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第11回 受験 賽助「続々 ところにより、ぼっち。」

大人気連載、3期目に突入!
ゲーム実況グループ・三人称の「鉄塔」こと作家の賽助が、ぼっちな日々を綴ります。
※全24回予定。第2回以降、最新話のみ1週間無料配信。

[毎月第4火曜日更新 はじめから読む
illustration 山本さほ


 受験シーズンになると、時折ふと思い出すことがあります。
 僕は1年間浪人をして大学生になったわけですが、その1年間、しっかり勉強をしていたのかと言えばそんなこともなく、高校3年生時とあまり大差のない感じでダラダラと過ごしていました。
 
 それでもさほど危機感を感じていなかったのは、僕が目指していた芸術大学は『一芸入試』のシステムがあったから。
 僕が受験した大学は、国語や英語などのテストに加えて、与えられた台本を読んでみせるものと、1分間自由に得意なことを披露する実技試験がありました。
 
 同じ大学を昨年も受けていたはずなのですが、台本を読む実技試験はあったものの、1分間フリーの時間はなかったように思います。
 
「フリーの時間があれば負けない」
 
 当時の僕はかなりてんでした。「一度だけ県大会に出場した演劇部の部長」くらいしか実績がなかったと思うので、どうして鼻を高くできたのか謎ですが、とにかく自信があったのです。

 受験当日、筆記試験を終えたのち、大学の校舎の一角に案内されます。
 その教室は中規模のけいといった感じで、一面に灰色のじゅうたんが敷かれており、奥側の壁には自分の姿が確認できるような鏡が張られていました。

 十数名の受験生がそこで待機します。特に何か指示があったわけではなかったと思いますが、受験生たちは思い思いの場所で、与えられた課題やフリー実技の練習をし始めました。

 課題は、確かシェイクスピア『真夏の夜の夢』に出てくる妖精パックのセリフの朗読であったと思います。当時の僕も他の受験生同様、そのセリフが書かれた一枚の紙に目を落とし、どういう抑揚をつけて読むか演技プランを考えます。

 とはいえ周りは同じ受験生、つまりライバルだらけなのですから、手の内を明かすこともしたくありませんし、それ以上に自分の演技を見られるのはかなり恥ずかしい。

 誰もが声を小さくし、その声と比例するように体も縮こまらせながら練習をしています。

 そんな中、部屋の隅から男性の歌声が聞こえてきました。

(これミスチルの『Tomorrow never knows』だ……!)

 そう気付いたのは僕だけではなかったと思います。
 しかも、こう言ってしまうのも申し訳ないのですが、あんまり上手うまくない。

(あんまり上手くないのに、結構な音量で歌っている人がいる……!)

 僕はその声がする方向を振り返りました。
 しかし、不思議なことに視界内の誰も歌を歌ってはいないのです。

 でも、ミスチルはまだ流れ続けています。
 いったいどういうことだ……と不審に思いながら音の発生源に視線を送ると、部屋の隅に折りたたまれたカーテンの“たまり”があるのですが、それがわずかに動きました。

 目をらしてよく見てみると、そのカーテンのたまりの中に人影があります。
 どうやら、カーテンにくるまるようにして、一人の受験生が練習をしていたのです。

 彼に度胸があるのかないのか判断が難しいところですが、カーテンに包まれながらも調整しようとするその姿勢には、当時大天狗であった僕も若干されたものです。

 自分も用意しなければ、と僕は持参していたギターを取り出し、チューニングを始めます。
 僕は1分間で藤井フミヤの『TRUE LOVE』を弾くつもりでした。
 当時、歌にはそれなりに自信があったので、対抗馬が彼のミスチルであれば、十分勝てると思ったのも事実です。

 いざ、実技試験が始まり、目の前には3人の試験官(当時の教授や准教授たち)が座っていました。彼らの反応はあまり覚えていませんが、朗読もミスなく終え、歌も問題なく披露できたことは記憶しています。

 この1分間のフリー実技は何をやるか、受験生に委ねられていたのですが、あとあと同級生に聞いてみると、Mr.ビーンのものをした者もいれば、今まで一度も踊ったことのないブレイクダンスを披露した者もいたそうなので、試験官側もさぞや大変だったことでしょう。

 試験も終わり、結果が送られてくるまではかなりドキドキしながら過ごしました。
 合格者には厚い封筒が届き、不合格者には薄い封筒が届くといううわさを聞いていたので、どうか分厚いものが届けとお祈りをしていたのですが、自宅に届いたのは薄い封筒。

 終わった、と思いました。
 また1年浪人するつもりはなかったので、今後の身の振り方を考えねばなりません。
 あれだけ自信たっぷりであった僕の鼻がぽっきりと折れ曲がった瞬間でした。

 落胆しつつも封筒を開けてみると、そこには『補欠合格』の文字。
 補欠合格の場合は、もし合格者が何らかの理由で辞退した場合、おはちが回ってくるということなので、不合格というわけもないのです。

 喜ぶことこそできませんが、かといって落胆もできない、非常に中途半端な状態。
 僕は再び待たねばなりません。

 補欠合格の順番は十数番であったと記憶しています。
 つまり、僕の前にまだ十数人の列ができていることになるのです。

 合格者が辞退する理由の多くは、他の志望校に受かった時でしょう。
 僕が受験したのは演劇学科のある芸術系の大学でしたが、そこを受けた多くの生徒が日本大学藝術学部(日藝)も受験しているはずです。
 当時の知名度で言えば、もし仮に日藝に受かったのであれば、こちらの大学は辞退するでしょう。

 この時ほど、ライバルであるはずの他の受験生を応援したことはなかったと思います。

(試験に受かった者たち、どうか優秀であれ!)

 僕は強く祈りました。
 それから数日後。確か電話があったような気がしますが、僕は無事に合格することができました。

 晴れて大学生となることが確約されたときの喜びはひとしおであったことを覚えています。数日前にだらんと折れてしまった僕の鼻も、折れ目が付いたままではありますが、再び上方へと伸び始めます。

 入学後、僕はたくさんの同級生たちと共に演劇を学び、苦楽を共にすることになるのですが、自分が『補欠合格』であることを彼らに告げたことは一度もありません。大学を卒業してもう20年以上ちますが、今でも誰も知らないことだと思います。

 自分が浪人していたせいもあるでしょうが、『補欠』という響きは当時の僕には恥ずかしかったのです。僕以外に補欠合格で入った人がいたのかどうかも(恐らくはいたと思うのですが)分かりませんでした。
 ミスチルを歌っていた彼の姿も探してはみたのですが、こちらもやはり分かりません。落ちてしまったのか、それとも合格したけれど蹴ったのか、すべては謎のままです。

 入学してしまえばこっちのもの、とは思っていましたが、在学中も時折「自分は浪人した上に補欠合格だったなぁ」なんて思いながら学生時代を過ごしていました。

 これに追加で『留年』も加わるのですから、改めてマイナス称号の多い人生だなと感じます。
 今後はあまりその方向の称号は取得しないように気を付けていきたいです。

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【続々 ところにより、ぼっち。】
毎月第4火曜日更新
 


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賽助(さいすけ)
作家。埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。毎週木曜深夜1:30からラジオ「三人称・鉄塔 ひとりのよる」(文化放送)が放送中。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』『今日もぼっちです。』『今日もぼっちです。2』『手持ちのカードで、(なんとか)生きてます。』がある。
X:@Tettou_
「三人称」YouTubeチャンネル

山本さほ(やまもと・さほ)
漫画家。1985年岩手県生まれ。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(note掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作は『ビッグコミックスペリオール』で連載後、2018年に全5巻で完結。現在『無慈悲な8bit』(週刊ファミ通)『きょうも厄日です』(文春オンライン)連載中。その他の著書に『山本さんちのねこの話』『てつおとよしえ』等。
X:@sahoobb

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