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村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第8話「たとえば一緒に暮らすひとが、筋金入りのミミズ好きだったら」

二度の離婚を経験し、現在は軽井沢で猫5匹と暮らす作家の村山由佳さん。「思えば人生の節目にはいつも猫がいた」というムラヤマさんがつづる、小さな命と「ともに生きる」ということーー。
書籍の表紙を飾ったこともある、人気の姐さん猫〈もみじ〉の写真も満載。
※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。

 誰にだって苦手なものはある。私にだってある。
 ミミズだ。蛇だったら素手でつかめるし、ゴキブリだろうがクモだろうがへっちゃらだけれど、ミミズだけは5センチを超えるともう駄目である。こうして文字にするだけでも鳥肌が立つし、庭いじりをしていていきなり遭遇すると、ぐえっと変な声をあげると同時に数メートルは飛びすさってしまうくらい無理である。
 たとえばの話、一緒に暮らすひとが筋金入りのミミズ好きだったとして(いやだあー)、ミミズの魅力や手触りの素敵さをどんなに滔々と語られたとしても、あら、そんなに可愛いんだったらぜひうちで飼ってみましょうか、とは到底言えない。となれば、猫が大嫌いな夫のことを、一方的に非難するわけにもいかないのではないか……。
 とまあ、いささか無理やりな理屈で自分を納得させた私は、そこから10年にわたって、長くも苦しい〈禁猫〉生活を耐えることになるわけである。

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 人は、変わる。
 時には劇的に変わる。
 そんなにまで猫全般を忌み嫌っていたはずの旦那さん1号が、やがて猫を抱きあげて頬ずりするほど変貌するまでの道のりは、ずいぶん昔に『晴れときどき猫背』というエッセイ集に詳しく書いたのでここでは省略するけれど──
 とにかく、最初の結婚から10年たった1999年の春、私は再び猫が身近にいる生活を送れるようになった。夢のようだった。
 いろいろと難はあるにせよ、旦那さん1号は基本的に優しい人だったし、私との暮らしを大事に考えてくれているのも間違いなかったから、とにかく猫を飼うことさえ許してもらえるのであれば、この先ちょっとやそっとの行き違いがあっても、その他のいろいろはお腹の底に呑み込むことができるだろうと思っていた。
 正直、それまでも彼との間で腹に据えかねるような出来事があるたびに、(これで別れることになったとしても、独りに戻ったら猫が飼える)
 と、胸のうちで密かに唱え続けてきたのだ。そう思うことがかえってガス抜きになり、歯止めにもなっていたのかもしれない。
 でも──結局のところ、猫だけでは夫婦のかすがいにはならなかった。
 結婚から14年目の5月、私は、私以外にはどうしてもなつかない三毛猫〈もみじ〉を1匹だけ連れて家を飛び出し、その3年後に、旦那さん1号とお別れすることになるのである。

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※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。エッセイに『晴れ ときどき猫背』など、近著に『嘘 Love Lies』『風は西から』『ミルク・アンド・ハニー』『燃える波』などがある。

※この記事は、2017年9月15日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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