骸骨と花と砂漠を愛した画家ジョージア・オキーフの秘密 |ナカムラクニオ「こじらせ美術館【恋愛編】」第3話
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骸骨と花と砂漠を愛した画家ジョージア・オキーフの秘密 |ナカムラクニオ「こじらせ美術館【恋愛編】」第3話

花や動物の頭蓋骨を画面いっぱいに描いた作風で知られる20世紀アメリカ絵画の巨匠ジョージア・オキーフ。彼女は、98歳で亡くなるまでニューメキシコの砂漠の中に茶室のような静謐な空間を作り、仙人のように暮らした。全身を黒い服につつみ、どんな小さな獲物でも魔法をかけて、妖艶な標本にしてしまう。拾ったネズミの小さな骨ですら美しい絵画に変えてしまった。オキーフが俗世間を離れ、孤高の芸術家として生きたのは、いったいなぜだったのだろうか?

※歴史に残る芸術は、偉大なる「こじらせ」から生まれた!? ナカムラクニオ『こじらせ美術館』シーズン(1)重版しました。

 オキーフの才能を発掘したのは「近代写真の父」アルフレッド・スティーグリッツ。彼は偉大な写真家でありながら、編集者、画廊のオーナーでもあった。ドイツ系ユダヤ人の裕福な家庭に生まれ、ニューヨークの五番街にギャラリー「291」を開廊し、アメリカに芸術としての写真を定着させた男だった。
 ある日、スティーグリッツはオキーフが描いた木炭画を偶然、目にした。それは、オキーフが日本の装飾や抽象デザインから影響を受けた作品だった。まるで水墨画のように濃淡を強調し、まったく色彩のない抽象画で、オキーフが友人にプレゼントしたものだった。
 スティーグリッツは1916年の初夏、この奇妙な木炭画に興味を持ち、すぐに本人に無許可でギャラリーに展示してしまう。しかも、展示する際の作者名が間違っており、「ヴァージニア・オキーフ」となっていた。信じられないような出来事だ。このことを知ったオキーフは怒って、ギャラリーに直接、苦情を言いに行った。しかし、そこでスティーグリッツが彼女にひと目惚れしてしまうのだ。ふたりの年齢差は、23歳。なんという運命の出会いだろうか。

 翌年には、ギャラリー「291」でオキーフ初めての個展が開催された。さらにスティーグリッツが撮った、オキーフのヌード写真作品も展示された。その戦略は見事に大当たり。オキーフは一気に有名になった。この頃、スティーグリッツは精神科医で無意識の研究を行ったフロイトに傾倒しており、「性的なエネルギーが芸術を生み出す」と信じていたのだ。

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 オキーフは、スティーグリッツの援助で画業に専念することとなり、ますます才能は開花していく。ふたりはお互いの潜在能力を引き出しながら惹かれ合い、1924年、スティーグリッツが妻と離婚した後、結婚。このときオキーフは37歳、スティーグリッツはまもなく61歳を迎えようとしていた。

 しかし、幸せは長く続かない。ふたりの結婚の翌年、スティーグリッツはニューヨークに新しいギャラリーをオープン。やがてスタッフであった、22歳の人妻で子供もいるドロシー・ノーマンと恋人関係になってしまう。これが原因でオキーフは、重度のうつ病を患う。絵が描けなくなってしまい、保養のためにバミューダ諸島、ハワイ、ニューメキシコを旅した。そこでオキーフの心を癒してくれたのは、荒れ果てた砂漠だけだった。実は若い頃、オキーフはテキサスで美術の教員をしたことがあり、その頃に見た何もない荒野の美が創作の源流になっていた。侘び寂びを感じるような簡素な空間こそが、彼女の心を慰めたのだろう。 

 1940年には、ニューメキシコのゴーストランチ(Ghost Ranch、幽霊牧場)という奇妙な名前を持つ街に小さな家を購入。古くから奇妙な幽霊伝説が多く残る荒涼とした場所で、野生動物の頭蓋骨にインスピレーションを受けながら、精力的に制作を再開した。そして、多くの時間をこの砂漠の家で過ごし、逆境の中でオキーフは苦しみと引き換えに、ますます傑作を生み出していく。
 1946年には、ついにニューヨーク近代美術館で回顧展が開かれるまでになった。美術館はじまって以来の女性画家の個展だ。しかし、人は何かを得れば何かを失う。オキーフが美術館での大成功をおさめた直後、スティーグリッツは82歳で亡くなった。

 彼女は、作品を美術館や学校に寄付すると、ニューメキシコに移り住んだ。自らデザインした日干しレンガの家を建てたが、侘びた住まいの美しさはまるで茶室のようだった。そして98歳で亡くなるまでの40年近くを、砂漠の楽園で、まるで聖なる隠遁者のように暮らした。そんな彼女の愛読書は、なんと岡倉天心の『茶の本(The Book of Tea)』。花について書かれた部分がお気に入りだったそうだ。

「人類の花への感謝の気持ちは、愛の詩と起源が間違いなく同じだ。無意識ながらも可憐、静かでかぐわしい花より、乙女の魂に安らぎを与えるものがあるだろうか? 原始時代の男たちは、恋人にはじめて花飾りを捧げることによって、野蛮を超越することができた。彼らはこうして、粗野な存在を超え人間となった。人は、役に立たないものの微妙な役割を悟ったとき、芸術の領域に踏みこむことができるのだ」(『英文収録 茶の本』よりナカムラ訳)

 要約すると「花が存在するとき、人は存在する。人は花に出会うことで、人になる」というような意味だろう。オキーフは、砂漠の中に建てた「小さな茶室」で花や自分と向き合うことで、人間の本来あるべき姿を見つけることができた。スティーグリッツに対する深い愛と憎しみを乗り越えるためには、どうしても聖なる茶室と花が必要だったのだろう。

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主要参考文献:
・岡倉天心著、桶谷秀昭訳『英文収録 茶の本』(講談社学術文庫)
・アニタ・ポリッツァー著、荒垣さやこ訳『知られざるジョージア・オキーフ』(晶文社)
・ローリー・ライル著、道下匡子訳『ジョージア・オキーフ―崇高なるアメリカ精神の肖像』(PARCO出版局)

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連載【こじらせ美術館(恋愛編)】
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ナカムラクニオ
1971年東京都生まれ。東京・荻窪の「6次元」主宰、アートディレクター。日比谷高校在学中から絵画の発表をはじめ、17歳で初個展。現代美術の作家として山形ビエンナーレ等に参加。金継ぎ作家としても活動。著書に『金継ぎ手帖』『猫思考』『村上春樹語辞典』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』『モチーフで読み解く美術史入門』『描いてわかる西洋絵画の教科書』『洋画家の美術史』『こじらせ美術館』など。
Twitter:@6jigen

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