ケーキの故郷|千早茜「こりずに わるい食べもの」第12話
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ケーキの故郷|千早茜「こりずに わるい食べもの」第12話

 ここ最近パフェにかまけているが、もともとは洋菓子好きだ(パフェも洋菓子ではないかという指摘が入りそうだが、あくまでパフェはパフェという独立した文化の甘味という認識で進めさせてもらいたい)。チョコレート、焼き菓子、コンフィチュール、砂糖菓子……なんでも好んでいるが、日持ちのしないケーキはやはり洋菓子の花形だと思う。

 よくパフェの美しさを建築物にたとえる表現があるが、スポンジやクリームやムースといった、熱に弱く指先でいともたやすく破壊できるような素材を層にして飾り、自立させるという点において、ケーキの構造美には畏敬の念すら覚える。息を詰めて箱詰めを見守り、首のすわらない赤子を抱くようにして持ち帰る。そうして大事に大事に皿に移したケーキがフォークの先で儚く崩れる瞬間は、あまりに官能的でいつもくらくらしてしまう。その背徳的な美しさを文字にしたくて『西洋菓子店プティ・フール』という物語を書いたくらいだ。

 しかし、ケーキは手強い。よほど小さい店でない限り十種類から二十種類、もしくはそれ以上のケーキが毎日陳列される。パフェでは考えられないことだ。本当はショーケースの端から端まで「ぜんぶ」と注文し、食べてしまいたいところだが、当日賞味期限のケーキを毎日、十個以上食べ続けるのはさすがの私でも胃と財布がもたない。おまけに、東京のパティスリーは京都とは比べものにならないほど多かった。食べても食べても食べ尽くせない。落ち着いてゆっくり制覇していこうと決め、最近は「外出のついでのみ三個まで」というルールで買い求めている。大人になったものだ。

 洗練されたケーキは美しい。色鮮やかな地層のような断面、切りたてのように濡れて光るフルーツ、立体的に絞られたクリーム、泡のようなムース。そんなものをでて口に運べるのは幸せだ。けれど、ときどき無性に欲してしまうケーキがある。
 ひとつは、今はなき京都「桂月堂」のブランデーケーキ。私は「ギンガミ」と呼んでいたし、店の人にもそれで通じた。スポンジケーキに甘いブランデーの香りのするシロップが浸みこんだ四角いケーキで、外側が金色のホイルに包まれていた。ただそれだけのシンプルさ。シロップは下のほうに溜まってしまって全体的にスポンジがぱすぱすしている。ロールケーキも、バタークリームしか挟まれていない。苺ショートも、栗の甘露煮がのったチョコレートケーキも、アルミホイルの上でごろんとしている。それがなんだか良かった。スーパーの袋を持ったまま寺町通りを進み、ビニール袋で持ち帰り、むしゃむしゃと気負いなく食べられた。

 もうひとつは、大学生のときにシアトルのスーパーでよく買っていたチョコレートケーキ。当時、父がシアトルで働いていたため長い休みがあると渡米していた。チョコレートケーキは真っ黒でべったりした重い生地に、これまた真っ黒で重いクリームが挟まっている。またも、それだけ。どちゃっとしていて、脳天が痛くなるほど甘かった。砂糖が溶けきってないのか、ちょっとしゃりしゃりするのに、ほんのりとしょっぱい。私と同じく羊羹の一本食いができる甘党の父ですら、「なんだこれ、砂糖の塊だな」と降参した代物だったが、私は「うわ、甘。うー、甘いわ」と言いながらちまちま食べて笑っていた。甘さもカロリーも見た目も悪魔の食べもののようだった。あのチョコチョコどかん、ちょっとしょっぱい、が堪らなく恋しくなるが、日本で出会えたことがない。この国にはあまりいい加減なケーキがない気がする。

 先月、熱海に行った。ストリッパーをしている友人のショーを見るためだった。初めて訪れた熱海は坂道と階段だらけの不思議な温泉街だった。もう何度目か知れない新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言下で、ほとんどの店は閉まっていた。人のまばらなシャッター商店街を抜け、あちこちからもうもうと湯気がたつ曲がりくねった道を歩いていると異世界にきたような気分になった。

 文豪の愛した地ということで、歴史のある店が多かった。志賀直哉が好んだビーフシチューを食べに老舗洋食屋へ行ったが、やはり休み。すると、友人がケーキを食べようと「モンブラン」というケーキ屋に連れていってくれた。看板の「仏蘭西洋菓子」の文字でもう好感を持つ。ショーケースには七種類くらいのケーキしかなかった。まだ午前中なので、谷崎潤一郎が愛したというモカロールはなかった。ケーキはどれもアルミホイルでぐしゃっと包まれている。店名になっている「モンブラン」はサヴァランの上に生クリームがどたっと盛られたものだった。いい感じに雑だ。そして、レトロだ。苺のショートケーキとチョコレートケーキを頼む。運ばれてきたケーキはくっきりと白と赤と黒で、支え合うようにして皿に載っていた。アルミホイルを剥がすと、ケーキの側面にはクリームが塗られておらず、かすかに傾いでいる。「わーよれよれ!」昂奮して声をだし、苺ショートをひとくち食べる。「もろもろのスポンジ!」「どちゃっとしているね」と友人とはしゃぐ。まったく褒め言葉じゃないような擬音がたまらなく似合うケーキだった。いまにも崩れそうなのに安心感がある。まるで、イメージの中の母親が作ったような。そして、チョコレートケーキは生地もクリームも真っ黒で、それ以外の要素はなく、ほのかにしょっぱかった。出会えた……と感動に打ち震えた。

 洗練された洋菓子はいい。完全美をそっと壊す悦びは洋菓子の醍醐味だ。けれど、熱海に洋菓子の故郷ふるさとがあった。その日は夕方にまた店に行き、モカロールを持ち帰った。バタークリームのみの素朴な味だった。「桂月堂」を思いだし、切なくなった。
 無骨な母性に浸りたくなったらまた熱海に行こうと思った。「モンブラン」、どうか末永く在り続けて欲しい。

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illustration 北澤平祐

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連載【こりずに わるい食べもの】
毎月第2・4水曜日更新

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神いおがみ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『さんかく』『ひきなみ』などがある。
Twitter:@chihacenti

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