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肉|渡辺優 パラレル・ユニバース 第15話

 好物は肉です。牛肉、豚肉、鶏肉が好きです。しかしその「三大食肉」以外の肉は苦手です。味が問題なのではなく、ちょっとびびってしまうのです。動物の肉を食べているという事実に。

 これはもうグウの音もでないほど筋の通らない感覚だなと思います。牛とか豚とかを喜んで食べておきながら、馬はちょっと……みたいに怖(お)じ気(け)づく。ニワトリはいいけどカモはちょっと……とか、どんな主義や学識があって鳥を分けてるんだ? と自分でも思います。まったく潔くない、菜食主義者からも肉食主義者からも嫌われそうな態度です。

 馬を飼っていたことがあるとか、カモをとても可愛(かわい)く思っているとか、特定の動物に強い思い入れがあるというわけではありません。宗教的な理由からでもありません。
 動物に対する愛護の精神からでもなく、ただ肉という圧力にびびっているのです。

 なぜ牛豚鶏は平気なのかといえば、幼少期から食べ慣れているから、というその一点のみで、ほんとうにまったく主義も信念もない偏食です。これはクールじゃないなと思い、いろいろな肉を食べられる人間になりたいとは思っていました。これはただの偏見なのですけれど、洗練された都会の人間は珍しい肉も平気で食べますよね。

 先日打ち合わせでオーストラリア料理のお店に行き、そのチャンスに恵まれました。カンガルーとワニを食べました。結論として、カンガルーはちょっと怖い、ワニは美味(おい)しい、でした。
 カンガルーが怖いのは、やっぱりあのポケットです。お母さんのおなかのポケットから顔を出す赤ちゃんカンガルー、みたいなイメージが食への畏怖を高めます。
 あとカンガルーって二本足で背筋を伸ばして立ったりもするので、そのあたりがちょっとヒューマンっぽく見えたりするのも難しいポイントです。味はあまり覚えていないので、ふつうだったのだと思います。

 ワニが美味しかったのは唐揚げになっていたからかと思います。私ってもしかして唐揚げになっていればなんでも美味しいのかなと思いました。そう考えてみるとカンガルーが怖かったのはシンプルなグリルでいただいたからかも。カンガルーも唐揚げで食べれば怖くなかったかもしれません。

 思えば私は牛、豚、鶏も生で食べることはできません。味がどうのとか、食中毒のリスクがどうのという問題ではなく、やっぱり怖いからです。生きているときに近い状態なぶん、動物の肉だ、ということに気づいてしまうので。

 先日、一緒に外食をした友人が馬刺(ばさし)を注文していたのですけれど、すごく自然に食事を終えた後「馬刺って初めて食べたー」と言ったのでびっくりしました。
 ふつう、ひとって、人生ではじめて馬を生で食べる! というときにはもっとわーわー言って怯(おび)えたりおそるおそるになったりするものだと思っていたので、ぜんぜんノーリアクションでぱくぱく食べていたのが衝撃でした。偏食じゃないひとって、洗練された人間って、そういうものなのでしょうか。食べることに対する怯えがない。生物として強いなと思います。
 私は生き物を、唐揚げという自分のよく知っている馴染(なじ)みある状態に落とし込むことでようやく安心することができる弱者。調理によって肉を食べることに対する畏怖をごまかしている、ような。

 ところで肉にびびっている場合じゃないらしい、という話を最近よく耳にします。
 このまま人口が増え続けて世界的な食糧難が訪れれば肉なんて食べてる場合じゃない、と。
 肉に代わる貴重なタンパク源ということで、将来的には虫を食べるのがおしゃれらしいですね。コオロギとかがマスト。最先端におしゃれなひとはもうクモとかばりばり食べてるらしい。やっぱりおしゃれなひとは平気でなんでも食べる。
 私は虫はとても怖いですが、粉々にして見た目がわからないようにして、あとは唐揚げにしていただけたら余裕で美味しく食べると思います。みんなもそうだろ? と思っています。洗練されていない、おしゃれでもない、強くもない多くの人間たちは唐揚げにしてもらわなくちゃ虫を食べられないだろ? と。

 よくSF映画などで、「未来の食事」としてプロテインバーやカロリーの錠剤や人工培養肉のキューブなどが登場しますが、私としてはナチュラルな食料が失われた未来にメジャーとなるのは、「謎の唐揚げ」ではないかと思っています。なんらかの肉なのか、虫なのか、それ以外のなにかなのか、わからないけれど唐揚げだから美味しいのでストレスフリーです。そうなるといいなと思います。

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渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。
Twitter@watanabe_yu_wat
イラスト/内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com
Twitter@YUNICO_UCHIYAMA

※この記事は、2020年3月5日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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