No.08『殺戮の世界史』マシュー・ホワイト/住友進訳 石田衣良「小説家・石田衣良を育てた50冊」
子供の頃から無類の本好きだった小説家・石田衣良。小説家になり、ついには直木賞作家へと駆け上がった彼がこれまで読んできた中で特に影響を受けた作品50冊を、人生の思い出とともに紹介する書評エッセイ。
[毎週金曜日更新]
photo:大塚佳男
外国の読者によく指摘される。
「なぜ、日本の小説には悪が登場しないんですか?」
そんなとき、ぼくはいつも口のなかで、もごもごと返答していた。日本では悪は限りなく薄められ、いじめや嫉妬や悪口という形に変質してしまうんだ。現代ミステリーによく出演する殺人鬼は、アメリカの犯罪小説のシリアルキラーを単純に模倣したもので、興味深いけれど日本的な悪じゃぜんぜんない。この国にはあの手の連続殺人犯は歴史的にほとんど存在しないのである。
だが、この『殺戮の世界史』を読んだ後では、もうわかっている。正しい答えはこうだ。
「日本には快楽殺人者と、ヒトラー、スターリン、毛沢東がいなかったから」
この本の巻末に、史上最も残虐な大量殺戮のトップ100が載っている。個人が引き起こした大殺戮の推計トップは、チンギス・ハンと毛沢東の死者約4000万人、ついでスターリンの約2000万人である。残念ながらヒトラーはどこまでが彼個人から発した殺戮か線引きが困難で、第二次世界大戦の死者6600万人(個人だけではなく戦争を含む総合チャートの圧倒的第1位)のうちの何割かと考えるしかない。
悪を生む心理的なトライアングルはすでに解明されている。他者の痛みや恐れ、生命にまったく共感をもたないサイコパス気質、自らの欲望や面子を最上位に据えるナルシシズム、そして並び立つ者を決して許さない底なしの権力欲という最悪の三角形だ。この3つの資質が互いを強化しあうと、想像を絶する怪物が生まれることになる。例えば配下の国民や党員の2割から3割を粛清したり、強制収容所送りにしても、まったく心の痛みを感じない。それどころか、異分子や敵対勢力を排除でき、組織が引き締まったと喜べるようなサディスティックな精神性だ。ヒトラーにも、スターリンにも、毛沢東にも共通する無慈悲な独裁者の心の在りかたである。
ちなみに、この本には興味深い調査結果が載っている。歴史上存在した独裁者の最終的な運命についての研究だ。死ぬまで国を支配する、あるいは平穏に引退するという幸福な末路が60パーセント。寿命は全うするが国外追放や投獄という質の低い晩年を迎える者が12パーセント。残る28パーセントは殺害される。その内訳は処刑9パーセント、暗殺8パーセント、戦闘中死亡7パーセント、自殺4パーセントとなる。悪の限りを尽くしてもおよそ3人に2人は幸福な最期を迎えるのだ。悪が必ず滅びるというのは、勧善懲悪の物語のなかだけで通用する幸福な教訓に過ぎない。先ほどの独裁者ビッグ3にしても、ヒトラーは拳銃自殺したが、スターリンと毛沢東は恵まれた晩年を過ごし天寿を全うしている。結果はきれいに3分の2だ。
心因性の悪のトライアングルといえば、現代ならロシアのプーチン大統領が、残虐な図形にきれいに当てはまる。ウクライナ国民と自国の若者の生命への徹底した無関心、すぐに服を脱いで筋肉を誇示する単純なマッチョ・ナルシシズム、独裁だけでは飽き足らず女帝エカテリーナのように領土を拡大し歴史に名を刻みたいという権力欲。サイコパスの独裁者と専制的な権威主義国家の組みあわせが、人類史のなかではつねに最悪のコンビである。
運命のサイコロは独裁者に有利にできている。6割の確率でプーチンが幸福な最期を迎える可能性があるということを、ぼくたちは忘れないほうがいいだろう。ウクライナの人々には気の毒だが、それが歴史を通じて神がこれまで提示してきた独裁者の皮肉な運命のオッズである。
ここまで見てくると、日本の小説や映画に飛び抜けた悪が存在しない理由が自ずと明らかになる。まず第一に個人レベルでは、狩猟民族に見られるような大量の犠牲者を生む快楽殺人犯がほぼいない。第二に大量殺戮を引き起こす悪のトライアングルに当てはまるような独裁者もまたいない。イメージとして最も近い存在は織田信長だが、天下統一以前に倒されたため、被害は限定的である。
その結果、海外の小説や映画に登場するような圧倒的な悪は、日本の作品には存在すべくもなくなった。島で生活する生物は大陸で生活する同種に比べ体格がちいさくなるというフォスターの法則は、善悪というモラルの問題にも当てはまるのかもしれない。島の悪はちいさな悪なのだ。
ぼくは作家として、悪の問題をつねに考えていた。なぜなら悪こそあらゆるドラマの華だからだ。『羊たちの沈黙』のヒロインはFBI訓練生クラリス・スターリングだが、読む者に忘れがたい印象を刻むのは人肉愛好家ハンニバル・レクター博士である。悪には誰も逆らえない強烈な吸引力がある。作品のインパクトを決定するのは悪の造形で、圧倒的な悪を描けないことが日本の小説の弱点になりうるのだ。
実作者として、そう考えているときに出会ったのが、この『殺戮の世界史』だった。作者のマシュー・ホワイトは歴史家でも戦史の専門家でもない。アマチュアの歴史研究家として、博覧強記の百科全書的な知識を総動員し、歴史に名を残す大量殺戮の原因とそのプロセスを考察し、さまざまなデータを基に死者の推計値を統計学的に算出していく。ぼくの読んだところでは、出自である白人やキリスト教に肩入れをしている様子もなく、事実は事実として歴史をかなりフェアに扱っているようだ。
データとして覚えておいたほうがいい数字がいくつかある。トップ100の大量殺戮で殺害されたのは総計約4億5500万人だ。内訳は次のようになる。重複もあるが、戦争で約3億1500万人、宗教対立で約4700万人、共産主義による内乱と共産主義者と反共主義者の戦いで計約9300万人、民族間の抗争では約7400万人が殺害されている。誰もが口にする経済のための争いで失われた犠牲者は、この本では約1500万人程度と、その他の殺戮要因からはだいぶ遅れをとっている。戦争は資本家と政治家が手を組んで起こすというのは、都市伝説のひとつといってもいいだろう。宗教的な狂信による死者は全体のほぼ10パーセントで、経済的な紛争では3パーセント弱。大量殺戮の7割が戦争による死者であることを考えると、単純な「戦争反対」というイデオロギーにも重要な意味があることは明瞭だ。
3年半ほど前から、ぼくは動画配信を始めたけれど、初期にスマッシュヒットを記録したコンテンツが、この『殺戮の世界史』をとりあげた回だった。学校教育では悪を扱うことが構造的に困難であるし、殺戮や独裁者を専門とする研究家も数すくない。人類の悪についての研究はいまだ道半ばである。それなりに戦争の歴史について調べてきたけれど、数十万人から数千万人という大量殺戮を引き起こした独裁者が、幸福な末路を迎える可能性が過半数を超えるという事実は目から鱗だった。
この本は日本版の刊行から10年ほど経つのだが、いまだに文庫化されていない。扱う内容が際物とみなされやすいせいか、世界の名著に選ばれるような書籍ではないかもしれない。だが、殺戮と戦争という危険物をテーマにしながら、『銃・病原菌・鉄』や『ホモ・デウス』といった巨視的な人類通史の名作と並び立つ高さに達しているのは確かである。700ページを超える大著で、単行本の定価は5000円と決して安くはないのだが、歴史好き、あるいは人間にとって「悪」とはなにかという根源的な問いを抱える人には、手元に置いて決して損のない一冊である。
【小説家・石田衣良を育てた50冊】
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石田衣良(いしだ・いら)
1960年、東京生まれ。1997年「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、続編3編を加えた『池袋ウエストゲートパーク』でデビュー。2003年『4TEEN』で直木賞、2006年『眠れぬ真珠』で島清恋愛文学賞、2013年『北斗 ある殺人者の回心』で中央公論文芸賞を受賞。著書に『娼年』『夜の桃』『水を抱く』『禁猟区』などがある。
Twitter: @ishida_ira