包んで包んで兵馬俑|千早茜「こりずに わるい食べもの」第11話
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包んで包んで兵馬俑|千早茜「こりずに わるい食べもの」第11話

 渡辺ペコの『にこたま』という漫画が好きだ。各章の題名が食べものや料理名で、おいしそうな場面がたくさんある。けれど、ただおいしいだけじゃない食事も描かれていて、重い出来事も登場人物たちの迷いや選択もある。泣きながら食べる場面もある。それでも、やっぱり人は食べて生き繋いでいくんだ、と思わせてくれるところがまたいい。自分の作品も影響を受けていると思う。

 その中に、「イルカパフェ」という章がある。またもパフェかよと思われるかもしれないが、もう諦めて欲しい。ネタバレになってしまうので詳しくは書かないが、男女が水族館に行く。男性のほうは振られるのがわかっている。ジンベエザメやミズダコを見て、イルカのクッキーがのったパフェを食べながら休憩をする。「話していい?」と訊く女性に、男性は「だめ」と言う。食べながら振られたらパフェがトラウマになってしまうから、と。それはいけない。食べ終えてから話をするが、やはり二人は別々の道を生きていく決断をする。

 ときどき思いだす。その男性は甘いものがとても好きだったのだろうな、とは思うが、彼の気持ちがわかるようでわからないからだ。他にも鍋をつつきながら別れ話をする場面もある。ぐつぐつと煮詰まる鍋が二人の関係を表している。じゃあ、その後、二人は鍋がトラウマになったかというと、そうではないようで別の人と鍋を囲んでいたりする。この世には食べているときの状況でその食べものがトラウマになったりならなかったりする人間がいるのだ、ということを私はこの漫画で知った。

 自分はどうかというと、人との別れのときの食の記憶がおぼろげだ。一緒に暮らしていた人と別れることになり引っ越し前日に食卓を囲んだことも、喫茶店かどこかで茶をしながら別れ話をしたこともあるのに、なにを食べたのか、なにを飲んだのか、ぼんやりとしか思いだせない。ショックで覚えていないのとは違う。食事は食事でちゃんと楽しみ、それから別れ話をし、食べものと人間関係をしっかり別物として味わった気がする。実際、食いしん坊の友人と険悪になり「ちょっと話そう」と甘味処で待ち合わせをし、むっつりと挨拶を交わしたもののメニューがくるやいなや真剣に選びだし、味わい、ひと息ついてから真面目な話をしたことがある。もちろん、そのときに食べた栗汁粉と磯辺餅がトラウマになることはなかった。

 しかし、人ではないものとの別離のとき、私はある食べものを欲してしまうことに気がついた。それは水餃子だ。皮はスーパーで買った市販のもの。具はそのときの気分だったり冷蔵庫にあるものだったりを詰める。黙々と、包む。麺や生地を打つときに使う木製の大きな板をだして粉を振るい、包んだ餃子を並べていく。きっちり同じ大きさになるように包み、同じ間隔を空けるように努める。誰にも手伝わせない。一人きりで包みたい。隙間なく板を埋め尽くすまで餃子を包み続ける。終わると、餃子たちを眺める。整然と並ぶ白っぽい餃子たちはまるで兵馬俑へいばようだ。墓場めいた静けさにほっと息をつく。故に、水餃子を作る行為を「兵馬俑」と呼んでいる。

「兵馬俑」は原稿を書きあげて疲労困憊のときに行われることが多かった。物語が手を離れると奇妙にすかすかした気分になる。ずっと頭を占めていた登場人物がいなくなっている。昂奮は残っているのに、空っぽ。そんなとき、私は黙々と餃子を包む。
 そして、この儀式は焼き餃子でも揚げ餃子でもなく、必ず水餃子で行われる。茹でる際のもうもうとした湯気を見たいのと、疲れているときが多いので、油の少ない優しい味が欲しいのだ。なおかつ、たくさん作りたい。焼いたり揚げたりだと量を食べられない。
 京都を離れる前夜も「兵馬俑」をした。まだ仕事も終わってなく、一日中段ボール詰めをしていたにもかかわらず、目の下にくまを作りながら餃子を包む私を、家人は恐怖のまなざしで見ていた。

「兵馬俑」の具は、オーソドックスに豚とニラのときもあれば、豚と椎茸、海老と卵、鶏とアスパラ、羊とパクチーといったものもある。最近のヒットは羊と春菊で、引っ越し前夜もそれだった。餃子の薄い皮はどんな具も寛容に包んでくれる。水餃子は偉大だ。混ぜて包んで茹で、黒酢やポン酢、ナンプラー、辣油など好きな調味料で食べればたいてい美味しい。暖まってほんのりと眠くなる。
 なにより、包んでいるときの粛々とした空気が好きだ。食べるより包みたくて作っている気がする。ただひたすら包んで並べる。えんえんと単純作業をしていると、自分はそれだけのために存在しているような気分になり、ひととき不安な現実から思考を遠ざけてくれる。ひっそりと並ぶ餃子を眺め、古代中国の皇帝に思いを馳せる。現世からの別離。死の不安を和らげるためのものだったのだろう。

 東京にきてからはまだ「兵馬俑」をしていない。冷凍庫には羊の挽肉が常備されているけれど、今は新しい台所でなにが作れるか試すのに夢中だ。私はまだこの地では、別れの不安を感じるほどの執着を知らずにいるのかもしれない。

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illustration 北澤平祐

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連載【こりずに わるい食べもの】
毎月第2・4水曜日更新

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神いおがみ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『さんかく』『ひきなみ』などがある。
Twitter:@chihacenti

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