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骨|村山由佳 第17話

 最後の聖歌は、母の好きな一曲だった。
 もしここにいたら、よく響くソプラノでいやというほど朗々と歌い上げていることだろうなと思いながら、サッシ越しに庭を見やる。
 あっ、と危うく声が出そうになった。
 すでに待機している白い霊柩車(れいきゅうしゃ)の向こう、何も植わっていない畑の真ん中を、あの猫がすたすたすたと横切っていく。途中でぴたっと立ち止まり、首を上げたり下げたりしながら植木越しにこちらをしばらくうかがって、またすたすたすたとどこかへ去っていく。
(あんたのおうちはそっちじゃないでしょう)
 口がすっかり覚えている聖歌を上の空で歌いながら、私まで首を伸ばして外を見やる。
 Yさんのご家族が、ほんとうにあの子を里子に出すと言って下さるかどうかはわからないけれど、迎えに行ったら当人不在、ではお話にならない。
(頼むから、おうちでじっとしていてよ)
 やきもきするが、どうしようもない。

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 やがて式がすべて終わり、開け放たれたサッシから棺(ひつぎ)が運び出されて霊柩車の後ろから納められ、布をかぶせてきっちりと固定される。一昨年の父の時と同じく、兄が助手席に乗り、私は棺のすぐ隣の席に乗り込んだ。
 前と同じ火葬場、前と同じ段取り。だからというのではなく、最後のお別れの時にも涙はこぼれない。
 母の顔は綺麗(きれい)だった。横顔が「花王」の三日月マークに似ていると言われるほど顎(あご)がしゃくれていて、そのことは私と背の君の間でだけ通じるブラックジョークにもなっているのだけれど、入れ歯を嵌(は)めてもらっただけでなく、頬や口もとにも綿を詰めてもらったおかげで、今は顎の尖(とが)りがあまり目立たない。
 お昼のお弁当を頂きながら待つこと一時間あまり、お骨(こつ)あげに呼ばれた。二人ひと組が向かい合って、それぞれ手にした箸で一つの骨を一緒に拾う。血縁の近いほうから、ということで、これまた父の時と同じく、私と兄がまず拾う。その次が、背の君と、兄の長女だ。
「またお前かっ」
 と背の君が言い、
「しょうがないでしょおっ」
 と彼女が答える。
「よっしゃ、でっかいヤツを拾おうぜ」
 二人でつまみあげた骨を見て、係の人が横から言った。
「そちら、顎のお骨でございますね。しっかりしてらっしゃいます」
 背の君と私が顔を見合わせ、思わずぷーっと噴きだすのを見て、義姉(あね)が苦笑気味に言った。
「由佳ちゃんてば、なんだか今回は余裕じゃない?」
「うーん、まあ、そうね。お父(とう)ちゃんの時ほどは、してあげられなかったことへの後悔がないからかな」

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 外へ出ると、小雨はまだ降っていた。ここまで付き合ってくれたムニールさんたち一家と別れ、しっかりと重たい母の骨壺(こつつぼ)を抱えて家へ帰る。
 見れば、例の私道沿い、すぐ隣の敷地にある小さな用具置き場のさしかけの下で、二匹の猫が雨宿りをしていた。大きなトラ猫と、もう一匹はあの猫だ。
 もしや、我が家の人の出入りを見張っていた? ……まさか、ね。
 一時間くらいたったろうか。故人のために最後のお祈りをして下さった司祭さまご夫妻を見送りに、私道の入口の駐車場まで、みんなして出ていった時には、二匹の姿はもう消えていた。がっかりしていたら、
「あ、ほら見てごらん」と、姪っ子が息子に言った。「あそこに猫ちゃんがいるよ」
「うそ、どこ!?」
 叫んでふり向いた私の目に、Yさん宅の塀の前でこちらをにらんでいる猫の姿が映った。

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村山由佳(むらやま ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。
Twitter @yukamurayama710

村山由佳さんの猫三部作

※この記事は、2020年1月24日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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