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コルセン|渡辺優 パラレル・ユニバース 第19話

 これまでいろいろなお仕事をしていろいろなお仕事を辞めてきましたが、つらかった労働第一位はぶっちぎりのダントツで、コールセンターのアルバイトでした。今思い出しても無限に文句が湧いて出ます。嫌だった点をぐちぐち書きたいと思います。

 私が働いていたのは、某携帯電話のカスタマーサポートセンター。私は受信担当のオペレーターでした。こちらから電話をかけるのではなく、お客様からかかってくる電話を取る人間。お問い合わせの内容は、「契約プランを変更したい」とか、「先月の電話料金を知りたい」とか、「急に請求料金が高額になったのですけどどうなってるんだ」とか、「何もしてないのにスマホが壊れた」とか、「殺すぞ」とか、さまざまでした。

 急にそんなお問い合わせを受けても素人にご案内できる内容ではありませんので、新人はまず一カ月、みっちりと研修を受けることになります。
 同期として採用され一緒に研修を受けたアルバイトは三十人くらいいました。学生、フリーター、主婦や主夫、リタイア後のご老人など、あらゆる人間がコールセンターの高時給につられてわらわら集まってきていました。そんな人数が一室に詰め込まれ座学で研修を受けるわけで、さながら学校の授業のよう。皆すぐに打ち解けて仲良くなり、毎日楽しかったです。楽しかった最後の思い出です。

 研修が終わると、皆早速それぞれのシフトに組み込まれます。シフトというか、システムに組み込まれます。コールセンター・システムの一部になるのです。
 実際に仕事が始まるまで知らなかったのですけれど、コールセンターとは人間よりもシステムが偉い、すべてがシステムによって管理される、システムの管理のために人間が在る、システムに支配された世界なのでした。

 人間は出社し席に座ると、まずヘッドセットを装着し、PC端末にログインし、某社オリジナルのシステム様に出頭を知らせます。するとシステム様が画面端でカウントダウンを始めます。三百秒以内にマニュアルや資料、前日の周知事項の確認等すべての準備を済ませ、お客様からの電話を取れ、という。
 カスタマーサポートに電話をかけたことがある方ならわかると思うのですが、コールセンターとは基本的にいつもめちゃくちゃ混み合っていて電話がつながりづらいものです。あれは別にオペレーターたちがへらへらお菓子とか食べながら「また鳴ってるー(笑)」みたいなノリで仕事をしているからではなくて、オペレーターの数に対して電話をかけてくるお客様の数がめちゃくちゃ多いので普通にめちゃくちゃ混んでいてめちゃくちゃな状態だからです。なのでシステム様はとにかく人間に次から次へ電話を取らせようと、画面端でねちねちカウントダウンをしてきます。

 カウント内に電話を取らないとどうなるのかというと、ヘッドセットが爆発します。というのは嘘なのですけど、すごく怖い管理者が「○○さん! なにやってるの! はやく受電! 受電受電受電!」と叫びます。爆発の方がマシですね。この管理者は人間なのですけれど、どちらかというとシステム寄りの立場なので他の人間たちから嫌われていました。システムの手先め。
 同様に、「一本のお問い合わせは三百六十秒以内で終了させるべし」という目標秒数も定められており、このカウント内にご案内を終えられないと「○○さん! はやくお話まとめて! 切電切電切電!」と手先の人間が叫びます。

 ちなみにカウントを過ぎてしまったマイナス秒数もすべてカウントされ、毎日その蓄積ランキング的なものが公開されていました。マイナスを多く出す人間はシステムを乱しお客様を待たせ他のオペレーターの負担を増加させる憎むべき罪人として処刑されます。プラスを多く出せる優秀な人間はちょっとしたお菓子などがもらえます。

 我々オペレーターは皆等しくノイローゼ気味でした。
 勤務時間は休憩時間を除き一日八時間。毎日八十本前後の電話を取り、『お電話ありがとうございます。わたくしカスタマーサポート○○が承ります』と唱え続けるいちにちが来る日も来る日も続くのです。
 ピザって十回言って? みたいな十回ゲームってあるじゃないですか。「ピザ」という短いワードを十回口にしただけで、ひとは膝と肘の区別がつかなくなる生き物です。『お電話ありがとうございます。わたくしカスタマーサポート○○が承ります』って八十回言って? みたいなゲームを続けているとひとの心は病んでいきます。
 通勤の車の中でもずっと『お電話ありがとうございます、わたくし……』とぶつぶつ繰り返してしまい止まらないというひとや、プライベートで我が子からかかってきた電話にも『お電話ありがとうございます』と出てしまうというひと、『お電話ありがとうございます』という自分の寝言で目が覚めるというひと、部屋でひとりくつろいでいるとき、全くなんの脈絡もなく『うーん! お電話ありがとうございます!』と口走り恐怖を感じたひと(わたし)など、その症状は様々でした。
 プラン変更の際の注意点を三十回説明して? キャンペーン商品の欠陥を四十回謝罪して? 安心オプションへの加入を六十回お勧めして? うるさいうるさいうるさい。

 そんな中、私の癒しとなっていたのがクレーマーの方々の存在でした。クレーマーは、ひたすら料金体系の分かりづらさへの文句を言ったり、ショップの店員さんの悪口を言ったり、こちらの態度が気に入らないと怒鳴ったり、理由はよくわからないけれどとにかくブチ切れていてひたすら殺すぞお前を殺すぞと繰り返したりと、様々な方がおられました。しかし彼らには共通する点があり、それは「システムより強い」ということです。
 彼らのイレギュラーなお問い合わせの前では、システムもカウントを止めました。何秒以内に、なんていうシステムの考えた理想の世界での目標はクレーマー様の前では意味をなくし、我々はただ「穏便に電話を切る」というその一点を目指すこととなります。マニュアルに添った丁寧なご案内もややこしい説明も必要なく、ただお話を聞けばいい。システムの手先である管理者も「ああ……頑張って」とこのときばかりは同情してくれます。
 私は電話越しに罵倒されるのが割と平気な性質(たち)でしたので、システムに追われながら何度となく同じ説明を繰り返すより、ヘッドセットをちょっと離してただ淡々と相づちを打っている方が楽でした。私にとってクレーマー様はボーナスキャラクターのような存在となり、電話を取ったときにお客様がキレていると「やったー! 休憩タイム!」と嬉しく感じるようになりました。私は適宜話を盛り上げクレーマー様の通話をできるだけ引き延ばそうとすら努力しました。

 しかし罵倒されるのが普通に嫌だという多くの同僚たちは、心の限界と共に辞めていきました。同期が減りに減って寂しくなった私ももうこんなバイトほんとやってらんないのでとっとと辞めることにしました。退職手続きを済ませ、コールセンター・システムから解放されたその日のすがすがしさを今でも覚えています。良く晴れた水色の空の、気持ちの良い午後でした。

 長々書かせていただいたのですけど、なんだかこうして色々思い返してみると、また久しぶりにちょっとコールセンターとかやってみても楽しいんじゃないかなという気持ちです。過去から学ばない。これだから人間は駄目ですね。

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渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter@YUNICO_UCHIYAMA

※この記事は、2020年5月7日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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