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第9話 ライク ア タコス| 金原ひとみ「デクリネゾン」

 明らかにキャパオーバー。蒼葉に言わせればその一言に尽きた。書こうと思えば書ける量だと主張する私に、「仕事以外の生活が一切ないじゃん。とてつもなく忙しい時期が一週間、とかじゃなくて、一ヶ月近く続いてる。志絵はこの一ヶ月ロクに外にも出ないで仕事ばっかりしてる。どの原稿も締め切り延ばしてもらうから、書き上がった時には次の締め切りがもう近々に迫ってる。ずっと追われて書き続けてる。志絵は仕事を選べるのに、どうしてそんな全部受けちゃうの?」と蒼葉は呆れと憤りを隠さずに言った。
 終盤に差し掛かった連載小説、特集テーマが面白くて受けた短編、エッセイ集のゲラ、これまで仕事を受けたことのないジャンルの雑誌から依頼がきて舞い上がって受けた掌編、その掌編を受けた数時間後に依頼がきた、どうしても断れない先輩作家の特集に寄稿する批評、五ヶ月近く前に受けていて締め切り一ヶ月前にリマインドが来るまですっかり忘れていた、大好きだと公言していた作家の文庫本解説、それらがどっと襲ってきたのだ。カレンダーアプリを見るとその締め切りの詰まり具合にビジュアルでゾッとする。この一週間一歩も外に足を踏み出していなかった。去年の新年号締め切り群に喘いでいた時もここまでではなかった。起きるたびに催促のメールがきていないか恐怖で、何日まで締め切りを延ばせるかと聞くメールの返信も恐ろしく、原稿を落とす夢や原稿にダメ出しされる夢ばかり見た。常にストレスでプレッシャーで、批評の最後三行がどうしてもうまくいかず三行だけに一晩費やしても完成させられなかった時には眠気でパソコンの前で船を漕いでは泣き、船を漕いでは泣きを繰り返した。
「起きてる間ご飯以外の時間ずっと仕事。土日も関係なし。一日に一本の海外ドラマさえ見れない。志絵は何が楽しくて生きてるの?」
 生きてる意味なしと言われたような気がして胃が縮むような虚しさを感じると共に、こんなに忙しい時に突っかかってくる蒼葉に「私の仕事などどうでもいい」という思いが透けて見える。余裕がなさすぎるのは自覚しているけれど、いやしているからこそ、支えてもらいたかった。どうしてこんなに忙しい日々を過ごさなければならないのか、そもそも私が本質的に達成したいこととは何なのか、仕事以外の生産的なことを何一つできないこの生活に意味があるのか、そもそも私がここまで必死に取り組んでいる仕事に本当にそれだけの価値があるのか、私自身そう自問自答するほど時間がなかった。だからこそ、蒼葉には意味があると言ってもらいたかった。相手に支えてもらいたい時ほど、支えてもらえない。私が支えてもらいたい時は、蒼葉も支えてもらいたい時なのだ。
 吾郎は私が忙しい時、触らぬ神に祟りなし的な態度でほとんど私の存在を無視して生活していた。そして締め切りが明けるとようやく言葉が通じる生き物になったとでも言いたげに「随分忙しそうだったね」と感想を口にした。彼は私が忙しいことにプラスの感情もマイナスの感情も無く、「随分忙しそうだな」というのも「今日は随分寒そうだな」と天気程度のものとして受け止めていたに違いない。良くも悪くも、他人から影響を受けない人だった。
 直人は、私が忙しい時には距離をとりつつ、さり気なく夜食を作っておいてくれたり、何も言わずに家事の割合を増やしてくれる人だった。定時で終わる仕事に就いていたからかもしれないけれど、常に余裕があって、バランスの取れた人だった。直人は私にないものを全て持っていたように思う。でも直人のその態度にはどこか「志絵は尊い仕事をしている」という盲信が前提にあった。小説や映画が好きだった彼は、クリエイティブな仕事をする私に対するリスペクトを強く持っていて、それは私を励ますと同時に憂鬱な気持ちにさせた。デスクワークのサラリーマンも、肉体労働の仕事をしている人も、車掌も先生も建築家も力士もサッカー選手も小説家も、およそその九割以上が「それしかできないからそれをしている」に違いない。あれもできるしこれもできるしこんなこともできるけどこうこうこういう理由でこれを選んだ、という人がどれだけいるだろう。皆それぞれ、消極的選択の末に今の仕事に就いているものではないだろうか。こういう人の無力さについて思いを馳せる時、必ず吾郎の言葉が蘇る。「俺は二十歳くらいまで自分は何にでもなれると思ってたよ。ピアニストにも、サッカー選手にも、何だってやれば世界レベルになれると思ってた」。彼の客観性のなさと無根拠で無邪気な自信に私は何度呆れ、何度勇気づけられてきただろう。
 結局、蒼葉に余裕など求める方がおかしいし、年長なのだから余裕がなくても余裕を見せないとと涙ぐむ蒼葉を宥め、十五日を過ぎれば二十日くらいまで一切仕事をしないでいられること、どんなに忙しくてもちゃんと寝室で寝ること、十五日に締め切りが明けたらゆっくり外食に行って、そこで旅行の計画を立てて十六日から三、四泊の旅行に行こうと約束してその場は収まった。仕事の合間に蒼葉が作ってくれるご飯を食べながら、熱海はどうかな、軽井沢は? と提案されると気分が和んだし、仕事を頑張ろうという気にもなったけれど、約束から一週間が経ち、どうやら十五日に原稿が間に合いそうにないと悟ると、蒼葉からかけられる言葉は一転してプレッシャーとなった。十三日の段階で、一日か二日締め切りに遅れそうだと告白すると、蒼葉は不貞腐れた様子で「じゃあ行き先もっと近くにした方がいいね」と言い残して寝室に閉じこもった。そして数時間した頃、「今回はもう旅行行かなくていいよ。休めるの三日とかなら無理して行っても疲れるだけだろうし」とLINEが入った。「行き先だけ決めといてくれたら、私が締め切り明けた段階ですぐにホテル予約するよ。十七日朝までかかったとしても、十七日の午後に出れば三泊しても二十日に帰ってこれるし」、と入れると「旅行行く時間を次の締め切りの原稿にあてた方がいいんじゃない? 締め切り明けに遊びすぎるとまたすぐに締め切りに追われるよ」と返ってきた。予定が変わったのだからプランを変更する他ないじゃないか。そう思ったけれど、旅行番組まで見て行き先を考えていた蒼葉には言えなかった。
 仕事漬けの人間にはなりたくないし、何かにつけて「仕事だから」と言う人は、美意識に受け入れ難い。仕事だから? だし、仕事がいかほどのもの? だ。理子の友達の母親とやりとりをするとよく目にする「お仕事忙しいんですね」とか「お仕事なんだから仕方ないですよ」という不参加や断りの言葉への返信を見るたび「仕事は印籠じゃない」と思う。世の中の人、特に仕事をしていない専業主婦は、仕事を見上げすぎだ。仕事がなに? くらいのスタンスでちょうど良いのではないだろうか。仕事をすることは偉くて誰にも咎められない絶対正義、という態度を目にするたび、彼女たちが「仕事なんだから」という、自分が安易なことを言っているという自覚なしに発せられる安易すぎる言い訳を散々使われ安易な男たちに搾取されてきたのだろうと痛感するのも、仕事を言い訳にすることを嫌悪する理由の一つだ。だからこそ、蒼葉に仕事を理由にあれができないこれができないと伝えるのは心苦しく、仕事なんて尊重しなくていいんだという気持ちもあるにはあるけれど、でも仕事しないとこの蒼葉との生活も維持できないし私はフリーだから数ヶ月後の収入の保障すらないし福利厚生一切なければボーナスも一生もらえないし退職金だってもらえない上にあと八年は理子の学費を払い続けなければならないのだという情けない言い訳が出てきそうになるけれど、そういうあれこれを飲み込んで、自分の感情の赴くままに泣いたり怒ったりする蒼葉の自由を尊重してきた。そもそも私は、理性や論理から外れた存在である、まだ何者でもない彼に惹かれてきた面もあるのだ。
 それでもそれはこちらに余裕がないと受け入れられない面でもあり、蒼葉の子供っぽく投げやりな態度を見るにつけ、何でこんな自分勝手な人のご機嫌取りをしなければならないのかと自分まで子供っぽく、投げやりなメンタリティに支配されてしまうことに気がつき、今精神がブレたら二日の遅れでは済まないかもしれないと、締め切りまでご飯を別々に食べることにして、できる限り蒼葉のことを頭から排除するよう務めた。そして蒼葉のことを頭から排除すると、不意に理子と暮らしていた頃の母娘二人の穏やかな生活が蘇って喪失感で苦しくなった。あの頃は、私が忙しいことを咎める人など誰一人いなかった。私は判断を誤ったのではないだろうか。その疑問は、吾郎と別れることが決まった時にも、直人と別れることが決まった時にも訪れて、その都度私の心を一瞬で焼き尽くした。黒焦げになってどろどろに溶けたプラスチックのような心は、異臭を放ちこの世の全てをおぞましいものに見せるほど禍々しく、散々その歪で禍々しい存在と向き合った挙句、私は新しい生活を充実させることだけに力を注ごうと全神経を集中させてきたのだ。

 で、結局締め切り明けてからの数日はどうやって過ごしたんですか? 中津川さんの言葉に、グラスを傾けたまま少し記憶を巡らせる。
「結局近場で遊ぼうってことになって、一日目はお互いに一本ずつ映画を選んで、池袋新宿と映画館をハシゴして、行きつけの焼肉屋さんに行って、昔よく行ってたラブホに泊まって、二日目は市ヶ谷のミシュランビブグルマンに入ってたラーメン屋に三十分並んで食べてから、カメラマンの三木田さんがTwitterで呟いてたオラファー・エリアソンの個展を見に行って、リーガロイヤルで懐石料理からの泊まり、三日目は午前中いっぱいホテルのプールで泳いでから、東京ドームシティに行って銀だことサーティワン食べて遊園地で遊んで、夜は神楽坂の最近できたアラブ料理食べて帰宅です」
「ちょっとした旅行行くより全然楽しいですよそれ。エンターテイメントも文化もスポーツもアミューズメントも網羅してるじゃないですか」
「最初に、丸三日家には一度も帰らない、っていうルールを作ったんですよ」
「何でですか?」
「私も彼も割と家好きな方なんですけど、私はずっと家に缶詰になってたし、彼もほとんど家にいて嫌な思いしてたから、またちゃんと家を好きになるために、離れたのかもしれませんね」
「男女もそうですよね。息が詰まるような関係になると、好きでい続けるために、一旦離れることが必要だったりする」
「物理的な距離感と精神的な距離感のバランスも大事だったりしますよね」
「でもじゃあ結局、彼とは仲直りして、うまくいってるってことですか」
「ちゃんと話したんです。仕事に対する思いとか、生活態度とか忙しさを責められている気がして居心地が悪かったこととか、全部。彼も色々話してくれました。彼の側から見た私の姿を知ることができて良かったです。細かく旅行のプランを考えていた彼からしたら、一日か二日延びることは大事で、仕方ないでしょって態度を取られて、締め切り明けるまでご飯も一緒に食べないって宣言された時、彼がどんな気持ちだったか、そもそも私に余裕があればきちんと想像力が働いてただろうし、彼をそこまで嫌な気持ちにさせることもなかったんだろうなって思いました」
 うーん、と唸る中津川さんを眉を上げて見つめながら、オーストラリア産のもはやシャルドネだかソーヴィニヨンブランだったかさえ定かではないワインを飲む。
「そもそも彼は天野さんが仕事でいっぱいいっぱいになる前から、不安だったんじゃないでしょうか」
「どういうことですか?」
「天野さん、この間会食した時、元旦那さんの家寄ってましたよね? あの時、どうしたんですか?」
「娘に会って、反抗的な態度を取られて、激昂して娘に嫌われました。で、元旦那と話し合って、今後の対策に関して合意に達してから家に帰りました」
「そういうところですよ」
「そういうところって、娘が元旦那と一緒に暮らしてる以上元旦那とは関わらざるを得ないし、その娘が元旦那と暮らすことになった理由は彼と暮らし始めたことですよ。バツ二で子供がいる以上、そのくらいのことは彼も承知で付き合ってると思いますけど」
「彼は結婚したことがないんですよ、子供がいたこともない。もし僕が彼だったとしても、元旦那の家に会食後深夜に行ったという話を事後報告されたら嫌な気持ちになるでしょうし、そんな風に安易に元旦那の家に行くのは自分とか、自分との生活に不満があるからなんじゃないかって悩むと思います。そういう積み重ねの中で彼が自分を蔑ろにされてると感じてたことが、今回の衝突の一因になっていたんじゃないでしょうか」
 確かにあの時、私は仕事や仕事の付き合いに理解を示してくれない蒼葉にすでに辟易していて、吾郎にも愚痴を零していた。自宅缶詰が始まるより前のことだったけれど、確かにあの時もうすでに私は迫り来る仕事の波に追い詰められていて、ぼんやりとだけれど二人の関係に行き詰まりを感じていた。
 中津川さんがおかわりを頼んだタイミングで私ももう一杯と付け加える。何か食べましょうかと呟いて、彼はメニューも見ずに生ハムをと店員に伝える。
「中津川さんにそういう感受性があるのは意外ですね。独身男性だからですかね」
 これは嫌味ですと付け加えようとした瞬間、中津川さんは不思議そうな顔で私を見上げてから、すんと納得したような表情を浮かべた。
「僕はずっと既婚女性と付き合ってたんです」
「そうなんですか?」
「入社二年目から六年間。子供も旦那もいる彼女と付き合ってたんで、僕はずっと自分が蔑ろにされて疎外される感覚を持て余してました」
「蔑ろって、子供がいればそっちを優先しなければならない時だってあるだろうし、中津川さんを大切に思ってたとしても、どうしてもバランスがそっちに傾いちゃうことだってあるでしょう。そういうこと織り込み済みで付き合ってたんじゃないんですか?」
「織り込んでるつもりでも、家族でお出かけとか、家族で里帰りとか、そういうことを言われたら、二十代前半の男は思考停止しますよ。それでいちいちぶつかり合って彼女も僕も疲弊してたけど、三十近くなってそういうあれこれにも慣れてきて、何を言われても気をつけてねって笑顔で送り出せるようになったら、あなたは昔の魅力を失ってしまったって言われてポイですよ」
「本当ですか? そこまで聞き分けが良くなるまで続いてきた六年の関係がそんな風に簡単に切れるものですかね?」
「まあ、ポイっていうのは比喩です。体感的にポイだったということです」  はあ、と呟きながら注がれた白ワインを呷る。私が追い詰められていた原因の一つであったエッセイ集のゲラを戻したのが二週間前で、再校ゲラが出たから近くまで渡しに行きますと言われ、近所の中休みのないワインバーを指定した時には、こんな話を聞くことになろうとは思わなかった。二十代前半からの六年は、それは長かっただろう。蒼葉が昔話をしたり、好きな曲のリリース日を見て、もう二年前か、とか、五年も前……と驚くのを見るたび、二年前五年前をついこの間のように感じる自分の時が経つことへの耐性が強くなりすぎていることを実感する。十年前と聞いても「意外と最近だな」と感じるようになったのはここ数年のことだけれど、考えてみれば、私は十年前も小説家だったし子供もいたし結婚もしていたのだ。私が十年前とさほど変わっていないのに対して、蒼葉は十年前まだ子供で、今の理子よりも小さかったのだ。この十年というものが私と蒼葉に与えたものは、確かに全く違うもので、そういう十年の与える意味が全く違う存在に対して、私はある種の配慮が欠けていたのかもしれない。見た目はそれなりに大人でも、彼は十年前にも大人だった吾郎や直人、中津川さんとも全く違う存在なのだ。彼にとっての一日も、私にとっての一日とは全く違うものに違いない。
「中津川さんはイージーモードな人生を送ってきたように見える人だから、ちょっと意外でした」
「僕が社内不倫してた話は割と有名なので、ご存じかと思ってました」
「あれ、中津川さんて新卒で『クープル』に配属されたんでしたよね?」
「詮索しないでください。そういえば『ファムXXファム』、ご覧になりましたか?」
 太田さんから送られてきた「ファムXXファム」は、蒼葉と遊びまわった三日の後、家でのんびりと鑑賞した。中津川さんの感想を聞いて想像していた優等生的なものよりもずっと遊び心があって構造もキャラクターもスタイリッシュだったことに感心し軽快なストーリーに身を委ねて観ていられたけれど、終わった時すっきりと何も残らず、無理やり感想を紡げば紡ぐほど、中津川さんの感想と似通った意見が出てきた。
 中津川さんが言うように、あの作品は許された範囲で最大限遊ぶ人々を表現しているように見えた。現代社会に於ける、守らなければならない社会的ルールを厳守しながら、そのキワキワのところを攻めているというだけで、作品内に於けるアイロニーはあっても俯瞰した視点からのアイロニーは皆無、批評性はなくただ現代をユーモラスに描いただけ、タブーも挑戦もない。それをさっぴいたとしても分かりやすい欠点はなく良作ではあったかもしれないし、実際あれほど現代的な感覚を掴んだ作品も珍しく、現代的センスに乗り遅れた人にとっては刺激的かもしれないが、乗り遅れていない人には刺激が皆無というある種の踏み絵的要素すら感じさせる内容だったとも言える。という偉そうな感想をできるだけ偉くなさそうに中津川さんに伝えると中津川さんは満足そうで、私の言葉に被せてお前は何者だと思うほど偉そうな批判を繰り広げた。
 ワインの卸会社が経営しているというワインバーのためか、定期的に試飲用のワインを持ってきて、あれこれとワインの説明蘊蓄、この値段で飲めることの稀さについて語ってくるため、三つ目のワインを試飲して店員が去ったところで中津川さんと顔を見合わせて肩を竦めた。
「落ち着きませんね。良ければこのまま早めの夕飯でも行きますか?」
「あ、今日はこの後彼とご飯に行く予定で」
「そうですか。再校ゲラ、飲みすぎてお店とかに忘れないでくださいね」 「気をつけます。ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい」
「中津川さんは、その不倫していた女性に対して、今どんな気持ちでいますか?」
「捨てられた時は本気で殺そうと思ったんですけどね、少しずつ優しい気持ちになってきましたよ。まあまだ好きなんで」
「好きなんですか? じゃあ、やり直したいって言われたらどうするんですか?」
「やり直しますよ。そもそも僕はやり直したいと今も定期的に伝えているし、断る理由がありません」
「定期的に伝えてるんですか。また同じことの繰り返しになるんじゃないかとか、また手ひどく振られるんじゃないかとか、思わないんですか?」
「思わなくはないけど、恐怖心でチャンスを潰すのは違くないですか?」
「今後向こうがやり直したいって言い出した時は、おおよそ旦那さんとうまくいってないって理由からだと思いますよ」
「旦那とうまくいかなくなって僕に助けを求めてくるなら、勝ったも同然じゃないですか?」
「中津川さんのそのあっけらかんと前向きなところには、やっぱりボンボン気質を感じますね。根本に捻れがないというか」
「僕は欲しいものが少ないんですよ。だから、欲しいものには時間をかけられるんです」
 ふうんと呟いて、ワインを飲み干しながら、二ヶ月くらい前に届いた行哉のLINEを思い出す。二年ほど前に別れてから、これまで四回くらい、唐突にLINEが入った。毎回長いメッセージの最後に会いたいと添える彼に返信しないまま、既読スルーを続けている。最後の最後まで、私は彼が何を考えているのか分からなかった。その分からなさが最初は魅力で、次第に不快になり、最後にはおぞましくさえ感じるようになった。熱に浮かされたように好きだった行哉を理解したいという思いが潰えた時、私は自分自身の限界を知った気がした。結局のところそうだったのだ。私たちは恋人同士でありながら、お互いを見つめ合っていたわけではなく、それぞれが自分自身と向き合い自分と我慢比べをしていた。彼と付き合っている間、甘い思いなど一度もしなかった。ずっと理由もわからず自分を相手に血飛沫が飛ぶような戦いを挑み続け、負け続けた。恋愛をして、あれほど虚しかったことはない。

 行哉は国内外、時代もジャンルも問わず小説や漫画を読み漁り、音楽も好き映画も好きゲームも好き服も好きで引き出しが多く誰とでもすぐに仲良くなれるし飲食店でもコンビニでもどこでも店員さんと軽口を叩いて仲良くなる人だった。彼自身が接客業だったというのもあったかもしれないけれど、異様なまでにコミュニケーション能力が高かった。それでも彼が誰とも関わっていないということに気づくのに時間はかからなかった。付き合い始めの頃、彼とタクシーに乗った時、ひどくお喋りで偉そうな運転手に当たったことがあった。女の警察官はダメだね、むすっとしてて可愛くない女ばっかり。ブスだしね! などと昭和でもびっくりの恐ろしい発言を繰り返す運転手に唖然としていると、彼は進んで運転手の話の受け答えをして「どうして自分がそういう居丈高な態度でしか人と関われないのか考えたことはありますか?」という趣旨のことを、面白おかしい世間話に乗せながら緩やかにおじさんに突きつけ「そういう生き方をしてると自分の身を滅ぼしますよ」と穏やかに言い切ったのだ。運転手は「なるほどなー、考えさせられたわ。あんたみたいなこと言うやつ初めてだよ! 会えて良かった!」とでかい声でわめき散らし、降車しても背中に「またな!」と声をかけた。
「すごいね、話術。私は話術以前にああいう人と話すこと自体ができない」
「志絵はあんな人と話さなくていいよ。俺はNPCと話しただけ。何も考えないまま反射神経であれくらいの会話はできる。モンハンやってる時の方がずっと頭使ってると思うよ」
 運転手と可笑しそうに笑いあってそれなりに真面目な話までしといてそんな風に言うから、肌寒さを感じた。私が想定している人間という基準を、この人は超えた存在かもしれない。そう思ったし、その予想は当たっていた。結局のところ、あの運転手と同じで、彼は一度も私と向き合ったこと、抱き合ったこともなければ、目が合ったことさえなかったと言っても良いかもしれない。数かぎりない言葉を交わしたけれど、彼の本質に爪の先も触れられなかった。
 ある日、彼の家の近所にある行きつけの居酒屋で、爆弾納豆をかき混ぜ、どれくらいワサビを混ぜ込むか、醤油加減が大事だとか、ここの爆弾納豆の海鮮率の高さはやっぱりすごいとか、寿司盛り合わせのどれをどっちが食べるか相談したり、タンカンサワーのタンカンってどんなんだっけ? とどうでもいい話をしていた私たちは、まだ煙草が吸えた居酒屋で、せわしなくグラスと煙草を口に運んでいた。
「そうだ、今度さsamosa’s のライブ行かない? チケットもらったんだけど」
 何日の何時? と彼は一応というように聞き、答えるとカレンダーを確認して「お店の営業時間に被るから無理だな、ごめん」と言った。自分の都合だと普通に店を早終いすることもあったけれど、私が誘ったことのために彼が早終いすることは一度もなかった。そして私はそんな彼に一度もわがままや文句を言わなかった。一緒にいる間、私は彼に過剰に気を使っていたことに、私は別れたあと気づくこととなる。
「そっか、全然いいよ。多分誘えば来てくれる友達もいるし。あ、きたきたマグロのカマ!」
 いつも空元気で彼を元気付けようと必死になっていて、あらゆることを喉の奥に留めた。マグロのカマをほぐして、ここすごい肉ある、あ、こんなところにも、ときゃっきゃしながら、私はどこかで乖離していた。彼が楽しんでいるか、何か苦痛に感じてはいないか、思い悩んではいないか、そればかり考えていた。面白いことに、彼のことを理解できたと感じたのは初めてセックスした時だけだった。それ以降のこの恋愛は「分からない」という黒マーカーに塗りつぶされていたと言っても過言ではなかった。そしてその初めてセックスした時でさえ、私はきっと彼を理解できてなどいなかった。彼は存在してすらいなかったのかもしれない、別れて日が経つほどその思いを強めた。
 トイレに行って戻ると、彼は隣のテーブル席の五人組のサラリーマンたちとW杯の話で盛り上がっていて、誰が好きか、どこが勝つか、を口々に言い合っていた。私が戻ってきたのを見つけるとテーブルに戻ってきて「あのムバッペとかいうすごい選手ってどこだっけ、ドイツ? なんて話してたからいてもたってもいられなくてつい訂正しに行っちゃった」と笑った。それもこれも全部反射神経なんでしょうあなたにとっては全てがNPCなんでしょうと思いながら、ユキはコミュニケーション能力高いよねと微笑んだ。彼といると本質的な話が全くできなかった。何か魔法で封じられたように、私は何気ないご飯の話や当たり障りのない話ばかりをしていた。話せば話すほど虚無感が増した。話せば話すほど孤立感が強まって、一人を痛感した。帰り際、レジにいた店員にも、この間駅前の商店街いませんでしたか? と声を掛けられて、毎日通ってるよ! と彼は明るく話していた。彼が明るく振る舞えば振る舞うほど、軽快な言葉を交わせば交わすほど、私は苦しかった。
 帰宅後、私たちは録画していたW杯の試合を見たけれど、まだ前半も終わっていないくらいの頃ベッドで横になっていた行哉は静かに寝落ちた。最近ずっと眠れないとぼやいていた行哉の寝付きの良さに寒々しい気分のまま、彼とW杯を交互に見つめていた私も、しばらくしてテレビを消し、眠りについた。起きたらもう行哉は仕事に行く支度をしていて、私はベッドの中で彼とキスをして、行ってらっしゃいと手を振った。昼前に家を出て、駅で電車を待ちながら次は焼肉でも行こうかと彼にメールを送ると、その返信で彼は別れを告げた。色々な理由が書かれていたけれど、私との関係に対する言葉は一つもなかった。彼が別れたかった理由はただ一つ「生きているのが辛い」だった。それまでも何度も「しばらく会えない」と言われていた。向こうが会いたいと言うまで待ってから会いに行った。だから私はずっと恐る恐る、だったのだろう。いつまた会いたくないと言われるか、ずっと予感していた別れを、いつ切り出されるかが怖かったのだ。
 行哉は理子と会った時、口下手な蒼葉とは違い、いつもの巧みな話術で理子を楽しませた。引き出しの多い行哉は、すぐに理子と漫画の話で盛り上がって、理子がまだ読んでいなかった漫画の話になると今度貸すよと言って、本当にすぐ上中下巻セットを渡してきた。初顔合わせが成功してホッとしたのもつかの間、行哉と付き合い始めて日が経つほど、この人と理子と同じ家で暮らすのは不可能だと気づいた。彼の持つ禍々しさと私は向き合えても、理子を向き合わせるわけにはいかない。そう思った。だからいつもどん詰まりの関係のように感じていた。恋愛の寂しさと虚しさのみを痛感するための恋愛だったと言っても過言ではなかった。別れを告げられ泣いたけれど、いつか絶対に来ると思っていた日がきたことで、最後通告をされた清々しさもあった。そして私は時々ライブやバンドの話をしていた蒼葉のことを思い出し、samosa’sが好きだと公言していたとある出版社の元担当編集者と散々迷った挙句、蒼葉にLINEを送った。「samosa’sってバンド知ってる? ライブのチケットが余ってて、よかったら一緒にどうかなと思って。十五年くらい前から活動してるバンドで、蒼葉くんは知らないかもしれないけど、よかったらYouTubeで見てみて」。二分も経たない内に「行く! samosa’sって、俺が初めてライブハウスで見たバンドなんだ。すごく嬉しい。誘ってくれてありがとう!」と日程も伝えていないのに返信がきて、私は何だか長い潜水からようやく水面上に顔を出したかのような、酸素で自分が満たされていくような感覚に打たれた。「samosa’s知ってるなんてびっくり」「samosa’sは音楽好きなら誰でも知ってるレベルじゃない?」「どこで見たの?」「ロンドンの、なんてとこだったかな、忘れちゃったけど、父親に誘われて小学生か中学生の頃家族皆で行ったんだ」「へえ、そんなメモリアルバンドだったなんてびっくり」「なんか、嬉しいな。本当に俺が行っていいの?」「いいのいいの、私の周り音楽好き少ないから、一緒に行く人がいなくて困ってたの」「なんだったら知らないバンドでもちゃんと予習して行くし、これからも何かあったらいつでも誘ってよ」「まあ、興味がありそうなやつは誘うよ」「志絵さんと一緒に行けば何でも楽しいから何でも誘ってよ」「能とか義太夫とかでも?」「義太夫ってなに?」「ほらー」「いや、義太夫も勉強するよ」「じゃあ何かあったら誘うね。ていうか、八月二十三日なんだけど大丈夫?」「LINE見て秒で東京公演の日程調べた! まあ何か入ってても大丈夫にするから大丈夫」「笑。喜んでくれて良かった。楽しみにしてる」「誘ってくれてありがとう。最近の曲聞いてなかったから予習しとく!」
 何やかんやと、私たちはずるずるとLINEで世間話を続け、ライブに行く頃には何かと毎日連絡を取り合っていた。懐いている犬のような存在だった蒼葉が可愛かった。撫でれば喜び、構わなければ寂しがる、そういう犬っぽさに触れるたび癒された。行哉は、撫でれば撫でるほどそのつぶらな瞳が何を考えているのか分からなくなり、構わなければ構わないで何を考えているのか分からなくなった。彼が何をすれば喜ぶのか、救われるのか、最後まで分からなかった。そんな無力感に打ちひしがれていた当時の私にとって、蒼葉の存在はほとんど愛玩犬と言っても過言ではなかった。可愛がりさえすれば彼は幸せそうで、そんな風に私の態度一つで幸せになってくれる存在が可愛くて、その癒しと幸福感を忘れられずペットショップに舞い戻るようにして、私はまた可愛がった。そんな風にして、私たちの関係は少しずつ恋愛の様相を呈していった。

「どこ行きたい? 志絵の好きないつものスペイン料理?」「でもこの間パエリア作ったばっかだよね?」「うーんじゃあ、あのコの字居酒屋は?」「浜焼き盛りがあるところ?」「そうそう、お通しで塩焼きの海老が出て来るところ」「うーん、なんかもうちょっとスパイシーなものが食べたいんだよなあ」「スパイシーか、中華とか?」「違う違う、もっとなんかエスニック? な」「分かった。志絵ちゃんはタコスが食べたいんだ」「あ、それだ!」「この辺にメキシカンあったっけ」
 落ち合った私たちは駅前を歩きながら食べログを検索して、新しめのレストランだけが入った全面ガラス張りのビルに入った。木材と観葉植物がメインの内装はカフェのような雰囲気で、九割以上が女性客だった。店内にいる男性は、店員が一人と、カップルの男性が一人、蒼葉を入れて三人だった。
「何で日本のメキシカンてこんなに女の人が多いんだろ。海外だとメキシカンて高校生とか、大人だったら男同士で来るイメージなんだけど」
「蒼葉の言ってる海外のメキシカンて、ブリトードーン、わきにフリットドーンみたいなやつでしょ? 女の人だったらブリトー半分でギブするようなやつでしょ? 日本でメキシカンていったら、こういうオサレメキシカンなんだよ」
「なるほど、確かにタコスも小ちゃいね」
 メニューを見ながら蒼葉が言う。私はテコニックというテキーラとトニックのカクテルを、蒼葉はコロナビールを頼んだ。珍しくアルコールを頼んだ蒼葉に、私は少し嬉しくなる。
「打ち合わせはどうだった?」
「なんか、ずっと世間話してたな。蒼葉の話もしたよ」
「どんな?」
「仕事が切羽詰まってた時にグズって大変だったって」
 情けない顔をしてごめんと呟く蒼葉に、うそうそ、と笑う。
「そんな言い方してないよ」
「どんな言い方したの?」
「うーん、まあ、お互い余裕がなくなって、自分のことしか考えられなくなっちゃってた、って感じかな。中津川さんは、そもそも仕事が切羽詰まる前から、蒼葉が何ていうか、余裕がなくなってたんじゃないかって言ってた。蔑ろにされてるような不満を抱えてて、それが爆発したんじゃないか、って」
「蔑ろにされてるとは思わなかったけど、志絵と付き合ってから余裕があったことは一度もなかったよ。ずっといつか元彼とか元旦那とか、そういう人たちとより戻すって言われて捨てられるんじゃないかって思ってたし、今も普通に不安だよ。志絵から吾郎さんとか直人さんの名前が出るだけでざわつく」
「蒼葉との関係は、色んな要素がひしめき合う中で、特別なものになったんだと思う。必要な時に、蒼葉はいつもそばにいてくれたし、必要な時にそばにいてくれることがいかに大切な事なのか、蒼葉に教えてもらったんだと思う」
 そう? と要領を得ない表情の蒼葉に、「そうだね」と私は呟く。タコス三種と、ケサディーヤかエンチラーダ? サラダも食べたいよね? ナチョスもいいなあ、と矢継ぎ早に言うと、蒼葉はやっぱり「何でもいいよ志絵の食べたいもので」と笑う。
 頼んだタコスは、エビとアボカドのタコス、ビーフチリタコス、チポトレビーフタコスの三つで、エビはあっさりしていて物足りなく、ビーフは美味しいけれどサルサの味にパンチが足りず、チポトレさえもスパイス感が足りなかった。これまで何度かタコスを自宅で作り、「お店で出せる!」と盛り上がっていた私たちが如何に「タコスレベルが高まって」しまったかを痛感しつつ、「お肉にチリパウダーが足りないよね?」「ここのサルサってほとんどトマトの角切りにレモンかけただけのレベルじゃない?」「やっぱりサルサはセロリが入ってないと物足りないよね。スパイス感もないし」「全然辛みがないよね、ハラペーニョも入ってないし」「あ、ほんとだハラペーニョ皆無だね。タバスコもライムももっとガンガンかけたい」「それそれ! なんか私たち、もうそんじょそこらのタコスじゃ満足できない体になっちゃったんだね。それはそれで寂しいな」「でもトルティーヤはやっぱり美味しくない?」「美味しい! これから家タコスやる時はレンチンじゃなくてちゃんと食べる直前にフライパンで焼こう」「うん、やっぱり香ばしさが違うよね」「あとこのサイズのトルティーヤ最高じゃない?」「いつものトルティーヤやっぱりでかすぎるよね。あの半分くらいだもんねこれ」「小さいトルティーヤ売ってる場所調べよう」
 散々タコス談義をして、のんびりとコブサラダやナチョスを食べて、二杯目に頼んだマルガリータを飲みきった頃、蒼葉はスマホの通知を見て「あ、志絵ちゃん」と声を上げた。
「うん?」
「Hippopotamiツアーやるってよ!」
「ほんとに? 規制は?」
 ちょっと待ってと言いながら蒼葉はスマホを覗き込む。Hippopotamiは付き合い始めた頃、蒼葉がライブに誘ってきたバンドで、私は知らなかったけど蒼葉が全部音源を送ってくれて、聞いている内に好きになってこれまで二度ライブに行っていた。
「うーん、規制有りって書いてあるけど、細かいことは書いてないな。とりあえず接触確認アプリと、マスクと、身分証明書による本人確認とは書いてある」
「いいじゃん申し込もうよ。久しぶりにライブ行きたい」
「ファイナルのZeppか、クアトロかな、八王子もある」
「じゃあクアトロが第一、Zepp第二かな」
 おっけー、と言いながら蒼葉はアプリを操作していく。よし、当たりますように! と言いながら顔を上げた瞬間の彼が本当に嬉しそうな顔をしていて、その嬉しさが伝播して胸が苦しくなっていく。蒼葉と暮らし始めたことを間違いだったんじゃないかと思った自分が信じられなかった。私はいつも、信じられない自分に苦しめられている。
「どうかした?」
「蒼葉と一緒にいられてよかった」
「俺も一緒にいられて幸せだよ」
 蒼葉はテーブルの上の私の手を握って、親指で手の甲を撫でる。
「なんか俺が泣かせたみたいになってるね」
「蒼葉が泣かせたんだよ」
 そうなの? ……そっか、と独りごちて、彼は私の手をさすり続けた。来週辺りスパイスたっぷりのタコス作ろうよと言うと、彼は私の予想を百パーセント体現した笑顔と穏やかな口調で「いいよ」と言う。彼の「いいよ」が好きだ。この言葉が自分に向けられると、私は全てを許された気持ちになる。生きていて、存在していて、泥臭くて、情けなくて、どうしようもなくて、愚かで、いいよと言われた気持ちになる。

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金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
1983年、東京都出身。2003年『蛇にピアス』ですばる文学賞。翌年、同作で芥川賞を受賞。2010年『トリップ・トラップ』で織田作之助賞受賞。2012年『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。著書に『アッシュベイビー』『AMEBIC』『オートフィクション』『アタラクシア』『パリの砂漠、東京の蜃気楼』『fishy』 等がある。『SPUR』にて「ミーツ・ザ・ワールド」連載中。

illustration:maegamimami(@maegami_mami

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