見出し画像

もみじ|村山由佳 第2話

 去年(二〇一八年)の三月、ほとんど十八年を共にした三毛猫〈もみじ〉が逝った。
 その前の春には父が急逝し、そして今年の四月に母が亡くなった。三年続けて、見送る春となったわけだ。
 比べるようなものではないのだけれど、正直、いちばんしんどかったのは猫の看取(みと)りだった。年老いた親を見送るのはもちろん悲しいことだが世の順番であるし、どこかであきらめもつく。でも猫ばかりは、特にもみじの死ばかりは、何をどうしたって腹におさめることができなかった。
 何しろ、私が母猫〈真珠(しんじゅ)〉の手を握り、お腹(なか)をさすって産ませた子だ。旦那さん一号のもとを出奔し、東京で初めての独り暮らしを始めた時ももみじだけは一緒だったし、私がどこの誰とどんな恋愛をしようと、部屋に帰れば彼女がぴったりくっついて寝てくれた。彼女だけはただの一瞬たりともぶれることなく私を求め、私を愛し、私からの愛情を疑わないでいてくれた。私たちは相思相愛だった。

画像3

 もみじの病気が発覚し、余命を告げられたその日からのすべては、『猫がいなけりゃ息もできない』に克明に記録してある。書こうとすれば、いちいち現実と向き合わざるを得ない。そういう意味ではなかなかにきつかったけれど、同時に救われてもいたのだと思う。渦巻きほとばしる想(おも)いの首根っこを押さえつけ、まな板の上にのせ、凝視しなくてはならない。感情を言葉に置き換えるというのはつまり、固くて大きなままではとうてい喉を通らないものを切り分け、咀嚼(そしゃく)し、どうにかして呑(の)み込んでゆく作業だったからだ。
 もみじが去ってすぐの頃はしょっちゅう泣いていたものだが、涙はそのうちに間遠になっていった。時間は、今回もちゃんと優しかった。
 それでも、折に触れて揺り戻しがくる。鋭い悲しみに心臓を抉(えぐ)られるようなことはめったになくなった後でも、たとえば幸せだった思い出を反芻(はんすう)している最中(さなか)に息が苦しくなって鼻の奥が痺(しび)れ、ぎゅうっと涙がこみ上げてくることはちょくちょくあった。
 何が辛(つら)いといって、ありあまる愛情を注ぐための受け皿がないのがいちばん辛い。赤ん坊に含ませることのできない乳房が張りつめて痛むのに似ているかもしれない。うちには他にも〈銀次(ぎんじ)〉〈青磁(せいじ)〉〈サスケ〉〈楓(かえで)〉という四匹の猫たちがいて、もちろんどの子も替えのきかない愛(いと)しさだが、彼らそれぞれとの間の最も心地よい距離感というものは長年の間にもう定まってしまっている。今さら急に縮まったりはしない。
 もみじがいなくなった後の穴ぼこをこの先どうやって抱えていけばいいのか、私にはわからなかった。うっかり気を抜けば、胸にあいたブラックホールに自分自身が吸い込まれてしまいそうだった。
「大丈夫、もみちゃんは今もずっとムラヤマさんのそばにいますよ」
 と慰めてくれる人はたくさんいたけれど、ありがたい半面、そう言われるたびに私はつい、そんなことはわかってる、だけど、と思わずにいられなかった。だけど、さわれないじゃないか。私はこの手でもみじにさわりたいんだよ。柔らかな毛並みに鼻を埋(うず)めて、あのかぐわしい香りを嗅いで、ざらざらの舌で頬を舐(な)めてもらいたいんだよ。もう二度と叶(かな)わないことは百も承知だけど……!

画像2

 時折、仕事の合間に、眺めるだけだから、と自分に言い聞かせながらネットの里親サイトを覗(のぞ)いてみたりもした。すぐにという気持ちにはなれなくても、いつかこんな可能性もある、あんな可能性もある、と思いをめぐらせるだけで慰められる気がしたのだ。
 出会いがあったらまた新しく猫を迎えることを、もみじに申し訳ないというふうには感じなかった。仮に彼女そっくりの三毛猫がやってきたとしたって、そしてその子をどれほど愛しく思うようになったとしたって、もみじはとにかくもみじであり、私にとっての永遠の唯一だとわかっていたからだ。
 そんなふうにして、のろのろと秋が過ぎ、冬が過ぎ──母がお世話になっている南房総(みなみぼうそう)の施設から急の連絡があったのは、軽井沢(かるいざわ)でもようやく寒さの緩み始めた三月の終わりのことだった。
 いつもと様子が違う、じっと寝ていても呼吸が浅いし心拍も落ちている、という。血液検査の結果、夜の間にひそやかに心筋梗塞を起こした可能性が高いとわかった。
 昭和二年生まれの九十二歳、とりあえず持ちこたえてはくれたようだけれど、もういつ何が起こってもおかしくはない。
 兄は仕事のシフトの関係ですぐには身動きが取れなかったので、とりいそぎ、私とパートナーの〈背の君〉が駆けつけることとなった。

画像3


前の話へ 連載TOPへ 次の話へ

毎週金曜日更新予定
更新情報はTwitterでお知らせしています。

村山由佳(むらやま ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。
Twitter@yukamurayama710

村山由佳さんの猫三部作

※この記事は、2019年9月27日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。


ありがとうございます!
9
HB(エイチビー)は、集英社グループの出版社・ホーム社の文芸サイトです。2017年11月にサイトを立ち上げ、2020年にnoteへ引っ越してきました。小説やエッセイを中心に、毎日をより楽しく過ごすための、さまざまなコンテンツをお届けします。

こちらでもピックアップされています

連載 村山由佳 命とられるわけじゃない
連載 村山由佳 命とられるわけじゃない
  • 43本

波乱万丈な四半世紀を経て、50代。そろそろ、あるがままを肯定してみようか――そう、猫が教えてくれたように。人生まだまだ何が起こるかわからない! 自由なおとなの軽井沢暮らしエッセイ。 ※更新は終了しました。