村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第4話「猫のいない人生なんて、窓の1つもない家みたいなもの」
なんでも、子どもの頃に飼っていた鳩を野良猫に獲られたことがあるという。それがトラウマとなって、猫という生きもの全般を心の底から憎んでいた。
気持ちはわからなくもないけれど、いくら何でも偏見が過ぎるのではないか。茫然とすると同時に、そういうことなら早く言ってよ、と思った。
つき合っている間、我が家に来るたび、膝に乗っかる猫たちを撫でながら、うちの親たちに向かって
〈わあ、かわいいですねー〉
とか言っていた、あれはいったい何だったのだ。だがそうやって後から思い返してみれば、そんなとき彼の顔は若干こわばり、撫でる手つきは機械のようで、言葉は棒読みだったようにも思えてくるのだった。
「犬だったらいいよ」
いかにも妥当な交換条件のように彼が言う。
「犬は忠実だしさ、裏表とかないし、まっすぐ甘えてくるし。な、飼うなら犬にしようよ」
いやいやいや、それは問題がぜんぜん違うだろう。
私だって、犬は好きだ。子どもの頃から、うちには猫とともに犬も必ずいた。
でも、私を含むある種の人々──すなわち、猫という生きものがそばにいないと息もできないような人種にとっては、「犬がいるなら猫は要らないでしょ」といった理屈は、言語道断、笑止千万、とうてい受け容れられるものではないんである。
私は言葉を尽くして、旦那さん1号に猫の魅力を伝えようとした。
※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。
※この記事は、2017年9月1日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。