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村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第3話「マイホームより子どもより、優先されること」

二度の離婚を経験し、現在は軽井沢で猫5匹と暮らす作家の村山由佳さん。「思えば人生の節目にはいつも猫がいた」というムラヤマさんがつづる、小さな命と「ともに生きる」ということーー。
書籍の表紙を飾ったこともある、人気の姐さん猫〈もみじ〉の写真も満載。
※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。

 ここで、私自身と猫の関わりの話をさせて頂くと──。
 生まれてこのかた、猫がそばにいなかった期間が一度だけある。
 1989年の秋から1999年の春まで。つまり、25歳で最初の結婚をしてからの10年間だ。
(ちなみに結婚は二度して、二度とも解消しております。)

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 ともあれ、その最初の旦那さんとの2人暮らしを始めてすぐに、私は弾んだ気持ちで言った。
「猫を飼おうね。今すぐじゃなくても、いつかきっと」
 私にとってそれは、マイホームを買うよりも、子どもを持つよりも優先される、生きていく上で絶対に必要不可欠な条件だったのだけれど、彼は即座に、冗談じゃない、と言った。
「いやだよ、猫なんか飼うの。臭いし、汚いし、気持ち悪いし」
「え、ぜんぜん臭くなんかないよ」
 ものすごくびっくりして、私は言った。
「猫ってすごくきれい好きで、自分の身体は毎日隅々まで舐めるから、お風呂なんて入れなくても体臭は全然ないんだよ。つるつるのすべすべのふっかふかだよ」
 けれど、彼は頑として首を縦に振らないのだった。
「猫のおしっこの匂いって最悪じゃん。外に出たその足で部屋に入ってきたりするしさ。呼んでも来ないし、気がつくとすぐ後ろに座ってこっちを睨んでたりして、薄気味悪いったらないよ」
 不覚にも私は、そのとき初めて知ったのだった。夫となったその人は、猫のことをよく知らないばかりでなく、筋金入りの猫嫌いだったのだ。

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※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。エッセイに『晴れ ときどき猫背』など、近著に『嘘 Love Lies』『風は西から』『ミルク・アンド・ハニー』『燃える波』などがある。

※この記事は、2017年8月29日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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