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北澤平祐 ぼくとねこのすれ違い交換日記 第12話「ねこがやりました/The cat did it」

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【ぼく】9月28日

 引っ越しをした。7ヶ月目に入ったこかりのお腹はもう風船のように膨れて大変そうだったし、ぼくの仕事もそれなりに順調でバタバタしていたけれど、アパートの契約更新が迫っていたのと、友達が譲ってくれたお古のベビーベッドが思いのほか大きかったこともあり、急遽決めたのだ。

 引っ越し先は、野川という初めて住む街。こかりがネットで見つけたこのアパートは最寄り駅から徒歩25分もかかるけれど、吉祥寺のワンルームと同じ家賃で部屋数が2つも増えるということでここに決めた。念願の仕事部屋も作れる! それにもうひとつ、最近こかりのお母さんが体調を崩しており、このアパートがいわゆる「スープの冷めない距離」に位置することも大きかった。

 荷造りは猫にとって最上のエンターテインメントなのかもしれない。ここ最近は退屈そうにしていることが多かったホワンだけれど、部屋を埋め尽くすダンボール箱を見るやいなや、実に活き活きと邪魔をした。びっくり箱のピエロのようにダンボールの中から飛び出し、ぼくらを驚かせたり、ダンボールの中に入れた手に嬉々としてもれなく噛みついたり、積み上げておいた空のダンボールに登って、ジェンガのようにド派手に崩したりと悪行の限りを尽くした。さすがに最後は、こかりに首根っこを掴まれ叱られていたが、こかりが妊娠してから、どことなくよそよそしかったホワンが楽しそうにしているのを見るのはうれしかった。

 当日は、イフジ君夫妻や彼のバンド仲間も手伝いにきてくれ、あっという間に引っ越しを終えることができた。部屋からものがなくなると、ホワンが壁や柱に残した爪痕(そのままの意味での)が目立ち青ざめたが、猫好きの大家さんは「いいよ、いいよ、猫はそういうものだから」と笑って許してくれた。引っ越しと卒業式って似てる。まだ心の準備ができていないまま前に押し出される感じ。もう後戻りができない寂しさ、心細さ。このおおらかな大家さんにもおそらくもう会うことはなさそう、ご縁って流れてる。長い間、お世話になりました。


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【ミー】October 10th

 知らないところにつれてこられた。ここは、キチジョウジのホームよりもビッグでルームもたくさんあるし、ミーのための小さなベッドまで用意してあった。もうけっこう長いことここにいる。ここも悪くないけれど、そろそろキチジョウジに帰りたい。マイフレンドのクロがバックヤードに遊びに来ているかもしれない。

 コカリがどんどんファットになってきた。バルーンのようにふくらんだベリーには何か大切なものをハイドしているようで、手で守り生活している。タイラーも時々うれしそうな顔でコカリのベリーに耳をくっつけては、何かを聞いている。歌でも聞こえるのだろうか? コカリはミーにかくれて、こっそりカナリアでもかっているのだろうか? そんなわけはないか。でも、ミーのヒゲが、あそこにだれかがいると言っている。だれだ? だれだ? まさかスマがこっそり遊びにきているわけじゃあないだろうけど。もしかして……。

 そういえば、外ねこであるクロは、すずめをキャプチャーするのがホビーだと言っていた。時々「ごちそうごちそう」と言って、バックヤードにすずめのデッドボディーを置いてくれるたびにミーはよろこんだふりをしながらもハートを痛めてきた。実は、ミーは鳥をリスペクトしている。ねこも高いところに登れるし、ハイジャンプもできるが、鳥にはかなわない。ねこはスカイにタッチできない。ミーもいつかは空を飛びたい。次のライフは鳥でプリーズとお願いしたいくらい。

 コカリが「ここは3かいだからみはらしがいいでしょ」と言っていた。たしかに、ウィンドウからは、遠くのマウンテンも見えた。雲がなければ、タイラーの住むニューポートビーチも見えるかもしれない。ウィンドウの外を鳥がピーピーとあいさつしながら横切っていった。ミーもまねしてピーピーと鳴いたら、コカリとタイラーがおどろいた顔でこっちを見た。


ねこようせいによる「ねことわざ」解説

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The cat did it
(ねこがやりました)

「The cat did it」とは何かを失敗して、ごまかそうとする時に使う言葉なんだって。半分ジョークのようなものかもね。バリエーションとしては、アメリカの学生が宿題を忘れた時に使う定番の「My dog ate my homework/うちの犬が宿題を食べてしまいました」というのもあるよ。そういえば、タイラー君がハイスクールに通っていた時、クラスのお調子者が宿題をやらなかった上にニヤニヤしながら飼い犬を学校に連れてきて、「この犬が食べました」って言ったんだって。でも、まったくウケなくて、犬を家に連れて帰らされた上に、1週間のdetention(放課後の懲罰クラス)を食らい、「僕はもう、犬を学校に連れてきません」って何百回も書かされたらしいよ。


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北澤平祐(きたざわ・へいすけ)
イラストレーター。東京都在住。アメリカに16年間在住後、帰国しイラストレーターとしての活動を開始。
多数の書籍装画や、花王、東京ソラマチ、渋谷ヒカリエなどのキャンペーンビジュアル、ファミリーレストランCOCO'Sのメニューイラストや、洋菓子のフランセ、キャラメルゴーストハウス、KENZO Parfumsの商品パッケージ等、国内外の幅広い分野でイラストを提供。
オフィシャルサイトwww.hypehopewonderland.com
Twitter@nevermindpcp

※この記事は、2019年12月17日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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HB(エイチビー)は、集英社グループの出版社・ホーム社の文芸サイトです。2017年11月にサイトを立ち上げ、2020年にnoteへ引っ越してきました。小説やエッセイを中心に、毎日をより楽しく過ごすための、さまざまなコンテンツをお届けします。

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