見出し画像

ワッフル|渡辺優 パラレル・ユニバース 第24話

 こちらのエッセイにたくさん文句を書けるのが嬉(うれ)しくて過去のアルバイト先への不満を思い出していたら、嬉しかった記憶もよみがえりました。ワッフルの思い出です。
 学生時代、以前書かせていただいたクワガタがたくさん出るカフェーとはまた別に、もう少しモダンな雰囲気の洋食屋さんでもアルバイトをしていました。ごくごく普通のレストランだったのですけれど、なぜか異常に客にワッフルを食わせたがるという特色のある店でした。

 その店では、ほとんどすべてのメニューにワッフルがセットになっていました。大きな円形に焼き上げたアメリカンワッフルです。それを四等分にして、大きなカフェオレボウルに入れて提供するのがそこのスタイルでした。
 ランチセットにも、ディナーコースにも、単品の料理やサラダにも必ずそのボウルが付いてきます。ワッフルがセットでないメニューはワッフルだけでした。つまり、その店に入店すると必ずテーブルにワッフルが載る。

 わあ、ワッフルだあ、と喜んでくださるお客様もいました。しかし悲しいかな、ワッフルは食べ残されることも多く、どちらかというと完食されることの方が少なかったです。おそらくオーナー的にはフレンチレストランにおけるフランスパン的感覚でワッフルをセットにしていたのだと思うのですけれど、ワッフルってパンに比べると気分を選びますし、お料理にも合う合わないがあると思うのです。がっつりハンバーグやオムライスを食べながら、一緒にでかいワッフルをまるまる一枚食うのはきついです。
 お会計後テーブルを片付けるとき、テーブルの隅に二、三枚、あるいは四枚まるごと中身の残されているボウルを目にすることもしばしばでした。

 お客様の食べ残しはすべて廃棄しなければなりません。いっさい手をつけられていないように見えるお皿であっても、いちどお客様にお出ししたものは、お客様が食べるか、ゴミ箱に捨てるかのどちらかです。アルバイトを始めたばかりのとき、四枚まるっと残ったワッフルを捨てるのが心苦しくて、これは本当に捨てなくてはならないのか、先輩に何度も確認しました。このまま他の客に出したってわかりゃしねえよ、どうせその客だって食わねえんだし、という極悪な思考もありました。しかし先輩は厳格な表情で、「そういう決まりなので」と答えました。飲食店の倫理感としては、そりゃあそうかもしれません。かくしてその店のゴミ箱は、常にワッフルの廃棄でいっぱいな状態でした。

 それを狙っていたのが私でした。
 バイト中、私はいつもお腹(なか)が空いていました。私のシフトは大学が終わった夕方から夜にかけてが最も多く、ご飯とご飯の間のちょうど一番お腹が空く時間帯です。というか大学生というのは基本的に常にお腹が空いている状態であることと思います。私はお客様の料理を運びながら、いつも「これ食べたいなあ」と考えていました。料理運んできた人が急に食べだしたらお客様びっくりするだろうなあとか考えてにやにやしていました。

 お客様にお出しする料理すら食べたがる私ですから、当然廃棄品のワッフルにも目をつけます。まったく手つかずに見えるワッフル。おいしそう。
 しかしバイトが廃棄品を食べることも禁止されていました。衛生面から考えれば仕方ないことと思います。実際、すべてのお客様の挙動を常に見ているわけではありませんから、一切手つかずに見えるワッフルでも、お客様が素手で触ったかもしれませんし、ちょっと齧(かじ)りかけてやめた、なんてこともあるかもしれません。ひとの食べ残しを食べるなんてはしたない、という感覚もあるっちゃありました。

 しかし腹ペコで労働に勤(いそ)しむ貧しい学生にそんな理屈など通用しないのでした。
 ある日の夕暮れ、私はついに我慢できなくなり、厨房(ちゅうぼう)のカウンターの陰にしゃがみこんでワッフルをむさぼり食べました。とてもおいしかったです。店内で一枚一枚焼いているワッフルは、外側はさくさくで内側はもっちりふんわりと軽く、まったくくどくないほのかな甘さで何枚でもいけちゃう。それまでに食べたワッフルのなかで一番おいしかったです。
 なぜオーナーが偏執的なまでにお客様にワッフルを提供したがるのか、その理由がわかった気がしました。こんなにおいしいワッフルならそりゃあすべてのメニューにセットにするべきです。こんな素晴らしいワッフルを食べ残すなんてお客様はどうかしていると思いました。

 しかしそれはそれとして、おしゃれに盛り付けられたおしゃれなワッフルを、人目を避けて物陰でこそこそ、手づかみでむしゃむしゃ食べていると、なんだか自分がそういう妖怪になったように錯覚しました。ワッフルを捨てようとすると現れる妖怪。就労規約云々(うんぬん)の前に、これは一般的にちょっとどうかしている行為であり、絶対に誰にもばれてはいけないなと思いました。

 しかし私のこの妖怪的行為はすぐに露見することとなりました。毎日腹ペコの私は毎日盗み食いをするようになり、だんだんとその犯行も大胆になっていったのです。
 いつも通りお客様の残したボウルを手にカウンターの陰にしゃがみこんでもぐもぐやっていると、同じシフトの先輩が入ってきて目が合いました。私は、人間にばれた! と思いました。厳格で真面目(まじめ)できちんとした人間である先輩に薄汚い盗み食いがばれてしまっては、すぐにオーナーに報告されてクビになるのは明らかでした。もぐもぐしながら絶望している私に、しかし先輩は意外なことを言いました。「私にもください」と。

 先輩も所詮は腹ペコの大学生だったのでした。空腹はひとから判断力を奪います。
 こうして妖怪の仲間が増え、我々はオーナーやお客様の目を盗み、チームワークでワッフルを狙うようになりました。新たに入ってきたアルバイトにも、「廃棄は食べちゃダメだけど、ワッフルのみこっそり食べていい」みたいな裏のレギュレーションを伝授するようになりました。
 我々はこそこそと仲間を増やし続け、そのうちに、その店のバイトはみんな物陰でワッフルを食べている状態が普通となりました。ここまでくると、オーナーも妖怪たちが廃棄を減らしていることにうすうす感づいていた感があります。人に危害をくわえず、ワッフル以外には手を出さないので見逃されておりましたが。
 古くから伝わる妖怪の御話も、もしかしたらただのお腹を空かせた一匹の学生などが発端となっていたのかもしれませんね。

画像1

画像2

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ

毎月第1・3木曜日更新
更新情報はTwitterでお知らせしています。

渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter:@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter:@YUNICO_UCHIYAMA
うれしいです!
21
HB(エイチビー)は、集英社グループの出版社・ホーム社の文芸サイトです。2017年11月にサイトを立ち上げ、2020年にnoteへ引っ越してきました。小説やエッセイを中心に、毎日をより楽しく過ごすための、さまざまなコンテンツをお届けします。

こちらでもピックアップされています

連載 渡辺優 パラレル・ユニバース
連載 渡辺優 パラレル・ユニバース
  • 30本

異世界は日常のすぐそばにある―― ひきこもり小説家のSF(すこし・ふしぎ)な日常をつづるエッセイ。 illustration Yunico Uchiyama