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愛情は限られた食糧ではない|村山由佳 第27話

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 ツイッターには、例によって頻繁に猫たちの画像や動画を上げていた。
 古株の四匹に比べて、新入りの〈お絹(きぬ)〉の話題がついつい多くなると、フォロワーさんの中には心配して下さる人もいた。
〈先住猫さんたちのことも忘れないであげて下さいね〉
 正直、あまり面白くなかった。私の中の罪悪感を言い当てられた気がした。要するに図星だったのだ。
 忘れてなんかいない、とは思った。
 愛情は、限られた食糧ではない。新しい猫が一匹増えたからといって、そのぶん他の四匹のわけまえが少なくなるわけじゃない。
〈銀次(ぎんじ)〉に〈青磁(せいじ)〉に〈サスケ〉に〈楓(かえで)〉、四匹はまったく違っていて、長所も短所もそれぞれ比べようがなくて、たとえば銀次は銀次として唯一無二で、私の銀次への気持ちは銀次にぴったりのかたちをしている。そういう気持ちが、四匹それぞれに向けて、在る。そこへたまたまお絹が加わったからといって、何も変わらない……。
 でも、ふたを開けてみたら、〈何も〉とは言い切れなかった。四匹への愛情の量こそはまったく変わらなくても、彼らへ注ぐ物理的な時間が、少しずつ目減りしてしまっていたのは事実だった。
 一方で、お絹に対する愛情はと言えば、知り合ってから半月ほどの間におそろしいほどの勢いで増していた。〈もみじ〉亡きあと行き場をなくしていた私の気持ちは、受け皿を見つけた今、自分にも止めようがなかった。
 手触りや重み、視線やしぐさ、小さな癖の一つひとつに、胸がぬくもったり、軋(きし)んだり、引き攣(つ)れるように痛んだりする。それでいながら幸せで、幸せなのにいちいち泣きそうになる。
 おまけに、お腹(なか)はどんどんふくらんでゆくのだ。四月下旬にはもう、毛をかき分けなくても乳首がつんと飛び出し、先端が白っぽく見えるようになってきて、重たいお腹を引きずるお絹自身もしんどそうにしている。
 もう、いつ産んでもおかしくない。ほんのちょっと家を空ける間にも今ごろ生まれてしまっているんじゃないかと気が気ではない。
 そんな具合にお絹のことに心を砕けば砕くほど、他の四匹への後ろめたさがちくちくと背中を刺して、私は仕事の合間に彼らを抱き上げては撫(な)でさすり、めったにやらない煮干しや〈ちゅ〜る〉を与えたりした。いずれはみんなで仲良くして欲しいという思いから、直接の接触まではさせない距離で、互いにそうっと対面させてみたりもした。
 駄目だった。お絹のほうは、銀次と同じく誰が相手でもまったく平気なのだけれど、サスケと楓は、新入りなんか断固として認めないぞといった態度を貫くつもりらしかった。
「かえちゃんもサスーもな、この家の大先輩やねんから、あんなフーフー言うて怖い顔せんでも、堂々としてたらええのんよ。な、ええ子やから、や〜さしいキモチでおり。や〜さしいキモチ」
 どだい、無理な相談ではある。父亡き後に我が家の一員となって二年がたつ青磁に対してすら、彼らが〈や〜さしいキモチ〉になったことなどないのだから。
 人間に、人づきあいの苦手な人がいるのと同じように、猫づきあいの苦手な猫だっているのだ。そもそも青磁など、猫づきあいばかりか人づきあいも苦手な偏屈者だ。こればかりはどうしようもない。
 どの子も可愛(かわい)いからこそ、シャーッと鼻に皺(しわ)を寄せるのを見ると憂鬱になるものの、すでに出来上がっていたサスケと楓の縄張りに、青磁やお絹を連れ込んだのは私たち人間の勝手だ。
 当面は、仲良くとはいかないまでも、何とかそこそこ無難に折り合って暮らしていってもらうより仕方がなかった。

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 元号の変わる日が近づいていた。
 新しく発表された「令和」という響きや字面にも少しずつ慣れてきた頃、世間は大型連休へと突入した。
 世間は、とわざわざ断ったのは、物書きにはカレンダー上の旗日などあまり関係がないからだ。無情な、もとい、敏腕な担当者ともなれば、メールの最後にさらりと書いてくる。
「お原稿はお休み明けに頂ければ間に合いますので」
 お休み明けに渡すためには、お休み中に仕事しなくてはならない。もちろん、それまでに終わらせられなかったのは自分のせいなので、誰を恨(うら)むわけにもいかない。
 とまあそんなわけで、この年の連休も、私たちは家にいた。いや、たとえ仕事が全部片付いていたところで、お絹の出産という一大イベントを控えていてはどこへ出かける気にもなれなかったろう。
 背の君と二人、
「ええか、産む時はちゃんと起こしや」
 毎晩、お絹に言い聞かせてから目をつぶる。物音がするたびにハッと起き上がり、朝もまずは彼女の無事を確かめてホッとする。
 緊張と安堵(あんど)のくり返しに消耗してゆく私たちを尻目に、当のお絹はあいかわらずのんびりと機嫌良く過ごしていた。
「おきーぬちゃん」
 と呼ぶと、真っ青に透き通る目でこちらをふり返り、喉声で〈うん?〉と鳴く。
「お腹、苦しぃないの?」
〈うん〉
「さすったげよか?」
〈うん? うん〉
「ほなこっちおいでさ」
 迷いもなく二人の間に飛び乗ってきて、どちらかの膝の上でぽいぽいと両脚をひろげる。
「おい、お〜きぬ」
〈うん?〉
 お腹を撫でさせながら、上目遣いに背の君を見上げる。
「今日もモリモリ食うとったなあ」
〈うん〉
「まだ食うんかい」
〈うん? うん〉
 食べなくなったら、いよいよお産。
 私たちは息を詰めるようにして、けれどできるだけお絹にそれを気取(けど)られないよう気をつけながら、その時を待っていた。


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村山由佳(むらやま ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。
Twitter @yukamurayama710

村山由佳さんの猫三部作を書店で見る

※この記事は、2020年4月3日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

※『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』の刊行時に姜尚中さんとの対談が行われました。


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