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ナンパ男は散弾銃のように|真藤順丈 ヴンダーカマー文学譚 三人目②

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前回まで:新設された公募エンタメ文学賞〈ヴンダーカマー文学賞〉を狙うことになる三人目は、文芸部員の高校生・伊藤千世子。妄想癖がある彼女は、いつも「お話」を空想しているが、小説は書けないでいる。
ある日、駅前に同じ高校の男子が集団でいるのを見かける。
Animated GIF/MOTOCROSS SAITO
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「うわー、ほんとうにやってるんだ……」
 彼らはナンパに励んでいた。十代から二十代ぐらいの道行く女性に声をかけている。実際に現場を目の当たりにすると、この手の男子に語りかける言葉をあたしは持たないことに気づいた。だからしばらく植栽の陰に隠れて様子をうかがった。
 帰宅部の男子のグループだった。あたしには不可解なモチベーションに衝き動かされてこれからどこかで遊びませんか、今日が難しければLINE交換しませんかと精を出している。成功率はかんばしくないようだったけど、そのなかでも健闘しているひょろりと背の高い男子生徒がいた。
「こんなふうに路上で声かけてると、マジで馬糞踏んじゃったみたいな目で見られるんだけど、だけどちょっと待ってください、お姉さん」
 他校の女子ではなくて年上狙いなのか、さすがに無理筋と思えるようなキャリアウーマンやフェロモン過多の主婦、英会話スクールから出てきた黒人女性にまで秋波を飛ばして弾道ミサイルのように飛んでいく。そしてブリザードのように凍てつく蔑視を向けられても、完膚なきまでにガン無視されても、ひるむことなく散弾銃のようにしゃべりまくるのだ。
「おれたちは地元の高校生であって馬糞じゃないです。おれたちって夜のクラブとか行けないし、インカレとかの交流の場があるわけでもないし。路上で草の根運動するしかないんですよ。ただでさえ模試だの受験だので毎日ブルーで、こないだも校舎の屋上から同級生が飛んじゃった。おれたちみんなヘコんじゃって、このままずっと問題集と向き合って青春終わるのが怖くて、このまま受験勉強と心中するんでいいのか。投身自殺をしないで済む方法を知るための、お姉さんはおれたちにとっての問題集なんですよ。解かしてください!」
 彼、中谷泰樹(なかやたいじゅ)のクラスで飛び降り自殺が起きた事実はない。つまり彼は自分の話に誘いこむために虚構を滑りこませたわけだ。噓八百ともいうけど、虚言癖と物語生産マシーンは紙一重かもしれない。他にも年上女性を呼び止めては「知ってますか、この陸橋でずっとお父さんの帰りを待っていた男の子が……」「ミトコンドリアのハプログループでいうと親戚ですね」「あそこのデパートの屋上でUFO二回見たんですよ」とあることないこと話を創っている。母性本能をくすぐるように年下の生意気さを盛りつけて、わざと突っこみやすい馬鹿話を吹かしているふしもあり、十人に声をかけたら三人か四人は立ち止まらせることに成功していた。
 あたしはどうしてこんなものを見にきたのか? こちらから声をかけようとは思っていなくて、ちょっとした視察ぐらいのつもりだったけど、物陰でこそこそしすぎて、異性の気配に敏くなった中谷泰樹に見つかってしまった。
「ごめん、名前は憶えてないんだけど。三吉とかと一緒にいる子だよね、もしかしてずっと見てた?」
 千本ノックのようなナンパの連続でめっきり口の滑りがよくなったのか、校内では相手にしたことのないあたしにまで話しかけてくる。
「あの、あたしはちょっと、このあたりを通りかかって……」
「たしか文芸部の。できれば他の女子には黙っておいてもらえるかな」
「え、はあ」
 たかだかナンパ男にへどもどしてしまう。脱色した髪、獲物を探す目つき、ひょろ長くてしなやかな手足もあいまって野生動物めいている。中谷泰樹はずっと屋外で活動しているからか、陽差しをたっぷり吸いこんだ夏の緑のにおいがした。
 もしかしておれら探しにきたんじゃねえの、と他の男子が口走った。あたしはますます気まずくなって、さっさとUターンして帰ろうと思ったけど、だけどここまで来て引きさがったら今後も声をかけづらくなるだけだし、思いきってこちらの要件を切りだした。
「あの、中谷くんの部活はこれですか。……文芸部に興味はありませんか」
 言ったそばから、わあ、なんでこんな見当ちがいなこと言ってるんだ、と顔から火を噴きそうになった。
 あたしが中谷泰樹に目をつけたのは、学校の廊下で立ち話を盗み聞きしたのがきっかけだった。彼はその日、自分がどうしてときどき山から下りてきたばかりのような、荷物でぱんぱんのリュックサックや手提げ鞄をたずさえてナンパに臨むのかを解説していた。彼曰く、自分はいまナンパのためにこの場に張っていたわけじゃありません、これから旅に出るところ、あるいは戻ってきたばかりで、そういう移動時にもかかわらず声をかけずにいられなかったという演出の小道具であるという。これだけでも相手はかなり好意的に警戒を解いてくれるのだと力説していて、「こいつバカだな」とそのときは思ったけど、なかなかどうしてさりげなくて実効性も見込めそうな、けっこう考え抜かれたストーリーなんじゃないかと家に帰ってから認識をあらためることになった。
 それからことあるごとに中谷泰樹の噂を嗅ぎまわった。彼はうちの校内で人気の高い女子にも粉をかけていて、二年A組のある女子にはLINEでほぼブログの量の文章を送りつけていた。近所の野良猫を撮った写メに添えて、エッセイのような小説のような猫の物語を十数回にわたって連載していたらしい。これがウザがられずにまさかの好評を得て、その女子とは四ケ月だけ付き合えたらしい。
「なんかよくわかんねーけど、おれ文学少女にモテた?」
「えっと、モテとかとは関係なくて、文芸部はいま部員が少ないので……」
「それで、なんでおれ?」中谷泰樹は吹きだした。「おれたちみたいなのが文芸なんてどうしてやると思った? 悪いけどたかだか小説ごときにごちゃごちゃ言うのってマジ意味不明っていうか。本を読んでるだけで上から目線のやつら、おれらと関係ねえところで勝手にやっててねって感じだし。おたくらの情熱を否定するわけじゃないけどさ、おれらより数段上の人生を生きてるような面をしないでっていう」
「……べつに、上から目線の人なんていないですよ」
「世間一般のイメージはそんなもんでしょ。男はみんなオナニーなんてしませんって面だし。女もそうか? そのくせラッキースケベは期待してそうだし」
 男子たちがあざ笑う。あたしはそこではじめて中谷たちに敵意を感じる。すぐにそういう話題で場を沸かせようとする男子の男子らしさはすごく苦手で、たった一言であほらしい下ネタ基調の世界観に引きずりこまれるのは我慢がならなかった。
 こっちが悪かったです、はい。完全に人選を誤りました。「ナンパの邪魔してすみません」とその場を立ち去ろうとしたが、
「てか、そういうとこだし。くだらない議論はしてらんないっていう陰キャっぽさ? あのね、そんなスカウトに励むほど文芸活動にのめりこんじゃってたら、卒業して社会に出てからだれとも付き合えなくなるよ」
「はあ? どうしてそうなるの」
「もしかして認識ない? 普通の若者は文芸なんてどうでもいいわけ。恋愛やバイトや就職でめいっぱいなのに、なにが哀しくてわざわざ他人の妄想につきあわなくちゃならないのって。たいていみんなそう思ってるでしょ」
 うわあ、部活どころかジャンル否定。ここまで話が嚙みあわないとは思わなかった。踊ってみたりとか歌ってみたりとか、そういうのはどれもオッケー。だけど〝書いてみた〟だけはアウトと中谷泰樹はつづけた。どうしてそこまで言われなくちゃいけないのか、あたしは彼の隠れたコンプレックスか何かを逆撫でしたりしたのだろうか。
「……あなただって、猫の短編書いて送りつけてるじゃん」
「なんで知ってんだよ。てかそれは、実益を見込んでのことだから」
「女の子を口説くために?」
「健全な話じゃん、他にどんな目的があるんだよ」
「あなたは創作ができる人だと思ったんです。他人にストーリーを伝える素質というか、物語を作ることに打ちこめる人なんじゃないかって……うちの学校にそんな人は見当たらないから」
「だから文芸部に誘おうって? それってめちゃくちゃ飛躍してるでしょ」
「だけどもういいです。あたしは自分の見識を疑ってます。どうしてこんなチャラ男と部活に励めるかもって思ったのか。たしかに土台、ありえない話だった」
 あたしは言葉を嚙むように下唇を嚙んだ。時計を見ると六時を回っている。迎えの時間がせまっていた。この最悪のファーストインプレッションを戒めにしようと思いながら改札に向かおうとしたけど、中谷泰樹はまだ難癖をつけたりないのか、しつこく横にくっついてきて解放してくれず、あげくに「いちおうLINE教えて」とたわけたことを言いだした。
「おれってホラ、むしろメッセージ交換で親交を深めるタイプだから」
 そう言って歯を見せて笑う。ここまでのやりとりでどうしてアドレス交換ができると思えるのか、どれだけ図太いわけ? 急いでいたのであとで着信拒否すればいいやとIDを教えた次の瞬間、あたしのスマホが鳴って、ぴょこぴょこ跳ねるハートのスタンプが表示された。

 惣菜をレジ袋から出して、温めなおした生姜焼きに添えて食卓に並べる。それから淳平と璃花をお風呂に入れて、九時前には寝室に行くことができた。
 わが家には、寝かしつけの儀式がある。
「電気消すから、絵本はもうおしまい。お話してあげるから」
 お姉ちゃんによる、夜ごとの寝物語だ。
 これがないとスムーズに寝ついてくれなくなっていた。
 常夜灯にするので読み聞かせはできない。そこであたしは、頭のなかででっちあげたお話をそのつど語り聞かせるようになった。もしもあたしに物語を起ち上げる能力が少しでもそなわっているとしたら、大げさでもなんでもなくそれはこの夜ごとの儀式でつちかわれたものだった。
 伊藤家にかぎっていえば、あたしはシェエラザード級の語り手なのだ。語り部界最強のワンダーウーマンについては端折ってオーケー? 『千夜一夜物語』に出てくるシェエラザードさんは、第一王妃の不貞でトチ狂った王様の暴虐を止めるべくすすんで王と結婚する。この王様、女全般への恨みつらみをこじらせて、毎日処女と結婚しては翌朝にその首を刎ねつづけていた! そこで立ち上がったシェエラザードさんは、夜な夜な終わらない物語を語りつづける。王様はつづきが聞きたいので彼女だけは殺さない。すなわちつまらなくて眠たくなるお話をしてしまえば、シェエラザードさんはあくる日を迎えられなかったのだ。
 生き残ることと物語ることが等号で結ばれて、彼女はたくましく千と一夜を語り抜く。あたしは? かれこれ千夜以上は儀式をつづけてるけど、あくまでも寝かしつけなので、厳密にはシェエラザード姐さんとは逆ですね。今、気づいたけどね。
 だけど生きるためではある。儀式にはちょっとしたコツがいるのだ。筋の面白さを意識しすぎていては語りが滞る。そもそも面白すぎたら弟と妹は寝ないわけで、眠気を誘うためには脱線をためらわず、前後の脈絡を飛ばしてジャンプ・ジャンプ・ジャンプをくりかえすのがいい。浅い眠りに見る夢のように、エキセントリックな支離滅裂も恐れちゃいけない。これって言い換えれば、あたしがどうしても小説を書けないのは、夢のようにイメージの繚乱にまかせて脈絡なしの物語ばかりを語ってきたからで、整合性を保って筋道を追う能力を欠いているのかもと省みたりもしちゃう。
 ちいさな子の吐息と、お風呂上がりにまたかいた汗のにおい。きよらかなそれらを身近に感じながら、語り聞かせているうちに自分でも眠くなってきて、添い寝したまま寝落ちしちゃうのが常なんだけど、その日は深夜に帰ってきた母親に起こされる。母は寝床のそばの携帯の充電ケーブルに足をひっかけて転び、のしかかるようなかっこうで、寝たふりをつづける娘をぶんぶん揺さぶった。
「ねえってば、おつまみどこにあるかわかんない」
 夜の仕事でもお酒は飲めないので、母は帰ってきてから毎晩飲むのだ。あたしはしかたなく寝床を這いだして、惣菜の残りをチンして晩酌のお供に出してからまた布団に潜りこんだんだけど、しばらくして今度は洗面所から呼ばれる。プルタブの空いたビールの缶を洗濯機に置いて、下着を脚から抜いた母は、下半身すっぽんぽんになっていた。
「お母さん、ずっとお腹が痛いんだよ」
 あたしの母は薬品の卸売会社の事務をやっていて、父が出ていってからは夜の運転代行の仕事もこなしている。ひとり親世帯向けの手当てをもらってギリで保っている生活にすり減るのか、母はことあるごとに原因不明の体調不良を訴えていた。
「ねえ、ちょっと触ってみて」
「生理? ロキソニン飲んだら」
 手をとられて下腹部に持っていかれる。皮下脂肪多めのお腹はむっちりしていて、冷たさを抜きにすればお餅みたいだった。「このあたりにね、腫瘍か何かあるんじゃないかと思う」と母は言う。あたしはヘレン・ケラーのように指先に意識を凝らしてみるけど、もちろん触診しただけではなんにもわからない。
「しくしく痛いの、ずきずき痛いの?」
「うーん、なんていうか、もちゃもちゃ痛い。原因がないとおかしいんだよ」
「検査してもらったら、婦人科とかで」
 あたしがそう言うと、悪い歯で銀紙を噛んだような顔をした母が、娘の手を折りこむようにうずくまって泣きだす。
 涙がこぼれないので声で泣いて、哀れを誘うその声で自分がもらい泣きするような泣きかただった。「だけどもう疲れちゃって。仕事休めないし、病気が見つかったらお金もかかるでしょう……」
 あられもない姿をさらす母の背中をさする。仕事でなにかあったのか、あたしまでなんだか呼吸が苦しくなって、ありもしない古傷がうずくみたいに下腹部が痛くなる。もともと母娘で生理周期もシンクロしがちで、母が体調の不良を訴えるたびにこっちの調子も悪くなるときがあって、それでも病院に行って、と言いつづけられない自分がいる。
 もしも本当に、母親のなかで密やかに進行する陰謀のようなものがあったら。向きあうにしても向きあわないにしても、かろうじて保っている今の暮らしすらも崩れ去る。綿に染みこむ血のようにわが家に侵食してくるものに、すべてを変えられてしまう。高額の医療費ばかりが問題なわけじゃないけど、あたしも働かなくちゃならないかも。学校にも行けなくなって、文芸部どころじゃなくなって――そういうのって世間では珍しくもなんともないことのはずだった。
「つぎの休みの日にいっしょに行こう、きっとなんでもないから」
 なだめすかして、母も寝かしつけて、だけどあたしは寝つけなくなって、しばらく放っておいた携帯を見ると、中谷泰樹からLINEのメッセージが届いていた。〝おつー、これからもスカウトってつづけるの? 文芸部っていうとやっぱし女子率高めになるよね〟だってさ。こっちは胸が破裂しそうな夜を味わってるっていうのに。この能天気な男ときたら魂胆は見え見え、絵文字もデコりすぎだ。
既読スルー一択だった。

(つづく)

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真藤順丈(しんどう・じゅんじょう)
1977年東京都生まれ。2008年『地図男』でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。同年『庵堂三兄弟の聖職』で日本ホラー小説大賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で電撃小説大賞銀賞、『RANK』でポプラ社小説大賞特別賞をそれぞれ受賞。2018年刊行の『宝島』で山田風太郎賞と直木賞を受賞。他の著書に『バイブルDX』『畦と銃』『墓頭』『七日じゃ映画は撮れません』などがある。
MOTOCROSS SAITO(モトクロス斉藤)
Twitter:@moot_sai

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