見出し画像

地雷ガールの舌鋒、ホラー少年の怪作|真藤順丈 ヴンダーカマー文学譚 三人目③

画像1

前回まで:新設された公募エンタメ文学賞〈ヴンダーカマー文学賞〉を狙うことになる三人目は、妄想癖がある文芸部員の高校生・伊藤千世子。自分を含め二人しかいない部員を増やすべく、猫の短編を書いていたという同級生の中谷泰樹を文芸部に誘うが、断られてしまう。
Animated GIF/MOTOCROSS SAITO
※この連載を初めから読む:「ヴンダーカマー文学譚」TOPへ

 文芸部のスカウト、部員の勧誘。
 あたしはいつからそれを、自分のミッションのように思いはじめたんだろう。
 おかしいよね、規定人数に達さなきゃ廃部とか、これだけ揃わなくちゃ大会に出られませんとか、そういう縛りがあるわけでもなかったのに。
 夏休みに入って、あたしはもう一人と接触していた。二年D組の山添愛(やまぞえあい)という生徒で、愛称はゾエ、身長百四十三センチメートルと小柄で、ショートカットの下の睫毛はびっしりと濃くて、いつ見てもだいたい黒のマスクをして、夏場でも黒いストッキングをはいていた。
 あたしの属するF組は夏期講習をD組と合同で行なった。講習のあとには、校舎の図書室で予習復習に励む生徒もいて、そのなかにまぎれこんで家庭の医学のような解説書を探していたあたしは、山添愛がトイレに立ったときに、机に残していった読書日記の一ページをたまたま目にしてしまった。
 わ、すごすぎ。
 類のないファンキーなインプレッション。
 あたしは母の体調不良について調べるのも忘れてしまう。
 虫眼鏡でもないと読めなそうな細かい文字で、感想・批評がびっしり。彼女の名前だけは知っていた。よくある話かもしれないけど、図書室で借りる人気作家の小説や全集の図書カードにかならず名前のある子、気になるあの子、それがゾエだった。もちろん偶然のたまものがなければ、こんな読書日記をつけているなんて知りようもなかったんだけど。
 こんな子がうちの学校にいるなんて、なんだか嬉しくなったあたしは人見知りする性格にもかかわらず、初会話の距離の詰めかたを見誤ってしまった。
「好きなんですね。それってぜんぶ読んだの? よかったらそのノート読ませてもらえないかな。あ、あたしは二Fの伊藤千世子」
「え、見せるつもりで書いたんじゃないから」
「面白い小説を探してて。あたしは文芸部なんだけど」
「ごめんムリ」
 おおいにゾエを尻込みさせてしまった。引っ込み思案なままでいると同趣味の子とはめぐり会えないし、かといって前のめりになると空まわりは避けられない。中谷泰樹のときもそうだったけど、健全なコミュニケーションの入口に立つのはときどきとても難しい。みんなどうやってるんだろう? 遥帆や三吉さんならそんなの苦にもならないんだろうけど。
 あたしがゾエの読書日記を読ませてもらえたのは、講習が終わるたびに図書室であれこれとおしゃべりして、愛読する作家や作品に共通するものが多いことがわかってからだった。ちょっと感動してしまった。題名/著者名/概要/お気に入りのキャラクターや場面/刺さった文章の引用、といった項目に整然と分けられて、深い読みを感じさせる批評の言葉が、ときどき舌鋒鋭く、だけど常に良い面を強調するように書かれている。すでに商業誌で活躍する覆面書評家、とか言われてもあたしは真に受けたはずだ。そんなゾエを勧誘するまでに時間はかからなかった。そもそもあたしなんかよりよっぽど文芸部らしい生徒だったんだから。
「私、人生で初だわ。部活に誘われるのとか……だけど集団行動キライとかじゃないんだけど、私って地雷ホルダーだから。重めにめんどいよ」
 那須千賀子の『コンプレックス』という小説の話をしているとき、これって私のことを書いてるみたいだと思ったとゾエが告白して、それから彼女の〝地雷〟の話になった。彼女は数えきれないほどのアレルギーで制限だらけの生活を送っていて、大豆、卵白、小麦粉、ナッツ類などなどは即時型アレルギーを引き起こすIgE抗体の測定値が一〇〇を下回ったことがなくて、他にもダニやスギ花粉、ハウスダスト、金属類もだめで、鞄のなかに大量の服用薬や自己注射薬を入れていても日常生活に差し障りはあるので、通学はしても部活なんかは遠慮してきたらしい。
 アレルゲンに反応して死にかけたこともあるしねとゾエは言った。容赦なしめにハンディキャップだらけで、たとえば私って体毛も剃れない。剃刀負けは皮膚を焦土にするし、シェービングフォームにもかぶれちゃう。開き直って放置しても自分がみじめになるだけだから、頑張って毛抜きで一本一本抜くんだけど、柔っこい産毛までいちいち処理してられないじゃん? と言いながらマスクを外すと口の周りに赤いただれの帯ができていて、なるほどこれはあたしたちの年齢では死活問題だと思った。
「おかげで対面恐怖症。だいぶマシになったけど。今でも非リアルのほうがずっと居心地いいです。ナスチカのファンが集まるアカウントなんだけどね」
 彼女はそこで裏アカウントをつくり、元のフォロワーからさらに二十人前後まで絞られた世界に入り浸って、ほとんど作家と関係のないつぶやきを交わしあう青春を送っていた。インターネットは彼女にとって世間一般に言われるほど無情な世界ではなくて、匿名の悪意や誹謗中傷といったものは鍵アカの柵を築いてしまえば、現実でそれらに事故的にさらされるよりもよっぽど安全にすごしていられた。そこでのゾエはいつもちょっとだけ背伸びをして、ただれた口元をマスクで隠しながら本を読んでいるのも知られることなく、読後の聞いてほしくてたまらない感想も、孤独な部屋の壁にではなく、弾力も温度もある〝集団の気配〟へと吐きだすことができた。
「だからリアルの免疫なし。地雷のせいでいろいろ迷惑かけちゃうと思うし、声をかけてもらったのは嬉しいけど、いきなりハードル高すぎ」
「ほとんど、あたししかいないんだけど」
「うーん、だけどすでに部活に属してるようなもんだし」
「それな。リアルの文芸部のアドヴァンテージ、あたしも挙げらんない」
「今はそうだよね、創作するにしても、投稿サイトじゃだめな理由は?」
「ないね」
「映研や演劇部とちがって一人で書くもんだしねー」
 きょうびブログにでもサイトにでも自作をアップできるし、おなじ趣味の人とも集まれる。だったら文芸部の存在価値ってなに? というのはよく言われるところだった。だけど遥帆とのことがあるからなのか、あたしは顔と顔を突きあわせた創作の熱の交換に、どうしても惹きつけられてしまう――願わくは現実の文芸部でなくてはできないことを、その理由を見つけたいとも思っていた。
「だけどあたしも、リミッター外して小説の話ができる相手は初めてだし。簡単には引き下がれん。今年の部誌を制作する目標もあるし、あなたの批評性は欲しいです。一年だけやってみない? 地雷持ち同士ってことで」
「あなたにもあるの、地雷?」
「けっこうめんどい家(いえ)系のが。だけどそういうのこそ創作にはウェルカムなんじゃないかな。だれかの地雷を踏んだり、取り除いたりできるところにリアルの醍醐味ってあるのかな。わかんないけど。今、思いついたことだけど」

 たえまない中谷泰樹のLINEメッセージはスルーしつづけられなかった。
 あまり認めたくないけど、たしかに文字情報のやりとりにこそ中谷泰樹は本領を発揮した。実際に話すよりもずっときめ細やかで、うわついてなくて、間隔の空けかたや自然と聞き手にまわってくれるあたりは、こなれているというしかなかった。
「ちょっと心当たりあるから。今度、部室に顔を出すように言っとくよ」
 文芸部の部員集めをなぜか気にかけている中谷泰樹が、あたしのアンテナではキャッチしきれなかった候補者とひきあわせてくれた。夏期講習が終わる日、部室に現われた高等部一年A組の本城祐真(ほんじょうすけまさ)は、高一にして投稿サイトの常連だという実作者だったが、プライドが高くてあつかいにくそうだった。
「おれも読んだけど、けっこう出来よくないか」自分も結局ついてきた中谷泰樹が言った。「そりゃまあ、イイネはつけづらいけどさ」
「投稿された作品は、ホラー系が多いのね」
「タイジュ先輩、これってなんすか、面接?」
 頭は山火事のようにぼさぼさで、目には赤い縁取りがあった。教科書にメランコリーな澄まし顔を載せている文豪が現代によみがえったような風貌だった。詳しく聞かされてはいなかったようで、中谷泰樹にいぶかしげな表情を向けている。
「お眼鏡にかなったとして、おれにメリットは? OBの有名作家と会えたりするわけ」
「とくにそういう卒業生はいないみたいだけど」
「だったら集まる意味って? 部室で肩を並べて書くわけじゃないんだろ。構想練ってるときに余計な口出しされると、それだけで小説が長編一本ぶん消えたりしちゃうんだよ」
 本城祐真もやっぱり文芸部の存在意義論にふれてきた。部室に顔を出してくれるようになったゾエが居心地悪そうにマスクをずりあげる。あたしたちは事前に聞いて〝NOVEL BABEL〟にアップされた数編を読ませてもらっていた。たとえば『アルマジロ狂』という短編は、奇縁からミツオビアルマジロを飼うことになった陰気な男が、飼育に熱中するうちにだんだん感情のフラットさを失っていって、部屋でも屋外でも急に膝を抱いて胎児のようにうずくまる姿勢を取るようになり、精神状態も皮膚感も身体そのものもだんだん変容していっちゃう。男を治療しようとするカウンセラーの目線で物語はつづいて、だけどアルマジロのように丸まった状態を見ると多くの者は自分もやってみたくなる。模倣者はどんどん増えていって……というホラーとも純文学ともとれそうな怪作だった。
 他にもいっぱいあった。『ゴールデン・テンプルズ』なんてすごい。放火魔たちの隠れネットワークがあって、年に一度行われる全国大会(?)のために古都に集まり、競いあうように公共施設に放火。死者を出さないという鉄則を守りつつも、それぞれの犯行を芸術作品のように批評しあう。男女問わず、火をつけることで性的な興奮を得る者もいて、彼らは大会の開催期間の終わりに、あの有名な寺院を再び焼き落としにかかる、というアンモラルっぷり。最も文字数の多い『贄(にえ)』という作品にいたっては、十代のころに誘拐された経験のある女性が、過去のトラウマから仕事をなくし、不眠や悪夢に悩まされ、社会復帰できずにやがて男児を誘拐するようになるというあらすじのスリラーで、これについてはあんまり言及したくない。物語そのものが女性を侮辱するような悪趣味な思考の上に立脚している、とゾエも言ってたし。とはいえ問題作として閲覧数は稼いでいるし、読む者の背筋を寒くさせるような迫力のある筆致も、不意打ちの多い構成力も、十五歳とは思えない高い水準にあることは疑いようがなかった。
「諸先輩がたは虫が好かないですか」片頬を吊り上げるように本城祐真は嗤った。「ですよね、ネットの読者層も男に偏ってるし。グロテスクなポルノグラフィだとかコメ残されたこともあるし」
「あんまりこういうのは、読みなれてなくて」
「もったいない。ホラーにこそ小説の真髄があるのに。日常を脅かす存在を描くことで、小説の可能性を極限まで推し進められるんですよ。ほとんどの作品がこけおどしの愚作か、ヒット作の二番煎じか三番煎じだけどね」
 滔々と述べたてる本城祐真。彼自身には内部進学の先輩である中谷泰樹に言われて部室に来てはみたものの、冷やかし程度のつもりしかなかったようで、
「だいたいこのなかのだれもちゃんと小説書いたことないんでしょ? だったらおれが入部するなり部長ってことになっちゃうけど、そんな重責は背負いきれないっす」
 とか揶揄してくる。くそ、なんか悔しい。ひょっとしたらこの人選自体が、中谷泰樹のいやがらせなのかもとすら疑ってしまった。
「なんか書いたらサイトに上げてくださいよ、読ませてもらうから」
 本城祐真が〝NOVEL BABEL〟の登録方法を語りだしたので、あたしは思わず「知ってます」と口走った。中学時代の友達が投稿してたからって。へーなんて作者? と聞かれたのであたしは〝ハルポ〟というハンドル名を教えた。
「あたしはその小説を読まなかったら、たぶん文芸部にも入ってなかった」
「ふうん」と中谷泰樹が言った。「ハルポって女なの? 知ってるかスケマサ」
「ハルポってあの『ワールドB』を書いた……」
「そうです、その作者」
「へーえ、あそう。あれはまあ……なかなかのもんだったよね」
 本城祐真は、ある時期〝NOVEL BABEL〟を席捲した遥帆の代表作を知っていた。あたしが今でも読みかえす長編ファンタジー小説を、遥帆は十四歳のときに書いた。
 第二の世界、ワールドB――
 あたしたちの世界とは別の次元に存在している世界。
 インフラはまだ完成しきっていないが、すべてのifが顕現している世界。
 通路を開ける能力者〝門番〟たち。真新しい世界の天地創造に加担する者たち――

 投稿しはじめのころ、十四歳なのに手堅くまとまりすぎていると評されてもいた遥帆は、この『ワールドB』で閲覧数を二桁は飛躍させた。もしかしたら本城祐真も、熱の渦のようなハルポの作品群に〝感染〟させられた読者の一人だったのかもしれない。あれはマシなほうだった、けっこう書けてたよね、と言葉を濁しながらも現在の遥帆がどうしているのかを知りたがり、なしくずしに部室に居座るようになった。
 たいていそこに、中谷泰樹もついてきた。
  
 多摩川の花火大会があって、あたしは中谷泰樹のペースに乗せられるかたちで一緒に出かけることになった。淳平と璃花が行きたがったので、とくに浴衣で着飾ったりしないで普段着のままで出かけていった。
「チロ子ね、いいじゃん。おれもそう呼ぼう」
 六郷土手がとんでもなく混雑していたので、河川敷の会場から離れたマンションの屋上から花火を眺めた。中谷ん家の知り合いの持ちビルだそうで、咲き乱れる小玉や大玉の打ち上げ花火を、西手の建物の向こうに眺めることができた。
「そのハルポちゃんって、チロ子にとっていちばんの重要キャラっぽいね」
 あたしはなぜか中谷泰樹には、いろいろと打ち明けすぎてしまう。ちょっとは自制しようとするそばから人には話さないことまで話してしまう。なんで? 信頼してるとか特別視してるとかじゃないんだけど、いまひとつ理由がわからない。
 弟と妹の相手をしながら、花火が一発上がるごとにあたしや中谷泰樹が、本城祐真が、競うように掌編や短編になりそうなアイディアを披露して、それにゾエが短評をつけてくれる。花火師たちのノワールな抗争とか、火薬と一緒につめられて夜空でフライになっちゃう魚の寓話とか……ヘンなはなし! と淳平や璃花にからかわれながらもけっこうウケている中谷泰樹にあたしは嫉妬を感じる。同族嫌悪みたいなものか、このナンパ男は本当に息をするように虚言=物語をまくしたてるんだな、これはマジだなと思って、するとあたしのなかで疼きつづけている感情が堰を切ったようにあふれだす。どうしても書きたい、物語を形にしたい――
「おれもやってみるかなあ」そこで中谷泰樹が口走った。
 なにをやってみんの? と淳平に訊かれた彼はどういう風の吹きまわしか、
「姉ちゃんとおなじ部活をだよ」
 と答えた。魂胆を言えとあたしは思わずにいられなかった。
「だって文学だけはアウトだとか、ぼろかす言ってたくせに」
「興味ゼロとは言ってねえし。なんかメンツも揃ってきたし、ぼちぼち退屈しなさそうだし」
「創作は、モテのためなんでしょ。卒業したら社会不適合者になるとかって」
「一周まわっていいかもってことあるじゃん。今から一年だろ? 帰宅ナンパ部は返上して、姉ちゃんもすなる小説というものをおれもしてみんとてするなり」
 三十秒ほど夜空は静まりかえっていたが、すぐにまた傘を開くように光って、祝祭の彩りを取り戻した。打ち上げ花火が上がるごとに、あたしたちはたしかにおなじ熱に感染していた。
 あたしたちの時間は有限で、猶予はもうそんなにない。あたしだけじゃなくだれだって、明日か来月には親に異変があったり、バイトをはしごして稼がなきゃ暮らせなくなるかもしれないんだから。あと一年――ナンパ男と書評ガールと、ホラー小説の若き巨匠とともに、物語を形に残す手段を探してみよう。
 できあがったそれを、遥帆、あたしはあなたに読ませたい。ここにはいない疎遠な親友に。あなたはどうしているんだろう、かれこれ二年はサイトの更新も止まっているし、愛用のノートPCも領置調べとかで持っていかれちゃっているのかもしれない。女子少年院にはたとえば文芸部なんてないのかな?

(つづく)

前の回へ / 連載トップへ / 次の回へ

第1金曜日更新予定
更新情報は編集部のTwitterでお知らせしています。

真藤順丈(しんどう・じゅんじょう)
1977年東京都生まれ。2008年『地図男』でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。同年『庵堂三兄弟の聖職』で日本ホラー小説大賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で電撃小説大賞銀賞、『RANK』でポプラ社小説大賞特別賞をそれぞれ受賞。2018年刊行の『宝島』で山田風太郎賞と直木賞を受賞。他の著書に『バイブルDX』『畦と銃』『墓頭』『七日じゃ映画は撮れません』などがある。
MOTOCROSS SAITO(モトクロス斉藤)
Twitter:@moot_sai
うれしいです!
3
HB(エイチビー)は、集英社グループの出版社・ホーム社の文芸サイトです。2017年11月にサイトを立ち上げ、2020年にnoteへ引っ越してきました。小説やエッセイを中心に、毎日をより楽しく過ごすための、さまざまなコンテンツをお届けします。

こちらでもピックアップされています

連載 真藤順丈 ヴンダーカマー文学譚
連載 真藤順丈 ヴンダーカマー文学譚
  • 13本

「夢にすがることは、万能の薬でも尊い美徳でもなんでもない」 新人賞4冠受賞。売れないどん底時代から、直木賞受賞――物語に憑かれた「憑依型作家」が本領を発揮する、小説家ワナビーたちの数奇な群像劇。栄冠は、誰の手に? 金曜日更新 Animated GIF/MOTOCROSS SAITO