土地のレッテル|千早茜「こりずに わるい食べもの」第8話
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土地のレッテル|千早茜「こりずに わるい食べもの」第8話

 またパフェの話で恐縮だが、京都は抹茶のパフェがやたらに多かった。
 京都は好きだ。生まれて初めて惚れ込んで自主的に選んだ土地だ。しかし、京都の抹茶推しだけはどうしても我慢がならなかった。スタバの「47 JIMOTO フラペチーノ」は、なんの予想も裏切らず「京都 はんなり 抹茶きなこ フラペチーノ」。なんだよ、はんなりって。日常で聞いたことないぞ。祇園にラデュレができれば限定で抹茶マカロンや抹茶ケーキ、パフェは「ル・パルフェ 抹茶・柚子」。もう一種類のパルフェもほうじ茶味ベースで頭を抱えた。なぜロココな店内で渋い緑と茶色を愛でなきゃいけない。
 どちらかといえば、京都が抹茶を推しているわけではなく、「京都といえば抹茶」というレッテルが貼られているのかもしれない。そういうものは各地域にあるだろう。仙台に行ったとき、あふれ返るずんだ味に憐れみと親近感を覚えたものだ。

 抹茶は嫌いではないのだ。もちろん、ずんだ餅も。でも、私の知る抹茶はほろ苦いものだ。甘い和菓子と一緒に楽しむものだ。甘い抹茶など言語道断だ! と茶好き偏屈爺の血が騒ぐ。砂糖や油脂なんかと混ぜられて浮ついた菓子や飲料に加工されるもんじゃない。あれは、茶だ。
 先日、抹茶菓子が好きだという知人にその話をしたら、「いやいや、もう抹茶はポップな食材ですから。生クリームとペアの、甘くて冷たいもんですよ」と言われた。「違う! 抹茶は温かくて苦い!」と言い返すと、「そんな抹茶を知る人は少数派ですよ。千早さんの抹茶はもうこの世から淘汰されようとしているんです」と薄く笑われた。悲しかった。そして、ニュー概念の抹茶とは今後もやっていけないだろうなと悟った。どんなにパフェが好きでも抹茶パフェを食べることはないだろう。

 なので、京都に住んでいるときは、東京に行くたびにパフェ三昧をした。東京にはありとあらゆるパフェがあった。抹茶パフェなんて探さなくては見つからない。それぞれのパフェが個性を主張し、「東京らしさ」のレッテルを退けていた。仕事で行っているのに、打ち合わせはパフェの店、移動の合間にパフェを食べ、またパフェの店で打ち合わせ。そうして、一日に五、六軒のパフェをはしごした。
 東京に引っ越して、さすがに落ち着こうと自分を戒めた。パフェが星の数ほどある都会とはいえ、住んでいるのだからそんなにガツガツしなくても、と一日一本ないし二本に留め、大人の余裕をもってパフェと接した。

 パフェを食べると塩気が欲しくなる。パフェでお腹がふくれるわけではないので、空腹にも苛まれる。けれど、パフェは甘い空気のようだがカロリーはそこそこある。どうしようかと悩み、ふと目についた蕎麦屋に入って鶏天蕎麦を食べたら、これがとても良かった。つるつるとした蕎麦が、パフェで満たせなかった胃の隙間を埋めてくれた。おまけに、ひとりでさっと食べてすっと出られる。スマート。次はパフェの後に、冷やしむじな蕎麦を食べた。関西では見かけなかった蕎麦だ。甘じょっぱい刻み油揚げと天かすの両方がのっている満足感。江戸っ子の好む蕎麦だという。むじな蕎麦にはひとしきりはまった。京都では麺類を欲するとうどんだった。でも、どちらかといえば麺より出汁を楽しんでいた。東京での蕎麦は麺を食しているという実感があった。関東の甘いつゆもうどんより蕎麦に合う気がした。すっかりパフェと蕎麦はセットになった。

 しかし、星の数ほどパフェはあれど、人気のパフェは予約が取れなかったり、売り切れだったりすることも少なくない。いそいそと出かけてもパフェに振られる日もある。そういうときは蕎麦だけ行くようになった。でも、今度はパフェ分の胃の隙間が埋まらない。パティスリーのケーキでも、喫茶店のホットケーキでもない。ジェラートだとちょっと足りない。いや、パフェの代わりをつとめる者を無理に探す必要はない。ここは蕎麦を二種類食べればいいのではないか。
 ちなみに、私は食いしん坊で、結果的にたくさん食べることにはなるけれど、大食いではないという自負がある。同じものを大量に食べるなら、違うものを食べたい。なので、大盛りという選択肢はあまりない。
 その日はお気に入りの蕎麦屋で、ごぼう天せいろにするか、辛味大根と焼きのりのおろし蕎麦にするか、揺れていた。パフェに振られたことだし両方食べればいいと思い、「すみません」と蕎麦を茹でる店主に声をかけた。「はいっ」と無駄のない所作で振り返る店主。一瞬、すっきりした白木のカウンターに二つの折敷が並ぶ絵が浮かんだ。その前には私ひとり。
「ごぼう天せいろください……」
 弱々しい声でそれしか言えなかった。運ばれてきた揚げたてのごぼう天をはふはふして、蕎麦をあむあむと食べ、とろりとした蕎麦湯を飲み干して、すっと席をたった。二つ、頼めなかったのだ。羞恥に食欲が負けた。

 その後、何度か二種類頼もうとしたが、やはり店の雰囲気や店員の佇まいに臆した。パフェなら余裕で二つ三つ頼めるのに……パフェの店だけじゃない、パティスリーでもビストロでも老舗喫茶店でも「お客様……少々……多いかと思います」「大丈夫です。食べられます」のやりとりを平然と行ってきたというのに、なぜ蕎麦屋には負けるのか。
 いや、恐らく私が負けているのは江戸のイメージだ。江戸っ子の地で粋じゃないことは駄目だろうと変なプレッシャーを自分で自分にかけている。思えば、パフェはしごを止めたのも、都会に住む身としてスマートではないと変に格好つけたのかもしれない。「京都といえば抹茶」のレッテルは断じたのに、新たな地で「江戸といえば粋」のレッテルを自ら貼ってしまうことになるとは情けない。今の目標は蕎麦屋で暴食ができる図太いわるになることである。

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illustration 北澤平祐

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連載【こりずに わるい食べもの】
毎月第2・4水曜日

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神いおがみ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『さんかく』『ひきなみ』などがある。
Twitter:@chihacenti

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