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真藤順丈 ヴンダーカマー文学譚 一人目②「野生の作家は群れをなす」

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前回まで:新設された公募エンタメ文学賞〈ヴンダーカマー文学賞〉。作家になる夢、そして賞金500万円を懸けて、小説家志望者たちが動きだす。一人目は、かつて作家デビューしたもののぱっとせず、現在は警備員と他人名義の懸賞応募で糊口をしのぐ御毛文雄(おげふみお)。もともと応募する気はなかったがーー。
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 七月の半ば、おれは駅までの往来でユリと揉めている。
「おれにも出席の資格がある、分け前はきっちりもらうからな」
「オトコ同伴で来たとか思われるじゃん。おれは裏方でいいとか言ってたくせに!」
「たまにはおれも勝利の美酒にあずからせろ」
「もう飲んでるじゃん、すっごい酒臭いんだけど」
 腰が据わらない書斎を抜けだして発注書(リスト)を取りにいったところで、いそいそと身支度をしているユリを捕まえた。ある企業広告のキャッチフレーズ募集で大賞を獲ったのだが、主催の広告代理店が開く祝賀会のことをユリは秘密にしていた。おれがこれまで贈賞式やパーティーに同行することはなかったが、とにかく憂さ晴らしが必要だったし、ユリと外出とかもしたかった。
 上野の創作イタリアンバルを借り切って祝賀会は催されていた。体の線がわかる臙脂色のワンピースに柄物のストールでめかしこみ、アイシャドウも口紅も盛りに盛ったユリは代理店や同時入賞の男たちにチヤホヤされて上機嫌だった。「適当にすみっこらへんにいる」という条件つきで同行したおれを顧みず、アルコールに頬を紅(あか)らめ、パーティーの浮かれ心地に身をゆだねている。あいつめ、あんな愛想や媚態の持ちあわせがあったのか。部屋で見せることのないユリの横顔は、細くてつややかなあごをつまみ上げたいとおれに思わせた。触ってもいいよオゲちゃん、と言ってほしかった。おれの胸は電流を流されたように痺れ、跳ね、七転八倒していた。
「あのー、御毛文雄さんですよね」
 そこでいきなり声をかけられて、背中に氷を入れられたように面食らった。
 このパーティーで、その名前で呼ばれるような理由はなかったからね。
「オゲさんでしょ、以前に文芸誌のグラビアでお顔を拝見しました」
「違いますよ」
 眼鏡をかけた餅のようなとっちゃん坊やだった。純粋なファンなら少しぐらい歓談してもよかったが、あいにくおれは自分に声をかけてくる手合いを信用しない。昔の文芸誌をひきあいに出すぐらいだから業界関係者かもしれない。ここで御毛文雄とばれて得することはない。大賞の田中ユリさんと一緒でしたよね、もしかしてご夫婦とか、と話しかけてくる男を適当にかわすと、おれは立食のピッツァや熟成アンチョビをドカ食いし、痛飲して残りの時間を過ごした。やがて閉会の頃合いになってトイレから戻ってくると、ユリの姿が見当たらなかった。
 ――おい、どこに流れた?
 メールを打ったが返事がない。ユリめ、近くに良い店があるとかなんとか男に誘われてついていったか、もとから出逢いの予感に胸を躍らせていて、同伴のおれの目を出し抜いたってわけか。これは寝取られの危機だ! タイムリミット・サスペンスだ! おれは推理力と行動力のありったけを動員して、代理店の男が口説くのに使いそうな近場の飲み屋を探しまわった。ユリの貞操はいまやだれも、ユリすらも守ってはくれない。それを守れるのはおれしかいなかった。
 だけど酔いがまわっちゃって、覚醒した意識がぶつ切りになってくる。路上を駆けまわっていたはずのおれは、気がつくとなぜか松屋で牛丼を食べていた。店を出るなりそのすべてを吐き戻してへたりこみ、「現実は小説のように脈絡があるものではないな」と変に得心していたところで声をかけられた。
「大丈夫ですか……実はぼくも小説家志望で、このあとSNSで交流のある志望者同士の集まりがあるんだけど……オゲさんも良かったら……」
 とかなんとか言われたのをおぼえている。介抱がてらタクシーに乗せられ、連れていかれた個室ダイニングでおれは二時間ほど眠りこけたらしい。薄暗い洞窟のようなその部屋で目を覚ましても、五、六人のあやしい男たちはまだ座を囲んでいた。
「投稿サイトで作品を発表してる人もいるし、公募専門の人もいます。ぼくは今日のパーティーの準大賞だったんですよ。集まるようになってから初めてです、新人賞を獲って著作もある小説家をお招きできるなんて」
 おれを連れてきたとっちゃん坊やは二瓶(にへい)と名乗った。誂えもののジャケットに素足を挿しこんだビットモカシン、袖に覗いているのは老舗の高級時計だ。富と階級の香りを漂わせるこの男も小説家志望なのか。どちらかといったら広告代理店にコネ入社でもしていそうだが。おれは酔眼をこすりながら「君たち小説家になんてなるもんじゃないぜ」とさっそく先輩風をそよがせた。
「ところで田中ユリさんは、帰られたんですか」
「田中さんって、いろんな公募で名前を見かけますよね」
「賞金稼ぎみたいな人がいるんだなって話してたんだけど、御毛文雄がついてたとか?」
 ところがどうしたことか、だんだん雲行きがあやしくなる。ユリのことを突っこまれておれはしらばっくれた。「あーいや、たしかに付き合ってはいるけど、あいつは自分で書いてたよ。たまにアドバイスとかそういうのをしたことはあったけど」
 すると二瓶が、一枚の紙きれをつまみあげて見せてきた。おれが懐に入れていた発注書(リスト)をこの男、いつのまにかくすねていやがった。
「ぼくらも事を荒立てるつもりはないんだけど」
「ここには地方文学賞のことも書いてあるし、そうなるとねえ」
「たまにいるんですよね、商業デビューしてるのに公募の賞にも出そうとする人。アマチュアに限定してるところに偽名や他人名義で出すのは規定違反だし、たとえプロアマ不問だとしてもそこに思慮分別はなくていいんですか」
 おれが黙っていると、二瓶たちはあきらかに詰問の口調になっていった。懸賞の世界でもとりわけ文学賞の周辺には、自分の人生を懸けている人がいるんです。あなたがひとつ席をとればそのぶんひとつの夢がついえる。それをなんとも思いませんか、あなたが格闘すべき場所はもっと上にあるはずでしょう。ピラミッドのひとつ下に降りてきて我がもの顔でふるまうような真似はみっともないと思いませんか?
「どうしますか、たとえば今回の公募でいうと規定違反です。このことを報告したら受賞取り消しってことになるかもしれません」
「あんたら、ゲストにご招待みたいなことを言って。もとから説教(クンロク)を入れるために連れてきたのか。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」
「まあまあ、そんな天下りじゃないんだから、上とか下とかって考え方は不毛でしょ。事を荒立てないとか言いながら、ばっちりこの人を吊るしあげようとしてんじゃん」
 一昔前のお坊ちゃん風の二瓶に対して、おれに助け舟を出した森田(もりた)という男は地方のヤカラ然としていた。頭髪は黒と金の二色で、ハードロックバンドのTシャツを着こみ、上目遣いで睨むように人の顔を覗きこんでくる男だったが、気色ばんだ同席者のだれよりも平静を保っていた。
「おれ、この人の作品好きだけどね。『かげふみ』に入った『トロイメライ』と『99℃』なんて出来栄えすごかった。あんなにエッジのきいたのを書ける人でも本を出しつづけるのは難しいんだから、厳しい世界だよな」
「森田くんとやら、君は話がわかりそうだな」
「だからおれ、オゲさんのやり方ってありじゃないかと思ってて」
 森田は語りだした。自分たちはどうして小説を書くのか、書店に本を並べたいから? 薔薇色の印税生活を送りたいから? だけど当今の作家の印税はよほどの売れっ子でもないかぎり、一冊書いて一〇〇万に届かないらしい。それって地方文学賞の賞金を下回ってる。新人賞を獲ってデビューできても書きつづけられる作家はわずかで、このご時世で富と名声は、ごく一部の作家にしか分配されないものになってしまった。だったらもうデビューにこだわらなくてもよくないか、ひたすら公募に出す〝賞金稼ぎ〟として、資本制生産様式に飼い馴らされない野生の作家としてやっていくのもアリじゃないか、とまくしたてるそのさまは決起集会で演説をふるうマルコムX風の指導者さながらだった。
「だけど、文学賞で賞を獲りまくれる実力があったら」とおれは半畳を入れた。「出版社が放っちゃおかない。遅かれ早かれデビューすることになるだろ」
「断わりゃいいんだよ。そんなの断わって、あくまで懸賞や公募小説だけをやるの。で、野生動物って群れるじゃん? だからおれは賞金稼ぎの結社みたいなのを結成できねえかって、ずっとみんなにも話してきたんすわ」
 面白いとは思いますけどね、と二瓶たちは言葉を濁している。森田の妄想が先走っていることがよくわかる温度差だった。おれは思ったね、この男はようするに作家志望者の成れの果て。門前払いを食らいつづけてそれでも夢を捨てきれず、承認欲求をこじらせた新人賞難民なんじゃないかって。
「例えば、架空の作家をつくってさ。それを次の名前また次の名前と変えていって、おなじ名前で受賞しすぎて入口で蹴られる事態を避けるわけ。そんなことを考えてたときにオゲさんが来たのは運命でしょ。おれたちは透明で巨大な存在になって、一人ひとりが架空の作家の細胞になるんだ。オゲさんもそこに加わってみませんか、オゲさんなら架空の作家の頭脳にもなれると思うんだわ」
「おれはやめておくよ、結社なんてフリーメイソンじゃないんだから。そこまでして書くことにこだわらなくても、会社でも興したほうが儲かるぞ」
 たしかに森田の展望には、これまでの作家の在り方を覆すところがあった。コンテンツとして消費されるものだけが小説じゃないというのは同意もできる。だけど小説はまずは一人のアウトプットで、多くてもエラリー・クイーン風の二人組のそれで創られるところに真価があると信じているし、読者のほうを向かない創作に命が宿らないことは知っている。森田の話は話としては面白いが、面白い止まりでまともに取りあえるものではなかった。
「だったらオゲさんは、どうして書くんですか。なんのために小説にしがみついてるんですか」
 と、詰められておれは苦笑した。そろそろ帰るわ、と腰を上げたところで「ちょっと待って、規定破りの件が解決してない」と二瓶が食い下がってくる。おれはもう他人名義で公募の賞に出さないことを約束させられる。〝協定〟の公布とまでいって一筆を認めさせられ、血判のかわりに親指の指紋まで取られた。
「さっきの話、考えといてくださいよ」
 森田は連絡先を知りたがったが、おれは適当にはぐらかして教えなかった。
 それにしても妙な連中だった。難破したような夜にはお誂えむきの出逢いだった。
 屋外に出ると、空が群青色に染まりつつあった。路上のゴミを鴉がついばんでいて、七月の朝の生温かい風が塵を吹きあげていた。

 蒲生のアパートで待っていると、しばらくしてユリが帰ってきた。代理店の男と三軒目まで梯子してタクシー代をもらって帰ってきたらしい。飲みすぎちゃったぁとへらへら笑いながら冷蔵庫のキャベジンを取りだすユリは見ていられなかった。
「悪いことは言わん、やめておけ。他人(ひと)の代理で金を得るような輩にろくなのはいない」
「オゲちゃんだって、代理で文章書いて分け前もらってんじゃん」
「それとこれとは別だっ!」
「怒鳴らないでよ、頭がガンガンするからぁ」
「浮かれるな、ユリ、お前に代理店は不釣りあいだ」
「あたしにはランク高すぎるっていうわけ」
「あべこべだ。向こうにとってお前のランクが高すぎるんだ。お前のようないい女は、ああいう男たちにはもったいない」
 おれはわかってほしかった。ユリには自分がどれほど魅力のある女かをわきまえておいてほしかった。酒でただれたこんな頭にも、人の尊さはわかる。生きて暮らすことの価値はわかる。ユリはそういうものを体現する女なのだ。
「お前は自分のルールをつくって生きている。射幸心に人生の焦点をあわせて、なおかつただのギャンブルに堕さずに採算のサイクルを築いている。そんじょそこらの馬鹿女にできることじゃない。おれたち作家の生き方とも通じるところがある。自分だけのやり方で不格好でもかまわないから世界の箱庭を創ろうとする人間には美学がある。お前を理解できるのはおれだけだ。だからおれと付き合え」
「ヤダ」
 即答。おれは溜息をつく。魂ごと奈落に突き落とされるような溜息を。毎度のことながら応えないわけがない。けんもほろろに袖にされるたびに、ひょっとしたら文学賞の一次落ちよりも重たい存在否定に打ちのめされていることは、ユリにはなかなか伝わらない。
「オゲちゃんさ、あたしそんな美学とかないし。大げさに買い被られるような人間じゃないし。あたしはただ懸賞が好きで、働くのがいやなだけの普通の女だから」
「そんなことはない、自分を低く見積もるな」
「見映えのいい男にチヤホヤされたら嬉しいし、高い店に連れていかれたら自分の価値が上がったような気がするの。みんなそうでしょ? これからもまだいいことはたくさんありそうって思って生きてたいんだよ」
「それならおれが、たらふくいい思いをさせてやる」
「オゲちゃんには才能? そういうのあると思うよ」
「そのとおり。お前にはそれがわかってるはずだ」
「だけど付き合うのは無理。懸賞は一緒にできてもそれ以上の関係になれない。だってゴリラ顔って無理だし。オゲちゃんとはそういうんじゃない」
「だったら、どういうんだ!」
「せめてね、大きな文学賞でも獲ってから。もうちょっと未来(さき)のことを見通せるようになってから告白とかしてよ。ゴリラでも馬鹿な凡人を騙だませるほど凄くなってよ。うわーあたし、凄い男を射止めちゃったかもって思えるような、そういう人生で二度も三度もないような幸福感を味わわせてよ」
 そこまで言われて、好きな女の部屋にだらだらと居残れる男がいるだろうか。
 いまに見てろ、馬鹿女!
 おれは叫びながら玄関を飛びだした。

( 一人目③につづく)

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真藤順丈(しんどう・じゅんじょう)
1977年東京都生まれ。2008年『地図男』でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。同年『庵堂三兄弟の聖職』で日本ホラー小説大賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で電撃小説大賞銀賞、『RANK』でポプラ社小説大賞特別賞をそれぞれ受賞。2018年刊行の『宝島』で山田風太郎賞と直木賞を受賞。他の著書に『バイブルDX』『畦と銃』『墓頭』『七日じゃ映画は撮れません』などがある。

※この記事は、2019年9月6日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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