性なしとかね。
 あたしの霊魂は、酒に酔ってよたよた帰路につくオヤジに憑いている。憑依してはじめて気がつく。カップ酒を買うオヤジの財布には、見覚えのある母子の写真が入っている。
 男はあたしの、生物学上の父親だった。あたしははからずも家出した父親に憑依して、どうして妻と子を棄てたのか、知りたくもなかった本音を知ることになる。
 あたしはその体を使って、あたしの母親に連絡を入れる。早く未練を断ち切ってあげたかったから、電話できちんと離婚を提案して、それから母親にも言う。そういえばこんな物語(おはなし)を聞いてさあ――
 そしてあたしは、あたしを産んだ女(ひと)にも憑依する。あたしは母が抱えこんだ老いや病や、孤独にふれて、夫に出ていかれてからの静かな狂気にもシンクロして――そんなふうに物語の形でいくつもの他人の生を生きて、そうやって母に憑いたあたしは、母の口を使って、元のあたしに伝えようとする。
 ぐるりと円環(サークル)をまわって還ってきたわけね。だけど事前にふれたとおり、元のあたしの肉体は腐っているか火葬されているから。母は骨壺や位牌に語りかけることしかできない。あたしの物語をあたしに戻すことができない。灰や骨になっては、本当の意味で物語を聞くことはできないから。
 あたしの物語は、あたしが行き止まりだった。そんなふうにしてあたしは浮遊霊のように、ふわりふわりと永久に漂いつづける――

 気がつくと、こめかみに涙が伝っている。
 霊魂となったあたしの終わり。なぜかけっこう悲しいお話になっちゃった。
 あまりにも想像に没入しすぎていたけど、あたしは自分の部屋で眠れずに、布団に横たわりながら、最後の句点を打ったあとの魂の遍歴を「。」(サークル)のなかに夢見ていただけだった。
 あたしはその遍歴の物語に『飛行』と命名する。あたしはどうして、こんなに分類のしづらい変てこな物語ばかりを思いついてしまうのだろう。それらを文章に変えて、他人に伝達することもできないのに。一編の小説としてまとめあげる技術も経験も持ちあわせていないのに。
 あなたの百分の一の資質でもあったらよかったのに。
 天から執筆の才能、降ってこないかな。
 このままだといつまでも、思春期をこじらせた妄想女子でしかないもんね。
 あたしには、遥帆、あなたのように小説は書けない。

         *

 創作の熱というのは、人から人へと伝染するものだと思う。だとすればあたしは榎本(えのもと)遥帆を発生源とする熱狂の、記念すべき一人目の感染者だった。
 あなたはふた言めにはこう言っていたね。
「高校を卒業するまでに、ずえぇったいにプロデビューする!」
 あたしは感嘆させられっぱなしだった。恐れ知らずで自信過剰で、こう言っちゃなんだけどちょっとイタイ系の子なのかと思っていた時期もあった。
 あたしたちが生まれた年に、綿矢りさと金原ひとみが芥川賞を同時受賞していて、それぞれの十九歳と二十歳という受賞年齢への対抗意識から〝高校卒業まで〟と期限を切ったみたいだけど。若くして才能を咲かせられなければ死あるのみ、そういうオブセッションを抱かされた作家志望者は、遥帆以前にもごまんといたんだろうけど。だけど彼女の場合は、実践のともなわないビッグマウスじゃなかった。あたしが知り合ったころにはもう小説を書いていて、公募の賞の最終選考に残ったこともあって、有名な小説投稿サイト〝NOVEL BABEL〟に載せた短編長編はどれも閲覧数一万を超えていた。そんなものすごい中学生が全国にどのぐらいいただろうか?
 あたしは彼女の小説をだいたいどれも読んで、「身内の批評はあんまし参考になんないんだよねー」とか言われながら本人に感想を伝えていて、あたしの意見の端々からなにか感じとったのか、「チロ子も書いてみたら」と勧められるようになって、あたしが受け流しても「わたしにはわかる、チロ子には才能があるよ。わたしは小説関係でテキトーなことは絶対に言わない」と自信満々だった。
 おたがいに受験の前ごろから家の事情がバーニングだったので、教室以外でほとんど顔をあわせなくなって、あたしは大森にある六年制の公立学校に外部入学して、遥帆、あなたは狛江の女子学院に入った。おなじ東京でも大森と狛江じゃ遠いよね。あたしたちはすっかり疎遠になって、だけどいまごろになってあたしのなかでは、あなたを発生源とした創作の熱が、青い熾火のようにくすぶりはじめていた。

 七月中旬、母親を起こさずにあたしは淳平(じゅんぺい)と璃花(りか)の朝ごはんを作って、うっかり洗ってなかった弟の上履きをダッシュで洗ってドライヤーに一足ずつ履かせて乾かした。すると妹の保育園で遠足があることが発覚して、うわあヤバイ! おやつ買ってない。しかたないので冷蔵庫に残っていた揚げ玉をポリパックに入れて持たせることにした。
「これ、おやつなの。おやつの時間に揚げ玉をぽりぽり食べるの?」
「おやつがいるなら、前の日のうちに言って」
「りっちゃん、言ったもん。お姉ちゃんわかったって言ったもん」
「そうだっけ、ならごめん。お姉ちゃんが忘れてた」
 淳平は小二なのでもう一人で登校できるけど、璃花のほうは保護者の送迎が必須。起きてこない母の代わりにあたしは妹を保育園まで連れていく。そのぐらいは毎朝のおなじみのドタバタだったけど、なにかひとつでもモタついたらもうだめ、あたし自身は確実に遅刻しちゃう。
「伊藤(いとう)さん、今日もオフピーク通学ですか?」
 通用門のインターフォンで遅刻の理由を告げて、嫌味を言われながら一限目の途中から教室に入る。大森山王学園高等部二年F組、古文の文法解説を聞きながら、あたしは食べそびれた朝食の代わりに揚げ玉を隠れてぽりぽり食べる。
 あたしはクラスではけっこう頑張ってるんだよ。三吉(みよし)さんという同級生と仲良くしてる。お弁当を囲めるようなグループ、そういうのがないとなにかとしんどいじゃない? 一年生のときから三吉さんはかならず五人組のグループでいたがった。バランスのいいメンバーを器用に選びだし、あたしは二年になってそこに加えてもらった。三吉さんを基準にして、制服のスカートの折り回数も、休み時間に話す内容も決めている。そのいっぽうで三吉さんたちには、たとえば思いついたばかりの『飛行』のことも、小説を書きたいと思っていることもおくびにも出さない。それは三吉さんがあたしに求めている役割じゃないからだ。彼女が理想としている高校生活には、小説や創作なんてまるっきり不必要なものだとわかっているからだ。
 あたしは三吉さんの世界観のなかで、巧くコントロールされた存在でいさえすればよくて、それはべつに不愉快なことではないし無理をしているわけでもない。三吉さんたちの温度がちょうどいいのは、あたしの家庭環境や見劣りするお弁当にも詮索をしないでくれるからで、だから下校の時刻になってカラオケに誘われても「ごめーん、今日はちょっと部室に寄ってくね」と断わりやすかった。
 放課後、あたしは渡り廊下を渡って敷地の北の端にある文化部の部室棟へ向かう。日当たりの悪さや全体の静けさも手伝って、来るたびにあたしは眠気を誘われる。静かなのは当たり前なのよね。この学校では高三は夏休み前に部活卒業となるので、文芸部の三年もごっそり抜けて(といっても四人だけど)、部長を継いだけどあんまり部室に来ない二年B組の早坂美嘉(はやさかみか)とあたしが現役部員の全部だった。
 早坂部長もなー、「伊藤さんも適当にやってくれたらいいから」って感じだし、顧問の英(はなぶさ)先生も「伊藤さんに部室の鍵渡しとこっか」ってまる投げだし。来年の今ごろの部活卒業まで、部長や顧問とはあとなんべん顔を合わせられるんだろう。
 伊藤さん、か。
 あたしはまた遥帆のことを考える。
 伊藤さんでも、千世子(ちよこ)でも、千世子ちゃんでもない。あたしを〝チロ子〟と呼ぶのは遥帆だけだった。昔から呼称はどれも本名のグラデーションで、あだ名っぽいのをつけられたのは十六年間で一度だけ、〝チロ子〟だけだった。
 部室にいるときは、だいたい本棚に収まった文庫本のどれかを読んでいる。歴代部員が制作した部誌――それぞれにタイトルのついた創作小冊子――なんかもある。馬込(まごめ)文士村も近くにあるこの学校の文芸部は歴史が古くて、最盛期にはたくさんの部員を集めていたそうで、正式な名称は〝文芸創作部〟――だけど今では、事実上ただ一人の部員がその名を裏切っているのだからマジごめんなさい。あたしは立つ瀬がない。
 みんなよく書けるなあ。部誌には詩や批評やエッセイ、人気作家の文体の影響を受けたものやかなりアグレッシブな恋愛小説も載っている。うしろめたい気分を味わっているとますます眠くなる。うつらうつらと舟を漕ぎながら部誌を読んでいたところで、あ、ヤバイ。眠りにまつわるお話を思いついてしまった。
 あたしは部室に垂れこめた眠気のもやのなかで、思うままに想像力の翼をひろげる。こんな話はどうだろう。
 ある不眠症に悩んでいる男――仮にKとしましょう(男:二十代)、この人が掛かりつけの心理療法士の待合室で【パジャマ結社】なるサークルの存在を教えられます。寝具店を経営するオヅ(男:五十代)が主宰する、こころよい眠りを眠るための秘密結社。寝具倉庫にて週に一度催される快眠サロン。ようはお泊り会。老若男女のメンバーにまざってKもこれに参加します。詳報はこんな感じ、【金曜二十時集合、二十二時消灯。翌土曜日の十時起床、ブランチがてら座談したのち流れ解散】。いちおう寝具のモニタリングという名目はあるんだけど、オヅ会長もメンバーそっちのけで眠りをエンジョイしていて、一張羅のパジャマで集まって、寝酒なんかを満喫しちゃって、ときに修学旅行の学生のようにはしゃぎまわり、ときにフロイトの夢判断なんかを持ちだして眠りを哲学するのだ。
 おおー愉しそう、そんな会があったらあたしも参加したい。
 ここまではいいじゃん。設定は面白そうだ。肝心なのはこのあとの展開だよね。ここはやっぱり会員同士のドラマが欲しいな。あ、わかった。若い女の子の会員を登場させよう。彼女の名前は……
 レムだ。レムがいい。
 紅一点の眠り姫。眠りに特化したスリーピング・アニマル。
 彼女はとにかくよく眠る。深く深く、動的で、豊かな眠りを眠る。
 寝相がワイルドすぎて、ベッドや布団の境界を越えて、他のメンバーの寝床にまで入りこんじゃったりする(もちろんハレンチ行為は即刻退会処分!)。Kはすっかりレムの寝姿に魅了されて、会を重ねるごとに親密になっていく。
 だけどやがて不可解な事件が起こる。レムに転がりこまれておなじ床で眠った会員たちは、レムとおなじ夢を見ているらしいとわかって「なんとこれは、同床異夢ならぬ同床同夢!」と大騒ぎになっちゃう。Kはたまたま昼間に見かけたレムをこっそり尾けてみたりして、彼女はナルコレプシーであることを知る。彼女はKにこう告げるんだ。「私のあふれかえる夢が外部に漏れだしているのです。それが他の会員さんにも流れこんでおなじ夢を見させているのです」
 かくしてKたちはお泊まり旅行にも出かけて、夢のなかに出てきた実在の風景などをたどりながら、めくるめく同床同夢のミステリーを解こうとする――眠りを祝祭のように眠る者たち、いびきの合奏、飛びかう枕の蕎麦殻。そこにオヅの寝具店の乗っ取りをたくらむ大型家具チェーン店の思惑もからんできて、会そのものが存亡の危機にさらされるなかで、ついにレムがその寝相をもって、Kの寝床に転がりこんできて――

 うわあ、どうなっちゃうんだ!
 愛と死とパジャマと不思議な夢とが交差する、ファンタジックなラブ・ストーリーだ。これはきっと面白い物語になるぞ、傑作になる予感しかしない。
 書いてみようかな。題名は『おやすみ、パジャマ結社』にしよう――そんなふうに物語の世界に耽っているうちに、一時間あまりが経過している。時計を見ると午後五時十分。そろそろ行こう、弟や妹のお迎えにまわる前に寄ってみたいところがあった。これまでに集めてきた情報にもとづいて、あたしは普段は立ち寄らない盛り場に足を伸ばす。といっても京浜急行でひとつ隣の駅の駅前広場や、ファストフード店やゲームセンターとかだけどね。
 制服のブレザーのままでうろうろと往き来する。
 あ、ティッシュ。ティッシュはください。
 ほどなくして、駅前の商業施設をつなぐ陸橋の上で見つけた。うちの学園の制服を着た男子の集団を見つけた。

(つづく)

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真藤順丈(しんどう・じゅんじょう)
1977年東京都生まれ。2008年『地図男』でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。同年『庵堂三兄弟の聖職』で日本ホラー小説大賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で電撃小説大賞銀賞、『RANK』でポプラ社小説大賞特別賞をそれぞれ受賞。2018年刊行の『宝島』で山田風太郎賞と直木賞を受賞。他の著書に『バイブルDX』『畦と銃』『墓頭』『七日じゃ映画は撮れません』などがある。
MOTOCROSS SAITO(モトクロス斉藤)
Twitter:@moot_sai


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