めんつゆはデニム|千早茜「こりずに わるい食べもの」第4話
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めんつゆはデニム|千早茜「こりずに わるい食べもの」第4話

 以前、「大人の拒絶」(『わるい食べもの』収録)でコーヒーとビールが飲めないことを書いた。その二つは人数の多い打ち合わせや飲み会で、「まあ、とりあえず」という感じででてくることが多く、苦手な私は困るというような内容だったのだが、予想以上に共感の声が寄せられた。特にコーヒーは「実は飲めない」「飲めるが積極的には求めない」という告白が少なくなかった気がする。

「とりあえず」をさせてしまう背景には、マジョリティによる「当たり前」があるのだと思う。大人なのだからコーヒーが飲めて当たり前、最初の一杯はグイッとビールが当たり前。常々、個人主義を唱えているのは、このマジョリティの「当たり前」に飲み物だけでなく、食の方面でももやもやすることが多々あるからだ。いや、服でも、ある。あらゆる分野で、ある。

 例えば、店で服や靴を見ているときにしょっちゅう店員さんが満面の笑みで言う「デニムにも合いますよ」という決まり文句。ワードローブには必ずデニムがあるはずだという前提で話されても、私はデニムを一枚も持っていない。「ジーパン」と原稿に書き、ゲラで「古いです」と鉛筆が入るくらい、あのごわごわした生地に興味がない。なんか腹が冷えるし。デニムを所有することが当たり前だと思わないで欲しい。

 先日、催事場の乾物屋で山くらげを見つけた。干した紐状の野菜で、水で戻し、煮たり漬けたりする。なかなか手に入らない、コリコリした歯応えが癖になる好物だ。いそいそと財布を取りだす私に、店のおじさんは木耳きくらげなどの試食を勧めてくる。「これね、水で戻してめんつゆに漬けておいただけ。簡単だよ、めんつゆだけでいいの」ああ……でたよ、食品界のデニム……と思う。めんつゆを使ったお手軽レシピの多いこと、多いこと。ネットでも、グルメ漫画でも、めんつゆで漬ける、炒める、味付ける、「めんつゆは万能調味料」と便利さを謳われ、麺類に使うものであることを忘れられているんじゃないかと心配になるほどだ。しかし、私はめんつゆは常備していない。

 春前に引っ越したとき、新品の冷蔵庫を開けて最初に入れたものは、知人の漬けた梅干しだった。南高梅と塩だけで作るその梅干しは、しっかりとしょっぱく、きれいな梅の香がたち、引っ越し祝いにくださいとねだってしまった。次に味噌、食卓用の醤油。そのとき、ふと各家庭の冷蔵庫に常備されているものが知りたくなった。欠かせない調味料はなんなのか。めんつゆはそんなに多くの家庭の冷蔵庫にあるものなのか。前に一緒に暮らしていた人はマヨネーズとナンプラーを欠かさなかった。市販のめんつゆは甘すぎて嫌いだと言っていた。同感だった。私ひとりの冷蔵庫にはナンプラーはあるが、マヨネーズはない。

 なにかのネット記事で、マヨネーズは絶対に切らさない食材ランキングの上位にあがっていた。調味料では一位だった気がする。マヨネーズが世間で圧倒的な支持を得ているのはひしひしと伝わってくる。ゆえにマヨネーズには若干の奢りを感じる。
 ファストフードのハンバーガーは具がテリヤキだろうがチキンカツだろうが魚のフライだろうがマヨネーズがにゅるりと潜み、おかげで私はチーズバーガーしか安心して食べられない。最近になってようやくマヨネーズを抜いてもらえることを知ったが、マヨネーズ表記がないものが多いので気を抜くと「わああ! マヨが!」と絶叫することになる。この間、コンビニで煮玉子おにぎりを買って、ばくりと頬張ったらぬろんとマヨネーズが舌先に触れ、やはり絶叫した。米にマヨネーズは耐えられない。なぜ「ツナマヨ」という商品がありながら「煮玉子マヨ」とは表記しないのか。煮玉子にマヨネーズは当たり前なのか。そんな当たり前、私の常識にはないぞ。商店街のたこ焼き屋ですら「マヨネーズかける?」と訊いてくれるのに。
 セットメニューのサラダも往々にしてマヨネーズやドレッシングが有無を言わさずかけられている(野菜は塩で食べたい)。マヨネーズ以外で和えられているポテトサラダはほぼ見たことがないのに「ポテマヨ」とは表記しない(私のポテトサラダはサワークリームやヨーグルトで作る)。この世にはマヨネーズを苦手とする人など存在しないかのように。

 私がマヨネーズを忌避するのはアレルギーからではないので、サンドイッチに薄く塗ってあるくらいなら食べられる。積極的に食べたいとは思わないが。シェフの手作りのものは食べられる。市販のマヨネーズもめんつゆも、ちょっと甘すぎるのだ。あと油の匂いが好みではない。だから、飲み会の席などで「とりあえず」頼まれたポテトサラダも、残してしまうならと我慢して食べる。「とりあえず」を撲滅して欲しい。
 コーヒーも駄目、ビールで乾杯もできない、市販のマヨネーズも得意ではないとなると、「大変だね」とか「こだわりが強い」とか「好き嫌いが多い」と言われてしまう。パクチーや蓼酢たでずが苦手と言ってもそうは言われないのに。むしろ「癖あるもんね」と理解されたりしている光景を見ると、もやもやは加速する。単に味の好みの問題なのに、メジャーなものが苦手だと肩身が狭いのは腑に落ちない。なので、私は他人の好き嫌いを訊いても「そうなんだ」で済ますようにしている。「えーなんで、おいしいのに」は、言われるたびに「舌も胃もあなたと同じではない」と思ってきたので決して言わない。

 個々の食の好みにマイノリティもマジョリティもない。冷蔵庫の常備調味料は各家庭で違っていい。人と食事をするときは「当たり前」を外してからにしよう。

こりずにわるい食べもの03

illustration 北澤平祐

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連載【こりずにわるい食べもの】
毎月第2・4水曜日更新

千早茜(ちはや・あかね)                                             1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神いおがみ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『さんかく』『ひきなみ』などがある。
Twitter:@chihacent


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