パーフェクトワールド|千早茜「こりずに わるい食べもの」第7話
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パーフェクトワールド|千早茜「こりずに わるい食べもの」第7話

 新型コロナウイルスが蔓延はびこる世界になってから、初対面の人と食事をする機会が激減した。知人や友人でもそうそう気軽に誘えない。よほど気心の知れている友か、長い付き合いの編集者としか外食をしていない。とはいえ、ひとりの食事でも美味しいものは充分に美味しいのでそんなに気にしていなかった。もともと一緒にいる人よりも目の前の皿に集中したいタイプだ。

『わるい食べもの』の連載がはじまってから、「食エッセイを書いている人」として見られることが増えた。「美食家なんでしょう」と私がどれくらい酒や食材に精通しているか見定めようとする人、本の通りの偏屈さなのか確かめようとする人、「あ、やっぱりスイーツが好きなんですね」と知っていた情報との合致を喜ぶ人。「わるたべ」が広まるのはありがたいが、食事中のそういった視線は少し煩わしかった。私を見るな、目の前の料理を見ろ、と喉元まででかかった。
 しかし、コロナ禍においてはそういう体験をすることもなくなり、私はすっかり人の目を忘れた。食べるときは、世界にあなた(料理)と私だけ。そんなパーフェクトワールドが当たり前になってしまった。

 ちなみに、私のまわりにはこのパーフェクトワールドを会得している人が少なくない。最たる御方はパフェ先生ことパフェ評論家の斧屋氏だ。先日、とあるパフェをだすバーで偶然お会いしたのだが、店内に客が3組だったにもかかわらずパフェ先生はまったく私に気がつかなかった。パフェ先生は私と同じパフェを食していた。星の数ほどのパフェがあふれる東京で、同じ時間帯に同じパフェを食べているという奇跡に、私はつい浮かれてしまい、パフェ先生に近づき話しかけてしまった。パフェ先生はパフェスプーンを持つ手を一瞬止め、私を見た。その目には「邪魔」の文字がありありと読み取れた。挨拶だけしてパフェ先生はパフェに視線を戻した。パフェ先生はパフェしか見ていない。世界にはパフェとパフェ先生しかいない。私は一瞬とはいえ、そのパーフェクトワールドを壊してしまった。後ほどLINEで謝罪をしたら、「ちょっと邪魔されましたな」と静かな返信があった。申し訳ありません。
 よく食事を共にする友も、集中したい味に出会うと無言になる。お互い黙ったまま各々のパーフェクトワールドに没入する。皆、孤高の食いしん坊である。

 そんな中、めずらしくほぼ初対面の人と食事をする機会があった。正しくは以前から知り合いではあったが、食事をすることはなかった人だ。やりとりをする中で思ったより食の趣味が合うことがわかり、蕎麦を食べに行った。うきうきと店を選び、メニューを吟味し、注文して、いざ食! となったとき、間のようなものがあった。あれ、なんだろう? と思いながら、「おいしいー」と言い合いながら食べ、箸を置いて気づいた。相手も食べ終えている。食べるペースも似ているのか? いや、違う、同じタイミングで食事を終えられるように食べる速度を調整してくれたのだ。私は食べたいものを食べたいときに食べることに慣れっこになっていて、一緒に食べる相手の様子や速度をうかがう習慣をすっかり失っていた。新鮮だ、と思った。鰻やインド料理も食べに行ってみたが、やはり気を遣わせない程度に食べるスピードを合わせてくれる。こちらは料理が運ばれてくると美味に没入してしまう。ときどき「いただきます」すら忘れる。けれど、その人はこちらのペースを見ながら焦らず味わい、感想を述べていた。その人は六つほど年下の男性だった。うーん、ちゃんとした社会人だ……とちょっと恥ずかしくなった。

 ある日、その彼と好きなショコラティエの前を通りかかった。人気店だが、まだ行列はそんなに長くはない。「パフェ食べませんか?」と誘うと、「パフェですか。前にパフェを食べたのがいつか思いだせないくらい食べてないです」と応じてくれた。ふたりとも期間限定のメロンパフェを頼んだ。運ばれてきたのはメロンの皮を模したチョコレート板が刺さった小ぶりなパフェだった。みずみずしいメロン果肉とソルベ、生クリーム、濃厚なホワイトチョコアイス、さくさくしたチョコがけフィアンティーヌ、最後はミントジュレでさっぱり。私は構成をメモしながら食べていたが、彼は「うまっ」と呻いたきり黙々とスプーンを動かしている。やがて、「あ」と声をあげた。「ばくばくと夢中で食べてしまいました……」と恥ずかしそうにまだ半分以上ある私のグラスと空になった自分のグラスを見比べている。「パフェはそれが正解です」と伝えた。彼は「食べ終えるのがちょっとさみしかったです……」とパフェへの未練を漂わせていた。堕ちたな、と思った。

 気遣いができなくなるほどの美味。同行した人が消え、他人の目も消失し、パフェと自分のみのパーフェクトワールドに堕ちる。そんなパフェに出会ってもらえて嬉しかったし、その様を眺められて大変に満足だった。清々しい気分になった。
「おいしいね」と言い合う幸せもあるけれど、いい大人がなにかに没頭する姿もやはり素晴らしい。これからも自分のパーフェクトワールドを恥じずに生きよう。

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illustration 北澤平祐

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連載【こりずに わるい食べもの】
毎月第2・4水曜日更新

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神いおがみ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『さんかく』『ひきなみ』などがある。
Twitter:@chihacenti

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