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ロボ|渡辺優 パラレル・ユニバース 第14話

 今不安に思っているのは、新時代、入力デバイスに話しかけるのがデフォになったらどうしよう、ということです。というかもしかしてもうみんな普通に話しかけているんでしょうか? なにか検索するときとか、スマホとかにしゃべりかけていますか? オッケーとかヘイとか言って。

 スマホはまだぎり大丈夫な気もします。もともと話しかける機械ですもんね、携帯電話って。ぎりぎりいける気がする。アレクサ? とか、あれ系も何とかなる気がします。でもちょっと微妙なラインです。あれってたぶん家に置くやつですよね。○○注文して、とか○時にアラームかけて、とかやるやつ。持っていないから確かなことはいえないのですけど、私にはそれができない気がしているのです。

 自分の他に誰か家族とか友達とかが近くにいたらできる気はします。『アレクサに話しかけている自分』を認知してくれる存在が他にいたら。でもアレクサと一対一になったら、わたし今アレクサに話しかけて欲しいもの注文してもらってる……っていう、つまり私が機械に話しかけるのが苦手なのは、シンプルに自意識のせいです。

 私、家の中でひとりで歌ったり踊ったりします。それはぜんぜん恥ずかしくないです。あと、電子レンジを応援したり、壁に謝ったりもします。それもぜんぜん恥ずかしくないです。でもアレクサみたいなやつに話しかけるのはどうしても恥ずかしい。機械と口頭で双方向型のコミュニケーションをとるのがだめなのかもしれません。返事を期待して話しかける、無機物に、という状況をシンプルに受け止めることができません。

 いちばん無理そうだなと思うのはペッパーくんみたいなやつです。人型で、フランクな人格まで有しているやつ。こんにちは! とか言ってくるじゃないですか、ああいうタイプって。こんにちは! って返せばいいんでしょうけど、どんな気持ちでこんにちは! って言うのかな自分は、みたいな自分の観察する意識を感じてしまって嫌です。誰か他の人が一緒にいたら、私はその人に向けたテンションで、今わたしはペッパーくんに話しかける人間、というパフォーマンス気分でこんにちは! と言えると思います。

 ひとりだったら私はたぶんペッパーくんを無視すると思います。だって実際ロボに挨拶とかの概念はないわけじゃないですか。人間的なシルエットのなにかが来たら無差別にこんにちは! って出力する、っていうシステムなだけじゃないですか。なにがこんにちは! だよって。こっちはおまえのこんにちは! に心がないこと知ってるからね、っていう気持ちで黙ってると思います。

 でももしかして心があったらどうしよう……とも思います。
 小学生くらいのころ、もしかして自分以外の人間には中身がないのではないか、と考えて不安になったことがあります。中身があるようにふるまっているだけで、本当は感情も心的なものもなにもないのではないか、と。
 なにかそのサインが確認できないかと家族や友人のふるまいを観察してみたりもしたのですけど、そうなるとあらゆる挙動がこちらを欺くための「心があるっぽいパフォーマンス」に思え、安心を得ることは不可能でした。
 それはフィロソフィカルゾンビという概念だと大人になって知りました。脳の電気信号はふつうの人間と変わらないけれど、本当はなにも感じていない、クオリアをもたない存在。外からの観察では他者に心があるかどうかなんて絶対にわからないので、他人がフィロソフィカルゾンビでないという証明は不可能です。
 だからもしかしてペッパーくんは逆にフィロソフィカルヒューマンかもしれない。電気信号は完全にロボだけど、心があるかもしれない。こんにちは! って出力したのに人間が無視する……悲しい……って思っているかもしれない。かわいそう。

 だから私は実際ペッパーくんにこんには! と言われたら、もし万がいち彼に心が発生していたとしても角が立たないぎりぎりのラインで会釈とかしてしまいそうです。そして、あ、自分ってロボとうまく話せなくて会釈しちゃうような人間なんだ、という意識を得る。

 ロボとうまくコミュニケーションがとれない旧型の人間のために、文字入力文化が末永く続きますように、と願っています。

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渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter@YUNICO_UCHIYAMA

※この記事は、2020年2月20日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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