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第5話 仮病とお見舞い 宇野常寛「チーム・オルタナティブの冒険」
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第5話 仮病とお見舞い 宇野常寛「チーム・オルタナティブの冒険」

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その夏、「僕」はある地方都市に暮らす高校生だった。
愛すべき仲間たちとの変わり映えのない、退屈な、しかし心地よい閉じた楽園が、ある事件をきっかけにゆるやかに崩れていく。
「これは想像力の必要な仕事だ」──それは、世界を変える魔法の呪文。冒険のはじまりを告げる、狼煙のような言葉。
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design : Akiya IKEDA


 写真部にカバパンが現れて由紀子を連れてきて、その由紀子が友達の女子二人を連れてきてから2週間が経った。

 由紀子はこの部室に現れたその日から、物怖じせず男子部員とやりあっていた。これは少し意外なことで教室の由紀子は、大人っぽい雰囲気で異彩を放っていたものの物事に積極的なイメージはまったくなかった。しかし由紀子は写真部の部室ではずけずけと物を言うおそらくは彼女の素に近い部分を、まったく隠さなかった。由紀子は食べ物をよくこぼすカバパンに露骨に嫌悪感を示して文句を言い、天然ボケ気味のヒデさんに呆れながらツッコミを入れ、そして同じように僕たち独立愚連隊のノリに真っ向から向き合った。由紀子は僕たちが当時夢中になっていたカードゲームの絵柄を、ちょっと大げさにからかい、僕たちの学校行事へのサボタージュの数々を大きな声で笑いながら、楽しそうに批難した。それは要するに、そんなに面白いなら自分も今度はそのゲームに交ぜてほしいとか、そうやって思いっきりサボって遊びにいくのも楽しそうなので、自分もついていきたいとか、そういった意思の間接的な表明のように僕たちには聞こえた。そして男子たちは、溜まり場にしている駒沢の下宿に由紀子たち女子がやってきたり、学校行事をサボって一緒にキャッチボールをしたりカラオケに行ったりすることを想像して、それだけで楽しくなっていた。当時は由紀子とカバパンへの反発心が強くて、認めたくなかったけれど、僕もそうだったと思う。そして、僕と違ってあの二人への反発が弱い他の連中はすっかり、浮かれていた。それは高校2年生の夏の始まりに、不意に訪れた青春の始まりだった。ただ、僕だけがどこか引っかかるものがあって、その青春の始まりに素直に胸を弾ませることができないでいた。僕はどうしても、あの日の──葉山先生の葬式の日の──由紀子の言動が引っかかっていた。そしてその後、この部室に現れてから彼女が一切そのことを口にしないことも。由紀子は葉山先生の葬式で僕に話しかけてきたような、あの何もかもを見透かしたような物言いを、まったく部室では見せなかった。由紀子はあくまで、二つのまったく異なる背景を持つグループのまとめ役として、積極的に明るく振る舞い、とっつきやすい話題を振り、場の雰囲気を作り上げることに、白々しいほど徹していた。


 ちなみに、由紀子が連れてきた二人の女子は松田と井上と言った。松田は僕たちの仲間の駒沢と同じ中学の出身で、当時からそれなりに親しいようだった。明るくて、男子ともためらいなくよくしゃべる女子だった。彼女は明らかに僕たち男子部員のグループを子どもっぽいと感じていて、少なくとも入部当初は駒沢以外とは積極的に話さなかった。おそらく彼女の関心は由紀子という異様に大人びた同級生と、なぜか彼女が対等に話すカバパンという教師、そしてヒデさんといった大人たちにあり、写真部に加わることでこの学校の「外」の臭いのする人間関係に近づきたいと考えていることが、振る舞いですぐに分かった。ただ根が気さくなのか、1週間もすれば松田も駒沢以外の男子部員とも──まるで出来の悪い弟に呆れながら可愛がるような口調ではあったが──よく話すようになっていった。彼女の根の明るさは、だいぶ部室の雰囲気を風通しの良いものにしていた。
 もう一人の井上は生徒会で書記をやっていそうな、派手ではないけれどしっかりとした印象のある女子だった。由紀子が朝ドラのヒロインなら、井上はその親友でヒロインが夢に向かって上京したあとも、地元に残って教師や看護師になったり、役場に勤めたりするようなタイプだった。僕たち男子と松田が打ち解けてくると、井上もつられるようによく話すようになった。ただ、松田と違って、井上が由紀子にくっついてこの部に入部した理由はよく分からなかった。これはあとから気づいたのだけれど、この二人は特に由紀子と仲がいいわけではなく単に同じクラスにいるというだけの関係のようだった。どうやら由紀子は他の同じくらい仲のいい生徒たちの中からこの二人を選んで一緒に写真部に入ろうと誘ったようだった。僕はそこには彼女の、あるいはその背後にいるカバパンの思惑のようなものを感じていた。そしてこのことも僕がここ最近の部室のノリについていけない理由の一つだった。

 一度僕は昼飯の調達中にヒデさんに尋ねたことがあった。ヒデさんとカバパンも、昔から由紀子と知り合いらしいけれど、どういうつながりがあったのか、と。
「よく分からないんですよね」
 ヒデさんは言った。
「オレ、そのへんのこと詳しくないんですけれど、先生って、由紀子ちゃんの保護者っていうか、後見人とか、そういうやつなんですよ。由紀子ちゃん、親御さんがいないというか、縁を切っているとか、そんな感じで、先生はその由紀子ちゃんのお母さん方の親戚とか、そんな感じで。だから、先生がこの学校に来るときに、一緒に引っ越してきたっていうか……」
「じゃあ、一緒に住んでいるんですか?」
「はい、オレたち3人で。この街に引っ越してきてからずっとそんな感じです。言いませんでしたっけ?」
 ヒデさんの話からは詳しいことは分からなかったが、それよりも年齢も性別もばらばらの男女3人が一つの家に同居しているということが、僕には驚きだった。しかしこれは、カバパンと由紀子が同時にこの学校に現れたことや、由紀子のまったく物怖じをしないカバパンやヒデさんへの物言いの説明としては、とてもしっくりくるものがあった。そして、僕はこのとき、他の部員たちはとっくにこのへんの事情を聞き知っていて、だからこれまでまったくこの話題を持ち出さなかったのだと気がついた。そしてそのことで僕は自分が、この少しの間に決定的にグループから孤立していることを、改めて思い知らされた。

 この頃から、僕は放課後には部室にも、溜まり場になっている駒沢の下宿にも顔を出さずに、一人で帰ることが多くなった。以前から、僕はときどきこうやって市内の図書館や古本屋を回るために仲間の誘いを断って一人で歩くことがあって、そのことで仲間たちのうち何人かからは、あいつはカッコつけているのだと冗談交じりに反感を口にされていたのだけど、6月の末あたりからその頻度がとても増えた。僕はヒデさんとの買い出しに出かけたときに知った、町外れの国道沿いにある大きな古本屋のチェーン店に1時間以上かけて自転車で出かけていって、そこの100円コーナーで買った本や持ち歩いている読みかけの本をそのそばのマクドナルドで読む、といった放課後を多く過ごすことになった。それはいま思うと、とても他愛のないことだったのだけど、当時の僕にとってはとても大きな変化だった。遠くの古本屋に1時間以上かけて自転車を漕いでいるとき、そしてその近くにある別の学校の生徒や買い物帰りの主婦に交じってマクドナルドの硬い椅子に座って、100円のSサイズのコカ・コーラを注文して本を読んでいるとき、僕はとても自由になれたような気がした。そして僕はこの古本屋に行く途中にある、とある橋が好きだった。それはこの街の西側を南北に走る大きな川にかかった橋で、隣の街とをつなぐ幹線道路の一部だった。この街にかかっている橋では大きなものだったけれど、一番ではなかった。でも、僕は少し前にヒデさんの運転するオートバイの後ろに乗ってこの橋を渡ってから、とてもこの場所を気に入っていた。北側の川の上流にはなだらかな山が広がっているのが見えて、南側にはその川が、隣の大きな海辺の街に向かってだんだんと広く、ゆるやかに流れている。橋の上にはその隣町まで35キロメートル、さらにその隣町まで60キロメートルだという標識がついていた。それは、しっかり計画すれば僕が乗っているクロスバイクでも十分にたどり着ける距離だった。そして、ヒデさんのオートバイはもちろん、僕がこれから買おうとしている原チャリならかんたんに往復できる距離だった。そのことに気づいたとき、僕は自分はどこにでも行けるのだと思った。それは、生まれてはじめて感じたことで、僕は自分がとても、自由になれた気がしたのだ。

 しかし7月の第1週にあった春学期の中間テストが終わっても僕は藤川に夏休みのアルバイトについて相談することができないでいた。僕が目星をつけていたのは、学校から少し離れた国道沿いの中古店で見つけたスーパーカブで、そこにはかなり年季の入った、しかし丁寧に乗られていたらしいことが分かるものが一台格安で放出されていた。そしてその隣にはそれよりは少しだけ古くなくて、その分値段が1.3倍するものが並んでいた。僕の計算では夏休み中に、見つけてきたパン工場かタイヤ工場のどちらかで週に4日間アルバイトをして、足りない分を小遣いやお年玉を貯めた貯金から工面すると、9月に学校が始まる頃には、なんとか高いほうのカブでも手に入るはずだった。しかしこの胸が躍る計画を、僕はヒデさんには話していたけれど、藤川には話していなかった。それは、藤川がこの計画に少なくともこれまでのようには乗ってこないことを、僕はなんとなく分かっていたからだ。
 部員が一気に増えたとは言え、僕たちの写真部は毎日昼休みにヒデさんが買ってくる昼食をみんなで食べているだけで、活動らしい活動はまったくしていなかった。しかし、部室の雰囲気はそれまでとはまったく異なっていて、何かワクワクすることがこれから始まるような、そんな予感に満ちていた。いまの写真部は学校外の人物に食事を配達してもらっていて、その秘密をみんなで、それも教師を含めたメンバーで共有することによって、ちょっとした一体感が生まれていた。そして、この一体感が、このメンバーでならもっと楽しいことができるんじゃないかという予感を生み出していた。そして、その楽しい予感はまるで試験が終わるのを待っていたかのように──実際待っていたのだろうが──カバパンの口から告げられる形で現実のものになった。

 それは夏休みの撮影旅行の計画だった。その日、カバパンは珍しく放課後に部員たちを招集した。そしてこの街から電車で2時間半ほどかかる半島の先にある海辺の別荘で2泊する撮影旅行の計画を、得意気に披露した。この写真部はもう何年も開店休業状態で、そのために主に備品代として確保されていた予算の繰越しがそれなりに溜まっていた。本来ならそれは、越年して備品購入に充てられるはずだったのだけれど、カバパンは校長以下の幹部職員と交渉し、その一部というか、かなりの部分をこの撮影旅行の費用に回すことを承諾させたのだと述べた。その上、滞在先はカバパンが以前から親しくしている人物が所有する別荘なので生徒の負担する費用は交通費だけでよく、そのために既にインターネットのディスカウントショップで、普通列車が1日乗り放題になる「青春18きっぷ」を大量に確保しているのだ、と。
 部員たちは狂喜した。あれほど教頭に嫌われているカバパンがどうやってそのような例外的な措置を認めさせたのか、ちょっと想像がつかなかったのだけれど、カバパンはものすごく、恩着せがましく告げた。
「……これも俺の人徳の為せる業だ。校長たちは樺山先生のおかげで世をねた生徒の溜まり場だった写真部は活気づいてきたと俺の手を握って言い、別荘の持ち主のおじさんは樺山君の生徒なら大歓迎だと言ってくれた」
 そもそも校長がこの部の現状といった細かいことを把握しているはずもなく、特に前半部には明らかに誇張が入っていたが、誰も突っ込まなかった。気がつくと話題は由紀子を中心に、現地で何をするかということに移っていた。少し調べると、現地にはあまり人気のない小さな海水浴場があって、夜は花火やバーベキューもできそうだった。松田がヒデさんは来るのかと尋ね、由紀子がもちろん来ると返すと、いつものお礼に、バーベキューでヒデさんをもてなそうと言い出して、その場がどっと盛り上がった。釣りの好きな駒沢はかさばるけれど道具を持っていきたいと言って、それに男子の何人かが同調した。こんな楽しそうな顔は見たことがない、というくらい仲間たちは屈託のない笑顔を見せていた。
 そして僕だけがその輪にどこか入れないでいた。僕もそれは楽しそうだと思ったことは間違いないし、行き先の海辺の街は僕が原チャリを手に入れたら行ってみたいと思っていた場所の一つだった。下見がてら、ヒデさんのバイクの後ろに乗っけてもらってあたりを回ってきてもいいし、それに旅行中なら、藤川とゆっくり話すタイミングもあるかもしれない。ただ、あれもしたい、これもしたいと盛り上がる輪の中に、僕はすっと入っていけなかった。理由は明白で、その輪の中心にいるのが由紀子と、そして藤川だったからだ。

 少し前まで、この写真部の中心には藤川と僕がいた。しかし、この短い間ですべてが変わった。いまこの写真部の中心にいるのは由紀子と藤川であり、かつての僕の位置に由紀子が座っていた。
 みんなのあれがしたい、これがしたいというアイデアを、まずは由紀子が引き取った。
 たとえば松田がバーベキューをしたいと述べると、由紀子がすぐに、少し離れたところにある有名なお好み焼き屋で提供している焼きそばのことを話し始めた。そこは昭和40年代から続く、近所の学生や主婦に愛され続けてきたお店で、鉄板の並べられたお店の中だけではなくて、持ち帰りでお好み焼きや焼きそばを提供していた。それも店で焼いたものではなく、家に持ち帰ってフライパンやホットプレートに広げたらすぐに焼ける生麺と具材、そしてソースのセットを提供していた。カバパンも由紀子もこの街にやってきて3ヶ月ほどしか経っていないはずなのに、こういうことにとても詳しかった。由紀子はどうせならそこの焼きそばをバーベキューのときに焼いたらいいのではと提案した。仲間たちはまたどっと盛り上がり、そして次の瞬間に藤川が、クーラーボックスを持ち運ぶのは大変だからクール宅急便をその別荘に送ろうと言って、すぐに段取りと料金計算を始めた。やっていることは他愛のない遊びの計画だったけれど、それはものすごく鮮やかなコンビネーションだった。洗練されていて、そして創造的だった。由紀子と藤川のそれはまるで息の合った夫婦のような呼吸の合ったやりとりだった。
 僕は、楽しそうなみんなの姿を部室の隅から眺めながら考えていた。たしかに、あのお店の焼きそばは美味しいけれど、藤川が去年の学園祭の裏学食で作って、仲間たちに振る舞った焼きそばだって捨てたものじゃない。どうせだったら、店で買った焼きそばではなくて藤川の開発した自慢のレシピをみんなで味わうほうが、絶対に楽しいはずだった。写真部にもともといた男子たちは、みんなそのことを知っているはずだったけれど、当の藤川を含めて誰もそのことを指摘しなかった。
 ほんの少し前まで、由紀子の位置にいたのは僕だった。僕がアイデアを膨らませ、それを藤川が実務的な計画に落とし込む。そうやって僕たちは中学の頃からやってきた。しかしたった1ヶ月足らずで、その位置は由紀子のものになっていた。そして藤川も、他の仲間も、僕がその位置にいた頃より何倍も楽しそうに見えた。
 実際にその少し前から、藤川も他の仲間たちも僕の考える遊びに飽き始めていた。僕の薦める本や映画は、気取っているとか背伸びしているとか言われて敬遠され始めていたし、あれほど夢中になっていたボードゲーム作りも、市販されているもので遊ぶほうが手っ取り早いと誰もやりたがらなくなっていった。こうして、僕は一人で行動することが増え、そのことがますます僕を仲間内から孤立させていった。そしてこの時期にはその孤立は、由紀子の登場によって決定的になりつつあった。

 僕は用を足しに行くていで、席を立ち部室を離れた。本当にトイレに向かうつもりだったけれど、廊下に出たときにこのまま何か適当な理由をつけて帰ろうかと思った。どんな理由をでっち上げたとしても、それが口実にすぎないことは明白で、僕が面白くなく思っていることが伝わってしまうのは間違いなかった。そしてそのことでますます僕の立場は悪くなることもかんたんに予測できた。けれど、どうしても僕はその場にいたくなかった。せめていまが昼休みで、ヒデさんがその場にいればもう少し違った選択もありえたのかもしれないけれど、そのときは放課後で、いまのあの部室で、孤立しがちな僕に気を遣ってくれる人はいなかった。
「これみよがしに、帰ってやろうとか思っているでしょ?」
 背中から声をかけられて、僕はぎょっとした。
 由紀子だった。僕が部室から離れたのを見て、追いかけてきたのだとすぐに分かった。なぜならば、そのときの由紀子は教室や部室で見せるような明るく、屈託のない少女ではなく、あの葉山先生の葬儀で見せた、何もかも見透かしたような口の利き方をする、ちょっとぞっとするような硬質さをもったあの由紀子だったからだ。
「昔からの仲間とうまく行ってなくてちょっと拗ねちゃっているのは知っているけれど、もっと素直に青春を楽しめばいいと思うな。先生だって、調子がいいところもあるけれど、どうせなら楽しくやりたいと思っていろいろがんばっている。それくらい分かるでしょ?」
 青春を楽しむ、と彼女は言った。まるで、それを失ってしまった大人が懐かしんでいるような言い方だなと僕は思った。
「物語のヒロインは舞台の中心でスポットライトを浴びて気持ちがいいのかもしれないけれど、脇役や悪役に押しやられてしまった人はたまったもんじゃない。そしてカバパンや板倉が、そういうことを分からずにやっているとも思わない。だから僕はいま、なんて白々しいことを言う奴なんだって思っているよ」
 それは僕がずっと用意していた台詞だった。次に由紀子が本性を見せたときに、言ってやろうと考えていたのだ。僕は由紀子の反応を待った。きっと同じくらい意地の悪い、なんとかこっちを見透かしたようなことを言おうとしてくるに違いないと、僕は構えた。僕は自分を支えるために、ここで由紀子に負けるわけにはいかなかった。しかし、由紀子の反応は僕が予想していたものとは少し、いや、だいぶ違った。由紀子の表情はたちまち曇り、そしてそこには悲しみのようなものが混じっていた。
「葉山先生が森本君のことを気にかけていたのって、そんなふうに拗ねた態度を取って素直に物事にかかわれないのがよくないと考えたからだと思う。そのことが嬉しかったから、森本君は先生が好きだったんでしょう?」
 それはたぶん、その通りだった。由紀子は同じことをもっと意地悪に、悪意を込めて言うことができたはずだったけれど、そうしなかった。まるで本当に、僕のことをかわいそうに思っているかのように彼女は言った。そのことが、僕はとても嫌だった。
「葉山先生のことを引きずっているあいつは格好をつけているって、僕はいまだにそう思われているんだ」
 咄嗟とっさに出た言葉だった。でもこれではまるで、由紀子に同情してほしいと言っているようなものだなと、もう一人の自分が冷静に自嘲していた。
「そう思われるのが嫌ならもっと素直になるのが一番いいって、本当は分かっているくせに」
 僕はちょっとたまらなくなって、そのまま由紀子に背を向けて、足早に新校舎に向けて歩いていった。そして、そのまま帰宅することにした。荷物は明日取りにいけばいいと思った。さすがに、これで僕が拗ねていることが誰の目にもはっきりして、しかもその拗ねている理由も、最近ちょっと浮いているからくらいのことでしかないので、たぶん仲間たちからは一斉に不興を買って、ますます孤立することが予測できた。けれど、もうどうしようもなかった。

 そのまま僕はかばんを部室に置いたまま、逃げ出すように学校を出た。古本屋にも、図書館にも寄らなかった。ただ、あの町外れの橋から川を見たくなって、そこまで行った。一度家に戻って、自転車で行こうかとも思ったけれど、そのままバスで行った。悪いことは続くもので、僕がバスを降りて、橋へ歩いている途中で雨が降ってきた。季節は梅雨の終わり頃で、雨がちではあったのだけれど、この日の朝は晴れていて、僕は傘を持っていなかった。

 そのときだった。急に、何かに見られているような感覚が襲ってきた。それは、とても強い視線のようなものだった。びっくりして、あたりを見回したけれど、誰もいなかったし、変わったことは何もなかった。それもそのはずで、別に僕は誰かに声をかけられたわけでもなければ、何か光や音を感じたわけでもなく、ただ、なんとなく見られているような気がしただけだったからだ。ただ、その視線のようなものは確実に、強い意思のようなものを帯びていた。もっと言ってしまえば、それは僕という存在そのものを否定するような、とても強い意思だった。敵意というよりは、磁石の同じ極同士が反発するような、存在として相容れないものを排除したい、という意思のように感じた。ただ、本当にそこには何もなかった。その視線のようなものを発する存在は、どこにも見当たらなかったし、そもそもただ「見られている」という感覚があるだけで、その視線のようなものがどこから注がれているのか、その方向さえも感じることはできなかった。もし、仮に僕がゲームボードの上の駒で、ゲームをプレイしている人間から視線を注がれていたら、このような気分なのではないかと思った。たちまち、悪寒のような、鈍い頭痛のようなものが腹の底から湧き上がってきた。

  気がつくと、最初はこれくらいなら大丈夫かな、と思っていた雨が本降りになってきた。僕は橋のたもとまで歩いて、ほんの少しにごり始めた川を視界に収めたのだけど、すぐに逃げ出すように横断歩道を渡って、反対車線に来たバスに飛び乗った。ずぶ濡れ、というほどではなかったけれど、制服のシャツはすっかり水を吸って、青白く透けていた。バスが動き出す振動が身体に伝わったとき、激しい吐き気がした。僕はそこから1時間ほどかけて、濡れた身体を引きずって帰宅して、そしてしっかりその夜から熱を出して寝込んだ。

 それからしばらく、僕は寝込むことになったのだけれど、ここで、僕の家庭についても説明しておきたいと思う。僕がいわゆる転勤族の子弟であることは、既に説明した通りだ。僕の一家は中学のときにこの街に引っ越してきた。そして父は僕が高校1年生のときにまた転勤になった。高校の転校は小中学校のそれと比べて格段に面倒で、そして両親はこの県内随一の進学校に僕が通っていることをとても喜んでいた。その結果として僕の両親は歳の離れた妹を連れて隣の県の大きな街に引っ越していき、僕はこの街に下宿することになった。僕の通っている学校は、県内のいろいろな街から生徒が集まっていて、学校の近くには高校生向けの下宿屋もいくつかあった。僕たちの仲間内では駒沢がいわゆる「下宿生」で、そのために彼の部屋は僕たちの放課後の溜まり場の一つになっていた。しかし僕の場合はたまたま父の従兄弟にあたる人がこの街に住んでいた。その父の従兄弟の家は父が「本家」と呼んでいた少し古い家で、僕が幼稚園に通っていた頃に亡くなった曽祖父が使っていた離れのような、書斎のような場所があった。そこは「蔵」と呼ばれていて、何十年か前に実際に蔵だったものを改装した部屋だということだった。そして、僕はその「蔵」に高校1年生の秋から住むようになっていた。
 父の従兄弟夫婦は、それまでほとんど会ったことのない人だったけれど、特におばさんは僕にとても良くしてくれていた。進学校に通い、本の好きな僕は「手のかからない」「真面目な」「いい子」なのだと、彼女は口癖のように述べた。朝晩の食事と、洗濯だけ面倒を見るという約束で、僕の両親が下宿代を払っていたはずだけれど、彼女はそれ以上の面倒を見てくれていたと思う。高校の食料事情が悪いことを知ると、毎朝弁当を持たせてくれようとまでしてくれた。それはとても魅力的な提案だったけれど、僕はそれはさすがに申し訳ないと、丁寧に断っていた。この気のいい親戚の夫婦と、これ以上距離が近くなるのがなんとなく恥ずかしかったからだ。

 しかし、熱を出して寝込んでしまったとなれば、頼らないわけにはいかなかった。僕はおばさんの作ってくれた玉子粥と、一緒に一房まるごと持ってきてくれたバナナで胃を満たし、風邪薬をたっぷりのミネラルウォーターで流し込み、そして寝た。僕が熱を出したのは金曜日の夜で、土曜日、日曜日と休日を潰して寝込んだ。咳と鼻水は出続けていて、身体のだるさは取れなかったけれど、とりあえず日曜の夜には熱は平熱近くまで下がっていた。翌朝にはこれらの症状もほぼなくなっていて、せいぜいちょっと本調子じゃないなと感じるくらいだった。つまり、かなりにまでは体調は回復していたのだけれど、僕はこの風邪を口実に学校を休むことにした。食事を一人で運ばなければいけなくなるヒデさんには悪いけれど、あの全力で青春ゴッコをやっている部室に顔を出すのも、その輪の中心にいることができないことを寂しく思っている自分を自覚するのも、それを由紀子に見透かされて、言われたくないことを言われるのも嫌だった。

 僕はおばさんに担任への連絡をお願いすると、2日ぶりにシャワーを浴びて午前中はベッドに横になりながら、ずっとロバート・A・ハインラインの『夏への扉』を読んでいた。それは葉山先生から借りるつもりだった本の(そして彼女の死で借りることができなくなった本の)一つで、ついこの間国道沿いの古本屋の100円コーナーに置いてあったボロボロのハヤカワ文庫版だった。物語の後半はちょっとご都合主義的な甘ったるい展開だと思ったけれど、病み上がりに読む分にはむしろその甘さが心地良かった。葉山先生が、この小説は現代では科学がつくる明るい未来を無邪気に信じ過ぎていると批判されることが多いけれど、自分はこんな風に未来が信じられる人のことを少しうらやましく思うと言っていたのを思い出していた。そして、夕方に小説を読み終わった頃、僕の部屋がある「蔵」におばさんがやってきた。彼女がお昼に作ってくれたうどんの器はさっき下げてもらったばかりで、夕飯にはまだ少し早かったので僕は少し驚いた。「お友達がお見舞いに来ているから、通していいか」と彼女は僕に尋ねた。僕は誰だろう、と思った。写真部の連中が僕を呼びに来るのは日常茶飯事なので、もし奴らの誰かが来たなら彼女は藤川君とか、駒沢君とか、固有名詞を口にするはずだったからだ。「いいですけど、誰ですか」と僕が尋ね返すと、意外な人がおばさんの後ろからひょっこりと顔を出した。
「意外と元気そうじゃない?」
 それは由紀子が連れてきた二人の女子のうちの一人で、井上だった。

 井上は手土産に、自分の家の庭で取れたというすももをスーパーのビニール袋に入れて大量に持ってきた。おばさんはこの手土産が気に入ったらしく、すぐに洗って持ってくるとはしゃいで母屋に戻っていった。
「私の家って、意外と近くなんだ。知らなかったでしょ?」
 井上は僕の見舞いに来た理由を、そう説明した。しかし、説明になっていなかった。僕と井上はクラスが違い、そして写真部に彼女が入ってからも、ほとんど話したことがなかった。そもそも井上は口数が多くなくて、部室ではいつもニコニコしながら人の話を聞いていた。だから、あまり強い印象がなかった。強いて言えば、僕はこういう物静かなタイプのほうが、由紀子や松田のような自己主張の強い連中とは逆に気が合うのかもしれないな、と思っていたけれど、それ以上の感想を抱いたことはこのときまで本当になかった。その井上が、僕の見舞いに下宿までやってくるなんていうのは、どう考えても不自然なことだった。
 井上は僕の部屋に上がると、物珍しげに部屋の中を見回して、本棚に目を留め、そして「本がたくさんあるんだね。カバパンたちの家みたい」と言った。僕は最後の一言を聞き逃さなかった。カバパンたちの家に行ったことがあるのかと、僕は即座に尋ねていた。ヒデさんの話が本当なら、そこにはカバパンとヒデさん、そして由紀子が共同生活を送っているはずだった。井上は、少し自慢気に「実はさっきまで、あの人たちの家にいたんだ」と述べた。このあたりは新興住宅地の多いこの街の中でほとんど唯一の、古くから集落のある地区で、戦後のある時期までは農家を中心に大きな敷地を持つ家が少なくなく、僕の下宿するこの森本の「本家」もそのうちの一つだった。そしてその古い街を見下ろすように、北側には小さな山があって、その中腹には80年代の好景気の時代に建てられた、瀟洒な造りの別荘が幾つか建っていた。そのうちの一つに、この春からあの3人組が住み着いたのだ。僕はヒデさんから、自分たちの家は学校から「割と近い」と聞いていたので、まさか僕の住む街から彼らが学校に通っているとはまったく想像していなかった。それはお世辞にも「割と近い」距離ではなかったのだけれど、あの大きなオートバイを自在に乗り回すヒデさんの基準で考えるなら、この距離も「割と近い」のかもしれなかった。
 井上は、今日の放課後に彼女らの家に立ち寄ったこと、その家のガレージにはヒデさんのものと思われるオートバイが、他にも何台かあったこと、カバパンの蔵書を収めた大きな本棚がいくつもあったこと、しかしそれらはまったく整理されていなくて、地震が来たときに誰かがそこにいたら間違いなく下敷きになって死んでしまうだろうということなどを、楽しそうに話した。そして最後に由紀子の怪我は大したことがなく、合宿にはちゃんと来られることを話して「よかった」と付け加えた。僕はこのときはじめて、由紀子が怪我をしたことを知った。僕が半分は仮病を用いて学校を休んだこの日に、由紀子もまた休んでいたのだ。週末に自転車で転んだとき、頭を強く打ったので、念の為に今日は病院で検査をするため学校を休んだということだった。検査の結果に異常はなく、見舞いに訪れた井上を由紀子は元気に出迎えた。左腕から耳の近くにかけて、小さな擦り傷をたくさんつくっていたが、本人はあっけらかんとしていた。そして、井上は由紀子の様子をうかがったその足で、僕の下宿にやってきたのだと述べた。
「ちょうど、由紀子たちの家から私の家の帰り道に森本君の家があるって、カバパンが教えてくれて。それで寄ってみたんだけど、迷惑だった?」

 僕は井上のその問いに、うまく答えられなかった。ただ、迷惑じゃないということをちょっと必死に、表情と身振りで示すのが精一杯だった。僕はほとんど話したこともない井上が、僕の見舞いにやってきたことにとても驚いていたけれど、間違いなくそれを嬉しく感じていた。
 ただ、カバパンが僕の下宿の所在地を知っていたことが少し、引っかかった。カバパンが教員として、僕の住所を知り得る立場にあるのは間違いなかったけれど、それをいちいち把握する理由が、僕にはどうしても思いつかなかった。なんだか、薄気味悪いものを少し、感じた。しかし、それは些細な問題で僕にとってより重要なのはむしろ、そうやって場所を教えられた結果、実際に井上が僕の下宿にやってきたことだった。そう、井上は、自分がここに来るまで何をしていたかを詳しく話してくれたけれど、なぜほとんど話したこともない僕の見舞いにやってきたのかは話さなかった。しかしその理由を聞くのが、僕には少し恥ずかしくてできなかった。そして井上も、その理由についてはまったく触れなかった。代わりに夏休みの合宿は、面白くなりそうで、とても楽しみだと話し始めた。僕がこの合宿について、あまりよく思っていないことを、井上がどれくらい把握していたかは分からない。けれど、井上がこの合宿をとても楽しみにしていて、その合宿に僕が来ることが彼女の中で前提になっていることは間違いないようだった。
 その日に井上が僕の下宿に滞在した時間は、30分もなかったと思う。井上は立ち上がるときにこう付け加えた。「でも良かった。森本君ってなんか部室じゃちょっと話しかけづらいなと思っていたけれど、全然そんなことないよね」。それは一度自分と話してみたかったと言っているように僕には聞こえた。そして更に井上はこう付け加えた。「ね、今度、一緒に3人の家に行かない?」と。
 僕はほとんど反射的に「悪くないな」と答えていた。それが僕の、最大限の強がりだった。井上は、じゃあ由紀子に話しておくからと告げ、バイバイと手を振って部屋を出ていった。
 そして僕はそのときふと、気がついた。由紀子とカバパン、そしてヒデさんの3人が暮らす山の中の別荘地から、この下宿までは「近い」といってもたぶん、2キロメートルは離れている。その距離を、一度帰って自宅に寄ったらしい井上が徒歩で全て移動したとは考えづらかった。このあたりは、夕方でもバスの本数はまったく多くなくて、山の上に向かうのは1時間に1本あるかないかだ。僕はピンと来た。井上は由紀子たちの家に行くために、そしてここに来るために自分が運転できる乗り物に乗ってきたのだ。慌ててサンダルを履いて裏庭に出ると、納屋の前で井上がヘルメットを被っているところだった。井上は僕が飛び出してきたのに気づくと、小さく手を振った。井上は、ウインドシールドの付いたスーパーカブにまたがっていた。そして小さくエンジンを吹かすと、その紺色の車体はコテコテとタイヤで砂利を踏みならしながら、県道に出て走り去っていった。彼女が来るときに、このエンジン音に気が付かなかったことを、僕は悔やんだ。そして、なんとなくだけれど、井上が今日ここにやってきた理由を想像することができた。井上はおそらくヒデさんから、あるいはヒデさんから話を聞いた由紀子かカバパンのどちらかから、僕がオートバイを買おうとしていることを聞きつけたのではないか、と僕は思った。その程度のことが、いきなり見舞いにやってくる理由になるとも思えなかったけれど、井上が僕に興味を持つ一因にはなり得るように思えた。

 僕はそのときまで、井上の下の名前すら把握していなかった。綾乃というのが彼女の名前で、僕はそれを1時間ほどかけて調べた。クラスが違うので、これが意外と苦労した。僕は、井上と同じクラスの今村という写真部の仲間に連絡して、そのクラスの連絡網の名簿を送ってもらった。適当な嘘をついた。1年前の裏学食の件がまだくすぶっていて、生徒会の役員と話をつけないといけないと言った。だから、根回しのために他のクラスの連絡網がいるのだ、と。藤川の手を煩わせたくないので、僕だけで片付けておくと、嘘がばれないための嘘をつくのも忘れなかった。今村はここしばらく僕がグループから孤立していく流れの、むしろ中心にいた奴だった。今村は陽気で、ノリがよくて、グループのムードメーカーで、こうした頼み事をまず断ることのない気のいい奴だった。そしてだからこそ、僕がここしばらく一人になりたがったり、昔の遊び方に拘泥したりしているのに反感を持ちがちだったのだと思う。しかし、このときの今村は特に怪しむこともなく、すぐにクラスの連絡網を僕に送ってくれた。

 我ながら単純な思考回路だと思うのだけれど、その日から僕は井上のことをよく考えるようになった。そして、僕はこのとき気づいていた。原チャリで、一緒にツーリングに出かけるのは藤川とは限らないということに。

(つづく)

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連載【チーム・オルタナティブの冒険】
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宇野常寛(うの・つねひろ)
評論家。1978年生。批評誌〈PLANETS〉編集長。 著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、『母性のディストピア』(集英社)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(朝日新聞出版)。 石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)、『遅いインターネット』(幻冬舎)など多数。 企画・編集参加に「思想地図 vol.4」(NHK出版)、「朝日ジャーナル 日本破壊計画」(朝日新聞出版)など。 立教大学社会学部兼任講師も務める。
Twitter:@wakusei2nd

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